永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ただいまより、2019年度、佐和山大学、入学式を開始いたします」
女性のアナウンスとともに、わいわいがやがやしていた講堂が一気に静まり返る。
本格的に、入学式が始まった。
「はじめに、学長ご挨拶です。ご起立ください」
指示に従い立ち上がり、前方を注視すると、もう一段高い所にマイクがあり、学長と思しき老いた男性が立った。
「えー、新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。当佐和山大学は、ノーベル賞学者蓬莱教授をはじめ、多くの学識ある教授陣が、皆様のキャリアアップに貢献してくれることと存じます……この大学についての詳しいことは、また後ほどガイダンスなどで説明いたしますので、私の話はひとまずここまでと致します。どうも、ご清聴ありがとうございました」
パチパチパチパチパチ!
ここは小谷学園ともほど近いからか、学長さんの話が短い。
もしかしたら、単純にこの人の体力的な問題かもしれないけど。
「えー、続きまして、本校所属の蓬莱伸吾教授から、皆様にご挨拶があります」
その放送が聞こえると、学長先生と蓬莱教授が入れ替わる。
学長先生の態度は妙によそよそしく、この学校の事実上の学長が蓬莱教授であることを如実に示していた。
以前、学長のことを「軽い神輿」と言っていたけど、それそのものだわ。
「ごほんっ……
蓬莱教授がそう言うと、新入生たちが一斉に着席する。
話す言葉を、かなり慎重に選んでいるのが見て取れる。普段使ってる一人称も変わってるし。
「それについてだが、今後は日本性転換症候群協会と、さらに密に連携を取り合うことで合意した。今年度は、協会からTS病の方がご入学されることになった。これで俺の研究もはかどるだろう」
もちろん、この患者というのはあたしのこと。
「だが、俺の研究を快く思わない連中もいる。例えば宗教介の連中だ。事実、ここ佐和山大学も、今のところは表だったことはないが……そうした宗教介の抗議に晒されている。嫌がらせの手紙は今でも今でも届いているが、激励のメッセージも多い。いずれにしても、物議をかもしているのは確かだ」
やっぱり、嫌がらせの類いはあったのね。
「そこで新入生の皆さんに頼みたい、何があってもマスコミの取材を受けてはいけない。俺の研究に対して、例え賛成意見であっても、悪意をもって報じられる危険性が高いからだ」
あたしは、去年の小谷学園で、永原先生が取材拒否のことについて話していたのを思い出す。それと瓜二つの展開だった。
やはり、こうなってしまうのね。
「今はよく分からないかもしれないが、すぐにこのことの必然性について、理解する時が来るだろう。ともあれ、連中が好むと好まざるにかかわらず、俺は研究を続けていく。近い将来またいい情報を流す予定だ。楽しみにしておいてくれ……では、俺の話はここまでだ」
パチパチパチパチパチ!
皆一様に混乱していたけど、それでも蓬莱教授に拍手を送る。あたしたちは事情を知っているけど、他の学生はそう言う人ばかりでもないものね。
果たして、今後はどうなるのか? その辺りは見過ごせないわね。
「続きまして――」
入学式が進んでいく、新入生があいうえお順に紹介されていき、あたしたちも「篠原浩介」「篠原優子」と紹介されていた。
小谷学園出身の誰かが、すぐに言いふらしちゃうと思うけど、一体何人が、あたしたちを夫婦だと思っただろうか?
ともあれ、短い時間であたしの結婚に伴う苗字変更に対応してくれてよかったわ。
この入学式では、まだ学部ごとのふるい分けがなされていない。
もちろん、所属は決まっていて、あたしたちは「応用医療学部」の「再生医療学科」、要するに蓬莱教授が専門とする学部学科に所属している。
「えー、以上を持ちまして、入学式を終了いたします。これからは各学部ごとに学生証が配られます、学部ごとに、配布のプリントに書いてある通りに集合してください」
「浩介くん」
「えっと……応用医療学部は、ここだな」
あたしたちは、女性の指示を確認する。
何人もの生徒が交錯する中、あたしたちも指定の場所へと行く。
何人かの学生仲間がそこにいた。
そして、最前列には蓬莱教授がいた。
「よし、みんな集まってるな? ……こほん、皆さん、応用医療学部へようこそ。これから学生証を配ろうか、ついて来てくれ」
そう言うと、蓬莱教授は歩き始めた。
あたしたちは、言われるがままに蓬莱教授についていく。
「こっちだ」
蓬莱教授は、キャンパスの中央へ向かって行く。
「浩介くん」
「ああ、『蓬莱の研究棟』の方向だな」
蓬莱教授専用の研究棟、あたしたちはそこに向かっている。
そしてそこには……
「ここが俺の研究棟、名付けて『蓬莱の研究棟』だ。ちなみにこの銅像は、著名なアメリカ人彫刻家が作ってくれたものだ。自分の銅像を掲げるというのもどうかと思うが、結構似ているので、俺は気に入っている」
あたしたち以外の新入生たちは一様に困惑している。
いくら偉大な業績を持つノーベル賞学者と言えど、こんな大きな研究棟を持つなんて前代未聞だし、それどころか、わざわざアメリカ人が銅像を献上するようなことさえ起きているのだから。
それだけ、蓬莱教授の存在が偉大であるということでもある。
「さ、2階へ上がろうか」
蓬莱教授が研究棟の中に入る。
あたしたちもぎこちなくそれに続く。
「なあおい、これは何だ?」
「蓬莱教授の研究成果が年表になっているんだな」
「人間の寿命が120歳かあ……」
「不老に向けてなのよね」
あたしたちは知っている。蓬莱教授は今は200歳の研究を成功させていることに。でもそれは、まだ公開されていない。
そしてさっきの入学式で蓬莱教授が話していたのも、200歳の研究についてということも知っている。
「そっちを見るのもいいが、今はこっちだ」
蓬莱教授が、プロパガンダエリアに止まっている学生に注意を促し、階段で2階へと上がる。
2階には講義室が集まっていて、蓬莱教授がその中の部屋の1室に入り、あたしたちも続く。
「席は自由だ、好きな場所に座ってくれ」
そう話すと、全員が思い思いの場所に座る。
部屋には蓬莱教授の他に、瀬田さんもいた。
「えー、新入生の皆さん、改めましてご入学おめでとうございます。私はこちら『蓬莱の研究棟』で、蓬莱教授の研究の手伝いを任されています助教の
知っている。以前何度か蓬莱教授の付き添いとして、彼を見たことがある。
蓬莱教授に心酔しているという噂だ。
「皆さんにお配りします学生証何ですが……あー、大学生にもなって今更かもしれませんがくれぐれも無くさないようにしてください。万一無くされますと再発行の手続きをすることになります」
瀬田助教が定番のセリフという感じで言う。
「じゃあ、前に座ってる人から順番に取りに来てくれ、何か間違いがあったら俺か瀬田君まで申し出てほしい」
そう言うと、新入生たちが学生証を取りに行く。
学生証もあいうえお順なのであたしたちはすぐに見つけることが出来た。
そして、あたしの学生証は紛れもなく「篠原優子」になっていた。
そう、結婚したものね。
「ねえ見てあなた」
「ん? どうした優子ちゃん」
「あたしの学生証、ちゃんと浩介くんと同じ苗字になっててよかったわ」
「はは、当たり前だろ? 何を今さら」
浩介くんは、あたしの不安を笑い飛ばすように言う。
「なあ、あいつら異様に仲いいよな」
「付き合ってんじゃねーの」
「にしたってさ、何か同じ苗字とか言ってたし」
「まさか……おいおい、二人とも薬指に指輪はめてんぞ」
「くっそー! あの年でもう結婚かよー!」
どこからか、あたしたちを羨む声が聞こえてきた。
まあ、今の時代この年齢で結婚って少ないものね。
「学生証を確認し終わったら今日は解散です」
瀬田助教の言葉で、学生たちが次々と部屋を出ていく。
あたしたちは最後部の席で、全員が出ていくのを待つ。
「よし、全員出ていったな」
「蓬莱さん、話と言うのは一体?」
「あー、まあ着いてきてくれ。瀬田君はデータベース整理を頼む」
「了解いたしました」
あたしたちは再び「蓬莱の研究棟」の階段を登る。
3階で瀬田助教と分かれ、蓬莱教授についていく。
ちらりと見る限り、3階はコンピューターや実験室がずらりと並んでいた。
そして、4階へと進む。
そして、その中の一室に入る。
「さ、座ってくれ」
中は狭く殺風景で、椅子と机の他には大きな冷蔵庫があるだけだった。
「蓬莱教授、ここは何なんですか?」
「ここは、俺の研究成果が入っている」
そう言うと、蓬莱教授は冷蔵庫から1本のペットボトルを取り出した。
中はやや白い色がかかっているが無色透明と言っていい液体だ。スポーツドリンクに近い感じと言っていいわね。
「えっと、蓬莱教授、これは一体?」
「人間がこれを飲めば、平均寿命を80歳から200歳にすることができる、いわば『老化抑制剤』だ。特に名前はないが、ここの皆は俺自身の名前を取って『蓬莱の薬』と呼んでいる」
何だか、どこかで聞いたことがあるような? まあいいわ。
「で、浩介さんには、是非これを今日から5日間、毎日昼に飲んでほしい、何心配は要らん、治験は既に済んでいる」
浩介くんの寿命を伸ばす薬、もちろん、最終的には不老になる必要があるけど、「50年かかりました」というのもよくない。そのためにも、この薬の服用はしておいて損はないわね。
「浩介くん」
「分かってる」
だから、浩介くんにはこの薬を飲んで欲しい。
浩介くんがペットボトルの蓋を開け、ゆっくりと飲み始めた。
「うーん、普通の水だなあ」
「ああ、特に味はしないだろうさ」
そう言うと、蓬莱教授はペットボトルを更に4本取り出した。
「今は平均寿命300歳の薬も完成間近だ。その治験が終わったらまた、浩介さんには飲んでもらいたい」
「分かりました、でもどういう原理何ですか?」
確かに、大まかには想像がつくけど、気になるわね。
「『TS病』の人はあらゆる意味で強靭な免疫力を持っていることは以前にも話した通りだ、その不老遺伝子……永原先生の遺伝子と、我々の遺伝子を比較して作られたんだ」
ふむふむ。
「この薬は……そんなTS病の不老遺伝子の一部の解析から得られたもので、まあこれを飲めば、いわば『なんちゃって不老遺伝子』になれる感じだ。不老遺伝子はどうもとある条件下に置くとガン細胞を何億倍にも強力にしたような感じらしくてな。5日間飲むだけでもう頭の毛先から足の爪先まで、もちろん脳や筋肉、内蔵に神経まで覆い尽くしちゃうんだ」
「ヒエー意外と強力ですね」
「とはいえ、TS病の人の細胞をそのまま持っていくのではダメみたいなんだ。実際、今の俺では不老遺伝子は難しい。せいぜい遅らせることしか出来ていない。どうやって一般化するか、この研究にとって、そのあたりが大きな問題なんだ」
蓬莱教授は詳しい説明をしてくれる。正直、あたしたちに原理は理解できない。
「ちなみに、副作用として、この薬を飲むとガンにならなくなる」
「「え!?」」
蓬莱教授がしれっととんでもない発言をする。
ガンにならなくなるって、ノーベル賞どころじゃないわよね!?
確かに以前、TS病患者の特徴を聞いたことあったけど。
「そう驚くな。老化を完治させようという俺の研究目標に比べれば、ガンの完全撲滅など些末なことだ」
蓬莱教授が自慢気に言う。
やっぱり、とんでもない男だわ、味方でよかったわね、本当に。
「重要なのは、うまく再現しているはずなのに、TS病の患者たちのような『完全な不老』はまだ実現できていないということだ。永原先生の細胞だけでは手詰まり感があるんだ」
蓬莱教授が冷静に述べる。
「そこで、あたしの出番ですか?」
「ああ、今まではたまに永原先生の遺伝子を提供してもらうしかなかった。だが優子さんがこの大学に来てくれたのはとても心強い。これとばかりは、『俺は何てついているんだ』と思ったものよ」
蓬莱教授が少しだけ、あまり考えなさそうな「幸運」を口にする。
「ま、ともかく――」
「これですね」
蓬莱教授が言い終わる前に、あたしは置いてあった綿棒を取って内側の頬を擦り、小さな容器の中に入れる。
「理解が早くて助かるよ……よし」
蓬莱教授は蓋を閉めて付箋を貼り、「優子さん」とメモすると、容器を冷蔵庫に戻す。
「さて、この部屋でするべきことはなくなった。悪いがまたついて来てくれ」
「「はい」」
蓬莱教授が椅子から立ち上がり、あたしたちも続く。
あたしたちは一切喋らずに階段を降りて1階へ、そしてAO入試の時以来の蓬莱教授の部屋に入った。
そして、そこには男女が一人ずついた。
「永原先生!」
「それに高島さんも! どうして?」
あたしと浩介くんは少し驚く。
「篠原君、篠原さん半月ぶり。新婚生活うまくいってるかしら?」
「「はい」」
あたしたちはハモってしまう。
「あはは、問題なさそうね。で、まずは篠原さん何だけど」
「はい」
おそらく、協会についてだと思う。
「前々から頼んでいた広報部長何だけど、今日付けで正式就任になったわ」
「ええ」
そのことは、既に解りきっている。
「でだ、それに関連してなんだが」
蓬莱教授が口を開く。
「今夜、200歳の薬が完成したことについて、記者会見を行うつもりだ。更に300歳の薬も進行中なことも、だ」
「そこで、篠原さんの結婚についての記事も、高島さんに書いてもらうわ、いかにも蓬莱教授の会見で、慌てて取材したように見せかけたいから、手際はあえて悪くするわ」
永原先生が作戦を述べる。
「記事では、『優子さんは旦那さんの不老を待ち望むTS病の女の子』って感じにします」
高島さんが更に詳細に作戦を話してくれる。
蓬莱教授の記者会見があれば、また不老の是非とTS病、協会について何か言われるはずだ。
そこで、あたしの出番。
かわいくて美人のTS病のあたしが、「女の子として生きていきたい」ということ、「愛する夫とずっといたい」という思いの2つを世間にぶつけることで、蓬莱教授への援護射撃となって、読者の支持を集める算段だ。
「問題は、インターネットを使わないジジババどもだが、まあ放っておけばよかろう、蓬莱の薬は若返りの薬ではないからな」
蓬莱教授は投げやり気味に言う。
「ふむ、それで、優子さんの結婚とインタビューについてだが……蓬莱教授が記者会見を開いて大騒ぎになっているとして、『色々騒がれていますけど』のような枕詞を入れようと思っている」
あくまでも、偽装ということね。
「協会の方でも、降りかかった火の粉は落とすつもりよ」
「で、俺の宣伝部何だが……もしよければ浩介さんにも加わってもらいたい」
「え!? 俺がですか?」
蓬莱教授からの突然の申し出に、浩介くんが困惑する。
そもそも、どうして浩介くんが宣伝部なのか?
「ああ、広報部長の優子さんの旦那さんだ。協会の関係者ではあるがTS病の当事者ではない、しかしその一方で、TS病患者の夫として、少しだけ外側の視点からTS病を見ることが出来る。だからこそ、君も重要な戦力なんだよ。君の感性は、他のTS病患者では真似ができない」
蓬莱教授が、もっともらしい説明を言う。
あたしにはまだ、よく分からない。でも、蓬莱教授にとっては、あたしだけではなく、浩介くんも自らの戦力に喉から手が出るほど欲しかったのだけは確か。
「……なるほど。それは盲点でした。是非、優子ちゃんのためにも協力していきたいと思います」
どうやら浩介くんには、思い当たる節があったみたいね。
「うむ、君ならそう言ってくれるものだと思ったよ」
ともあれ、宣伝部の戦力が上がると蓬莱教授は踏んでいたみたいね。
「よし、大まかな作戦はこんな所だな」
「後は微調整ね」
あたしたちは、永原先生から協会への連絡を兼ね、戦略の微調整を続けた。
午後も結構遅くなり、途中で昼食も挟みつつ、あたしたちは夕方頃に家に帰ることになった。
蓬莱の薬も、忘れず持ち帰ることになった。
「ただいまー」
「あらおかえりなさい。遅かったわね」
お義母さんが出迎えてくれる。
「ああ、蓬莱教授に呼ばれてな」
「そう、そうよね。浩介も、難題に挑むものね」
お義母さんも、あたしたちが今、人類史を動かしているということを知っている。
「うむ」
ともあれ、今日はゆっくり休もう。
あたしたちの大学生活は、これからが本番になるわね。
ちなみに、蓬莱教授の名字の由来はこれまでの幕間にあったように現実世界の地理(鉄道)に由来してます。
当初は別の苗字を充てる予定でしたが、あまりにも露骨だったので蓬莱に変えました。ちなみに、その苗字は、別のキャラが使ってます。
もし命名法が別の法則だったら、薬の名前も変わっていたかもしれません。