永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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戦後処理

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 あたしたちは、いつものように挨拶から入る。

 少し過去ログを見て見ると、歩美さんに気の迷いが見られていた。

 

 

「優子さん、本当に彼女はこんな結末しかなかったんですか?」

 

 やはり、歩美さんはあたしにもその問いかけをしてくる。

 

「歩美さん、これでもベストに近いエンディングですよ」

 

 ある意味で、多くのバッドエンドの中から、一番マシなバッドエンドを選ぶという、不毛な方法だったのは否定しないけどね。

 

「はい、分かってはいるんですが……それでも、納得がいかないんです!」

 

「山科さん、あなたは恵まれているわ」

 

 永原先生が、歩美さんを落ち着かせたい一心で書き込む。

 

「歩美さん、あたしだって、最初は罪悪感を覚えたわ。でも記者会見が終わる頃には、そんなの消えていたわよ」

 

「え!? 私最初の方しか見てなくて」

 

 あー、やっぱりね。

 

「歩美さん、あの後記者会見は、あたしたちに責任転嫁をしたわ」

 

「つまり、私たち協会が非協力的だからだと言うのよ」

 

「な、何ですかそれ!?」

 

 歩美さんは、パソコンの向こうからでも分かるくらいに、驚いている。

 あたしは、彼らが陰謀論を使ってまであたしたちを批判したことを知る。

 

「彼らに、同情する余地はないわよ」

 

 そして、不適切な対応で自殺に追い込まれた患者の母親が、なおも牧師に固執していることにも言及した。

 歩美さんからは、徐々に驚きの書き込みが漏れていく。

 

「分かりました。ええ、もう迷いません。同情する余地はないと私も思います」

 

 よし、これで次に進めるわね。

 

「それで、私たちも反論と明日の会への批難声明を協会ホームページに出そうと思うの」

 

 歩美さんの迷いが一段落した所で、永原先生が計画を説明する。

 協会側としては、「今回の患者自殺は、明日の会側の不適切な対応が原因であること」「TS病はその病気の性質上、多様になりようがないこと。多様性の押しつけを今後やめること」「協会への責任転嫁は断じて許さず、場合によっては訴訟もあり得ること」「今後の患者についても、必ず協会側のカウンセリングを受け、明日の会は解散すること」「マスコミによる本文の無断使用は禁止」といった趣旨で、本文をインターネット上に配信する。

 また、念のためテレビ局や報道機関のIPアドレスからのアクセスを、ニュースブライト桜を除いて、全てシャットダウンすることも明記した。

 

 これは要するに、編集しての引用を警戒しているためだ。

 ちなみに、取材条件は相変わらず変わっていなくて、それを満たすことを誓約するならば、取材はオープンだとも語っている。

 もちろん、アクセスの遮断なんて言うのは、TorやVPNを使えば、簡単にすり抜けられることだけど、これらは遮断することに意味があると永原先生は語っている。

 これらの新聞社、テレビ局、週刊紙での無断使用が発覚した場合は当該報道機関による不正アクセスと見なす。と書かれているため、もし無断で使用すれば悪評のそしりは免れないだろう。

 

「あの、永原会長」

 

「はいなんでしょう?」

 

 とここまで説明して、歩美さんに疑問があるみたいね。

 

「TS病が多様になりようがないというのはどう言うことでしょう?」

 

「あー、なるほどねえ」

 

 やっぱり、歩美さんにも色々と説明しないといけないわね。

 

「山科さん、TS病の患者って、日本人が8割を占めているでしょ?」

 

「ええ、でも残りの2割は? いてもおかしくないはずなのに」

 

「私たちは小さな団体だから、海外に出る余裕はないのよ。だから本当に、外国人でTS病になったら現地任せで、ほぼ100%に近い確率で自殺あるいは自殺禁止の宗教だと事件を起こしているわ。うちの協会も、外国人の会員は数人しかいないし、ほぼ全員が幽霊会員よ」

 

 協会には、会費滞納での除名等はなく、会議への参加権や発言権、その他の特典が一切受けられない「休眠会員」になるだけである。

 来年以降しかるべき会費を払えば、もとの会員に復帰できる。外国人の会員はほぼ全員がこの「休眠会員」になっている。つまり、存在そのものが殆ど「いないと同じ」程度には影響力のない存在となってしまっているのが実情なのよね。

 

「更に、今の人を見て分かるけど、この病気になったら女として生きていくしかないでしょ? つまり、不老の日本人女性の集まりになるのは、必然のことなのよ」

 

 そう、民族的な多様性だけではなく、自然淘汰の結果として、女性をアイデンティティにする人だけが生き残れるのが、このTS病の特徴でもある。

 

「そうよね、多様になりようがないわ。人種的な多様性だって困難だし、そもそもあたしたち協会の基礎理念に反する人は会員になれないわ」

 

 そう、あたしたちは、あくまでも1人の女性として生きていきたい。

 あたしたちは、断じてトランスジェンダーではない。完全性転換症候群、TS病と言う名前が示す通り、あたしたちは「トランスセクシャル」それもニューハーフの類いではない。病名を英訳すれば「パーフェクトトランスセクシャルシンドローム」、つまり完全な女の子になる病気ということになる。

 

「明日の会とかいうのは本当におせっかいだよなあ」

 

 幸子さんがなげやり気味な書きこみを投稿する。

 

「ええそうねおせっかいだわ」

 

 それに対して、あたしがすかさず、女の子の言葉で書き込む。

 

「むしろ邪魔といっていいわね」

 

 ……幸子さん、かわいいわね。

 うん、でも大事なことでもあるわね。

 

「ええ、この声明文、きちんと発表して、高島さんにも報道してもらわないと」

 

 ちなみに現在、高島さんが所属する「ニュースブライト桜」は、あたしたちへの取材をきっかけに、目下急成長中にある。

 インターネットメディアの中でも特に異彩を放っていて、しかも既存のメディアの偏向報道批判など、インターネットでの支持は日増しに延びていて、また唯一協会の取材条件を受け入れた報道機関としても、世間からは注目されている。

 

「ええ、高島さんにも連絡を取るわ」

 

 永原先生のこの書き込みの後、あたしたちは微調整とその後、いつものように4人でガールズトークを繰り広げて、お義母さんからの「ご飯よー」の声とともにお開きとなった。

 

 

「浩介くん、そっちは?」

 

 夕食後、あたしは蓬莱教授の宣伝部で活動している浩介くんとの情報交換を開始する。

 

「ああ、インターネットの世論はほぼ完全に協会に傾いているぜ。俺たちも『陰謀論』という線と、『宗教って怖い』という線で『明日の会』を叩いていて、概ね共感を得ているぞ」

 

 また、今回の事の顛末によって、静観していた人はもちろん、今まであたしたちに批判的だったプロテスタントのキリスト教徒たちからも、件の牧師に対する批判が高まっており、蓬莱教授の研究を快く思わない人々からも、さすがに今回の所業については擁護できないということだった。

 更に、今回の自殺の顛末があまりにも衝撃的であったため、一人また一人と協会擁護側に向かっているという話も聞くことができた。

 他にも「あんなのと一緒にされたらこっちまで迷惑」という事を言う人も多く、浩介くんの口ぶりからも、明日の会の旗色が相当悪くなっているのが見て取れた。

 また、「『明日の会』のしていることは、要するに『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』を地で行っている」という指摘もあったそうだわ。

 

「ねえ優子ちゃん、あの子の自殺って、もしかして協会が糸を引いているの?」

 

 傍から聞いていたお義母さんが、あたしに聞いてくる。

 

「うーん、関わっていると言えば関わっているわね。ただ、協会は被害を最小限に食い止めたわ」

 

「え!? 最小限!? あれで!?」

 

 お義母さんがかなり驚いた顔で言う。そりゃあ、自殺という結末で「最小限」というのは、普通なら想像もつかないことだものね。

 

「ええ、あの団体のやり方は、自殺率を100%にあげてしまうわ」

 

「ええ、そうだとは思いますけど」

 

 あたしは、詳細を述べるかどうか悩んでしまう。

 いくら家族とは言え、お義母さんがあたしたちのやり方を、外部に漏らさないとも限らないから、慎重に判断しないといけない。

 

「お義母さん」

 

「はい」

 

 あたしは、お義母さんに向き直る。

 並々ならない雰囲気を出すことで、真剣さをアピールするしかないだろうから。

 

「これから話すこと。決して口外しないと約束してくれるかしら?」

 

「ええ。誓うわ」

 

 お義母さんも、あたしの決意を知ったのか、硬い口調でそう言う。

 

「……あたしたちは、彼女の自殺を早めさせたわ。どっちにしても、早期に精神を病んで悲劇を迎えるなら、周囲を傷つけるのはなるべく少ない方がいいのよ。その理屈はわかるかしら?」

 

「ええもちろん」

 

 お義母さんも、子供ではない。漫画や小説みたいに現実は行かないことを、キチンと知っているわね。

 

「じゃあ、話すわね――」

 

 話しても大丈夫と判断したあたしは、ゆっくりと今回の計画について話始める。

 

 世間の関心が向いているうちに、なるべく早期に失敗してもらって、「明日の会」の出鼻をくじくとともに、今後、カウンセリングなどにおいて「明日の会」を選ぶ患者を出さないようにすること。

 そのためには、既に明日の会による不適切処置で自殺確定となった彼女のクラスメイトとSNSで接触し、幸子さんと歩美さんを介して、彼女が受けようとしていた「性別適合手術」を全力で止めさせるように言った。その時に「君のためだ」とも付け加えるようにそそのかした。

 「そうしないと自殺確定」、それについては嘘は全くついていない。

 重要なのは、相手を従わせるための「飴と鞭」ではなく、わざと「鞭と鞭」で応じることで狙い通り患者は頑なになったこと。

 そして、患者は狙い通り早期に性別適合手術を受け、その結果彼らの忠告の真実性に気づき、深い絶望とともに自殺した。

 それが今回の顛末とあたしたちの理屈だった。

 

「辛い決断ね」

 

 お義母さんも、あたしに同情してくれた。

 

「でもそうしないと、せっかくあたしたちが積み上げてきた、102年の財産が、水泡に帰する……とまではいかなくても、回復に時間がかかる致命傷になりかねないわ」

 

「指示をしたのは?」

 

「永原会長と、詳細はあたしが考案したのもあるわ。あたしは別に、人を殺したとは思ってないわよ」

 

 むしろ、ここで何もしなかったり、あるいは相手の無策に迎合することこそ、人殺しのそしりを受けるべき行為だとあたしは思う。

 それは将来の、多くの有望なTS病患者を殺すことになるから。

 

「お義母さん、短期的な人道にとらわれて、結果的に多くの犠牲を出したことは、世界史の中でも枚挙にいとまがないわ」

 

「ええ、私も大人よ。そのくらい、分かっているわ」

 

 お義母さんは、納得してくれたわね。

 

「よかったわ」

 

 やっぱり、あたしも真田の人だわ。永原先生に影響されて、だけどね。

 あたしは、明日の会に明日がないことを、祈らずにはいられなかった。

 まあ、あたしは明日の会と違って神様は信じてないから、祈っても仕方ないとは思うけどね。

 

 

 お風呂から出て、もう一度インターネットを見る。

 相変わらず明日の会が炎上している様子で、鎮火工作と思われる書き込みもいくつかあるが、その都度蓬莱教授の宣伝部が、延焼を試みる書き込みを繰り返しているみたい。

 それを見て、あたしたち協会を支持する書き込みが、インターネットに殺到しているわね。

 もはや、明日の会に逃げ場はない。

 永原先生の見立てでは、この後に乱暴な「どっちもどっち」という「喧嘩両成敗」な意見が出てくるという。

 そうした喧嘩両成敗的な「意識高い系」の意見は、「最も有害な意見」とのことなので、複数のアカウントなども駆使して徹底的に叩き潰さなければいけないという。

 永原先生によれば、この手の中立ぶった意見が、物事を曖昧にし、人の目を曇らせるのだという。そしてひいては教訓が教訓として生かされず、また明日の会のようなことが繰り返される危険性さえあるらしい。

 

 それにしても、永原先生の言い方は「喧嘩両成敗」に対する「憎しみ」に近い感情が見受けられるわね。

 それは恐らく、大恩ある吉良上野介と吉良家が、時の将軍さえ逆らえないほどの大うねりの世論となって飲み込まれたことに対するトラウマが、多分に含まれていると思う。

 吉良家に対する罪悪感は、永原先生を300年以上縛り付けていたから。

 ……無理もないわね。

 

 ともあれ、しばらくは新しい患者は出て来ないとは思うし、これだけのダメージを与えれば、少ない患者数で、まず破綻するわね。

 

 あたしは、「やりとげた」という達成感で寝床についた。

 

 

 翌日、あたしたちの取材を受けた高島さんの記事が2つ、ブライト桜に掲載された。

 1つ目は、昨日の騒動を受けての協会の声明文の全文。

 2つ目は、幸子さんの取材記事だった。

 

 そして、2つの記事は、「あわせて読みたい」として、強く関連付けさせられた。つまり「両方を読んで欲しい」という願いが込められていたとも言える。

 

 特に、このタイミングでの幸子さんの記事は威力絶大だった。

 あたしに負けないくらいの超がつく美少女が、一度は性別適合手術を口走ったが、あたしに止められて、やがて女性として生きていく決意をし、男の子を好きになるまでになった。

 言わば、どん底からのサクセスストーリーだった。

 そしてそれは、手術に踏み切って僅か2日で自殺に追い込まれた、かわいそうな「明日の会」の患者第1号との、強烈な対比にもなっていたからだ。

 

 記事の中で、幸子さんは結婚式の時の、あのスカートの裾にポケットが大量に付いた服を着ていた。

 にっこりとこちらに向けて微笑む幸子さんの笑顔と、先日自殺した患者の遺影を持って涙を流す母親の写真が、あたしの脳裏に浮かんでくる。

 それはまさに、天国と地獄だった。幸子さんも一歩間違えれば、幸せな未来はなく、あのように暗転していたということでもある。

 

 ここまで強烈なら、幸子さんがあたしにひっぱたかれたことも、記事にしてよかったかもしれないわね。

 確かに体罰禁止は絶対とは言え、生死という人命に関わり、それ以外に方法がない状況なら、例外的に許されると思う。だって、叩かれなければ死んでしまうとすれば、前者の方がいいに決まってるもの。

 最も、そう言う状況そのものが、ほとんど思い浮かばないけど。

 あたしは、あの時幸子さんをひっぱたいてよかったと、改めて思うようになった。


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