永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「よし、隣に行こうか」
「ええ」
それらを見終わり、あたしたちはその隣へ。
どうやら、鉄道に関する様々な技術紹介がある。
「浩介くん、この軌道って……」
そこには「国鉄スラブ軌道」「バラスト軌道」と書いてあった。
また、スラブ軌道には様々な派生版があるともあった。
「スラブの方が新しいのよね」
バラスト軌道は、線路の狂いをなくすために文字通り石を敷き詰めた昔ながらの軌道、スラブの方は、線路が狂わないようにコンクリートなどで強力に固めてしまうらしい。
「ああ、バラストの方は、一番古典的らしく、狂いやすいから保守に手間がかかって、唯一バラストだった東海道新幹線はそれで結構苦労しているらしいな」
それだけ聞くと、なんかデメリットしか無さそうだけど。
まあ、古い技術だしね。
「でも、在来線とかでもあっちこっちに残ってるわよね」
「だけど、乗り心地や消音という意味では、いまだにこの軌道を上回るのは無いらしいな。石が音と衝撃を吸収してくれるんだってさ」
浩介くんがメモ帳に書いてあるバラスト軌道の優位性を話す。
「へえ、もしかして保守が大変っていうのも?」
「ああ、上を走る列車から衝撃を吸収していくと、段々と石が丸くなる。そうすると衝撃を吸収しにくくなるし、隙間ができて危なくなるから、取り替える必要があるんだとさ」
時々、変な位置に石が積まれていたのもそのためなのね。
「でも、線路保守かあ……」
「大変そうな作業だよな。列車が走っていない時間にしなきゃいけないみたいだし」
重労働であることは容易に想像がつく。
「うん」
この鉄道科学資料館は、2階部分にまたがっている。
あたしたちは、次のコーナーを進む。
そこには蒸気機関車から電車まで、仕組みの解説があった。
「蒸気機関車は石炭などを燃やして、水を沸騰させてその蒸気で車輪を動かすのね」
「ああ、構造はこの中じゃ一番単純だな」
あたしはそうにも見えないけど、水が沸騰すれば体積が激増するので、それを利用しているのは間違いない。
蒸気機関の発明は、産業革命に大きな役割を果たしたものね。
ディーゼル機関車や電気機関車になって、性能も格段に向上し、やがて動力分散方式の「気動車」と「電車」に進化する。
「機関車方式は、今はもう貨物列車と特殊用途にしか残ってないみたいだな」
浩介くんがメモ帳を見ながら言う。
隣には動力分散方式と、動力集中方式の違いのビデオがあって、新幹線とフランスの高速列車TGVの方式の違いが書かれている。
そのビデオの中では、直線的で長い線路なので、動力集中方式がよいとされている。
「優子ちゃん、永原先生によればこのビデオは例えが悪いんだそうだ」
浩介くんが意外な言葉を言う。
「え? どうして?」
「以前はヨーロッパでも広く見られた動力集中方式の高速列車も、今はもうフランスくらいなんだってさ。しかもそのフランスも、次世代高速列車は動力分散方式にするらしくてな」
つまり、ヨーロッパでももはや動力集中方式はメリットが無くなっているということだ。
「へえー、それはまたどうして?」
「動力分散方式は加減速性能に優れる上に、軽いから線路も傷みにくいだろ? 高速にすればするほど、その影響は顕著になるんだってさ」
「なるほどねえ……」
あたしも納得した感じで言う。
「しかも、だ。無動力といっても客車側にもブレーキが必要で、本来なら軽いはずの付随車がかえって重くなっちゃったって書いてあるな」
その状態も、すぐに戻ったけど、軽量化が生命線になる高速列車で、重くなるのは致命的だった。
「特にヨーロッパの鉄道は、軽量化技術が日本と比べると格段に遅れているらしいぜ」
「泣きっ面に蜂ね」
「それでも、地盤が強かったからうまくいってたんだってさ」
なるほど、地盤が強いなら、重い車体でもOKだものね。
だけど、最終的に軽量化が重要になるというのは、日本の鉄道の先見の明だったわけね。
「永原先生によれば、このビデオはTGVじゃ無くて、貨物列車をもっと引き合いに出すべきだってさ」
そう言えば、貨車はみんな機関車方式だったわね。
「貨物列車ねえ……」
「ああ、貨物列車は有効積載量ってのがあるから、大量輸送能力に直結するからな」
浩介くんがメモ帳に書いてあると思われる言葉を言う。
そして次のコーナーに進むと、今度は線路にあるカーブの拡大図だ。
「えっと……これはカントだな……って書いてあるか」
浩介くんがメモ帳を見つつも、展示にも書いて有ることに気付く。
「うん、これ多分、遠心力対策じゃないの?」
「だろうなあ」
これは分かる。
高速で走っている場合にカーブに差し掛かったら、体や車体を曲げないと曲がり切れずにバランスを崩してしまう。
鉄道なら脱線、大事故ということになる。
「カーブの外側に土を盛ってカント量を上げれば、より高速で通過できるのね」
「でも、盛りすぎると、今度はそこで非常停止した時に動けなくなっちゃう危険性もあるんだな」
諸刃の剣というわけね。
「で、もう一つの解決方法として、列車の方に車体傾斜装置を設ける方法もあるんだ。N700系やE5系なんかもそうやってカーブを克服したらしい」
「でも、傾いてるなんて意識しないわよね」
正直、新幹線乗ってても気付かなさそうだし。
「それはテクノロジーの進歩みたいだな」
そう言えば、永原先生が以前鉄道の不名誉なあだ名について言っていたっけ?
あたしたちは、その後も鉄道技術の発展や仕組みについて学んだ。
「次はどこへ行くか?」
「うーん、取りあえず、上に行こうか」
「ああ」
この上は、多分京都と同じく展望スペースになっているんだと思う。
子供たちの騒がしい声が、また聞こえてくる。
「お、すげえなここ」
高さが工夫されていて、新幹線とニューシャトルが正面から見える。
数分後、緑色と赤色の新幹線が通過していく。多分、E5系とE6系になると思う。
「横から見るとまた違うんだな」
「うん」
新幹線を横から見る機会は意外と少ない。
正面からが多いし、横から見るのも駅に入ってくる時に一瞬だ。
大宮駅は全部の列車が停車するので、このあたりはまだ新幹線も速度が出ていない。
「もう一つ、上に行けるみたいだぜ」
浩介くんがさらに上層を示す。
うん、このスカートは制服ほど風には弱く無くて長いし、風も穏やかだから問題なさそうね。
「うわーきれいだわー」
屋上は、さっき同じ目線にあった線路を、上から見下ろすことが出来、より遠くから新幹線を感じることが出来る。
新幹線とニューシャトルだけじゃない。
向こう側に目をやれば、在来線がおびただしい勢いで走っているのが見える。
「日曜日の昼間だってのにすごい本数だよな」
浩介くんが在来線の方を見て言う。
「しかもどれもそれなりの本数あるのよね」
そして、新幹線が通過する。
「というよりも、新幹線もすごいよな」
「確かに、新幹線の本数多いわよね」
とにかく、電車というのは本数が多い。
こうして何路線にもまたがっていたらなおさらよね。
時間的に開館はして無いけど、もし朝ラッシュ時にここを見たらどんな光景になるんだろう?
広場では、新幹線の通過に子供たちが騒いでいた。
その子供というのは、圧倒的に男の子が多い。
「さ、残りの展示を見ていこうぜ」
「うん、でもその前に……お腹すいたわ」
実際、お昼時を過ぎているみたいだし。
「じゃあ1階に食べる所があるからそこで食べようか?」
「うん」
あたしは、一旦1階のスタート地点に戻る。
そこの正面に、レストランがあった。
今は空いていて、注文の品をゆっくり考えられる。
「懐かしの食堂車ねえ……」
「うーん、俺たち食堂車何て使ったことないぜ」
数年前まで、北海道に行く寝台列車についていたらしいけど。
「『懐かしの』というより、『知られざる』って感じで考えるといいかも」
思い付きであたしが言う。
「あー、それいいかも。よし決めた!」
浩介くんも、合点が行ったような様子で注文を決めた。
ちなみに、注文したのはあたしも浩介くんもカツカレーで、カツもカレーもよく食べるんだけど、カツカレーはあまり食べたことがないのでこちらをチョイスしておいた。
店員さんが注文を確認し、あたしたちはひたすら待ち続ける。
窓の外には、多くの乗客を乗せた電車が行きかっている。
あたしは、ふと自分が、全人類の将来を左右しかねない選択をしたことを思い出す。
「ねえ浩介くん」
「ん?」
「電車凄い本数よね」
「ああ、よくこれだけの人が乗るものだ。1両でも場合によっては100人だろ?」
「しかもそれが10両15両で、数分おきにやってきて……まるで無尽蔵みたいだけど、実際にはもちろん有限で、しかも東京という都市だって世界人口からすればほんの一部でしかないのよね」
「ああ、大きいな。この地球は」
浩介くんがしみじみと言う。
「でもあの電車に乗っていた人も、さっき乗っていた人も、それぞれに人生があって……あたしたち、あの人たちをも変えかねないことをしているのよね」
「……だな」
鉄道を知ることで、あたしたちは世界の視野が広くなった。
と同時に、これからの大学生活が、人類史にとって大きな出来事になるということも、ほんの数人の人しか知らない。
何だか、胸がわくわくする話よね。
「お待たせいたしましたー」
店員さんの掛け声で、あたしたちは食事に入った。
食事のあとは、シミュレータを覗いてみた。
ダイヤ通りに、かつ正確に止めるのが目的で、ギャラリーが多かったこともあって、あたしたちは見学にとどめることにした。
蒸気機関車の運転シミュレーターもあったけど、あたしは体力が無いのでもちろんパスした。
次に見えたのは駅のホームを模した展示で、実際に青い103系の車掌室にも入れた。
「ぎゃはははははは」
車掌室では、あたしたちと同じくらいの若い男性2人組が笑っていた。
明らかに「大きなお友達」という感じだわ。
プープップップー
彼らは規則的なブザーを鳴らす。
プープップップー
もう一人が同じブザーを返すと「もしもし、運転士です」とか演技をし始めた。
「でも、用途は間違ってねえんだよな」
浩介くんが呟く。
多分あのブザーは運転士と車掌の連絡用何だと思う。
ここの展示では他には列車指令の仕組みなんてあって、こちらの方のCTCは、京都で見たのとそっくりね。
あたしたちは、再び屋外に出る。
すると、色違いの455系がまた見えた。こちらのほ方は「ランチトレイン」となっていて、客室で好きに飲食することができる。
「永原先生によれば、この455系の色合いは晩年に東北本線の普通列車で使われた時のもので、永原先生的にはこちらが455系のイメージなんだそうな」
車内では、老人グループと思われる団体が大声で騒ぎながら食事をとっていた。
あたしたちはそれを避け、さらに進むと、右側には小さい男の子たちを乗せたミニ列車のアトラクションがあった。
本物のC62を使っていた京都のそれと比べると、かなりチープな感じで、新幹線を模している。
だけど、目の前にある「ミニトレイン」はそれなりに面白そうね。
「これ別料金か……よし、乗ってみよう」
「うん」
あたしたちはチケットを買って並んでみる。
といっても待ってるお客さんはほとんどいなくて、あたしたちはすぐに乗れる。もちろん運転するのは浩介くんだ。
「よし、がんばるぞ!」
「浩介くん、安全運転でね」
「おうよ! えっと、下のほうに倒すと……おおお! 動いた!」
「ういーん」と、実際の音を模したような感じの音が流れ、列車は動いていく。
速度計も浩介くんの運転に反応しているけど、もちろんこの速度はデタラメだ。
「まもなく駅です。停車してください」
「えっと、ブレーキは……えい!」
浩介くんが、手前に引いていたレバーを一気に倒す。
すると、普段使っている電車が止まるときのような音がして、車体が急減速する。
「わわっ」
浩介くんが動揺し、再びレバーを前に倒す。
ファン!
足元のボタンを押してしまう。そこはどうやら警笛になっているみたいね。
その後、加速減速を繰り返しつつ、何とかホームに止まることに成功した。
「電車の運転士ってすげえよな」
「うん」
あたしたちは、こんなおもちゃでも四苦八苦しちゃうものね。
ともあれ、駅に停車してすぐに発車すると、あたしたちは再び加速する。
後は特に大きなイベントはないが、カーブで制限速度があるので、それを守らなければいけなかったり、赤信号になって止まる必要に迫られたりしたら、その矢先に青になって加速したりと芸が細かかった。
「ふー、終わった終わった」
「あはは、かっこ悪かったな俺」
浩介くんが汗をかいている。
ちょっと落ち込んでいる気もするわ。
「あはは、大丈夫よ。浩介くんはあたしを守ってくれてるだけで十分かっこいいからね」
あたしが笑顔でフォローする。
「おっしゃあ! 元気出てきた!」
浩介くんが機嫌をすぐに取り戻す。本当にもう、笑っちゃうくらい単純なんだから、そんな浩介くん、ますます惚れ込んじゃうじゃないの。
あたしたちは、このミニチュア鉄道の裏手の博物館の最奥部に向かう。
ここに展示されていたのはキハ11、さらにその左側、本当の最奥部はシアターになっていて、鉄道に関係のある映像を見たりできるけど、今はやっていないらしく、鍵も閉まっていて中も薄暗かった。
「ふう、これで一通り見たな。優子ちゃん、まだ新幹線まで時間あるけどどうする?」
浩介くんがスマホの時計を見ながら言う。
「うーん、もう一度車両のところを見ようよ」
「うん、そうだな。よし戻ろうか」
「うん」
あたしたちは、元来た道を戻るため、いったん引き返す。
さらーり、なでなで
「きゃあ! こら浩介くん!」
また浩介くんにお尻を撫でられてしまった。
「ごめんごめん、愛する嫁の無防備な所を見たらつい手が出ちゃった」
浩介くんが半笑いでごまかしてくる。
「もう、あたしだからまだいいけど、他の女性には絶対にしないでよね」
あたしは浩介くんに惚れ込んでるからいいけど、そうじゃなかったら警察に御用になっちゃうよね。
「分かってるって、第一優子ちゃんを知っちゃったら、他の女に手を出そうとか全く思えなくなるぞ」
「うー、微妙にほめられて嬉しいのがまた悔しいわ」
以前は、「本当はされて好きなんだろ?」とか「触られているうちが華」というのは、痴漢の自己正当化のための理論だと思ってたけど、本当に惚れ込んでると、自分自身にとっても身に染みるくらいの正論になっちゃうのよね。
あたしたちは、もう一度車両展示を見た後で、時間に余裕をもって博物館を出た。
そして、ニューシャトルに乗って大宮駅に戻る。
所定のロッカーから荷物を持って、あたしたちはいよいよ今日の宿を目指すことになる。
「よし、じゃあ行くか」
「うん」
ちなみに、乗車券は大宮駅で途中下車の扱いになっているので、さっきと同じものを出す。
「しかし、定期券じゃなくても途中下車できるんだな」
「うん、そうみたいね」
永原先生によれば、そもそも乗車券というのは原則的には後戻りをしない限り何回でも途中下車が可能で、その上で幾つかの例外があるのだという。
あたしたちは、その「例外的な乗車券」を、よく目にするのだと言う。
あたしたちは、適当な時間になって大宮駅のホームへと上がり、グランクラスを目指す。
グランクラスに入るのは2回目のこと。1回目に入った一昨年は、シートのみの営業で、アテンダントによる車内サービスはなかったが、今回はそれがある。
「間もなく――」
駅の放送が、新函館北斗行きのはやぶさと、秋田行きのこまちがホームに入ってくることを伝える。ちなみに、グランクラスに並んでいるのはあたしたちだけ。
隣のグリーン車はそれなりに並んでいるけど、やっぱり値段の差もあるのかな?
そうこう思っていると、はやぶさ号が入線する。
やはり、すさまじい位の真緑だった。先頭は近くで見るととても長くて、中々の威圧感があった。
ドアが開き、あたしたちは人生で2回目のグランクラスに入る。
「相変わらずすげえな」
「うん」
お客さんも、サラリーマンと思われる人が2人乗っているだけで、かなり空いている。
ニュースなどが見やすいように比較的後列の方の2人席を取った。もちろん窓側はあたし。
ちなみに、新婚旅行中は、一回は浩介くんを窓側にとも思ったけど「何かあったら優子ちゃんを守るのは俺の役目」と言って、あたしが全部窓側になった。
やっぱり、男は女を守ろうと遺伝子にインプットされているのね。そして女のあたしは、男に守られることで、男に惚れこむように出来ている。
「えっと、これをこうやってっと」
浩介くんがリクライニングを倒し、足を思いっきり投げ出す。
あたしは膝上丈の赤の巻きスカートなので、そこまでだらしない恰好はせず、下側にうんと足を延ばす。
「優子ちゃん、足の延ばし方まで女子力高いよね」
「えへへ、ありがとう」
そんな会話をしていると、はやぶさのドアが締まり、すぐに発車する。
列車は、東海道新幹線と比べると加速は緩やかだけど、それでも電車相応にぐいぐいと加速を上げていく。
「本日も、東北新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は東北新幹線はやぶさ号新函館北斗行きと、こまち号、秋田行きです。全車指定席で自由席はございません。次は仙台――」
東北新幹線でよく見られるオルゴールのような特徴的なメロディーが流れ、新幹線が停車駅を案内する。
幸子さんの家に行く時に使ったやまびことは大違いだ。
もちろん、普段の普通車でも十分あたしたちにとっては快適だけどね。