永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
タクシーは、渋滞の多い道路を進んでいく。
東京の道路なので、とにかく信号が多い。
しばらくすると、東京駅のオレンジ色の建物が見えてきた。
浩介くんは、メーターと格闘している。
タクシーは初乗りもだけど、結構値段が上がっていくスピードも速い。
とはいえ、バスとも違い、基本的にあらゆる場所で乗り降りできるのがタクシーの強みだ。
「はい、お客様、つきましたよ」
「ありがとうございます」
タクシーの運転士さんにお金を支払い、あたしたちはキャリーバッグを下して東京駅へと入る。
この駅は、数年前にリニューアルされ、まだ真新しい。
あたしたちは、「上野東京ライン」と書かれた案内へと向かう。
最初の目的地は、大宮にある鉄道博物館に決まった。
日曜日なので混雑はしていると思うけど、ともあれ東京の近くもめぐるという発想から、鉄道博物館が最初に選ばれた。
この後、あたしたちは新幹線で仙台に行き、そこで宿泊することになっている。
ちなみに、明日以降は全て温泉宿だけど、この日だけはラブホテルにした。
これは、前日の興奮がまだ冷めないようにという思惑もあるし、義両親とも同居するので、機会がめぐってこなかった時のための予行演習も兼ねている。
あたしたちは、エレベーターを使い、駅のホームに移動する。
「グリーン車は足元の数字――」
あたしたちは、あらかじめチャージしてあったICカードを取り出し、グリーン車の事前購入コーナーに並ぶ。
そう、今回の旅、蓬莱教授からの散財要望もあって、在来線はグリーン車、新幹線もグランクラスが使われることになった。
今日は日曜日で、グリーン車もホリデー料金という安い金額になっている。
平日は着席要望のあるサラリーマンなどが中心となって利用することが多いらしい。
確かこのICカードで、座席の上にタッチするんだったわね。
さて、これが済むとあたしたちは、品川から来た電車を待つことになる。
グリーン車にも、何人かが乗り込もうと並んでいる。
「上と下、どっちにする?」
浩介くんが聞いてくる。グリーン車が2階建てなのはよく知られた話だ。
「うーん、上で」
なんか景色良さそうだし。
「分かった」
浩介くんも、了解してくれる。
そして、いつものチャイムと共に、「小金井行き」が来る。
電車は、このあたりで使われている標準的なもの、側面には「サロE233-3023」とある。
ちなみに、目的地は大宮なので、来た電車にそのまま乗ればいい。
15両の長大編成の電車が入る。
あたしたちの前には、2階建ての電車が威圧感を持って待ち構えてくれる。
「扉狭いから気を付けろよ」
「うん」
浩介くんが注意してくれる。
このグリーン車は、少しでも座席数を稼ぐためか、扉が他の車両より小さい。
新幹線もこんな感じだったわね。
「階段きついわね……」
「こっち行ってみようぜ」
浩介くんは階段とは逆方向に向かう。
「こっちにも座席あったんだな」
「ええ」
そこは平屋のグリーン車で、幸いにして、荷物置き場も上部に取り付けられていた。
「よっと」
それを見た浩介くんがひょいと鞄を上に持ち上げる。
「うーん!!! はぁー!」
あたしも浩介くんの真似をしてみたけど、鞄が少し持ち上がるだけで全然ダメだわ。
「ほら、優子ちゃん貸してみ?」
「うん」
ひょい
浩介くんがあたしの荷物を軽く持ち上げて上においてくれる。
「ありがとう……」
また、胸がキュンとしちゃうわ。
「小金井行き間もなく発車いたします、ご注意ください」
ピンポーンピンポーン
音とともに扉が閉まり、あたしたちは窓の外を見る。
「この電車はこの電車は上野東京ライン、宇都宮線直通、小金井行きです。グリーン車は4号車と5号車です。グリーン車をご利用の際には、グリーン券が必要です。グリーン券を車内でお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次は、上野です」
おなじみの、いつもの日本語と英語の放送が流れる。
数年前まで、東京駅と上野駅の間に、東海道から入ってくる列車はなかった。
なので、もしあたしたちの生まれが早かったら、あの時のタクシーの目的地は上野駅になっていた。
まあ、そっちもそっちで、いい思い出にはなると思うけど。
「にしても、結構急な上り坂だな」
「うん」
もともと、限りあるスペースに作ったので、結構無茶なルートにも見える。
あたしは車窓を見る。
電気街を通過していくのが見えた。
そして、そのまま列車は上野駅へ。
上野駅では、何人かの人が乗ってきた。
休日のグリーン車ということで、あたしたちの車両には老夫婦が乗り込んできた。
「ふう、一息つけるわね」
「ああ」
長年連れ添ったという感じ、あたしはああはならない。
電車はまた何駅か通過後、別のルートに入っていく。
「間もなく、尾久、尾久です」
「永原先生の話だと、このあたりは車両基地みたいで、北海道へ向かう客車列車なんかを置いていたらしい」
浩介くんが永原先生の話を話してくる。
「え? 浩介くん、どこでそれを?」
「あーいや、こんなノートが鞄の中にあったんだ」
浩介くんが小さなメモ帳を服のポケットから出してくれる。
「どうもこいつには、新婚旅行で使う鉄道に関することがびっしり書いてある。博物館についても、だな。先生によれば、『こいつを見ながら、旅行をより楽しんで欲しい』とのことだ」
「あ、あはは……」
ともあれ、永原先生の厚意は素直に受け取っておこう。
次の駅は赤羽駅、そして浦和駅、さいたま新都心駅、大宮駅の順番で停車することになっている。
赤羽駅を出ると、またしばらく、右側の水色の駅を次々通過するようになる。
「あれが各駅停車みたいなものなのね」
「ああ、そういうことになるな」
次々と駅を通過していき、その間にも1本ほど列車を抜いていった。
そうこうしているうちに、列車はあっという間に大宮駅が近い放送が流れた。
「さ、降りるぞ」
「うん」
浩介くんの言葉とともに、浩介くんは荷物棚からキャリーバッグを取り出してくれて、あたしたちは出る準備をする。
「足元、気をつけろよ」
「分かってるわ」
浩介くんの注意通り、ドアが開いたらすぐに出る。
「博物館までは歩いてもいいんだが、せっかくだし『ニューシャトル』っていうのに乗ろうぜ」
「ニューシャトル、そう言えば、さっき放送でやってたわよね」
「そそ、こっちらしいぞ」
鉄道博物館は、どうもJRの肝いりで大々的に建設されたもので、以前は秋葉原に「交通博物館」としてあったものだったらしい。
ともあれ、あたしたちは「ニューシャトル」と書かれた乗り場へと行く。
「ロッカーに寄っていくぞ」
浩介くん大宮駅のロッカーを探してくれる。
「よしここだ」
浩介くんがロッカーを見つけてくれた。
あたしと浩介くんが荷物を入れて身軽になる。
「うむ、この路線はほぼ上越新幹線と並行しているらしい」
浩介くんが、例のノートを見ながら言う。
更に、去年夏には規模の拡張が行われたらしい。
やがて、ニューシャトルの電車が入ってくる。
随分とコンパクトで小さいイメージを受ける。
六角形をイメージした電車で、最新式らしい。
「内宿行き、間もなく発車いたします。閉まるドアにご注意ください」
電車が発車する。
あたしたちは先頭付近を陣取る。
電車は右に曲がる、そしてまたすぐに大きく右へとカーブする。
一周したんじゃないかと思うと、今度は左に大きく曲がる。
「随分と大胆なカーブだな」
「うん」
どうやら、このカーブについてノートには書いてないらしい。
しばらくすると、右側に新幹線が見えてきた。
ちなみに、鉄道博物館はニューシャトルでも1駅で到着するという便利さだ。
途中、新幹線がかなりのスピードで通過していき、やがて急激な下りカーブを経て、鉄道博物館駅に到着した。
「よし、降りるぞ」
「うん」
あたしたちは、ホームに降りる。
「エレベーター使うね」
「おう」
別にエレベーターじゃなくてもいいんだけど、階段を使うことにした。
ICカードを使って外に出る。
そして、この鉄道博物館でも、ICカードが使えるという。
券売機に並ばずに、ピピッとタッチするだけで入館することが出来る。
本当、便利な世の中になったわね。
鉄道博物館に行く間にも、D51蒸気機関車の先頭部分が展示されていて、他にも蒸気機関車で使われた大きな動輪があった。
「お、床のこれ、よく見たら時刻表じゃん」
浩介くんが気付いたように足元を見る。
「あ、本当だわ」
そこには「やまびこ」とか「こまち」といった、おなじみの列車名があった。他には「あおば」という見慣れない列車名もある。
「浩介くん、『あおば』って?」
「ちょっと待ってな……うーん、このメモ帳には書いてないんじゃないかな?」
「そ、そう……」
うーん、もしかしたら、もう「あおば」というのは存在しないのかもしれない。
左側には、かつて鉄道車両で使われていた台車もある。
「ふむふむ、この上にいつも見ている車体が乗っかかってるのか」
「そうみたいね」
車輪がレールと接触している部分は小さい。
それだけ、鉄道というのは摩擦が小さくて、効率的な輸送ができるというわけね。
「ともあれ、中に入るか」
「うん」
あたしたちは、再びICカードをチャージして中に入る。
これで、券売機に並ばずに済む。
浩介くんは早速、パンフレットを取って館内の案内を確認している。
「運転シミュレーターに車両展示に……色々あるな」
「シミュレーターは……うーん、ちょっと覗くだけにしておくわね」
また派手にオーバーランしそうだし。
「ああ、分かった。じゃあまず、展示コーナーから行ってみるか」
浩介くんの誘導で、あたしたちは右へと曲がって展示コーナーに入る。
「おお、広いな」
正面に線路が見えて、真っ黒の蒸気機関車が、京都でも見た転車台の上に乗っている。
しかしその手前にも数え切れないほどの車両が展示されていて、しかもこちらも2階部分に吹き抜けになっている。
最初に見えてきたのは、明治期の機関車、「1号機関車」というのもあって、最初の機関車らしい。
浩介くんによれば、この1号機関車には、永原先生は乗ったことはないらしい。
他にも、京都でも見た「弁慶号」という機関車や、ドイツやアメリカなどの諸外国から輸入された数多くの機関車が所狭しと並べられていた。
「すげえ車両の数だな」
「うん、古いのが多いわね」
明治の鉄道もあって、「陸蒸気」という言葉が出てくる。
「浩介くん、永原先生の言っていた『陸蒸気』って」
「本当に使われてたんだな」
浩介くんが、感心しながら言う。
ちなみに、永原先生が、明治の日本人が靴を脱いで客車に入ってしまったというのも本当らしい。
また、「開拓使号客車」というのもあって、アメリカの鉄道の影響を受けた北海道では、こうしたアメリカの技術が使われていたらしい。
そして、左側には「富士」と書かれたヘッドマークの茶色の客車、どうやら「マイテ39 11」というのが車番らしい。
展示の解説を見る限り、どうやら展望目的で作られた客車らしくて、当時としてはとても贅沢な作りに思える。
「えーっと、『マ』っていうのは『コホナオスマカ』のマらしいな」
浩介くんが、メモ帳を見ながらよく分からない呪文のような言葉を言う。
「あの、浩介くん、『コホナオスマカ』って何?」
「どうやら、車両の重さを表すらしい。コが一番軽くて、カが一番大きい。だから、マイテと言えば2番目に大きいらしい。コとホは、軽すぎてもう使われないらしいな。ナも、ほぼ絶滅危惧種らしい」
浩介くんが、カンペを見ながら話す。
完全に永原先生の話の受け売りになってしまっているわね。
「じゃあ、『イテ』っていうのは?」
あたしが追加で聞いてみる。
「うーん、えっと……」
浩介くんが、メモ帳をめくり続ける。
「えっと、『イ』っていうのは『イロハ』の『イ』みたいだ」
あら、結構素直ね。
「イロハ?」
「うん、1等車がイで3等車がハっていうのが元々らしい」
あたしは、さっき乗ったグリーン車のことを思い出す。
「えっと、じゃあさっきの『サロ』っていうのも?」
「ああ、ロがグリーン車とかそういうのに使われているらしい。一等車っていうのは、どうやら廃止になっていて、最近流行りのクルージングトレインというので復活したらしいな」
アホみたいに値段が高いあの列車のことよね。
「テっていうのは、多分展望のテよね?」
「多分、な」
浩介くんが、メモ帳も見ずに話す。
まあ、それくらいはうん、あたしたちにも分かる。
さて、右側の展示を見ていなかったので、あたしたちはそちらへと移る。
かなりきれいになっていて、他の展示品よりも丁寧に展示されている。
他の展示品と違って、近づくことや中に入ることは出来ない。
「これ、『1号御料車』って言うみたいね」
「御料車……うわっ、これ明治天皇専用だったらしいぞ」
浩介くんは展示の解説を見て驚く。
これらは全て皇室専用だという。なるほど、しかも鉄道記念物ということで、かなり丁寧な扱いらしい。
「へえー、すごいわね」
「やはり、天皇陛下専用の車両というのは必要らしいな」
浩介くんが頷く。
よく見ると、この一列はほぼ全てそうした「御料車」で占められている。
そのすぐ後ろにあるのが2号御料車、こちらも明治天皇用の御料車ということになる。
「このメモ帳には『日清戦争の時に、明治天皇がお乗りになられた機関車』と書いてあるな」
浩介くんがメモ帳を見ながら言う。
そしてその隣、展望車を兼ねた御料車があった。
やはり、当時の鉄道を考えれば、長旅になるのは当然だ。こういう機能も必要なんだろう。
その隣は12号御料車で、こちらは昭和天皇の御料車ということになっている。
「12号御料車……皇太子時代に作られたものらしいな」
大正時代製造と言っても、使われたのは主に昭和天皇時代だという。
「そう言えば、大正の末期は昭和天皇が摂政だったのね」
少し前、どこかで見た知識をあたしが言う。
「ああ、そういうことか」
そして次の御料車は9号御料車で、中を見ると一風変わっている。
「どうやら、食堂車になっているらしいな」
食堂車、あたしたちの中では旧世代の遺産というイメージが強い。
京都の博物館でも車内販売や駅ナカで、より便利になったと言っていた。
そして最奥部は7号御料車、こちらも大正天皇用で、当時の工芸技術を集めた傑作品だという。
「すげえよなあ……」
「うん、あたしたちが乗ってきたグリーン車なんてちっぽけだわ」
まあ、座り心地は良かったけどね。
「じゃ、戻ろうか」
「うん」
浩介くんの声とともに、あたしたちは元来た位置に戻る。
そして、1号御料車の向こう側には、鉄道システムに関する展示解説があった。
これは、京都でも見た古い鉄道の閉塞システムだった。
「ふむふむ」
「優子ちゃん、鉄道の閉塞って?」
今度は浩介くんが質問してくる。
「ほら、列車同士が衝突しないために、ある区間に複数の列車が入らないようにするんだって。例えば、前の電車と詰まるっていうのもそれみたいね」
「なるほどなあ……」
あたしが京都での受け売りを話すと、浩介くんが納得した風に言う。
確かに、簡易的な説明だけど、それが最もわかりやすい。
あたしたちの鉄道博物館の旅は、始まったばかりだった。