永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「優子ちゃん、反応がすげえよ」
昼休み、大学のノートPCで掲示板の反応をみていた浩介くんがあたしに語りかけて来た。
特に、インターネットでは幸子さんの記事が伸びていた。
「うおお、幸子ちゃんかわええ!!!」
「優子ちゃんが結婚した今、俺たちの希望だぜ!」
「笑顔がヤバイ! 超美少女!」
「いや俺はそれでもマキノちゃんを選ぶぜ」
「ロリコン乙」
「ロリコンは病気です」
「500歳近くも年上の女性なのにロリコンとはいったい……うごごごごご」
ともあれ、ネット上の掲示板の反応は幸子さんの容姿、と、相変わらずカルト的な人気のある永原先生とそれに伴うロリコン論争が主だった。
ちなみに、総合的な人気度では、人妻になったにも関わらずあたしが勝った。
顔はともかく、あたしの画像が貼られると、一斉にして「おっぱい」の連呼が始まった。
でかいおっぱいというのは、それだけで女の子を相当魅力的にする。
そして、顔についても、幸子さんとの比較では、「優子ちゃんの勝ち」という書き込みが圧倒的に多くて、あたしは女の子としてのプライドを刺激させられた。
あたしから見れば、幸子さんもあたしに負けないくらい、場合によってはあたし以上にかわいく見えることもあるんだけどね。世間の評価は違うらしいわね。
とにかく、協会があたしたちのようなかわいい女の子がたくさんいる団体と知れば、それだけでネットユーザーが味方してくれるらしく、「明日の会」は死体蹴りのごとく針のむしろになっている。
やっぱり、美人っていいわよね。
「浩介くん、この書き込み見てどう思う?」
もしかしたら嫉妬してるかもしれないので聞いてみる。
「ああ、嬉しいぜ。こんなに好感度の高い優子ちゃんを、旦那として毎日独り占めできるもんな!」
浩介くんはにっこり笑いながら答える。
婚約してからもそうだったけど、浩介くんは結婚してからこう言う余裕のある発言が増えたと思うわ。
「浩介くん、前までは嫉妬してたのにね」
「ああ、旦那の余裕ってやつだ」
浩介くんが力こぶを作る。
あたしは、そのたくましい姿につい頬がぽっと赤く染まって、うっとりしてしまう。
「ま、もちろんたまには嫉妬しちゃうと思うけどな」
「あはは、うん、たまには嫉妬してほしいかな? 嫉妬がないのはそれはそれで寂しいのよ」
「あー、そう言うものなのかまあ」
女の子になって、最初のうちは「優一の知識」からの「嫉妬への理解」が多かったけど、今は「優子として」の「嫉妬に対する快感」を感じることが圧倒的に多い。
もし浩介くんが嫉妬してくれたら、その日の夜はとてもいいもにものになりそうよね。
「ねえ浩介くん、1つ目の記事はどうかしら?」
「ああ、そっちも明日の会への批判で埋め尽くされてるぜ」
浩介くんが反応を見せてくれる。
「ふむふむ……」
そこには「当たり前だ。なんで協力してもらえると思ってんだこいつら?」「厚かましいという言葉がこれ以上似合う奴らは居ない」「そら協会でもうまくいくとは限らんけどこいつらにやらせたら100%失敗だろ」「やっぱ特殊な病気って同じ境遇の人じゃないと無理だよな」「ある日突然性別変わるわけだもんな。宗教でどうにかなるもんじゃない」といった反応が並んでいた。
それはもう、「残念でもないし当然」という感じの反応だった。
インターネット工作は、あたしたちが優位に進めている。
だから問題になるのは、既存メディアということになるのだけど……
「テレビの番組は、俺たちの主張を取り上げようともしない」
新聞はまだ、一部に明日の会を批判する報道があるが、テレビは違う。
協会への責任転嫁を、無批判で垂れ流すレベルの放送がたくさんあった。
しかも、コメンテーターのSNSからも、協会を擁護する発言が全てカットされるらしい。
「本当に、テレビ局って言うのはやりたい放題だよな」
「ええ」
あたしたちには、どうしてもやりきれない思いがある。
総務大臣か総理大臣にでもなって、電波停止にさせてやらないと治らないんじゃないかとさえ思えてくる。
だって、これだけのチャンネルがあるなら、1局くらいあたしたち協会寄りになってもいいと思う。あたしたちは別に、犯罪集団でもないのだから。
その方が他局とも差別化できて視聴率も取れるのに。
……もしかして、カルテルをしているんじゃないかしら?
「ま、とりあえず今は諦めるしかないだろうな。あまりにひどければ、インターネット発でデモが起きるでしょ? 蓬莱教授の薬が完成されれば、きっと手のひらを返すさ」
「本当かなあ?」
果たしてそう都合よくいくのかしら? 今の状況をみているとお世辞にもそうは思えないわ。
ともあれ、インターネットのこの反応は、今後も大事にしていきたいわね。
大学の講義と、課題のレポートを予定通り進めたら、次にするべきは幸子さんと歩美さんとで打ち合わせがある。
「その、生徒が目の前で飛び降りたのを見て、多くの生徒がトラウマになっているって」
チャットで、幸子さんがそう話す。
テレビでのインタビュー通り、クラスメイトたちは「もっと強く忠告していれば自殺を止められたのに」と考えている人がほぼ全員だった。
残る少数派も「あいつが自分たちの忠告を聞かないで無い物ねだりをして勝手に絶望しただけ」という突き放したようなものだった。
本当は、故意に相手を頑なにさせて、自殺を早めるように仕向けた策略なのだけど、そう言う発想に至る人間は誰もいなかった。
それはまるで、天才と秀才の最大限の壁に思えてならない。
受験秀才というのは、こう言うのにとことん弱い。だから、あたしたちの謀略を見抜くことは出来ない。
もちろん、結果的には正解とは言え「明日の会」のように完全な当てずっぽうとヤケクソの陰謀論はもっとアタマが悪いけどね。
「そう……とにかく、『あなた方が罪に思う必要はない。あの人の自己責任だから』ということだけは伝えておいてね」
「分かってます」
そう、これは汚れ役を引き受けてくれた幸子さんと歩美さんに対するフォローでもあるのよね。
もちろん、性別適合手術を受けてはいけないことは、TS病を知る人なら常識中の常識で、それを無視した本人と明日の会が一番悪いのは事実だ。
それでも人間はどうしても、罪悪感を自らに課してしまう生き物だから。こうやってフォローしていく必要があるのよね。
「この協会はですね、多様性の無さに対して開き直っている」
チャットをしながらテレビをつけていると、例の牧師が、生放送の討論番組でいきなりそう言い始めたのが聞こえた。
「あのですね、何でもかんでも多様性ってもうやめませんか? この団体は、特殊な難病の特殊な人が集まっているんですよ?」
テレビの有識者たちも、さすがに良心との葛藤があったのか、協会よりのコメンテーターが増えている。そうね、編集でカットされるけど、生放送ならそうは行かないもの。
報道関係者は、未だにあたしたち憎しだけどね。
「もう一度TS病についておさらいしますと、この病気は日本人が8割を占めていて、しかも長期的に安定して生存できる人となると、全世界でも300人といないんですよ。しかも安定生存の外国人はたった数人ですからそれこそ2%とかそう言う世界になるんです。多様性は最初から不可能なんですよ」
「あなた方が試みた方法で、現に自殺者が出たばかりじゃないですか!」
「しかしそれは協会が――」
「この方法、協会では禁忌とされていた方法なんですよ」
「前例を打ち破ることが――」
「それは理念のために人を殺す無責任な理屈ですよ!」
他のコメンテーターから、明日の会の代表に向けて次々と批判の声が浴びせられる。
やはり、人命は重いわね。特に、TS病は不老ということを考えれば、それこそ何百年何千年、あるいは万単位にもなろうかという命を奪ったわけだから、せいぜい長くて100年ちょっとの他の人間に比べてなおのこと重たい。ただ単に、未来ある若者では済まされないことになった。
「幸子さん、歩美さん、もう明日の会は潰れると思います」
いくらあたしたちに対して、マスコミが悪い顔をしているとは言え、こんな早々に自殺者を出してしまった団体の肩を持つほど、彼らもバカではないし、スポンサー抗議に発展する危険性もあるだろう。
「何度でも言いますが、あたしたちは、被害を最小限に食い止めたんです。2人目、3人目の犠牲者は、もう現れないでしょう」
チャットの中で、あたしがそう宣言する。
あたしたちにこれからできること。それはTS病になったら、女としての人生を受け入れ、一生懸命に女の子らしくなっていくことだけ。
でなければ、自殺の道へと突き進んでしまう。
「もうひとつ、これは永原会長に相談するべきことだけど」
「うん」
「男女の両方の性別を知っているあたしたちだからこそ、性差を認め、肯定するべきだと思うのよ」
「それはそうですけど」
今まで、協会は「患者同士の交流」と、「新しい患者へのカウンセリング」、そして「1人の女性としての扱いを社会に求める」という3つを基本とし、それ以外は特に何も主張してこなかった。
「今回の悲劇の背景には、TS病を知らない人々による、性差とそれに基づく性役割の過小評価が原因だと思うのよ」
「うーん、幸子さんはどう思う?」
歩美さんは決めかねている。もちろん、歩美さんも性差と性役割の重要性はTS病になって嫌というほど思い知らされている人の1人でもある。
「私は優子さんの言ってること、一理あると思う」
もとい、TS病になれば、性差の大きさを嫌でも思い知ることになる。
あたしを含め、多くの人は性格や性趣向まで変わってしまう。だから、性差を埋めるなんてことがいかにバカげた愚かな行為かを知っている。
でも、それは1回の人生で両方の性別を経験したからこそ分かること。
そうでない人には、いまいち実感できないのも無理はない。
「あたしたちが、性差を埋めるなんて言うのがいかに愚かなことかを宣伝しないと、明日の会が潰れた後も、忘れた頃に同じ悲劇が繰り返されるわ」
「そうね」
歩美さんも、最終的には賛成してくれた。
ともあれ、チャットでの主だった会話はこれで終わりとなった。
「歩美さん、彼氏できた?」
「えー、まだ」
雑談中、歩美さんの恋愛事情に話が進む。
「まだ男の子を好きになるってよく分からないかしら?」
「うん、まだどうしても女の子に視線がいっちゃうのよ」
TS病とは言え、男としての人生が消えるわけではないから、男の頃の癖の名残はなかなか消えない。
男20年、女481年の永原先生でさえ、男が出ることがあるくらいだもの。
「歩美さん、乙女ゲーム買って、少女漫画も読んで、まずは知識から入るといいわよ」
「うん、頑張ってみる」
実は頑張らなくても、時間と共に自然に男に恋することもできる。
でも、やっぱり女の子としての人格形成のためにも、早いに越したことはない。
ちなみに、TS病患者もレズビアンとして生きていくこともできなくないし、「女性として生きていく」という条件は満たしているため何の問題もないんだけれど、場合によってはノンケ化が遅れて進行することもあるため、十分注意しながら見極める必要がある。
レズビアンとして生きていくためには、女の子になって10年が目安になっている。
またその場合は、やはりいわゆる百合系の漫画やゲームなどを仕入れ、勉強することが推奨されている。とは言え、簡単そうに見えて意外と難しいのか、一旦はレズビアンとして生きていこうとしてうまく行かず、途中でノンケに切り替えて生きていく患者がほぼ全員で、レズビアンの患者は協会の会員にはほとんどいなくて、会員同士の百合カップルも未だいないけどね。
「幸子さんはどう?」
「あ、うん……その……」
幸子さんはチャットからも分かるくらい言いにくそうにしている。
「うん」
「どうなんですか?」
あたしはもちろん、歩美さんも幸子さんの恋愛話に気になる様子。いい傾向ね。
「そ、その……告白したんだけど、振られちゃって……」
「え!?」
「えええええええええ!!!???」
さ、幸子さんが振られるって……
「もしかして、既に彼女がいたからとかですか?」
「ううんそうじゃないのよ」
「だったらまさかホモとか不能とかですか?」
幸子さんほどのかわいくて美人な女の子に告白されて、既に女がいるわけでもないのにそれを振るとすれば、もうそれしかないわね。
「ああいえ、実は高校からのサッカーのチームメイトなんだけど……私最近になって、かっこいい彼の様子にドキドキしはじめて」
「うんうん」
「思いきって呼び出して告白してみたんだけど、『どうしても悟を思い出しちゃう』んだって……失恋しちゃったわ」
TS病の女の子の恋愛事情としては、幸子さんみたいに、古くからの男友達や親友に恋するパターンはとても多く、最大勢力と言ってもいい。そう言う意味で、幸子さんの恋愛は、TS病患者としてはごく普通のものと言っていい。
だけど、相手の男の方は、男友達としての付き合いが深ければ深いほど、関係の変化に二の足を踏んでしまう傾向にあるのが厄介なところでもあるのよね。
でも、パターンとしても多いので、振られても挽回するノウハウは実はある程度確立されている。
それが……
「幸子さん、そう言う時は色仕掛けするのよ」
もし、どうしてもその人と恋愛したいなら、やや強引な方法が必要になる。
一番確実なのがこの色仕掛け。ただ、幸子さんの身体的反射本能次第では、我慢も必要になるのがデメリットだけどね。
「い、色仕掛けって」
「例えば腕を取って胸を触らせてあげるとかすれば、男は迷いが消えるわよ」
あたしは、幸子さんにアドバイスをする。
「うーん、そう言うのも必要なのかなあ?」
やはり、幸子さんも元男なので、激しい拒絶反応はしないみたいね。
「ええ、幸子さんのその大きな胸、その人は見てなかった?」
「はい、サッカーのチームメイトはみんな食い入るように見てました」
「だったら、今度は色仕掛けを使って再アタックしてみて? 大丈夫よ。男は巨乳好きでしょ?」
あたしがアドバイスをする。
「確かにそうだけど」
「優子さんが言うとなおのこと洒落になってないわね……」
TS病の女の子は割合巨乳が多いんだけど、そんな彼女たちに混じっても、あたしの大きさは一際目立つのよね。
浩介くんだって、あたしが好きになった要素として、胸が大きな貢献をしたと思う。この巨乳のお陰で、あたしは女性を周囲にアピールできたと思う。
「ところで歩美さん」
「はい」
ここであたしは、歩美さんもフォローする。
「幸子さんの恋愛話に興味津々だったわね」
「ええ」
「とてもいい傾向よ。恋愛話に興味を持つのは、女の子の特徴だもの」
「え? そうですか?」
あたしの褒め言葉に、歩美さんは納得していないみたいね。
「ええ。歩美さん、カリキュラム中に少女漫画読んだでしょ? その少女漫画って、何が多かった?」
「えっと、恋愛ものだったよ」
おそらく、少女漫画をある程度読んだ人なら1000人に1000人は「少女漫画は恋愛物が多い」という意見に同意してくれるはず。
「うん、少女は恋愛話が大好きなのよ。だからこそ少女漫画は恋愛ばかりなのよ」
「あー、なるほど」
歩美さんが納得してくれてよかったわ。
もちろん、男子も恋愛話は好きだけど、女子ほどじゃない。
そう言う意味で、恋愛話が好きになっているというのは、歩美さんの精神が徐々に女性化しつつあるという意味になるわ。
「歩美さんも、きちんとこの調子でいれば、男の子が好きになるわよ」
「そ、そうか……」
「優子ちゃーん! 浩介ー! ご飯よー!」
お義母さんの声が聞こえ、あたしはその旨を書き込んでチャットから退室すると、今日はお開きになった。
「それで、テレビの方でも、明日の会は追い詰められつつあるわ」
「ああ、ただ全般的な風潮としては『どっちもどっち』という感じになっているな」
食事中、あたしはいつものように浩介くんと情報を交換し合う。
そうだわ、永原先生にもさっきのことを話し合わないといけないわね。
「どっちもどっちな訳ないだろ」
お義父さんが、珍しくあたしたちの話に口を挟んでくる。
「ええ、私もそう思うわね」
さて、あたしとしては、もちろんこの論法にも反対したい。
永原先生のためにも、この話は明日の会が全面的に悪いと主張しないといけない。
「ともあれ、この『どっちもどっち』が片付けば、ようやく休めそうだな」
「うん」
この所、学業に協会の対応にと、かなり忙しかった。
これからは少し、休めそうだわ。