永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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 ゴールデンウィークも間近に迫り、大学生活も軌道に乗ってきた。

 すべての科目を履修し終わり、学習に実験にレポートにと多忙ながらも充実した日々になってきた。

 大学だけでも多忙だが、あたしたちにはそれぞれ別の仕事がある。

 浩介くんは蓬莱教授の宣伝部員としての、あたしは協会の広報部長としての仕事。

 まあ、所属が違うだけで役割は似たようなものだけど、あたしの場合は幸子さんと歩美さんを「部下」として動かす必要があった。

 

 

「幸子さん、あたしの記事に対するネガティブ意見を述べるアカウントを監視しておいてください。歩美さんは主に掲示板での論争を記録しておいてください。まだ無闇に首を突っ込まなくていいわ」

 

「わかりました」

 

「ええ」

 

 PCを使って小規模なクローズドチャットを準備し、あたしは幸子さんと歩美さんにそれぞれ的確に指示を割り振っていく。

 このチャット、「日本性転換症候群協会広報部チャット」は雑談もありつつ、協会の広報部として日々情報収集にあたっている。

 ちなみに、永原会長、比良さん、蓬莱教授、高島さんの4人もこのチャットにログイン出来るけど、まだあたしたち以外にログインした人は居ない。

 

「それにしても、困りましたね」

 

 歩美さんは、協会以外の支援機関が出来たことを憂慮していた。

 

「しかも、今度の患者さんは野球部、それもエースを争っていた投手でしょ?」

 

「ええ」

 

「ただでさえこのタイプは自殺率高いのに、文字通り自殺行為よ」

 

 幸子さんは、患者のことを憂慮していた。幸子さんも、サッカーに打ち込んでいて、自暴自棄になっていたから、彼女の気持ちがわかってしまう。

 特に、会長判断で、もし協会のカリキュラムを受けず、新興機関のカリキュラムを受けるつもりなら、ネットいじめなどを行って自殺を早めようということになったことに、反対していた。

 

「幸子さん、気持ちは分かるわ。確かに、長期的に考えればノウハウの差があるから、向こうは潰れるわ。でも、犠牲者を少なくするためには、これしかないのよ」

 

 これが漫画の世界なら、主人公が理屈を無視して少数を助けようとするだろうが、あいにくそれは漫画の世界だからこそ通るわけで、現実にそんなことをすれば被害が拡大するだけになってしまう。

 

 ともあれ、協会としては、蓬莱教授の宣伝部と連携しつつも、TS病に関する宣伝や広報を行っていきたいと思う。

 

「ねえ幸子さん、出来ればあなたのこと、高島さんに記事にしてもらいたいのよ」

 

「えぇっ!? 私が?」

 

 チャットからでも、幸子さんは動揺しているのが分かる。

 

「ええ、幸子さん、一時は性別適合手術まで口走ったでしょ?」

 

「はい。今となっては恥ずかしくてたまらないわ」

 

 うん、それでいいわよ幸子さん。

 

「でも、これからの宣伝のために必要なのよ。昔は間違いなく自殺に追い込まれていたはずの幸子さんも、あたしたちのノウハウがあればこんなに女の子らしくなれるって、世間に知らしめられるのよ」

 

「でも、それなら優子さんの方がいいと思うわ」

 

「いいえ。あたしよりも、幸子さんの方がその宣伝に打ってつけなのよ」

 

「どうして?」

 

「あたしは、男だった頃のこともあるから、女の子になって直ぐに女の子らしく生きていこうと決めたわ」

 

「ええ」

 

「幸子さんはそうじゃないでしょ?」

 

「うん」

 

「だからこそ、協会のカリキュラムなら100%の保証は出来なくても、こういう事例もありますよって言えるのよ」

 

「幸子さん、私も優子さんに賛成だわ」

 

 ここで、歩美さんが加勢してくる。

 

「うーん、考えておくわ」

 

 ともあれ、こんなことはしたくない。

 そのためにも、もう一度、彼女とその一家を説得しないといけない。

 あたしたちは、高島さんと連携することで一致し、チャットを閉じた。

 

 

「で、このように打つと」

 

「「「おおー!」」」

 

 基礎実験担当は瀬田助教と蓬莱教授で、分からない事がある場合、2人のうちのどちらかに聞きにいく。

この実験は前半が主に講義と実演で、後半があたしたちが実験するという内容になっている。

 この実験は2人1組でペアになるんだけど、蓬莱教授は面倒くさがりなのか、単純にあいうえお順でペアにしている。

 なので、あたしのパートナーはいつも浩介くんだった。

 

 

「あの夫婦、すげえな」

 

「うん、いつもうまくいってるよな」

 

 

 あたしたち夫婦は、既に佐和山大学では知らない人がいないくらいの有名人になっていて、周囲からもしょっちゅう噂話をされていた。

 この前の高島さんの記事をきっかけに、あたしの噂は特に増した。

 確かに、無理もないわね。

 

 

「さあ、今日の実験はここまでにしよう。いつものお願いだが、来週の前日までに蓬莱の研究棟までレポートを提出するように、解散」

 

 蓬莱教授の号令と共に講義は解散となる。

 蓬莱教授はせっかちらしく、授業の開始時間は守るが、終了時間は、早い意味でいい加減な人だった。

 

 

「優子ちゃん、今日は何を食べる?」

 

「うーん、コンビニでお弁当で」

 

「よしわかった」

 

 小谷学園の時は学食か購買でパン、あるいはお弁当持ち込みという選択肢があったけど、結局購買は使わなかった。

 今はコンビニで買うか学食を使うか、あるいはあたしが朝2人分のお弁当を作るかの3つの選択肢がある。

 本当は、愛妻弁当を毎日作って一緒に食べてもいいんだけど、浩介くんが「優子ちゃんは勉強に加えて家事もあるから無理しないでいい」と言ってくれたので、今でまでは週に1回のペースになっている。

 

 

「ねえ優子ちゃん、今度のゴールデンウィークはどうしようか?」

 

 浩介くんがゴールデンウィークについて話している。

 

「うーん、家でのんびりしたいわ」

 

「うん、俺も」

 

 去年のゴールデンウィークは、花嫁修行を行い、義両親からあたしの評価が一気に上がった。

 

「去年は優子ちゃんが家にいたんだよな」

 

 今は毎日一緒だけど。

 

「うん、懐かしいわよね。まだ1年しか経ってないのよね」

 

「ああ」

 

 小谷学園の頃が、まるで遠い昔のことのように感じてしまう。

 いきなり女の子にされて、浩介くんと一悶着の末に、あたしが恋に落ちて、彼氏彼女になって、遊園地で婚約して、文化祭で全校生徒と先生の前でプロポーズされて、卒業式と結婚式が同じ日で。

 

「色々あった高校生活だったわね」

 

「ああ、3年というけど、まるで10年みたいだったぜ」

 

 そもそも、優子になってまだ、2年経ってない。

 17年近い間、優一として過ごしてきた中では、優子としての人生まだまだ短いのよね。

 

「ま、思い出はこれからどんどん作って行こうぜ」

 

「そうよね、うん」

 

 

  ブーブーブー!!

 

「あ、ごめん」

 

 携帯電話が鳴ったので、浩介くんに背を向けてあたしは画面を確認する。永原先生からだった。

 ちなみに、優一の頃から使い続けている数少ないアイテムだったりする。

 

  ピッ

 

「はい、篠原です」

 

「篠原さん? 私だけど」

 

 やはり電話の主は永原先生だった。

 

「永原会長、どうしたんですか?」

 

「例の子なんだけど、さっき家族と記者会見を開いて、『明日のTS病患者を救う会』、通称『明日の会』でカウンセリングを行うと正式に通達を出したわ」

 

「……分かりました」

 

 予想はしていたけど、やはり起きてほしくなかった。

 いよいよ、全面戦争ね。

 

「それで、この前の緊急会合の通りに行うわ」

 

 幸い、過去の患者データの書類は流出していない。

 今は念のため、「蓬莱の研究棟」に保管退避させ、書類も蓬莱教授のみが開けられる金庫に入れてある。

 

「はい」

 

「篠原さんは山科さんと塩津さんに連絡して下さい」

 

 永原先生は、予想通りという感じで、淡々と冷静な口調で話す。

 

「ええ、分かっています」

 

「じゃあ、頼むわね」

 

「はい」

 

  ピッ

 

「優子ちゃん、誰から?」

 

 携帯から手を離すと、浩介くんが話しかけてきた。

 

「例の子、向こうに行くみたいよ」

 

 蓬莱教授の宣伝部に所属する浩介くんにとっても決して他人事ではない。

 

「なるほど、早速始めるか」

 

「あたし、幸子さんと歩美さんに連絡しないといけないわ」

 

 あたしは、急いでご飯の残りを食べ、歩美さんと幸子さんにさっき話したのと同じ内容のメールを送る。

 

 すると、2人からほぼ同時に「分かりました」という返事が届いた。

 

 ともあれ、今は大学のことに集中しないと。

 そう想い、あたしたちは、次の講義に向け、準備を開始した。

 

 ゴールデンウィークには家で休むということになったので、その間にあたしたちの宣伝活動をする必要がある。

 高島さんと幸子さんは、去年の女の子1周年記念パーティーと、結婚式の2回顔を会わせている。

 とはいえ、あまり接点がないのも事実。

 あたしが立ち会うことも考えたけど、高島さんが幸子さんの家に向かうことになった。

 

 

 さて、あたしはあたしで、やるべきことをやらないといけないわね。

 

 家に帰って夕食を取っていると、記者会見の映像が始まった。

 「LIVE」の文字もなく、ノーカットではないので、編集されたものだとわかる。

 

「今回、どうして実績のある『日本性転換症候群協会』ではなく、『明日のTS病患者を救う会』を選んだんですか?」

 

 記者の人が質問する。

 

「はい、その、代表の牧師さんに心を打たれまして」

 

 患者の母親がマイクを取る。

 

「神は必ず、俺を救ってくれる。そう信じれば、救われるんだと思います」

 

 患者さんも、記者会見を開く。

 可憐で高い声と容姿に似合わない一人称、普通は声との不格好に驚いて訂正しようとするものなのに……まず間違いなく、この牧師の差し金よね。

 

「『日本性転換症候群協会』のやり方は、一面的に過ぎます。おそらく今回も、私たちのやり方には、必ず『前例がない』と言ってくるでしょう。ですが、私たちは聖書にあるように、神の奇跡を信じます」

 

 頭が痛くなってくるわ。どうやったらここまで現実が見えない人間になれるのかしら?

 

「具体的にはどのようなケアをしていく予定ですか?」

 

「女として生きていくことを強要する『日本性転換症候群協会』と違いまして、我々は高度な柔軟性を維持して臨機応変に対応します」

 

 何だか耳障りがいいだけよね。

 

「ありがとうございます」

 

 

「これ、要するに何も考えてない、行き当たりばったりで行きますってことだよな」

 

 テレビを聞いていたお義父さんが、思わず突っ込む。

 確かに、具体性が何もないものね。

 ……うん、これは使えそうだわ。

 

 あたしたちは、記者会見での牧師の「高度な柔軟性を維持して臨機応変に」という言葉を攻撃することにした。

 

 

 4月末、あたしたちは「明日の会」に対するネガティブキャンペーンを繰り広げると共に、幸子さんは高島さんの取材を受けて、記事になることになった。

 その時に、あたしのエピソードも載せるため、あたしも少し、例のチャットで取材を受けた。

 

 そして、明くる日のニュースブライト桜の記事になった。

 そこには、死の一歩手前だった幸子さんの話が載っていた。

 その中には、あたしが幸子さんをしつけとしてひっぱたいた話は載っておらず、「怒られた」という表現にとどまった。

 実は、当初幸子さんはあたしにひっぱたかれたエピソードを載せようとした。

 幸子さんは、「命に関わることだったから話すべきだと思う。死ぬよりひっぱたかれる方がマシなのは誰でも分かるから、やむを得ない」としたけれど、あたしと高島さんは「既存メディアが都合よく利用する危険性がある」として反対したため、この表現に落ち着いた。

 

 さて、記事の最後の方で、幸子さんに片思いの男の子がいるということが書かれた他にも、あたしのカリキュラム改革で現在50%を超えていた自殺率が急減していることも書かれており、もし例の患者さんが早期に自殺に追い込まれてくれれば、一気にあたしたちへの信用は増すだろう。

 

 一方で、敵さんの方はと言えば、あたしたちのことを「既得権益にしがみつく団体」と批判する声明を発表した。

 しかし、この協会は普通会員などに会費はあるが、カウンセリングそのものは無料で、自殺率を考えれば実際には蓬莱教授の寄付で辛うじて諸活動が持っている状況でもある。

 最近になって蓬莱教授からの寄付金が増えた他、一般会員や維持会員も増えて会費収入も増えて、以前よりやりくりしやすくなったけど、決して「権益」と呼べる代物じゃない。

 実際、会員増加に伴って、会費の値下げが現在検討中でもある。

 

 一方で、向こうの方は有料でケアをすることになっている。

 あたしたちはそのことをネチネチ攻めた結果、インターネットの世論は、一気にあたしたちの味方になってくれた。

 

 

「まあ、普通に考えたら協会一択だよな」

 

「第一あの牧師何も考えてねえだろ」

 

「そうそう、協会憎しって言うかね」

 

 

 そして宣伝部による世論操作もバッチリで、「明日の会」を擁護する側は人格攻撃に逃げており、蓬莱教授の宣伝部や、あたしたち広報部が各個撃破している。

 また、協会の方で改めてTorとVPNを周知し、インターネット投票でも、圧倒的な大差を演出することに成功した。

 

 

「浩介たちはゴールデンウィークはどこか行かないのか?」

 

 5月1日、お義父さんがそんなことを言う。

 

「うん、今年は忙しいしゆっくりしようと思って」

 

「5月病に注意するのよ」

 

 お義母さんが注意を促すように言う。

 確かに色々変わりすぎてるものね。

 

「浩介、お母さんたち345と居ないから、その間、お留守番頼んだよ」

 

「分かってるって」

 

 両親が家に不在なら、この家は浩介くんが守ることになる。

 浩介くんとあたしが2人きりになることはよくある。

 でも、これだけ長い間不在になるのは初めてのこと。

 

「そうそう、2人とも。できちゃっていいからたっぷり楽しむのよ」

 

「もー! お義母さん!」

 

 また始まったわ。

 

「あはは、ごめんなさい」

 

 お義母さんは、長い時間留守にする時はいつもこんな調子で、とにかくあたしを早期に妊娠させようと躍起になっている。

 

 もちろんあたしも浩介くんも、蓬莱教授の研究のことから、今すぐ子供を作る必要はないことを知っている。

 

 だから、新婚旅行から帰ってきた後はきちんと「装着」しつつ行っている。

 浩介くん曰く、「気持ちよさは劣るけど、十分だし、何より優子ちゃんのためになる」と言っていた。

 もちろん、おばあさんのことを考えると罪悪感はあるけどね。

 

 ともあれ、あたしとしては、浩介くんと愛を深められればいいと思っている。

 これからの3日間は、あたしはずっと、「娼婦モード」で過ごすことになる。

 

「優子ちゃん、どうしたの? 考え事?」

 

「え!? あ、ああうん、そんな感じよ」

 

 浩介くんがあたしにささやいてきて、あたしはハッとする。

 

「ふふ、優子ちゃんも浩介くんの赤ちゃん妊娠する所、想像してた?」

 

「もうっ!」

 

 うちの母さんも暴走気味だったけど、こっちのお義母さんも負けていないわね。まあ、そんなこと言われて反射的に意識しちゃうあたしもあたしだけど。

 

 

「ふふ、お母さんも浩介を妊娠させられた時のことはしっかり覚えているわ。普段あんなに優しいダーリンの理性が吹き飛んで、まるで獣のように私は――」

 

 前言撤回、子供という意味ではお義母さんの方がはるかに暴走していたわ。

 

「だー! お母さんやめて!」

 

 浩介くんが大きな声で抗議する。

 

「全く、孫が欲しい気持ちは同じだけど、いくらなんでもやりすぎだぞ」

 

 いつもはお義母さんと一緒にノリノリで妊娠を催促しているお義父さんも、これにはさすがに苦言を弄する。

 

「あ、あはは……ごめんなさい」

 

 お義母さんがしょんぼりしたようにうなだれて、ようやく話題が変わり始めた。

 とにかくあたしたちはあたしたちで、ゴールデンウィーク、するべきことをしつつたっぷり楽しみたいわね。


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