永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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第九章 女子大生 篠原優子の物語
佐和山大学へ


  ピピピピッ……ピピピピッ……

 

「うーん」

 

 いつもの目覚まし時計の音に釣られ、あたしはゆっくりと意識を回復する。

 あたしの名前は篠原優子(しのはらゆうこ)、今日から大学生になる。

 あたしは3月に高校を卒業して、卒業式と同じ日に愛しの篠原浩介(しのはらこうすけ)くんと結婚した。

 その日のうちに結婚式をして、翌日からの新婚旅行も終えて、今は夫婦と義両親の4人ぐらしをしている。最初は新しい家になれない日々だったけど、今はもう大分馴染んで、篠原家にも愛着が湧いてきた。

 

 今日は春休みが終わって、4月最初の平日で、佐和山大学(さわやまだいがく)で入学式がある。

 今日のあたしの1日はそのための準備から始まる。

 

 入学式の服装のこともあったので、あたしはパジャマのまま一旦リビングに向かうことにした。

 

  ガチャッ

 

「おはよう」

 

「あ、優子ちゃんおはよう」

 

 リビングで、浩介くんのお母さん、つまりお義母さんがあたしに気付いて声をかけてくれた。

 

「おはようお義母さん、今日は入学式よ」

 

「ええ、レディーススーツで行きましょう。ついてきて」

 

 そう言うと、お義母さんがあたしの部屋に入っていく。

 箪笥を引き出し、レディーススーツを出してもらう。

 うん、ここにあったのね。

 

 この服自体は、女の子になって最初の日に買ってもらったものだけど、今まで着たことはなかったので、収納場所を忘れていた。

 

「一人で着替えられるわよね? そんなに特殊なものじゃないから」

 

「ええ、永原先生がいつも着てましたし」

 

 永原先生は、高校時代、小谷学園(おだにがくえん)にいたときの担任の先生。今でも交流が続いている、あたしの中でかけがえのない存在で、彼女にとってもあたしはかけがえのない存在でもある。

 

「じゃあ、私は外で待ってるわね。何か困ったことがあったらまた呼んでね」

 

「はーい」

 

 そう言うと、お義母さんが部屋から出る。

 あたしは、テキパキとレディーススーツに着替える。

 パジャマと下着を脱いで誰もいない所でフルヌードを晒し、白い下着を手にとってパンツを穿き、ブラを付ける。

 そしてレディーススーツを着る。スカートのファスナーも忘れずにっと。

 これは、永原先生が着ていたのとほぼ同じデザインになっている。胸がもう少し小さくて、紙がセミロングで、背が低ければ永原先生の妹みたいになるかも? と思うくらいだった。

 あたしは何を着ても目立つくらい胸が大きくて、髪は黒髪のロングストレート、前頭部に白いリボンをいつもつけていて、顔は幼さの残る童顔で、どんなアイドルよりもかわいく、どんな女優よりも美人だった。

 

 うー、ちょっとスカートがきついわね。サイズはこれでいいんだけど、とにかくいつも穿いているスカートはフレア系が多かったから、こういうタイト系のスカートはあまり穿く機会もなくて、久しぶりに穿くとどうしても窮屈な印象を受けてしまうわ。

 スカートの動きやすさという利便性を捨てる心理的抵抗感は、予想以上に大きいものなのよね。

 それに、男の子でも、やはりめくりやすいスカートの方が何だかんだ言って好きなはずよね。

 高校の頃も今の旦那、浩介くんによくあたしのスカートをめくられてきたんだもん。

 

 あたしは、着終わると朝ごはんを食べにもう一度リビングに戻る。

 そこには、お義父さんと、スーツ姿の浩介くんも居た。

 

「おはよーあなた」

 

「おう、優子ちゃんおはよう」

 

 あたしが浩介くんのことをたまに「あなた」と呼ぶことがあって、最初は義両親にとても驚かれてしまった。

 実際の所、特に大きなきっかけがあるというわけでもない。ただ何となく、あの結婚式の夜に、ポロっと出てしまって、それ以来従来の「浩介くん」という呼び方とほぼ併用する感じになっている。

 

「さ、ご飯できているわよ」

 

「「いただきます」」

 

 あたしたちは、朝食をありがたくいただく。

 お義母さんの料理の腕はメキメキ上昇していて、伸びしろはあった。

 あたし自身も家事慣れしていて、最初に春休みがあったのは良かったかもしれないわね。

 

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

「いってらっしゃーい」

 

 お義父さんが仕事に出てしばらくし、あたしたちも家を出て、大学の入学式に向けて歩き始める。

 

「今日は入学式と、学生証が配られるらしいな。今日は主に式典で、本格的な大学のガイダンスは明日になるらしいぜ」

 

「うん、そうみたいね」

 

 浩介くんと、入学式について話す。

 実は大学生活については、既に1年以上も構想を練っていた。

 ひとまず、3年まで上がれば、あたしたちは蓬莱教授の研究室への配属が内定している。

 佐和山大学は偏差値こそ高くないけど、ノーベル賞学者の蓬莱伸吾(ほうらいしんご)教授を要する大学で、事実上彼の王国と言って良く、蓬莱教授の研究室を出れば、一流大学卒業並みの待遇を受けることが出来る。

 でも、まずはきちんと単位を取れないと意味がない。そのためにも、ちゃんと勉強しないといけないわね。

 

 あたしたちは、駅に到着する。

 まだ見慣れないこの駅、でも、これから徐々に日常になっていく。

 

「間もなく、電車が参ります――」

 

 この放送は、いつも通りだった。

 少し心配なのは、車内の混雑ぶりかな?

 入学式は朝が早い、それ故に今の時間帯は混んでいるはず。

 

「うわあ、やっぱり混んでいるわね」

 

「まあ、すぐ着くし問題ないよ」

 

 うん、近いっていいわよね。

 サラリーマンたちの行列を尻目に、あたしたちは電車の扉付近に立ち止まる。

 大学の最寄り駅までは反対側のドアの上に、駅間も短いのがその理由らしい。

 車内には、3月まで所属していた、小谷学園の制服もいるわね。

 

「浩介くん、毎朝これで通ってたの?」

 

「ああ、でも優子ちゃんよりは乗る時間短かったし、ドアによっかかっていれば問題はなかったよ」

 

 浩介くんが涼しい顔で話す。

 でもあたしは、ちょっとだけトラウマがある。

 

「優子ちゃん、どうしたの?」

 

 浩介くんが、心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。

 浩介くんは、成績こそあたしより下だけど、思いやりがあって責任感も強くて、それでいて体は鍛えていてとっても近道で、あたしになにかあるとすぐに守ってくれるから、素敵な旦那さんだと思う。

 

「あーうん、またあの時のことを思い出しちゃって」

 

 もちろん、それで大きなストレスになるということもないけど。

 

「ああ、痴漢事件か。心配するなよ。俺が痴漢から守ってやるからさ」

 

「浩介くん……」

 

 もー、こうやってさらっとかっこいいセリフを言って、またあたし惚れ込んじゃうじゃないのよ。

 夫婦とは言っても、このままじゃどんどん浩介くんに惚れ込んじゃいそうだわ。

 もう、浩介くんなら、痴漢されてもいい気がするわ。ううん、あのトラウマを克服するためにも、あたし、浩介くんに痴漢されたいって思っちゃってるわね。

 

「それにさ」

 

「うん?」

 

「優子ちゃん、俺になら痴漢されてもいいって感じしてそうだもん」

 

 爽やかな笑顔で、図星を突かれてしまう。

 

「うぐっ……そ、その……」

 

 あたしは、返答に困ってしまう。素直に「はいそうです」とはとても言えないし。

 

「あはは、ごめんごめん。ともあれ今は、入学式に集中しようぜ」

 

「う、うん……」

 

 さすがに、こんな混んだ電車で、いや、空いている電車でも、公共の場で痴漢プレイは気が引けるわ。

 でも、浩介くんだと分かっていれば、きっとトラウマも解消してくれるはずだから、どうしても辛かったら、頼んでみようかしら?

 

 あたしたちは、小谷学園の時に使っていた駅と同じ駅で降りる。

 制服を着ていないと、意外と感覚は慣れるもので、反対方向に進みかける、何ていうことはなくなっていた。

 最も、浩介くんの家が実家と逆方向なので、行きの改札口へは跨線橋を渡る必要がある。

 改札口方面には、小谷学園の制服がたくさんいた。

 あたしたちと同じ色の制服は、新入生の証でもあった。

 

 去年夏に、AO入試で来て以来、半年以上ここには来ていなかった。

 新入生と思われる、あたしたちと同じスーツ姿の男女がたくさんいた。

 

「それでね、浩介くん」

 

「うん」

 

「あたしの名前、ちゃんと篠原優子になっているかしら?」

 

 あたしにとっては、どうしても不安になってしまう。

 まあ、結婚式に蓬莱教授も来ていたし、根回しはしてあるはずだけど、正式なプロポーズは去年の後夜祭の時だったからAO入試より後の話だし、もしかしたらあたしの旧姓「石山(いしやま)」のまま学生登録されているかもしれない。

 

「まあ、大丈夫だろう。仮に石山のままでも、手続きすれば変えられるだろ? 今は本名は篠原なんだしさ」

 

 浩介くんの楽観視のおかげで、随分と気持ちが楽になったわ。

 

 

「さあ、剣道サークルはどうかな?」

 

「鉄道研究部だよー!」

 

 まだ入学式だけど、気の早いサークルがいくつか新入生向けに勧誘を行っていた。

 

「あ、あそこにいるのって」

 

「お、木ノ本じゃん」

 

 そんな中で、あたしは見覚えのある顔を見つけた。

 

「おはよう桂子ちゃん」

 

「あ、優子ちゃんに篠原……あー、浩介じゃん。おはよう」

 

 桂子ちゃんが浩介くんを下の名前で呼ぶ。

 浩介くんは、これから下の名前で呼ばれることが多くなると思う。

 何分、「篠原」って苗字呼びだと、あたしも同時に反応しちゃうわけだし。

 

「おはよう、佐和山でも引き続きよろしく」

 

「うん」

 

 この女の子は「木ノ本桂子(きのもとけいこ)」ちゃん。小谷学園では、あたしが女の子になるまでは、「学園一の美少女」と言われていたくらいかわいくて美人の子で、あたしの小学校からの幼馴染でもある。

 そうそう、実はあたし、今でこそ赤ちゃん産めるくらいに完璧な女の子だけど、高校2年生までは石山優一(いしやまゆういち)という名前の男で、それも今とは正反対に乱暴ですぐに怒る性格だった。

 あたしは2年前の2017年5月に完全性転換症候群(かんぜんせいてんかんしょうこうぐん)、通称TS病と言われる病気になった。

 それ以来、女として生きていき、今はラブラブな旦那さんまでいるから、世の中分からないわ。

 

「木ノ本、春休みはどうだった?」

 

「うん、特に何もなかったわよ。にしても2人とも、雰囲気変わったわね」

 

 桂子ちゃんが、当たり前のことを言う。

 

「そりゃあまあ、結婚して一緒の生活し始めたもの。変わらないほうがおかしいわよ」

 

「いやそうじゃなくてこう……優子ちゃんと浩介からうーん、龍香ちゃんと同じ気配がするというか……」

 

 桂子ちゃんが、うまく言葉に言い出しにくそうに言う。

 

「もう、桂子ちゃんったら!」

 

 龍香ちゃんというのは高校時代のクラスメイトの河瀬龍香(かわせりゅうか)ちゃんのことで、あたしたちとも仲が良くて、高校時代からの彼氏持ちで、やはり美人の子なんだけど、彼氏が変態だった影響で、性欲が強くなっちゃった女の子だ。

 龍香ちゃんもまた、佐和山大学に入ることになっている。

 

「あははごめんごめん。もう夫婦で一つ屋根の下、新婚さんだもんね。むしろしないほうが深刻よね」

 

「そそ、龍香ちゃんとは違うのよ龍香ちゃんとは」

 

 まあ龍香ちゃんのカップルも、あのまま結婚しそうだけどね。

 

「あはは……そう言えば、龍香ちゃんは見かけないわね」

 

「うーん、まだ来てないのかもよ」

 

「まあ、いいわね」

 

 ともあれ、あたしたちは、「入学式はこちら」と言う案内とともに、一番大きな講堂を目指して歩き続ける。

 

「おはようございます、席はこちらをお受け取りください」

 

 大学の事務員さんと思しき人が紙を配っていた。

 どうやら、新入生向けの配布用紙らしい。

 ちなみに、事務員さんもあたしの胸をガン見していた。浩介くんも嫉妬と自慢が入り交じった表情を一瞬だけ見せてくれた。

 

「どれどれ、お、優子ちゃんの隣だ」

 

「……そうみたいね」

 

 座席は単純にあいうえお順になっていて、新入生の中で篠原姓になっていたのはあたしと浩介くんだけだったので、あたしと浩介くんの座席は隣同士になっていた。

 そう、あたしはもう結婚して、篠原優子になったのよね。分かりきったことでも、こういうことで自覚が深まっていく。

 そして、こうやって結婚の自覚を1つ1つ積み重ねていって、あたしは頑張っていけるのよね。

 浩介くんと、心も体も、そして家族も1つになって、あたしたちはより強い絆で結ばれていくのよね。

 

「んじゃ、私は向こうだから、またね」

 

「おう」

 

「うん」

 

 桂子ちゃんが手を降ってあたしたちと分かれる。

 あたしたちも、指定された席に隣り合って座る。

 講堂の舞台の幕は下ろされているけど、中で慌ただしく準備しているのが分かる。

 

 すると、1人の男性があたしたちに近付いてきた。見間違うはずもない、蓬莱教授だ。

 

「やあ優子さんに浩介さん」

 

「蓬莱教授! おはようございます」

 

「おはようございます」

 

 浩介くんが立ち上がって真っ先に挨拶し、あたしが続く。

 

「ああ、座っていいよ。堅苦しい礼儀は気にしない性分なんだ。本題に入ると、入学式終わってから、ちょっと俺のもとに来てくれないかな? 今後のことで、また少し、俺の方で話があるんだ」

 

 蓬莱教授は、さほど深刻そうな顔はしていない。

 でも、一応あたしたちも悪い想定は頭の片隅に入れておく。

 

「分かりました」

 

「はい」

 

 今度はあたしから返事し、浩介くんが続く。

 

「何、今は入学式に集中してくれればいいさ。今はただ、俺が呼んでいることを覚えてくれていればそれでいい。じゃあ、俺は戻るよ」

 

「「はい」」

 

 蓬莱教授は、それだけを言って踵を返して去っていく。

 

「まあ、予想はしていたかな、俺は」

 

「うん、あたしも」

 

 これからは大学で毎日のように会えるとは言え、蓬莱教授も多忙の身。

 あたしと浩介くんは、今後の蓬莱教授の実験を占う上で重要なキーになっている。

 そう、TS病患者は老化しない不老の病気で、永原先生みたいに500年以上生きることも可能で、不慮の事故に巻き込まれなければ、あたしたちはずっと生きつづけることが出来る。

 でもそれは、浩介くんとの長い死別を意味してもいる。蓬莱教授は、このTS病患者の特徴である「老化の克服」を、一般にも浸透させる研究をしていて、従来永原先生の遺伝子を僅かに提供していただけだったのを、あたしの遺伝子を加えることで、実験の効率化が期待されている。

 あたしの偏差値ならもっと上を目指せたけど、ここのAO入試を受けたのは、蓬莱教授の研究に対する協力という一面が強い。

 

 さて、入学式に向け、学生たちが集まってくる。

 龍香ちゃんの方はあたしたちに気付かなかったけど、龍香ちゃんを含めたあたしたちの元クラスメイトなどを含め、多くの小谷学園出身の新入生が、緊張の面持ちで入ってくるのが見えた。

 あたしたちの存在に気付いたクラスメイトたちは、みんなあたしたちに挨拶してくれていた。

 ただ、中には「ラブラブだね」というだけならまだしも、「新婚生活楽しんだ? ちゃんとつけてる?」とか「ねえ、2人は週何回ヤってるの?」といったセクハラ質問をしてくる人もいて(何故か女子に多かった)、そう言う質問には浩介くんが立ちふさがるようにシャットダウンしてくれた。

 ちなみに、そうすると「もーかっこいいわね、妻を守る旦那さん」何てからかわれて、あたしたちは結局恥ずかしい思いをしてしまった。

 まあ、それも「恥ずかし嬉し」という言葉が適当だと思うけど。

 

 徐々に、舞台の幕の中での慌ただしそうな音が静かになっていく。

 どうやら最終準備段階に進んだようね。

 

 時計を見ても、始まる時間の6分前になっていた。

 

「えー、新入生の皆様、もう間もなく、後5分ほどで、えー2019年度佐和山大学入学式を開始したいと思います。お手洗い行かれる方は、今のうちに済ませておいてください」

 

 突如放送が流れる、時計が、5分前になり、数人の新入生がお手洗いのマークの有る方向に向けて歩きだしていた。

 

 いよいよあたしたちの、最初の大学生活が始まろうとしていた。




大学編は1年目を除いてそこまで長くならない予定です。
大きな区切りなので、登場人物の紹介みたいな地の文を加えてみました(くどかったかも)

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