永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
インターネットニュースメディアである「ブライト桜」に掲載された「TS病の女性『愛する人とずっとずっといたい』」そう題された高島さんの記事。
そこにはあたしのウェディングドレス姿の写真があった。そう、これは結婚式の時に撮ったもの。
記事本文は、不老のTS病患者の女の子にやがて男の子の恋人が出来たこと。
かつて怒りっぽい男だった人が女の子らしくなるに連れて、本気で男の人を愛するようになり、結婚に至ったという内容になっていて、あたしの男時代や、女の子になったばかりの頃のいじめについても書かれていた。
いわば、あたしの半生の記録みたいなものになっていた。もちろん、かなり簡単な内容だけれどもね。
最後に記事はこう締めくくる、「優子さんは、蓬莱教授の不老研究に一縷の望みを託している。『どうして宗教的なことで、あたしは愛する旦那との長い死別を受け入れねばならないのか』、優子さんはそう語っていた。我々は愛をずっと育みたいという彼女の思いを安易に否定していいのか?」と。
もちろんこの言葉は蓬莱教授の所の宣伝部長さんや、高島さん、そして永原先生などと相談して決めたものではある。
やはり、あたしのようにかわいくて美人の女の子が訴えるのと、その辺のおじさんおばさんが訴えるのでは、人々に与える印象は全く変わってくる。
浩介くんは5日分の蓬莱の薬を飲み終わり、念のため、蓬莱教授の検査機関で検査することになった。
特に異常は見られず、これから浩介くんは人の2倍以上の遅いペースで老化していくことになる。
また、桂子ちゃんも蓬莱の薬の治験に参加したいと申し出てきた。
これについては、あたしは特段驚くことはなかった。何故なら以前から桂子ちゃんは天文部で不老のあたしを羨む発言を繰り返していたもの。
桂子ちゃんもまた、有志を募りたいとも言っていた。
蓬莱教授は「実験に際して、サンプル数が多いのは歓迎だ」と、桂子ちゃんの希望をすんなり受け入れてくれた。
こうして、桂子ちゃんも200歳前後まで生きられる体になるだろうとのことだった。
だけど、すぐに300歳の薬も完成するとのことで、この状態は短いだろうとのこと。
今後の蓬莱教授の展望としては、1年に100歳のペースで寿命を伸ばしていきたいとも言っていたが、当の蓬莱教授は、「例え1000年生きる薬を作ったとしても、それは不老の薬とは一線を画する者だから、まだもう一つ、我々は大きな壁を破る必要がある」とも言っていた。
果たして、あたしたちがそれを担えるかは分からないけど、蓬莱教授の研究に加われば、何か解決の糸口が見つかるかもしれない。
とにかく、蓬莱教授の研究に、あたしたちが望みを繋いでいるのは事実、今後も。
さて、そんなある日、今日は協会本部で緊急会合が行われていて、正会員全員の他にも蓬莱教授と高島さん、そして浩介くんも加わっている。もちろん議題は例の牧師が新しく開いた新しいNPO法人についてだった。
「皆さん、揃っているわね。緊急会合を開くわね」
タイミングが悪いことに、昨日再びTS病で倒れた患者が現れたのだという。
しかも、運が味方しなった。というのも、その子が通っていたのはいわゆるミッション系の学校で、しかも野球部員だったという。
「それで、説得は出来ました?」
「……難しい状況よ。とにかく、宗教的な都合から、今回は私達ではなく、あちらの方を頼みたいとの一点張りでして」
「……馬鹿に付ける薬はないわね」
管轄の支部長さんの言葉に、永原先生が吐き捨てるように言う。
内心苛立っているようにも見える一方で、何かを思慮しているようにも思える。
「いいわ、ここは私たちは手を引きましょう」
「え!?」
永原先生のあっさりとした提案に、あたしたちは一様に驚きを見せている。
「しかし会長、前例がありませんよ。協会設立以来、把握した日本のTS病患者は、可能な限り面倒を見るって!」
永原先生の言葉に、すかさず異論を唱えたのは、協会の副会長、天保生まれで今年179歳になるこの世で3番目に年上の
比良さんは元水戸藩士で、尊皇攘夷運動に参加していた筋金入りの武士の出身で、江戸時代のこともよく知る人だ。
「それは、私達以外に、この難病を克服させようとする個人や団体が現れなかったからですよ。性別が変わる上に、老いもなくなる。その特殊性から、私達がいままで独占してきたんです」
「ええ、知っています。ですが、説得が難しいからと言ってここで手を引くなんてダメですよ」
比良さんは、納得がいかない表情をして、永原先生に食い下がっている。結構珍しい光景よね。
「ええ、私もです。同じ患者として、彼女を見放すだなんて、容認できません! 仮に向こうに行ったとしても、私達も門戸を開くべきです」
そして、それに加勢したのは、比良さんより7歳年上の
彼女はもちろん正会員で、幸子さんが所属する東北支部長と、支部長の統括を兼ねている、事実上の協会No.3と言っていい人物だった。
「……やはり、2人とも、若いわね。若いっていいわね。でも、今はだめなんですよ」
「「うっ……」」
永原先生が、比良さんと余呉さんに、明後日の方向から無言の圧力のようなものをかけ、2人は何かを感じ取ったのか、少し引き気味になっている。
501歳の戦国生まれの永原先生が、186歳と179歳の江戸生まれの2人を「若い」と呼ぶ。
間違っては居ないけど、とてもシュールな光景よね。
「時に人や組織というものは、非情な決断をしないといけないことがあるのよ。今までは自殺まではなんとか手を尽くすという方向でしたが……もし、相手方が意思を変えないならば、むしろ私達は早くその患者が自殺に追い込まれるように工作をするべきだと思います」
「「「……」」」
永原先生の衝撃的な一言に、周囲も凍りついたように固まっている。
確かに、理屈の上では、あたしもその通りだと思う。
このまま相手が勢い付けば、もっと調子に乗られてしまうこと、教会の立場も危うくなること。
だからこそ、早期に自殺に追い込まれてくれれば、「やっぱり協会じゃないとダメじゃないか」という風潮になってくれる。
幸いにして、今回の患者さんは野球部で、しかも投手としてエースの座を争っていたらしい。
逆にいえば、難易度は「最高」と言ってもいい。
あたしたちが全力を尽くしたとしても、自殺を阻止できるとは限らない。
「……」
みんな子供ではないから、理屈では分かっている。
もしあたしたちが担当して、それでも失敗して自殺に追い込まれれば、相手はそれこそ針小棒大にあたしたちを糾弾してくるだろう。
それを思えば、むしろここはあえてこの患者を切り捨てて、長期的な視野で多くの命を救ったほうがいいと言うのは確かだった。むしろ、チャンスと捉えるべきという理屈も分かる。
だけれども、同志の少ないTS病という患者の集まりにおいて、仲間を見捨てることは強い抵抗感がある。
以前までは、自殺が多くてそうでもなかったんだけど、あたしが新しいカリキュラムを作って以来自殺率が激減し、特に最近では積極的に女の子になろうとする患者さんも出てきた。
そんな中で、また自殺者が出てしまうことに、あたしたちの中で抵抗感が出てきたのも事実だったりする。つい2年前までは、自殺者が出ることは当たり前で、幸子さんが諦め気味に捨てられていたのを考えれば、隔世の感さえある。
「比良さん余呉さん、私にも気持ちは分かるわ。でも、綺麗事だけではうまくいかないのよ。特に、ああいった宗教的なものを信じている連中には、ね」
「会長、それでも――」
永原先生は、なおも食い下がる余呉さんに、静かに首を横に振った。
「余呉さん、あなたの生きていた太平の時代はそれでも良かったかもしれないわ。でも、私がかつて生きていた時代、私が使えていた真田家を含めて……人を騙し、裏切り、血で血を洗う……そんな時代だったわ」
永原先生は、遠い昔を見るような目で言う。
そうそれは、比良さんや余呉さんも知らない、遠い遠い戦乱の世のことを意識しての言葉だった。
「私は真田家の人間よ。だから、こうしたことも、生きていく上で必要なことだって嫌というほど知っているわ。私の主君、真田源太左衛門様もそうだった。武田左京大夫殿はあれほど対立していた村上左近衛少将殿と同盟して、真田源太左衛門様は領地を追い出されてしまったわ」
永原先生が、昔話をする。「武田左京大夫」と「村上左近衛少将」と言うのは知らない名前だわ。
「この戦いの直後、武田左京大夫殿は、実の子である武田大膳大夫様に追放されてしまったわ。そして真田源太左衛門様は武田家に仕え、そして村上左近衛少将殿と、再び何度も戦ったわ。そして最終的に、真田家は領地を取り戻したのよ」
武田と真田は、最初は敵だった。
それもあれほど領地を巡って争っていた村上と和睦して、連合軍となってまで追い出さしたいほどの相手だった。
しかし、武田の当主が代替わりすると見るや、真田は武田に仕え、最終的に旧領を取り戻した。
話の筋からすると、武田左京大夫というのは、武田信玄の父親のことだと思う。
「確かに太平の世は長かったわ。でも人間の本質というのはね、21世紀の現代にあっても、私が生きた戦乱の時代から全く変わってないのよ。私たちは自分たちのために、あるいは将来の患者さんたちのためにも、彼女を見捨てなきゃいけないのよ」
「……」
永原先生の、その決意に満ちた目に、あたしたちは何も言い返すことが出来なくなってしまう。
やっぱりあたしたちのリーダーは、彼女を差し置いて他に居ないということを思い知らされる。
「高島さん、分かっているとは思うけど、今の話はくれぐれも内密に頼むわよ」
「ええ、分かっています」
永原先生は、念を押すように、高島さんにも注意を向ける。
「会長は、それでいいんですか」
比良さんが、少し意味深につぶやく。
まさに、江戸の人と戦国の人の違いが、如実に現れているようにも見えた。
「俺は、永原先生に賛成だな」
蓬莱教授が、永原先生に賛意を示す。
「ええ、あたしも。悲しいことですが、視野狭窄に陥るべきではないと思います」
あたしが、ダメ押しのように援護射撃をする。
そう、それでもみんな、大人だから。非情と分かっていても、今回は患者さんを見捨てることになった。
しかし、本当に辛い議論はこれからだった。
「それじゃあ、どうやって早急に自殺に追い込むかについてだが」
蓬莱教授が、重苦しく言う。
そう、協会として、世間にさとられずにどうやって工作するか?
「まず、相手はどういうケアの仕方をするかだが……」
「ええ、彼らの今までの言動から、おそらく男と女で中間的存在にさせようとするでしょうし、場合によっては性別適合手術を進めるでしょうね」
永原先生が重苦しい顔で言う。
そう、間違いなくあたしたちへのアンチテーゼから、思いっきり間違った治療法をするに違いない。
……とすれば。
「ともあれ、マスコミの取材は殺到するでしょう。協会やその患者はマスコミ対策をしていますけれども、むしろ向こうは積極的に既存のメディアを使うと思います。TS病は取材対象として極めて貴重ですから」
高島さんが相手の作戦を推測する。
「だったら、俺の宣伝部の出番だな。そこの学校の裏サイトをまず特定する。あるいはSNSでその人のクラスメイトのアカウントなども調べておこう」
蓬莱教授はまた、えげつないことを考えている。
そう、つまり、蓬莱教授の宣伝舞台はネットで相手団体及びその患者の誹謗中傷やいじめを行うというのだ。
「でだ、直接的な暴言や悪口だけじゃなくて『何々というのはどうかと思う』とか『どうして協会にしなかったんだろう』と言ったように、批判的感想も使うんだ。柔らかい批判と直接的な暴言を織り交ぜると、おそらく精神的負担も高まるだろうさ」
蓬莱教授が、半笑いで述べる。
やはり、蓬莱教授と永原先生が仲がいいのは、こういう所にあるんじゃないかと思えてくる。
「ふむ、私も、マスコミとしてそれには賛成ですね」
高島さんも、蓬莱教授の作戦に賛成する。
一方で、比良さんや余呉さん、他の正会員さんは殆ど発言しない。
やはり、そうしたことを考えることに慣れていないという感じになっている。
「比良さん、余呉さん、罪に感じる必要はないわ。あたしたち協会を拒絶するだけならともかく、別の団体で治療を受けるなんて言い出すのは前代未聞のことですから。これはひいては将来の仲間を脅かす行為でもあるのよ。許しちゃダメ」
特に沈みがちだった比良さんと余呉さんに、永原先生が発破をかける。
「ええ、分かりました。私も水戸藩士です。主の信念に沿って行動します」
比良さんが決心したように言う。
「主」、かあ。比良さんらしい言葉よね。
「はい、私も。今の言葉で決心がつきました」
ともあれ、協会が再び一つにまとまったようでよかったわ。
同時に、蓬莱教授の研究に対する賛成者と寄付を募ること。更に抵抗運動の激化に備えて、佐和山大学の学長や理事会を更に傀儡化するための手法も、話し合われた。
それにしても、佐和山大学の学長さん、蓬莱教授にほんとうにいいようにやられていて、まさに軽い神輿そのものよね。
まあ、ノーベル賞取って全世界から注目されている大学教授相手じゃあ仕方ないのかもしれないけど。