永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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結婚式 中編

「おうっ篠原!」

 

「何?」

 

「何だ?」

 

 高月くんの呼びかけに、あたしと浩介くんがほぼ同時に反応する。

 

「あ、そうか。もう優子ちゃんの名字変わったんだった」

 

 篠原と呼んでもらえるのが、たまらなく嬉しい。

 浩介くんと結婚したんだって、そう思えるのが何よりも幸福だった。

 

「えっとじゃあ、浩介」

 

「ん?」

 

 高月くんが浩介くんを名前で呼ぶ。違和感はあるけど、区別するためには仕方ない。

 

「優子ちゃん、泣かせるんじゃねえぞ!」

 

 高月くんが励ますように言う。

 

「んー、悪いけど保証できねえな」

 

「な、何でだよ!」

 

「え!?」

 

 高月くんがちょっと怒った風に言う。あたしも、ちょっとだけ不機嫌になる。

 

「だってよ、優子ちゃん嬉しさのあまり泣いちゃうことも多いし、それに今夜だってきっと、痛みで泣いちゃうかもしれないんだから」

 

「こ、浩介くん……」

 

 高月くんが一本取られたという顔をする。

 あー、やっぱり浩介くんにはかなわないわ。

 浩介くんは、今夜のこと、そしてこれからのことも合わせて、「泣かせないとは保証できない」と言ったんだ。

 

「でも、悲しませはしねえ、もちろん、将来にわたっても外部の悪意を完全に遮断できるかといえば自信はねえ。でも最善は尽くす。それだけで旦那としては十分だ」

 

 浩介くんがきっぱりと言う。決意に満ちた目だった。

 

「そうか、じゃあな」

 

「おう」

 

 あたしは、もうこれ以上深い所はないんじゃないかと思っていたのに、ますます浩介くんに惚れ込んでいく。

 あたしの中で、少しもやっとしていた部分が明るくなる。

 

 そう、あたしは浩介くんのものになりたかったんだわ。

 「もの」……そう、それはつまり浩介くんの従属物のような扱い。

 浩介くんにされるがままに支配されたいという、歪んだ欲望。

 

 あたしは「そんな考えはダメでしょ優子」と言い聞かせながら、小さく首を振る。

 嫁になって、初めて見えてきたあたしの深層心理。

 いけないこと、女はものじゃないことは当然のことで、浩介くんだって、してと言われたってそんな扱いをしたくないと言ってくるのは火を見るより明らかで……分かっているのに、どうしても抗えない。

 もしかしたら、「倒錯した欲望」なのではなく、「メスの本能」なのかもしれない。

 

「え、えっと……篠原優子さん」

 

「はい」

 

 また、嬉しい呼ばれ方で呼ばれた。

 見ると、幸子さんと徹さんとその両親だった。

 

「その、ご結婚おめでとうございます」

 

 幸子さんは、結婚式の服としてはかなり浮いた服を着ている。

 黄緑色に変な模様の帽子を赤い髪留めで止めていて、服は上下ともに水色で、トップスには何故か鍵が付いている上に、スカートの裾部分には大量のミニポケットがある。下の方なので、めくらないと届かないような距離にある。

 

「どういたしまして……ところで幸子さん、その服、どうしたの?」

 

 やはり気になるので聞いてみる。

 

「ああうん、お気に入りなのよ。スカートのポケットに小石を入れていけば、強い風の時も安心だわ」

 

 幸子さんが、スカートの裾を摘んで広げる仕草をする。

 かなり女の子らしくてかわいらしい仕草で、着実に成長しているのが伺える。

 

「あー、そうやって使うのね」

 

「そうそう、小物を入れる人もいるけど、私は常に小石を入れているわね」

 

 正直、そのポケットは用途がよく分からなかった。

 

「お姉ちゃん、やっぱり浮いてるじゃん。他のドレスなかったの?」

 

「いいのよ徹、私もそろそろ男の子を見つけたいし、結婚式だってアピールの場なのよ」

 

「うーんそういうものかねえ?」

 

「そういうものよ、徹も2次会でいい女の子見つけなさい」

 

「あうー、でも遠距離になっちゃうぜ……」

 

「そ、そうだったわね」

 

 徹さんと幸子さんが、あたしそっちのけで話している。

 幸子さん、男の子見つけたいって、また一歩成長したわね。

 うん、もうあたしから教えることは、殆ど無いのかもしれない。それはそれで、ちょっとだけ寂しい気もするけど。

 

「えっと、石山……じゃなかった、篠原さん結婚おめでとうございます」

 

 徹さんと話し込んでいる幸子さんの横から、別の女の子が現れてあたしを祝福してくれた。

 女子の制服を着た歩美さんだった。

 

「うん、歩美さんも、あれからうまくいってる?」

 

「ああ、クラスのみんなもそうだし、最近になって学校には私のファンクラブもできたんだよ」

 

 歩美さんの方は、言葉遣いを見て分かるように、まだ幸子さんほど成長していない。

 

「そう、それは良かったわね」

 

 ファンクラブかあ……あたしは色々ドタバタしていたのもあって、そんなのできなかったわね。

 浩介くんに恋するのも早かったのかも。

 

「あれ、あなたは?」

 

 歩美さんが、幸子さんの方を向く。

 

「はじめまして、塩津幸子です。篠原さんにはTS病のカウンセラーとしてお世話になっております」

 

 幸子さんが歩美さんに挨拶をする。

 

「あ、こちらこそよろしくお願いいたします。私は山科歩美です。同じく、篠原さんにお世話になっております」

 

 2人がぺこりと頭を下げる。よく見ると、両家の家族同士も挨拶していた。

 住んでる場所が遠いので、中々会える存在じゃない。

 

「ふふっ、妹ができたみたいね」

 

「え!?」

 

 幸子さんの言葉に、歩美さんが驚いた表情をする。

 確かに、あたしを「師匠」に見立てれば、「姉妹弟子」みたいなものだけど、でもカウンセラーは師匠ではない。

 どちらにしても、この2人はあたしを通じての関係なのは確か。

 

「ふふっ、歩美さんは協会に入っているの?」

 

「はい、例の騒動の時に、入れてもらいました」

 

 幸子さんと歩美さんが話している。

 

「じゃあ同じ協会の所属としても、よろしくね」

 

「……はい」

 

 幸子さんと歩美さんが直接会うのは初めて。

 2人が席の方へ戻ると、その後もクラスメイトたちが祝福してくれていた。

 ちなみに、「石山」と言いかけた人はみんな「篠原」に修正してくれた。

 浩介くんと、本当の意味で一緒になれたと、強く自覚する。

 どんどんと浩介くんにのめり込む。

 

 この感覚は、名字の変わらない浩介くんには到底味わえないこと。

 とても喜ばしくて、至福の時間だった。もし、「石山」と呼ばれ続けていたら、あたしは「この人は結婚を認めてくれない」と思ったと思う。

 

 

「では、続きまして、新郎新婦のご両親の皆様と、新郎新婦のお二方よりメッセージがあります。えー暫くの間、ご清聴ください」

 

 司会者さんの一言で次のコーナーが始まると、会場が暗くなり、スポットライトが一点に集る。

 その付近に、あたしの両親と義両親が集まることになっている。これもリハーサル通り。

 そして徐々に、だが確実に話し声が止み、あたしたちの方へと視線が集中する。

 

「まずは新郎のお父様、こちらへどうぞ」

 

「はい」

 

 スポットライトは固定で、まずは司会者さんはお義父さんにマイクを渡す。

 そして、お義父さんがまず話し始める。

 

「えー、新郎の浩介の父です。本日はお忙しい中、こんなに沢山の方にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます」

 

「浩介はですね、我が家の一人息子です。新婦とはですね、実は元々は仲が悪かったんです。ですが、今はこうしてとても仲良く、結婚に至りました。浩介は責任感の強い人ですから、背負いこみすぎないことが心配ですが、新婦は優しい人ですから、うまくやってくれるものと思います」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 お義父さんの短く簡潔なスピーチに、拍手が沸き上がる。

 

「では続きまして、新郎のお母様、よろしくお願いいたします」

 

 そして次に来たのはお義母さんだった。

 

「浩介の母です。浩介と優子ちゃんとの結婚は、とてもお似合いだと思います。正直に言いまして、優子ちゃんは、浩介にはもったいないくらいのいい女の子でして、きっと幸せな家庭を築いてくれると確信しています」

 

 お義母さんが、あたしを褒めてくれる。

 

「優子ちゃんは家事が得意で思いやりもあって、名前の通りの優しい子だと思います。特に家事なんですけれども、専業主婦歴の長い私よりも得意でして、今後我が家の家事戦力としても、たくさん期待しています。私の話は以上です」

 

  ワハハハハ、パチパチパチ……

 

 最後は少しだけ笑いが漏れつつも、お義母さんのスピーチが終わる。

 

「では続きまして――」

 

「待ったー!」

 

 司会者のスピーチに老人女性の声で「待った」がかかる。

 

「お母さん、ダメですって!」

 

「ええい、どうしても一言言わせてほしいんだ!」

 

 一人の老人女性が乱入し、あっけに取られたお義母さんからマイクを強奪する。

 もちろんリハーサルにはないことで、周囲もやや唖然としている。

 

「優子ちゃん、浩介! 結婚おめでとう! 老い先短いこのババのために、早くひ孫の顔を見せてちょうだい! 孫はかわいいって言うけど、ひ孫見られるのは夢だからね! ひ孫はもっとかわいいもんさ! 以上!」

 

 あー、この人がおばあさんだったのね。何だかものすごいパワフルだわ。

 浩介くんのおばあさんはそう一言言い終わるとそそくさと席に戻った。

 拍手は起こらず、周囲も何だか動揺している。

 

「えへん、気を取り直しまして続きまして新婦ご両親、まずはお父様からお願いいたします」

 

 司会者の人が仕切り直しをして、次に来たのは父さんだった。

 義両親と同じように、

 

「優子の父です。優子、浩介くん、この度は結婚おめでとう。開場の皆さんは知っていると思いますが、優子は元々は男性で、2年前の5月にTS病で後天的に女性へと変貌しました」

 

 あたしのTS病のことも触れない訳にはいかないよね。

 

「今の優子はいつも明るくふるまっていますが、一日で今までの価値観がひっくり返って、父さんには想像もつかない辛さ、苦しみがあったと思います。しかしそれらを乗り越えて、今回の結婚は大変嬉しいと思います。以上です」

 

「ありがとうございました。続きまして新婦のお母様、よろしくお願いいたします」

 

 父さんのスピーチが終わり、最後に母さんのスピーチが始まる。

 

「優子、結婚おめでとう。2年前のあの日から、母さんはずっと優子のことを見守ってきました、楽しい時も辛い時もありました。でも優子はいつも健気に笑っていました」

 

 いつもの母さんからは想像もつかないくらい真面目な声で話す。

 

「優一だった頃と、何もかも正反対の女の子になって、好きな男の子も出来て、そして今日、女の子としての幸せを掴めました。優子、これからもずっと幸せな笑顔を振りまいて、みんなに幸せを与えるような、名前の通りの優しい女の子になってほしいと願いまして、私のスピーチを終わります」

 

 母さんのスピーチに、一層の熱がこもる。

 そして、4人の中でも一番盛大な拍手が母さんに送られていた。

 

「では、ここで新郎新婦から、ご両親に向けてのスピーチがあります。それでは新郎新婦、お願いいたします」

 

 あたしたちは、司会者さんに従い、両親たちがスピーチしていた場所に進む。

 そして、司会者の人から、封筒に入った紙を渡される。

 中にはスピーチの内容が入っている。

 念のために正しいか確認すると、まず浩介くんからスポットライトの部分に出る。

 

「お父さんお母さん、今までありがとう。僕をここまで育ててくれたこと、面倒を見てくれたこと全てのことに感謝します。もちろん、優子ちゃんと違って、僕は住む場所は変わりません。ですから、今後もお父さんお母さんにはお世話になることが何度もあると思います」

 

 浩介くんが両親の方を振り向きながらスピーチをする。

 あくまで両親に向けてのスピーチだものね。

 

「もしかしたら、夫婦生活や子育てなどで、力を貸してもらうこともあると思います。ですから、今までありがとうだけではなく、これからもよろしくも含めて、お父さんお母さんには伝えたいと思います。以上です」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

「最後に、新婦から、新婦ご両親にメッセージがあります。ではよろしくお願いします」

 

「はい」

 

 拍手とともに浩介くんのスピーチが終わると、次に来るのはあたしのスピーチ。

 あたしは、紙を広げてマイクの前に立つ。結婚式の全参加者があたしを注視する。

 

「お父さん、お母さん、今までありがとうございます。特に女の子になってから、お母さんにはとてもお世話になりました。女性として生きていくための心構え、言葉遣い、振る舞い、礼儀作法、そして家事……今こうして女としての幸せを謳歌し、結婚できたのも、お母さんの教育のおかげです」

 

 母さんの方を向き、あたしはありったけの感謝を込めて話す。

 

「お父さん、お父さんは寡黙な人ですが、あたしを影で支え続けていたのも知っています。男だった時、荒んだあたしの人生の中で、様々なことを語り合えたのは、心の支えになりました。あたしはこれから、お嫁に行きます。あの時倒れるまで、想像もしていなかったことです。そこでずっと、幸せに暮らしていきたいと思っています。今まで本当に、ありがとうございました」

 

 あたしが両親に頭を下げて、スピーチが終わる。

 そう、「ずっと」幸せに暮らしていきたい。

 それが、これからのあたしの願いだから。あたしの願いを聞いて、みんなちょっとだけ、真剣な表情になっていたのが見えた。

 

「では続きまして、夫婦初めての共同作業、ケーキ入刀に入ります!」

 

 あたしたちのスピーチが終わると、次に行われるのはケーキ入刀で、慌ただしくウェディングケーキが運ばれてきた。

 ウェディングケーキはかなりの量がある。

 とにかく参加者が多いので、それはもう凄まじい大きさになっていた。というより、同じケーキが幾つかあって、そのうちの1つに入刀することになった。

 他のケーキは、コックさんがやってくれるらしい。

 

「浩介くん」

 

「おう」

 

「お手伝いいたします」

 

 ケーキの入刀と言っても、スタッフの人がかなり補助してくれる。

 司会者の人は「初めての共同作業」と言ってたけど、これじゃ共同作業と言うのは難しいと思う。

 

 無事にケーキ入刀を終えたら、あたしたちはスタッフさんと協力して、ケーキを参加者さんに配っていく。もちろん、配る度に、あたしも浩介くんも「おめでとう」と声をかけてもらえる。

 うー、やっぱりこのドレス、最高にかわいいけど、動きやすさではちょっと難があるわよね。

 まあそれでも、他の動きにくいドレスと比べると、こちらはだいぶ機能性を重視してるらしいけど、とにかくスカートが重いわね。

 

「さあ、引き続き、結婚式を楽しみましょう」

 

 あたしたちも席に戻り、引き続き祝福を受けながらケーキを食べることにした。


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