永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

273 / 555
第八章 新婚
時間つぶし


「ふう……」

 

 区役所を出る。婚姻届が受理され、あたしはとうとう「篠原優子」になった。

 今はまだしないけど、携帯電話とかその他色々な名義を変えなくてはいけない。

 でも、全く苦痛じゃない。

 浩介くんと一緒になれたことの嬉しさのほうが、ずっとずっと大きいから。

 

 あたしは、数時間後に訪れる結婚式が楽しみだ。

 もちろん、呼ばれ方が変わることも。

 

「優子ちゃん」

 

「ん?」

 

 浩介くんの呼び方は今までと同じ。

 結婚したからって、何もかもが劇的に変わるわけじゃない。

 

「俺、何かまだ自覚が沸かないや」

 

「あたしも」

 

 浩介くんもやっぱり、まだ結婚の自覚はあまりないみたいね。

 

「結婚式に行けば、違うのかな?」

 

「うん、多分ね」

 

「さて、どうしよう?」

 

 結婚式まではまだかなり時間があるけど、準備なんかもあるから、相当な余裕を持って会場に行かないといけない。

 

 

「ご飯、食べるか」

 

「何食べる?」

 

 一旦それぞれの家に戻ることも考えたけど、今朝あそこまで大見栄切って出ちゃった以上、戻る気はしなかった。

 デパートの、いつものラーメン屋さんではなく、イタリア料理店に入った。

 かなり高級なお店で、あたしたちが入るのは初めてだった。

 

「今日ぐらい、な」

 

「うん」

 

 お金は、蓬莱教授からの支援金がまたじゃぶじゃぶと入った。

 若いうちからこれだと金銭感覚が狂いそうになっちゃうけど、蓬莱教授も蓬莱教授で金を使わせなければならない事情がある。仕方のないことだと思う。

 

「どれにしよう?」

 

「イタリアン・ピザにしようかな?」

 

 日本のピザではなく、イタリアにあるイタリア料理店で修行した料理長が作る、「本格ピザ」という看板になっている。

 結婚して初めて食べる料理はイタリアンになった。かなりの高いものだし、新しい船出にはちょうどいいわね。

 

「ああ、俺もそれでいいかな」

 

「じゃあ、呼ぶね、すいませーん!」

 

「はーい!」

 

 あたしは、ウェイトレスさんを呼び、イタリアン・ピザの2人前を頼んだ。

 

 

「浩介くん、式場に入ったらどうしよう?」

 

「うーん、まずはどのタイミングで花嫁花婿になるかだよなあ」

 

 あたしたちは、結婚してまだ1時間も経っていないできたてホヤホヤの夫婦。

 だから、今は式のことばかりで、これからの生活について考えてはいなかった。

 

「いい雰囲気の店よね」

 

「ああ、実は俺、ここでプロポーズするのも考えていたんだ」

 

 浩介くんが、そんなことを話してくれる。

 確かに、デパート最上階にある高級イタリアンだから、雰囲気は悪くない。

 

「うん、それも悪くないと思うわ」

 

「でもやっぱ、学生には高いし誰か知らない人に聞かれちゃうかなって。で、次に思ったのが学校の屋上、だけど滅多に人は来ないと言っても、誰かに見られると困るなあと思って……そこから発想を逆転させたんだ」

 

 浩介くんは誰かに見られずに2人っきりかつ素敵な場所を模索していく過程で、それが難しいと分かり、「ならばいっそのこと、全校の前でプロポーズしてしまおう」という結論にになったらしい。

 

「ふふっ、あたし、あの時よりも素敵なプロポーズって思い浮かばないわ」

 

 素直に、あたしも本音で語る。

 

「俺も。結果的に良かったと思うよ」

 

 もしかしたら、諸刃の剣だったかもしれないけど、浩介くんのプロポーズは大成功だった。

 そして、結婚式にも学校のみんなが大勢参加してくれる。

 今頃は、学校のみんなも結婚式に向けて緊張しているかもしれないわね。

 もしかしたら、あたしたち以上にドキドキしているかも。

 

「おまたせいたしましたー、イタリアン・ピザ2人前でございます」

 

「ありがとうございます……優子ちゃん、食べようか」

 

「うん」

 

 ウェイトレスさんが、2人前のピザを持ってきてくれた。

 

「「いただきます」」

 

 結構量も多めで、とりあえず3等分して浩介くんが2、あたしが1の割台で食べることになった。

 今ではもう、夫婦関係になって、お互いどれくらい食べられるかと言ったことも、長い付き合いの末に推し量れるようになってきた。

 

 あたしと浩介くんが、ピザを頬張る。

 だけどまだ、結婚したという自覚が湧いてこない。

 多分、式場に行けば、そういうこともなくなるんだと思う。だってまだ、今までしてきたようなデートの延長線上でしか無いような気がするし。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 あたしたちは、ピザを食べ終えると、デパートの休憩所に移動する。

 小谷学園の制服だから、少しだけスカートに気を付けて休まないとね。

 

「ふう、疲れたわ」

 

「俺も、少し疲れた」

 

 柔らかい椅子に、腰かけて休む。結婚式はまだこれからだけど、卒業式の疲れは取らないといけない。

 

「……」

 

 あたしは、2年前の5月末のことを思い出す。

 龍香ちゃん、桂子ちゃんと一緒にゲームセンターで遊んだ後、昼食をここで食べて、そして映画を見るまで3人ここで休んだ。

 あの時は女子に受け入れられたばかりの頃で、浩介くんとはまだわだかまりが残っていた。

 でも今は、浩介くんは旦那さんになって、あたしの隣にいる。

 

 果てしなく長く感じた2年間だった。

 あたしは、この2年間で何もかもが変わった。でも、まだ変わり切れていないような気がしてならない。

 

「ねえ浩介くん」

 

「ん?」

 

 不安になって、浩介くんに聞いてみる。

 

「あたしって、変わったかな?」

 

「当たり前だろ。性別から性格まで、優子ちゃんは何もかも正反対になったよ」

 

  なでなで……

 

「んっ……」

 

 浩介くんに、優しく頭を撫でられる。

 頭を撫でられるのはとても大好き。

 浩介くんに甘えられているという幸福感と、優しくされる癒やし、そして安心感、頭を撫でられるのって、とっても幸せなことよね。

 

「浩介くん、ありがとう……」

 

「もしかして、まだ男に戻るんじゃないかって思ってるか?」

 

「あはは、そうかもしれないわね。戻るなんてあり得ないのにね」

 

 あたしは、自分に言い聞かせるように言う。

 女の子として、好きな男の子と結婚したからこそ、こういう不安がついて回っているんだと思う。

 男に戻ることは出来ない、戻ろうとして多くの人が自殺に追い込まれたなんて、女の子になって最初の最初に習うことなのにね。

 

「ねえ、ちょっといいかな?」

 

「ん? 何?」

 

 浩介くんが席を立つと、あたしを手招きする。

 浩介くんは、デパートの中で死角になっている物陰に移動する。

 そしてあたしを、その中に入れる。

 

「優子ちゃんの制服、もうすぐ見られなくなっちゃうから」

 

「え、うん……浩介くんが望むなら、着てあげてもいいわよ」

 

 見た目なら、変わらないし。

 

「あ、ああ……」

 

  ぴらりっ!

 

「やーん」

 

 浩介くんに、スカートをめくられ、あたしは慌てて裾を抑える。

 浩介くんの妻になって、はじめて受けるセクハラはスカートめくりだった。

 

「もー、浩介くん、結婚してもえっちだね」

 

「うっ……その、結婚したら、今まで以上にえっちになるぞ」

 

 今まで以上に、つまりこれからは一線を越えるということ。

 

「ふふっ、今夜期待しているわよ」

 

 あたしはあえて色っぽく言う。

 

「んっ……!!!」

 

 あたしの誘惑するような発言に、浩介くんが固まってしまう。

 今夜はそう、あたしの中で一番長い夜になるはずだから。

 そのことも、浩介くんは分かっている。

 わざわざ疲れて寝ちゃわないように2次会を断ったのも、初夜のためだもんね。

 

「ふふっ、浩介くん、まだ時間たっぷりあるし……隣のビルに行こうか」

 

「あ、ああ……」

 

 あたしたちは、隣りにある映画館に行って時間をつぶす。

 今の時刻は午後1時前で、結婚式の開始は午後6時。

 開場はその30分前、様々な準備などを合わせて午後4時30分には到着したい。

 

 結婚式場前の時間を考えると後2時間30分の余裕があるので、映画館で映画を見ることになった。

 

「どれがいい?」

 

「うーん、恋愛映画があるけど……」

 

 浩介くんが恋愛映画を指差す。

 男女の困難を乗り越えた感動ストーリーになっている。

 

「何かそんな気分じゃないのよねー」

 

「え!? どうして?」

 

「だって、あたしたち映画みたいに物凄い困難とかがあったわけじゃ無いでしょ?」

 

 恋愛映画はフィクションだけど、だいたい恋敵や恋路を邪魔する親のような悪役が出てくる。

 そう言う大きな障害は、あたしたちにはなかった。

 

「いやほら、優子ちゃんって元男じゃん、そういう意味では負けてねえと思うぞ」

 

「うーん、でもそれなら、あたしたちの恋愛はこの映画よりも奇なりじゃないの?」

 

 実際、TS病患者をテーマにした映画そのものが存在しない。それだけ稀な病気だから。

 

「だろう? だったらこの映画の障害なんて、何てことないんじゃねえのか?」

 

「どうかな? 女の子になろうとしないで、自分を男だと言い張ってる患者ならそうかもしれないけど、そういう患者は恋愛する前に自殺するわよ。あたしは違うでしょ?」

 

「あー、そう言えばそうか……」

 

 浩介くんが納得した風に言う。

 

「それよりもさ、こっちのアニメ映画はどうかな?」

 

 あたしが指差したのは、登場人物が女の子しかいないいわゆる「百合系」のアニメで、それと同時に「日常系」にも分類されている。

 

「あー、なるほど。上映時間も先だし、短めだけどちょうどいいな」

 

 あたしたちは、券売機の前に移動し、2枚分のでチケットを買う。もちろん席は隣り合わせだ。

 

「お、ポップコーンが売っているな」

 

「あー、でも食べちゃったばかりよね」

 

「ジュースもなんか重いしなあ……水だけ飲めりゃ最高なんだけど」

 

「あはは……」

 

 浩介くんの言う通りだと思う。

 ともあれ、開場時間まで暇を潰したら、あたしたちは中へと入る。

 お客さんはそれなりに入っていて、あたしたちと同じく、学校の制服を着ている人もいる。

 

 ちなみに、この作品は世間的には男性向けで通っているけど、意外にも女性客も多い。

 夫婦で、というよりも、男女のカップルはあたしたちだけで、周囲からの突き刺さる視線、特に男性客のあたしの胸に対する視線が結構痛い。

 

「優子ちゃん、かなりじろじろ見られてたな」

 

「もしかして、また嫉妬しちゃった?」

 

「ちょっとだけ、でも結婚式になったら、そんなの吹き飛んじゃうよ」

 

 浩介くんが自信たっぷりに言う。

 

「うん、ありがとう」

 

 やっぱり何だかんだで旦那の嫉妬は嬉しいし、ご機嫌を取り戻すために恥ずかしいことしないといけないけど、それも浩介くんが喜んでくれれば吹っ飛んじゃうわ。

 

 

 あたしたちは、いつもの広告と予告編の後に始まった映画本編に没頭した。

 内容としては、日常系らしく、冬休みのイベントと称して、女の子たちが雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり、あるいはそりで遊んだりしている。

 何か悪役が出てくるわけでもないし、登場人物の中で問題が起きるわけでもない。

 極めて平穏な世界が、そこにはある。

 唯一変なことといえば、このアニメは、モブキャラクターも含めて、徹底的に女性しかおらず、男性が排除されていること。

 でもこの手の百合系では、ほぼお約束のことらしい。

 

 一部の人は「美少女動物園」何て呼んでいるけど、実際には多くの人がこれを求めている。

 だからこそ、こうやって映画にもなっているものね。

 

 さて、その後物語は、サブキャラなどとも合同で山にスキーに行くことになった。

 もちろん、キャラクターごとに個性があって、上手なキャラや下手なキャラもいる。

 ちなみに、この映画で描写されている一番下手なキャラクターは、あたしのスキーの腕前に匹敵するくらい、下手さが強調されていて、一方で上手な子は、浩介くんくらいに上手な滑り方をしている。

 

 さて、スキーの後は温泉シーンもあって、ちょっとだけサービスカットになっている。

 考えてみたら、あたしは去年のスキー合宿で、浩介くんにこのシーンを見せてあげたものよね。

 体を洗ったり、お湯につかったり、お風呂から上がると温泉卓球をするシーンがある。

 浴衣姿が少しだけはだけているけど、健康的なエロスという感じね。

 

 寝泊まりシーンでは、怪談をしたり、ふざけあったり、キャラクターごとに寝相が違ったりしていて見飽きない。

 翌朝にはチェックアウトして、そのまま帰宅して終了だ。

 

 

「ふー、終わったわね」

 

「ああ」

 

 浩介くんも、それなりに楽しんでくれたみたい。

 肩の力を抜いて、ストレスなく見られるのはとてもいいことね。

 結婚式の前だもん、緊張する映画は良くないわ。

 

「さ、式場へ行きましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

 時間もいい時間になったので、あたしたちは、結婚式場へと急ぐことにした。

 駅に入り、そして電車が入る。

 式場は都心にある。見た感じ小谷学園の制服は見えない。

 

「浩介くん、何だか緊張してきたわ」

 

「うん、俺も」

 

 婚姻届はすでに提出してある。

 最近では、結婚式と同じ日に婚姻届を出すのは珍しいらしい。

 また、以前から同棲していて、あたしたち以上にあんまり結婚の自覚がないという人もいる。とてももったいないことだと思う。

 

 結婚は人生の大きな転換点だからこそ、あたしはあえて卒業式の日に結婚し、式もあげ、次の日にはそのままハネムーンに出発することになっている。

 ハネムーンから帰れば、もうそこは浩介くんの家。これから、たった数日で多くのことが変わるのだ。

 

「間もなく――」

 

「優子ちゃん、降りるよ」

 

「あ、うん」

 

 結婚式場の最寄り駅に到着し、あたしは浩介くんに呼ばれて電車から出る。

 駅から式場はそこまで遠くはない。

 

「浩介くん、フロントへの声かけ、あたしにやらせてくれる?」

 

「ああうん、いいけど……」

 

 浩介くんは困惑しつつ了承してくれる。

 あたしには、どうしてもやってみたいことがあった。

 

 あたしたちは、道を間違えずに式場のホテルへと到着する。

 

「いらっしゃいませー」

 

「あの、本日結婚式を予約してます篠原です」

 

 あたしは人生で初めて、「篠原」を名乗る。

 

「はい、分かりました。少々お待ちください」

 

 そう言うと、フロントのスタッフさんが奥へと消える。

 

「なるほど、これがしたかったのか?」

 

 浩介くんが納得した風に言う。

 

「うん、結婚したんだもの。浩介くんと同じ名字を名乗れるのは嬉しいわ」

 

 あたしは、どうしても「篠原」と名乗ってみたかった。この大好きな浩介くんと同じ家族になったんだって主張したくてたまらなかった。

 そうこれは、女性の特権……いや、婿入りすれば男性にもできるから違うか。

 

「お待たせいたしました、こちらへどうぞ」

 

「はい」

 

 別の男性スタッフが会場へと案内してくれる。

 

「お、優子来たわね」

 

 びしっと黒い服で正装した母さんがあたしを出迎えてくれる。

 

「浩介も、優子ちゃんがかわいいからって、あんまりだらしない顔しちゃだめよ」

 

「わ、分かってるって」

 

 浩介くんの方はお義母さんが応対する。

 一方で、男親の方は声をかけ辛そうにしている。

 やはりこういうのは、どうしても女性が前に出やすいのかもしれない。

 

「後しばらくしたら、衣装の準備ができるわよ。そしたら、一旦お別れね」

 

「う、うん……」

 

 母さんの言葉に、あたしはちょっとだけ寂しくなる。

 ウェディングドレスを着たら、結婚式開始まで、あたしたちは控え室で待機することになっている。

 着替える場所はその控え室に隣接した更衣室で、新婦の更衣室がはるかに大きい。

 ちなみに、お化粧も試してみたけど、やっぱりあたしには合わないらしく、かといって全くしないのではかわいそうということで、ほんのうっすらという感じで落ち着いた。

 まああたしは、化粧しなくても十分すぎるくらいかわいくて美人だものね。問題ないわ。

 

 

「えー、時間ですので、そろそろ始めたいと思います」

 

「「「はい」」」

 

 スタッフさんの声とともに、あたしたち4人は立ち上がる。

 

「では新郎の方はあちらへ、新婦の方はこちらへどうぞ」

 

「じゃあ浩介くん、またね」

 

「おう」

 

 スタッフさんの誘導に従い、あたしは母さんと一緒に「新婦更衣室」へと移動する。

 浩介くんを喜ばせてあげないとね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。