永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

291 / 555
新婚旅行最終日 長き帰路 後編

「次は終点、余目、余目です――」

 

 ワンマン列車についている無機質な音声が、次の駅が終点であることをアナウンスしている。

 これをもってのどかなローカル線の旅も終わり、ここからは大宮まで特急と新幹線を乗り継ぐ予定になっている。

 

「ふう」

 

 あたしは、とりあえず一息つく。ここで少し待ち時間がある。

 新潟行きの特急「いなほ」の前に、普通列車があるけど、こっちの方は途中駅までしか行かず、接続列車もないので特急をここで待つ予定になっている。特急料金浮かせたいなら、普通列車で終点まで行くのもいいけど、どうせ蓬莱教授の援助だし、気にしなくていいわね。

 さて、その間にトイレに行かなくっちゃ。

 

「浩介くん、あたし、お花摘みに行ってくるから荷物見張っててね」

 

「おう、任せとけ」

 

 と言っても、浩介くんの視界からも、あたしがトイレに行くのが丸わかりだ。

 あたしは駅の女子トイレに入り、しっかりと鍵を閉めてから、前に屈みつつスカートをぺろりとめくり上げてパンツを下して座る。

 

「ふー」

 

 座りながら浩介くんのことを考える。

 うーん、今の浩介くんは……

 ……ってダメよ優子!

 もう! 今度はトイレのあたしを妄想してる浩介くんを想像するなんて!

 あうー! あたし、何てはしたない子になっちゃったんだろう。多分、浩介くんに惚れこんじゃったせいよね?

 あたしは首を横に振って、邪念を振り払った。

 

 トイレを流し、手を入れながら考える。

 そう言えば、あたしが女の子になったばかりの頃、スカートでのトイレの作法を学んだけど、浩介くんの頭の中では未だに下してしていると思ってるのかな?

 って、またそんなこと考えちゃってるわ。

 ……とにかく、早く浩介くんのもとに戻らないと。いつまでもここに居たら最悪濡れちゃうわ。

 

「お待たせー」

 

「おう。特急列車、もうすぐ来るみたいだぜ」

 

 浩介くんは特急列車を楽しみにしている様子で待っている。

 

「まもなく、特急いなほ新潟行きが参ります」

 

 駅員さんの放送からしばらくして、首都圏とは違う駅の放送が流れ、特急列車が停車した。

 地方の鉄道だけど、近代的な角ばったデザインをしていて、車体は真新しいわね。

 

 ドアが開き、あたしたちが中へと入る。グリーン車とは違う車両なので車内を移動すればいいだろう。

 中は結構空いていて、普通車でさえ、座席はまばら。

 あたしたちが乗るグリーン車は、もっと人が少なかった。

 

「結構人が少ねえな」

 

「うん」

 

 採算が取れているのか、少し不安になる。

 

「ま、新潟に近くなれば人が増えていくかもよ」

 

 浩介くんはあくまで楽天的だ。

 

「ふー」

 

「やっと一息つけるな」

 

 ちなみに、グリーン車はかなり快適にできていて、足を延ばすのも当然余裕だ。

 

「ふー、普通列車に乗った後だと余計に贅沢に感じるなあ」

 

「うんそうよね」

 

 浩介くんの言う通りだと思う。

 各駅に停車する普通列車に乗ってきたけど、これからは主要な駅にのみ停車することになる。

 発車した電車はこれまで以上の加速力で、スピードも上げていく。

 

 

「この羽越本線は、強風での遅延や遅れが多いのが難点らしいな」

 

 特急列車の車内、浩介くんは久しぶりに永原先生のメモ帳を持ち出して言う。

 

「へーまたどうして」

 

「14年前にこの路線で突風による脱線事故があったんだって」

 

「そうなのね」

 

 浩介くん曰く、この突風自体はどうにもならないことで、死者が出てしまったことも含めて「運が悪い」としか言いようのない事故だったらしい。

 ただ、「運が悪いから仕方ない」で割り切れる、永原先生や蓬莱教授みたいなタイプは世間では圧倒的に少数派だ。

 そして起こったのがとある新聞社による強引な社説で、今も語り継ぐべき事象らしい。

 

「『風の息遣いを感じていれば、事前に気配はあったはずだ』とまあ、強引な批判をしたわけだな」

 

「ふう、そこまでしてどこかに責任をぶつけないと気が済まないのかしら?」

 

 色々と、ひどい話だと思う。

 この社説自体14年も前の話なのに、未だに語り継がれているものね。

 そして、永原先生が言うには、マスコミに対する今の徹底的な閉鎖主義も、こうした報道を何度も積み重ねてきた所による物が大きいらしい。

 

 電車は新潟駅まで幾つかの駅に停車する。

 停車駅ごとにホームには人が居て、何人かがこの列車に乗っており、何人かが降りているが、ここグリーン車には殆ど出入りがない。

 やはり、料金の高さがネックなのかもしれない。

 

 

 電車は村上駅手前、空調設備の音が一瞬消えた。

 

「どうやら、こういう区間が日本に何箇所かあるらしくて、車両によっては照明が消えることもあるそうだな」

 

 浩介くんが、メモ帳を見ながら言う。

 この旅も終盤のためか、見ているメモ帳もかなり終わりの方だ。

 

「へえ」

 

「直流電化は1500Vに対して、交流電化は在来線の場合20000Vで、新幹線が25000Vみたいだな。これらも含め、切り替えは慎重に行う必要があるんだ」

 

「でも、どうして交流と直流で統一されなかったのかな?」

 

 あたしは、そのあたりを疑問に思う。

 

「ああ、交流電化は電圧が大容量で地上コストこそ安いが、車両のコストが高いから本数の比較的少ない路線に向いていると言われていたんだ。ただ、その後は交流電化のメリットは低下してしまって、新幹線を除けば、失敗だったとする人も多いみたいだな」

 

 ただし、茨城県の一部区間には、地磁気研究所があって、そこの研究に悪影響を与えないように、交流電化が採用されている地域もあるそうだ。

 

 そんな風に浩介くんと雑談していると、列車はついに新潟駅に到着した。

 ここからは、上越新幹線で大宮駅に向かうことになっている。

 

「えっと、新幹線ホームは……こっちだな」

 

「うん」

 

 浩介くんの誘導でホームを進む。

 今はちょうど帰宅ラッシュの時間なのか、女子高生たちが沢山駅にいた。

 

「俺たちも、つい4日前まではああだったんだよな」

 

 浩介くんが寂しくつぶやく。

 そう、あたしたちも、今は夫婦だけどちょっと前までは高校生だった。

 

「うん、でもあたしは、今のほうが幸せかな」

 

 浩介くんと、結婚できたから。

 

「そりゃあそうだろう? 今以上に幸せなときって、これからあるかな?」

 

「ふふ、どうかしら?」

 

 もしあるとすれば、これから作っていけばいいと思う。

 今までの女性としての先輩の声を聞くと、「赤ちゃんを産んだ時」に、それは訪れるかもしれない。今から楽しみだわ。もちろん、すぐに赤ちゃんを生むというわけではないけどね。

 

 あたしたちは、もう一度自動改札機に切符を入れる。

 

「次の大宮では一旦改札を出てから再入場しよう。そうすれば自宅までは2枚目の切符をすんなりと流せると思うんだ」

 

 浩介くんがよく分からないことを言う。

 でも、あたしは浩介くんを信頼しきっているので、特に問題なく従えばいいと思う。

 ああ、やっぱりあたしは無意識に従属物でありたいと思ってしまうのね。

 本当にそれでいいのか悩むこともあったけど、浩介くんは今の所あたしの気持ちにも向き合ってくれているみたいだし、また問題が起きた時に相談すればいいわね。

 

 今後夫婦生活でうまくいくことばかりではないと思う。でも、今後も頑張っていきたいと思う。

 今はとにかく、蓬莱教授の研究のことを考えたい。

 あたしたちに出来ることを全力でして、彼を支援すれば、何となくうまくいく予感さえしていた。

 一昨年の水族館の言葉が未だにあたしには引っかかっている。

 

「さ、こっちだ」

 

「うん」

 

 浩介くんの案内で上越新幹線の東京方面のホームに着く。

 新潟駅は終点なので、折り返しの電車になる。

 

「えっと停車駅は……各駅停車かあ」

 

 案内板を見ると、確かに「各駅に止まります」とある。つまり通過駅が1つもない、修学旅行の帰りに乗ったこだまタイプなのね。

 やがて、向こう側から新幹線がやってきた。紫色の電車で、東北新幹線でも一部見る旧式のタイプだった。

 これが折り返しの東京行きになる。でもその前に、車内の清掃がある。

 

「掃除の人大変よね」

 

「ああ」

 

 かなりの早業よねこれ。

 あたしも、家事で何度も家の色々な場所を掃除をしたことがあるから、この凄さが分かる。

 浩介くんはどうかは分からないけど。

 

「お待たせいたしました。清掃完了いたしましたのでドア開きます」

 

 清掃終了の放送が流れると、一斉にドアの開く音がする。

 あたしたちは、グリーン車に入り、所定の座席に座る。

 既に、外は夕方になっていた。終着時刻を考えると、家に着くのは日没後になる。

 

「ふう、ようやく一息つけるな」

 

「うん、いよいよ新婚旅行も終わりよね」

 

 でも、不思議と名残惜しい気がしない。

 だって、これから新しい生活が始まるもの。その楽しみに比べたら、新婚旅行が終わる寂しさなんてどうってこともなかった。

 多分、そんな風に考えられるあたしって、幸せものなんだと思う。

 

「間もなく発車いたします、ご乗車のままでお待ち下さい」

 

 やがて、新幹線の発車時間になり、新幹線がゆっくりと滑り出し、やがて轟音になっていく。

 やはり車掌さんの案内でも各駅停車らしい。

 

「上越新幹線は停車パターンがいろいろあって複雑らしいな」

 

 浩介くんがノート見て言う。

 それによれば、速達型、準速達型、各駅停車形の他、1日1往復だけ直行型もあった。

 ところが愛称は新潟に向かうのはほぼ「とき」になっている。

 そういえば、初日の博物館でも「とき」を見たわね。

 

「上越新幹線は最高速度が日本の新幹線で一番低くて、開業当初の240キロのままらしいな」

 

「どうしてスピードアップしないのかしら?」

 

 メモ帳に答えがあるかはわからないけどあたしがちょっと聞いてみる。

 

「新潟までの距離が短いので飛行機を壊滅させるにはこの速度で十分だからだそうだ。更に240キロ止まりなので、列車が長持ちしやすいらしいよ。ほら、初日に出てきた200系も、最後は上越新幹線だったでしょ?」

 

「あ、そういえばそうだったわね」

 

 上越新幹線は距離が短い。そのために高速化への需要は低かったというのがその答えだった。

 そもそも、羽田と新潟に飛行機が飛んでいたというのが、あたしにとっては驚きだったりする。

 

 

「それでね、浩介くん。明日以降のことなんだけど」

 

「うん、どうしたの?」

 

 あたしは、グリーン車がほとんど人がいないことをいいことに、クリティカルな話題を出す。

 

「女の子の日……来るかもしれないからね」

 

 小声で、浩介くんへ話しかける。

 

「あ、ああ……大丈夫さ。これからもね」

 

 生理の時には、バレンタインの時にも色々されちゃったし、ちょっとだけ浩介くんの変態が暴走するんじゃないかと不安ではある。

 まあ、多分大丈夫だと思うけどね。妻として、旦那さんを信頼しないといけないし、あたしの方が言いくるめられてますます惚れちゃう未来しか見えないし。

 

 新幹線から見える車窓は、徐々に暗くなっていく。新潟県の間で、もう真っ暗になった。

 たまに列車の明かりなどから、雪が見え隠れする。

 

「まもなく、越後湯沢、越後湯沢です」

 

「ここからは、大清水トンネルだな」

 

 群馬県との県境に位置する、難所中の難所よね?

 

「湧き水や岩ハネ現象で、16人の殉職者を出したり、トンネルを掘ったのに押し戻されたりして大変だったらしいな。ちなみに、青函トンネル開通前はここが世界一の長いトンネルだったらしいな。下り坂も長くて、200系でこの下り坂を利用して275キロ運転をして日本最速を叩き出したこともあるらしい」

 

「へえ、そんなこともあったのね」

 

 今は、やってないみたいだけど、結構無謀なことよね。

 国境の長いトンネルを抜けると雪国だったとされるが、今はその雪国から普通の国に戻る。

 列車は越後湯沢駅から長いトンネルに差し掛かる。

 やはり噂に違わぬ長さ。でもこれでも青函トンネルに比べれば大分短い。

 そして、トンネルを抜けると「上毛高原駅」に到着する。

 

 暗くてよく分からないが、雪は確認できない。

 あたしたちは「帰ってきた」と思えてくる。まだ、100キロ以上も先に家があるのにね。

 

 

 そして更に幾つかの駅に停車後、列車は大宮駅についた。

 あたしたちは人気の少ないグリーン車を降りてここから在来線に乗り換える。

 浩介くんに言われた通り最初に改札外に出て、2枚目の連続乗車券を使用する。

 

「さ、行こうか」

 

「うん」

 

 大宮駅の先にあった鉄道博物館は、初日の舞台だったけど、今はそのことを考えている余裕はない。

 大宮からは最後のグリーン車、帰宅ラッシュの時間帯だけど、なんとか座ることが出来た。

 グリーン車だと言うのに、結構混んでいてびっくりした。着席需要って、大きいのね。

 

 あたしたちは、自然と話し声も無くなり、静かな時を過ごす。

 最後に乗った電車は、とても混雑していて、座ることはできなかった。

 荷物も大きいし、かなり申し訳なく思う。

 

 途中で、あたしの家の最寄駅を過ぎる。

 当初の予定では、一旦ここで降りて、もう一度母さんたちに挨拶する予定だったんだけど、「未練を残したくない」「ホームシックにはなりたくない」というあたしの強い希望もあって、この駅をそのまま通り過ぎることにした。

 婚姻届を提出する時に素通りした時はまだ「石山優子」だったから、「篠原優子」としてはこれが初めてかな?

 

 数駅後、小谷学園の最寄り駅を過ぎる。ここは佐和山大学でお世話になるからあまり未練は感じない。

 

「次は――」

 

「優子ちゃん、ついたぞ」

 

「ええ」

 

 浩介くんの言葉と共に、何人もの人々とともに、駅を降りる。

 エレベーターの前に立ちホームを降りる。

 まだこの駅は片手で数えるほどしか降りたことないけど、これからは毎日使う駅になる。

 4月から買う大学の定期券は、早速「篠原優子」の名義になる。携帯電話の名義も変えないといけないわね。

 考えてみれば、「優一」から「優子」に名義を変えた時も結構手続きがあったし、一つ一つこなさないとダメよね。

 

 浩介くんに言われなくても、あたしは家までの道のりを覚えている。

 

  ピンポーン!

 

「はーい!」

 

 家の中から、お義母さんの声がする。

 

「あら、浩介に優子ちゃん、おかえりなさい」

 

「「ただいま」」

 

 あたしたちは、荷物を持って上がる。

 

「荷物は私達が整理しておくから、まずはゆっくり休みなさい」

 

 お義母さんが、あたしたちを暖かく迎えてくれる。

 

「うん、そうさせてもらうわ」

 

「優子ちゃんも、部屋は出来ているからね」

 

「はい」

 

 お義母さんの言葉を聞き、あたしは花嫁修業の時に使った部屋を目指す。

 どんな感じになっているんだろう?

 今から楽しみだわ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。