永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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学業と不老の両立

 翌日、あたしたちは早速大学で最初の講義を受けることになった。

 最初こそ緊張したけど、慣れてしまえばそこまでではなかった。

 

 一方でインターネットでの反応を見ているけど、やはりというかなんというか蓬莱教授の言っていた「副作用」について「蓬莱教授過少評価しすぎだろ」という声が多く上がっていた。

 そして、あたしたちTS病患者と協会の話、記事ができるのは翌日なので、まだあたしたちが結婚したことは知られていない。

 TS病患者という存在が更に注目されるに連れ「俺のクラスメイトにいる」とか「職場にもいる」という書き込みが増えてくる。

 

 そして、分かったのは、TS病患者の社会人の大半は大幅に年齢を偽っていること。

 永原先生も、今でこそ実年齢が501歳というのは広く知られているが、本当の年齢をTS病患者い外に打ち明けたのはあたしが女の子になって間もなく、林間学校の問題が起きた時で、広く世間に知られるようになったのも、早くて一昨年の蓬莱教授の記者会見、普通は去年に高島さんから取材を受けて以来だ。

 

 しかし、それでもTS病患者たちは年齢については偽っている人が多い。

 むしろ、天保生まれだと職場でも正直に申告していた比良さんや余呉さんの方が珍しいという。

 

 

「うちの職場にもいたわ。20代後半って言ってたけど、実際には100歳で、うちの曾祖父母より年上だった」

 

「うちも職場でいたよ。本人は50歳って言ってたけど、どう見ても美魔女ってレベルじゃないから問いただしたら本当は明治15年生まれだって言われた」

 

「明治15年っていうと137歳か」

 

「恐ろしいよなあ」

 

 

 インターネットでも、TS病患者たちに対する反応が多く書き込まれていた。

 TS病は、少し前までは殆ど知られていない病気だったから、実年齢についてはタブー視されていた所もあったのかもしれない。

 そう言う意味では、今は少しだけ、患者たちにとっても生きやすい世の中にはなってきたとは思う。

 

 

「えー、それではですね、講義を始めたいと思います。微積分法というと高校でもおそらくはやったとは思いますが、大学のそれは高校までの微積分の発展形となります。教える都合上から、高校までの微積分の内容と少し重なるところもありますが、ご了承ください」

 

 最初に訪れたのは「微積分法」の講義で、ここは応用数学が専門という河毛(かわけ)教授が担当している。

 河毛教授は結婚式にもいて、比較的蓬莱教授との交流の多い教授と言える。

 

 

「ではですね、まず極限というものの定義から復習していきましょう。微分の前に皆さん極限、例えば発散、収束、振動といったものを高校で習ったと思いますが、大学の数学ではそこから発展して様々な公式が出てきます」

 

 浩介くんと一緒に、講義を受ける。最初に自己紹介と講義の簡単な概要を説明し、いよいよ最初の講義に入った所だ。

 履修する講義は、結局浩介くんと全て一緒になって、夫婦で一緒にお勉強何ていうことも、今後は増えてくると思う。

 

「それでは、まずはここからですが――」

 

 

 最初の河毛教授の講義は、滞りなく終わった。

 そして、次の講義の教室まで移動する。

 このあたりは、高校とそこまで変わらないが、移動距離が長い傾向にある。

 高校の場合、教室で授業してくれることが多いから。

 

 

「なあ、あれ。あれが噂の篠原夫妻だろ?」

 

「蓬莱教授が贔屓してるんだってな」

 

「そうらしいぜ、何せ嫁さん、あんなかわいいけど実は一昨年まで男だったんだぜ」

 

「へえ! 噂のTS病か!」

 

「しかもよ、男だった頃、優子ちゃんは今とは似ても似つかないくらい乱暴な性格で、よく旦那をいじめてたらしいんだぜ。で、女の子になったばかりの頃は逆にいじめられるようになったんだって」

 

「うひょー、あの2人、そういうのを乗り越えて結婚したのか」

 

「すげえいい話だよな。いじめて報復してなんて関係から、あんなにラブラブになるなんてよ」

 

「そりゃあほら、性別が変わったのが大きいんじゃねーの?」

 

「だろうなあ。昨日も、例のヤリサーの連中から身を挺して守ったらしいぜ」

 

「くー、俺もあんなイケメンになりてえ!」

 

 

 大学でも、結局あたしたちの噂話はいろいろなところで聞かれるようになった。

 実は履修する科目が全部一緒になった理由は、このヤリサー騒動だったりもする。

 浩介くん曰く、「やっぱり出来る限り優子ちゃんのそばにいて守りたい」だそうだ。本当にもう、そんなかっこいいこと言われたらクラクラしちゃうわよ。

 ともあれ、この状況になると、夫婦ひとつ屋根の下で暮らしているから家を出る時から講義を受けて、そして家に帰るまでなので、大学ではいつも夫婦でべったりくっついている感じになっていて、否が応でも目立つ。

 

 あたしもこの容姿だととにかく男子学生からの視線が半端ない。

 高校でもそうだったけど、大学はそれ以上で、同時に浩介くんに対する敵意や殺意のこもった視線は、あたしからすると気の毒にも感じたけど、浩介くんは「自信になる」とも言っていた。

 

 確かに、浩介くんの独占欲は大いに満たせるものね。ふふっ、元気いっぱいの浩介くん、今夜も夜が楽しみだわ。

 

 

「優子ちゃん、この後1コマ空いてるな。どうしようか?」

 

 大学には、履修できる科目にも上限があるので、全コマが埋まるというわけではない。

 こうやって、空いた時間というのも出来るわけだけど……

 

 この空き時間、あたしたちが行うのは、教科書の購入と、履修登録だ。

 履修登録は紙でも提出できるけど、佐和山大学では文系も含めてほぼ全員がオンラインで提出している。

 あたしたちも、支給のノートPCを使い、学生証にある学籍番号と、指定の複雑なパスワードでログインして、履修登録を完了させる。

 そして、履修した教科に沿って、指定の教科書を購入する。

 

「しっかし、教科書どれもこれも高いなあ……」

 

「大学の教科書って高いわよね」

 

 幸いにして、学費は両家両親がそれぞれ負担してくれている。

 大学を出れば、実家暮らしを続けるとしても自分で食い扶持を見つける必要はあるから、今のうちにお世話になっておこう。

 小遣いも上手にやりくりして、去年の修学旅行や新婚旅行で余った蓬莱教授からの支援金を極力切り崩さないようにやっておこう。

 年度末に何処か旅行すれば、また蓬莱教授がお金を押し付けてくれるかもしれないし。

 

 ともあれ、教科書を全て購入すると、かなり重たいわね。

 

 

「うー」

 

「優子ちゃん、持ってあげようか?」

 

「うん、お願いするわ」

 

「おっしゃ。よっと」

 

 あたしは、浩介くんの厚意を素直に受け取ると、浩介くんがひょいと涼しい顔で持ち上げてくれる。

 あたしは、ぶしゅーっと顔が赤くなってしまう。

 やっぱり頼もしい力持ちって素敵よね。

 

 あたしたちは残りの暇をどうやって潰すかを考える。

 というのも、大学の講義は90分で1コマで、高校までと比べて格段に長い。

 さっきの河毛教授の講義も、高校までと違ってかなり長くて、後半は河毛教授自身も疲れ始めていたのが見て取れた。

 

 さて、教科書を買い終わったあたしたちは、暇をつぶすために、学校を見て回ることにした。

 まだまだ、この大学の地理もわからないし、明日の午後からは実験の科目もある。

 実験の科目では、「蓬莱の研究棟」に入ることになっている。

 

 蓬莱の研究棟は、AO入試でも、昨日の作戦会議でも訪れた。

 

「おや、優子さんに浩介さん」

 

 蓬莱の研究棟へ向かって言うと、向かいから歩いてきた蓬莱教授が話しかけてきた。

 手荷物を見るに、おそらくは講義の行きか帰りかな?

 

「あ、蓬莱教授。こんにちは、昨日はお疲れ様でした」

 

「ああ。俺の呼びかけもあって、ようやく不老と不死の違いについて、みんな分かるようになってくれたよ」

 

 蓬莱教授は、ホッとしたように言う。

 

「うん、それは良かったわ」

 

 まあ、しつこく宣伝するのもいいわよね。

 

「あー、だがもう一つ、俺が懸念しているのは、例の宗教団体が、患者のケアをすると言っている点についてだ」

 

 そう、例の牧師が、あたしたち協会のやり方に反発し、新しいNPO法人を作ってそこでTS病患者の治療をすると言い出した点についてだ。

 これまで、TS病患者は極めて珍しい難病とされてきたし、今でも極めて特殊な難病に指定されている病気になっている。あたしだって、いや、永原先生だってずっと闘病生活をしているようなもの。

 

 患者たちの多くが精神を病み、性別が変わるという負荷に耐えきれずに、自らの手で命を絶ってきた。

 100年以上もの積み重ねと試行錯誤の末に、TS病患者は、女として生きていくこと以外に、生き延びる道がないことが分かっている。

 

 だからこそ、今までは実際にこの病気をくぐり抜けてきた患者たちで団体を作り、そしてあたしたち協会の独占で、この難病の治療を行ってきた。一朝一夕の素人集団に、適切な処置ができるとは思えない。ましてやあたしたちを敵視している団体に。

 

「連中には何もノウハウがない。それどころか宗教を信じているバカどもだ。協会でとっくに否定された治療法をしようとするだろう。そして案の定、患者は自殺する。そうなった時にさえ、おそらくは『神』などという虚構を言い訳にして、あるいは協会か俺をスケープゴートにして自己正当化を図るだろう」

 

「ええ」

 

 蓬莱教授の話、リアリティがありすぎて、光景が目に浮かぶようで、めまいがしそうだわ。

 あたしはふと、幸子さんの初期の頃を思い出す。

 あれだって、あたしじゃなかったら間違いなく、幸子さんは今、みんなに悲しみを与えてしまっていたはずだわ。余呉さんだって、他の会員たちだって諦めかけていたものね。

 そうならなかったのも、あたしが新しいカリキュラムを作り、自殺を食い止めたことにある。

 

「今、TS病患者の自殺率は急激に落ち始めている。間違いなく君の功績だ」

 

「ありがとうございます」

 

 以前、男とも女ともつかないような暮らし方をして、最終的に自殺に追い込まれた患者さんがいた。

 幸子さんの次にTS病になった患者さんで、その子を例外とすれば、あたしが正会員になる以前の患者を除き、自殺者は出ていないし、それどころかそうなりそうな患者さんさえいない。

 何故かと言えば、従来行われていたカリキュラムにあたしの「準備段階のカリキュラム」を入れたのが、いいクッションになっていて、精神的負担が減ったこと。

 この間TS病になった患者さんに至っては、「なっちゃったものは仕方ないし、かわいい女の子になれて嬉しいから、いっそ楽しもう」とポジティブに考えるようになっていた。

 その子曰く、あたしの「女の子体験」で、女の子の人生の方が楽だと思えるようになったと言っていた。

 いずれにしても、このような「積極タイプ」はもちろんTS病患者の中でも稀で、あたしを含めて未だに数人くらいしかおらず、その全員が成績優秀として正会員になっている。

 その子もノリノリで女の子になろうとしていて、カリキュラムでも思いっきりスカートめくられて恥ずかしがっていた。

 今彼女は、毎日楽しそうに笑いながらお洒落して短いスカートをはためかせて女子高生生活をエンジョイしていて、「今はまだわからないけど早く彼氏作りたい」とも言っていた。

 どちらにしても、その子はこれまでであたしの次くらいには成績がいい患者さんになりそうなので、将来の正会員候補と、早くも言われ始めている。

 もちろん、この後彼氏を作り、男の子と恋愛をするためには「本能まで女の子にする」という大きな難題もあるんだけどね。でも管轄支部長さんの報告では、仕草の変わり方は遅いけど、言葉遣いの変わり方はあたしより早くて、カリキュラムの初期の段階でもうスラスラと女言葉が出ていたらしい。

 あたしなんて、結構カリキュラム中言葉遣いで怒られていたのにね。あーでも、「女の子体験プログラム」分、カリキュラムの日程も後倒しになっているから、同列には比較できないのかな?

 

「しかし、蓬莱さん、今更新興の団体を立ち上げて、ホイホイ入ってくる人なんているんですか?」

 

「……連中は宗教だ。もし、その宗教を信じている家でTS病患者が出たら、おそらく、そちらを選んで死への道へと進むかもしれないな。理解に苦しむがな」

 

「困ったものですね」

 

「だがどうにもならん。かと言って、不老人たるTS病患者が自らの手で死を選んでしまうというのは、とても悲しいことだ……どうしたものかの?」

 

 蓬莱教授がため息混じりに言う。蓬莱教授がこんな態度を見せること自体が珍しい行為だった。

 そう、とても悲しいこと。

 

「どうにかして、止められないのでしょうか?」

 

 浩介くんも、宣伝部としてやはり内心忸怩たる思いがあるらしい。

 

「とりあえず、浩介さんを宣伝部員として、今はそのNPO法人へのネガティブキャンペーンを頼みたい。具体的には『ノウハウがない』というその点を攻めて欲しい」

 

「……分かりました」

 

 浩介くんは蓬莱教授の宣伝部員として接触している。

 

「あたしも、その方向で行きたいと思います。広報部長として、今のことは会長にも伝えておきます」

 

「ああいいよ、俺が直接永原先生に伝えておく。優子さんの意向にもし異論があるなら、永原先生の方から連絡が来るだろう」

 

 蓬莱教授が配慮するように言う。

 

「ありがとうございます」

 

「礼には及ばないよ。それよりも、優子さんの遺伝子のお陰で、研究は更に進みそうだ。じゃあ失礼する」

 

「「お疲れ様でした」」

 

 あたしたちは、蓬莱教授と挨拶すると、残りの大学の講義を受けた。

 そして、その放課後、桂子ちゃんから天文部への招集がかかった。

 

 場所は、小さな小部屋で、少人数の講義に使われている部屋だった。

 

「――なるほどねえ。まあ、何とかなるんじゃないの? 今までも、うまく言ってたし、それに、最終的には女の子は女の子として生きていくべきっていう考えが勝つに決まってるわよ。だって、それ以外はみんな自殺しちゃってるんでしょ?」

 

 桂子ちゃんは、ポジティブだった。

 

「ええ、でもやっぱり、患者の自殺率が減っている中で……極端な言い方かもしれないけど、殺人に等しいわよ」

 

 あたしは、やはりあのことに怒りは隠せなかった。

 

「ま、明日昼に発表される高島さんの記事で全部決まるわね」

 

 桂子ちゃんは、基本的に協会や蓬莱教授の情報をあたしたちと共有している。

 もちろん、それはあたしたちが個人的に大きな信頼を置いているからだ。

 

「ええ、あたしが取材されて記事になるのは2度目よね。今度は『篠原優子』としてだけどね」

 

 高島さんの取材で、あたしの人生の抱負について語られる。

 そして結婚して、旦那さんといつまでもいつまでも過ごしていきたいという思い。

 あたしは一般人だけど、容姿は特別にかわいいし美人で胸も大きい。

 そのことが分かる写真を掲載してもらうことにした。要するに、「エロとかわいさで釣る」ことになった。

 そして、「蓬莱教授の不老研究はこのかわいい女の子の将来の悲劇を回避するのに役立つ」と大衆に向けて印象付けられる。

 

 あえてマクロ的なことを述べずに、こうしたミクロ的なことを強調するプロパガンダはたくさんある。

 子供や美人の女性を使ったプロパガンダは、極めて効果的だ。目の前のことで目が曇り、長期的な判断力を奪ってしまう。

 蓬莱教授に言わせれば「そのようなものに流されるのは哀れな奴ら」というが、世の中は蓬莱教授ほどに賢く理知的な人は殆ど0に等しいといえるわけである。だからこそ、蓬莱教授はノーベル賞を取ったとも言えるけどね。

 

 果たして、翌日に載ったあたしに関する結婚記事で、インターネットの世論は一気に蓬莱教授側に傾いた。


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