永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「おいしいわねこのケーキ」
「ああ」
あたしたちは、このドレスに負けないような白いケーキを美味しく食べる。一応これも夕食の代わりにもなる。
「だろう? この式場では一番高額なプランだからね」
突然、中年男性の声がしたので見上げてみる。
そこにいたのは予想通りの人だった。
「蓬莱教授!」
「2人とも、結婚おめでとう。あー、しかし結婚したとなると苗字が同じになるなあ……これからは優子さん、浩介さんと呼ばせてもらうよ」
蓬莱教授が今後の呼び方について話す。
確かに、重要なこと。でも大学に入る時までには、あたしの学生証も変わってるかな?
「はい」
「……分かりました」
結婚後も旧姓で呼び続ける人もいるみたいだけど、あたしそれは絶対に嫌。だって、それじゃ浩介くんとの結婚を認めてくれないような気がするから。
結婚したということを身に染み込ませたいから、ね。
「ふう、よかった。優子さんのことだから旧姓を使い続けたらきっと怒るだろうと思ってね」
「あ、うん……」
やはり蓬莱教授は先読みの天才だ。あたしの気持ちをすぐに察していた。
「いやまあ、後になって『旧姓でもいい』っていう人はたくさんいるさ。でもこういう舞台、しかも婚姻届を出したその日だろ? そういう日は気分から変わっているんだ」
「確かにそうかもしれないわ」
卒業式が終わり、婚姻届を出して、結婚式を開く。
こんな大忙しな1日を過ごせば、あたしみたいに旧姓で呼ばれたくないと強く思ってしまうのは無理もないことなのかもしれない。
「しかし教授、やはり結婚式に来てよかったですね」
「ああ」
「え?」
蓬莱教授の隣にいた助手の瀬田さんが声をかける。
瀬田さんの、「結婚式に来てよかった」というセリフに、あたしがちょっと引っかかる。
蓬莱教授の貴重な研究時間を割いてまで来てくれて、しかも来てよかったと言われたのはちょっとだけ予想外だった。
それこそ、研究の時間に充てたほうが有意義なはずなのに。
「こんな幸せそうな夫婦の未来を、壊したくねえんだよ。もし俺の研究が失敗すれば、優子さんは結婚生活よりもずっと長い期間、浩介さんと死別しなきゃならん。今回の結婚式で、改めて思ったよ。『この研究は、絶対に成功させる』ってね」
蓬莱教授が胸の内を暴露する。
正直言うと、合理主義の権化みたいな蓬莱教授にしてはすごく珍しい考えだと思う。
「不思議そうな顔をしているな。なあに、君たちのような理想的な夫婦というのがいつまでもあり続けるのもまた、巡り巡って全体の利益にもなるんだ」
「そ、そういうものですか」
やっぱりまだ、あまり想像のつかない話でもある。
「さて、立ち話もなんだし、皆さんを紹介しよう。こちらは俺の大学の同僚の河毛(かわけ)教授だ」
蓬莱教授よりも年上っぽいおじさんの教授が紹介される。
「河毛です、専門は応用数学です。佐和山大学で、履修の機会がありましたらよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
河毛教授は物腰の柔らかそうな人ね。
「こちらも俺の同僚で――」
蓬莱教授による紹介はかなり長く続く。大学の関係者の中でも、蓬莱教授と関係の深い人は多いみたいね。
「こちらは――」
「よろしくお願いします」
あたしたちもそれぞれ挨拶をする。
「さて、これで全員だな。あー、もちろん覚えなくても構わないぞ。大学に入ってから覚えればそれでいい」
「はい」
全員を紹介し終わって、蓬莱教授がそんなことを言う。
ともあれ、必要になったら覚えておけば大丈夫ね。
「そう言えば、思い出ビデオはやらないのか?」
全員を紹介し終わると、蓬莱教授が話題を変えてくる。
「あはは……実はデートとかを写真にほとんど残していなくて……」
「なるほど」
デート中、写真に残すということについて、あたしも浩介くんも意識をしていなかった。
更にあたしの出自からも、優一時代の写真を映すのはかなり抵抗感があったので、今回中止という形になった。
なので後はもう、この結婚式は参加者同士で歓談し、あるいはあたしたちがテーブルに出向いて歓談するイベントになっている。
「ともあれ、俺も予算を使い切るのにちょうどよかった。新婚旅行のお金も、部屋に置いてあるから、是非、というよりも、必ず受け取ってほしい」
「ありがとうございます」
そう言うと、蓬莱教授たちは去っていった。
「優子さん、結婚おめでとうございます」
「あ、高島さん」
蓬莱教授と入れ替わって、今度は高島さんが、あたしに話しかけてくる。
そして隣にいたのは――
「篠原さん、篠原君、結婚おめでとう」
さっきと同じ永原先生だった。あたしと浩介くんが同じ苗字になったので、呼び方がさっきとは変わる。
永原先生は元々男子生徒を「君」、女子生徒を「さん」と呼んでいたので、違和感はない。
「「ありがとうございます」」
「ふふ、篠原さん、新しい苗字で呼ばれるのはどう?」
「うん、とっても嬉しいわ」
「やっぱりそうね、私は独身だから分からないけど、TS病の女の子はみんな結婚するとそうなるのよね。生まれつきの女の子でない以上、どこかで不安定なところがあるから、多くの人は結婚すると新姓にこだわるようになるわ」
永原先生が、ちょっとだけ遠い目をして言う。
でも、だいたい想像がつくわね。
「そうですか」
「あ、そうそう、高島さんから篠原さんに、用事があるみたいよ」
永原先生の言葉と共に、高島さんが前に出る。
「それでその、奥さんの方に取材をしてもいいですか?」
「え!?」
高島さんが、あたしのことを「奥さん」と呼ぶ。確かに全く間違ってないけど、やっぱり「奥さん」という響きはまだ慣れないわね。
そして、「何故今取材なのか?」という疑問もある。
「あーうん、協会の広報の一環としてね、TS病の女の子も、普通の女の子のような幸せを得られるんだっていう宣伝のために、篠原さんのことを紹介したいのよ」
「……そう言うことですか」
永原先生が代わりに説明してくれる。
「ええ、今回の結婚式のこと、新婚旅行の後ででいいので、記事に書いてもいいですか? もちろん、変なことは書きません。ただ、先ほど永原さんがおっしゃったような感じにはします」
「篠原さん、これは重要なことよ。今後の情勢次第では、『元男』という偏見が増してしまうかもしれないの。最近は女装や性別適合手術の技術が向上しているわ。だからこそ、私たちが純粋な女性であるということを示すためには、彼らのできないこと……結婚して妊娠し、出産もできることを、私たちは大声でアピールしないといけないわ」
永原先生も、特に今回のことは重視したいらしい。
TS病を受け入れた女の子たちは、中身だってもう男じゃないということを示すために、結婚したあたしのことは特に大事になってくる。
「分かりました。春から私も広報部長です、会長の協力要請には従いましょう」
「ありがとうね、篠原さん」
先生と生徒という関係がなくなっても、永原先生との交流は続いていく。
「それでは、新婚旅行の後、お願いいたしますね」
「分かりました」
高島さんのアポイントメントを受けて、2人は去っていく。
「篠原さん、この度ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます」
永原先生と高島さんから、入れ替わるように入ってきたのは比良さんと余呉さんだった。
「比良さん、余呉さん」
「ふふっ、篠原さん、結婚生活うまくいくといいわね」
比良さんが少し笑っている。
そう言えば、比良さんには子孫がいたんだっけ?
「はい、浩介くんと、助け合いながら生きていきます」
「頼もしいわね」
比良さんが柔らかく微笑む。
「比良さんは、TS病患者として、初めて結婚して、子供を産んだ人なのよ」
余呉さんが話してくれる。
そう言えば、永原先生は恋愛はしたことないんだっけ?
「あー、そう言えば、ひ孫を名乗る人がいたな」
浩介くんが、夏休み中のことを思い出す。
「ええ、子が死に、孫も死に、30人いた曾孫も今や道蔵だけになってしまったわ……今はその道蔵にも曾孫がいるわね」
えっとつまり、玄孫(やしゃご)のさらに孫かな?
178歳になっていればそれくらい行くのかな?
「遠い話だな」
浩介くんの話に比良さんが深淵を見るような目で言う。
「ええ、私も、子孫全員までは把握してないわね。仍孫(じょうそん)がいることまでは分かってるんですけど」
仍孫、何て聞き慣れない言葉よね。多分、そんな遠い子孫を見たことがあるのは、比良さんだけだと思う。
比良さんだけが、子孫が死んでも生き続けている。
そういう意味では、蓬莱教授の研究が失敗した時、比良さんは未来のあたしでもある。
「篠原夫妻には、是非副会長のような未来にならないように、蓬莱先生とよく協力してください」
「おう」
余呉さんが、釘を刺すように言う。
と言っても、あたしたちに出来ることは多くはない。あたしの遺伝子
「分かっています」
比良さんと余呉さんが去っていく。
この頃にはもう、あたしも浩介くんもケーキを食べ終わっていた。
「んじゃ俺、挨拶周りに行って来る」
「ええ」
あたしは、ウェディングドレスが動きにくいので、ここにとどまっている。
浩介くんは結婚式に参加してくれた親戚たちの元へと歩いていく。
「お久しぶりですわね、今は篠原さんですわね?」
「ええ、坂田部長、お久しぶりです」
あたしの所には、天文部で去年お世話になった坂田元部長が現れる。
やはり癖で「坂田部長」と呼んでしまう。
「大変でしたわ。天文部がまさかあんなに大きくなっていた何て夢にも思いませんでしたわ。お陰様で後輩たちにつかまってしまいまして――」
「た、大変でしたね……」
坂田元部長は、あたしに挨拶する前に、天文部の後輩たちに挨拶しないといけなかったらしい。
「ええ、遅くなりましたけど、結婚おめでとうございます」
「うん、ありがとうございます坂田部長」
その後も入れ替わり立ち替わり、天文部の後輩や、学校の先生や知らない人からも祝福を受け、最後に親戚のおじさんおばさんたちなどからも祝福を得た。
この時間は長く、それらが終わった頃には結構の時間
「えーそろそろ最後の記念撮影に移りたいと思います。今回は参加者が多いので、こちらの会場で撮影を行います。それでは、参加者の皆様はご起立願います」
司会者さんの発言と共に結婚式の参加者たちが一斉に起立し、そそくさと会場から出ていく。
代わりに、大勢のスタッフさんの手で、机と椅子が片付けられていく。
そう、ここはこれから撮影会場になる。
「静かね、浩介くん」
「ああ……」
時刻はもう、夜8時に近い。結婚式が始まって、もうすぐ2時間になり始めていた。
一斉に移動するのに、誰もしゃべらない。参加者の多くは、これから2次会3次会と進むらしい。
「2次会、断っておいてよかったわね」
「ああ」
「「……」」
今夜のことを考えると、あたしは緊張が止まらない。
集合写真の撮影会のことが、頭から離れていく。
あたしたちが座っている所を除く、全ての机と椅子が取り外された。
「じゃあ新郎新婦のお2人様、まずは2人で撮影します。こちらの台のほうへどうぞ」
あたしと浩介くんはいかにもな感じのカメラを抱えたカメラマンさんに誘導され、お立ち台のような場所に立つ。
もちろん手は繋いだまま。あたしはニッコリと笑顔で微笑み、浩介くんもそれに続く。
「行きますよー3……2……1……」
ピピッ
カメラからフラッシュが焚かれ、写真が撮られる。
目を瞑らないように気をつけないといけないわね。
「もう一枚行きまーす、3……2……1……」
ピピッ
「はいOKです、ではご親戚の皆様を呼びますね。台から降りてください」
そして、両家の親族たちが入ってきた。
まずは親族だけで撮影することになっている。
ちなみに台は回収されていて、あたしたちの後ろにはかなり広い段差が置かれている。
「じゃあ新郎側と新婦側で、後ろの方に立ってください」
そして、段差のごく一部が埋まっている状態で、同じように2枚の写真が撮られていく。
「ではですね、全員をお呼びいたしますのでお待ちください」
その声とともに、大勢の参加者が我先にと後ろへ並んでいく。
一応見栄えもあるので、親戚組、小谷学園組、協会組、蓬莱教授組で大雑把に分かれる。
幸子さんの水色の服が、あたしのウェディングドレス並みに目立っていた。
でも幸子さんも、あたしに負けないくらいの美女で、あの後も小谷学園の男子から、歩美さんともどもナンパされまくっていた。
TS病の女の子にとって、ナンパされるのも重要な経験になる。
ともあれ、一番最後の撮影は3枚の写真を撮影する。
「それではですね、結婚式の方はこちらで終わりになりますので、各自解散してください。新郎新婦の方がこちらへどうぞ」
「「はい」」
結婚式の参加者たちが各々解散していく。
あたしたちは、このまま控え室の方へと退いて行き、一部の参加者から拍手が沸き起こった。
あたしたちの親戚は、それぞれ石山家と篠原家に分かれて、別の場所で飲み直すという。
蓬莱教授たちはそのまま直帰で帰宅し、明後日月曜日のの研究に備えるという。
小谷学園の生徒たちは、一部は蓬莱教授の支援もあってこのホテルに泊まることになっている。
卒業生は既に卒業式の2次会があって、結婚式は3次会、なので4次会はカラオケやゲームセンターになるという。
もちろん、何次会もする人たちにとってもホテルは拠点だし、一部はあたしたちが新婚旅行に出かけた後も遊ぶだろう。
逆に天文部の後輩たちなどの2年生以下の在校生たちは、一部はこのホテルに泊まって翌朝に帰るが、基本的にはそのまま帰宅する。
幸子さんたちは帰りの電車の都合でここに宿泊、歩美さんと意気投合したらしく、これから一緒に両家で夜遊びするらしい。
協会の人たちと、小谷学園の先生は全員直帰。永原先生だけ、明日の新婚旅行の見送りに参加することになっている。
高島さんたち「ブライト桜」のメンバーはそのまま自宅に帰って翌日以降記事の下書きを書くという。
そしてあたしたちは……
「お部屋にご案内いたしますが、服装このままでよろしいですか?」
「はい」
ウェディングドレスはオーダーメイドなので、あたしはウェディングドレスを着たまま部屋に案内してもらう。
「優子ちゃん、大丈夫?」
「うん」
ちなみに、浩介くんにお姫様抱っこされながら会場を去ったので、ものすごい目立って恥ずかしかった。今も、ドキドキが止まらない。
ホテルのスタッフさんにエレベーターで最上階に連れて行ってもらう。一番高いスイートルームでもちろん広さは格別だ。
「ではですね、こちらのカギをお持ちください。ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、ホテルのスタッフさんが、部屋の扉を開けてくれた。浩介くんが、お姫様抱っこをしながら鍵も受け取る。
お姫様抱っこされながら部屋に入り、ドアが閉まる音がすると、あたしは緊張が更に高まる。とうとうあたしが、浩介くんと本当の意味で結ばれる時が来るのだから。
「うわーすげー」
部屋の中はかなり広い。というよりも、下手したら家のリビング以上に広い。
メインの部屋の他にも、和室が1部屋ある他、奥にはあたしが使ってるベッドの2倍はあるベッドが2つもある。あたしは、そのベッドの上に優しく下ろしてもらう。
テレビは大画面で、机も広々としていて、トイレも浴室とは別になっていて、浴室ももちろんかなり広い。
大きな窓の外からは、日本の首都、東京の夜景がきらびやかに広がっていた。
そして、机の上には一万円札が何枚もあり、蓬莱教授からの「予算を使い切らないと支援者に怒られるから、君たちに押し付ける。来年以降は研究に回すように努力するから、頼むから受け取ってくれ」という手紙があった。
あたしたちにとっては大金すぎる。金銭感覚が狂いそうだけど、まあタダでお金渡されて不機嫌になる人はいないでしょう。
そして、2つのキャリーバッグが置いてあった。
これはもちろん、明日の新婚旅行で使うもの。
中身を確認する。着替えにお風呂セット、鉄道の切符など、旅行に必要なものはそろっている。何故か、制服まであったけど気にしないでおく。
「ふう、休もうか」
「う、うん……」
あたしたちは、夜景を背景にベッドに腰掛ける。
広いベッドだけど、隣同士でくっつきながら、お互い一言も発しない。
静かな時間が、流れていた。