永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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優子の撃退劇

「それでさー」

 

「何だそれ、あはは」

 

「あのちょっとすいません」

 

「はい?」

 

 あたしたちが3人で楽しく話し込んでいると、突然誰かから声をかけられた。

 よく見ると、40代と思しきくらいのおばさんだった。

 

「あなたが篠原優子さん?」

 

「ええ」

 

 あたしが頷くと、その女性は険しい表情へと変わっていく。

 

「時間いい?」

 

 何のことかよく分からないけど、幸いまだ次の講義までは余裕がある。

 

「少しだけなら」

 

 あたしは軽い気持ちで答える。

 

「じゃあよかった、あなたのところの協会の声明、撤回するように言ってもらえる?」

 

「え!?」

 

 いきなりの言葉にあたしは思わず声が裏返ってしまった。

 一体何なのよこの人。

 

「あなたたちの団体の声明のせいで、私たち迷惑しているのよ。あなた幹部会員なんでしょ!?」

 

 更に強い口調で畳み掛けてくる。初対面なのにいきなり何なのよ……

 しかも幹部会員って、確かに幹部で間違ってないけどさ。

 

「……いや、知りませんけど」

 

「大体あなた見たいに男に媚びてるような人がいるから、いつまでも女性の地位が低いのよ!」

 

 いきなりあたしは知らないおばさんに絡まれる。

 その表情は、さながら嫉妬に狂う醜い顔だった。

 

「あの、意味が分かりません」

 

 全く持って支離滅裂極まりないわね。

 

「何だよ! あんたたちはあれほど女性をアピールしているくせに女性の権利向上には全く無関心で!」

 

 そもそも、あたし女の子になれてよかったと思ってるし、色々女性向けのものも充実していて、十分女性が暮らしやすい国だと思うけど。

 こんな幸せな生活しているあたしが、これ以上権利を求めてどうするのよ。

 でも今はそれよりも気になることがあるわ。

 

「そもそも、初対面の人にいきなり喧嘩しかけてくるあなたの方が男女以前に非常識だと思いますけど」

 

「むっきー! あなた見たいに女性差別主義者の好みばかり受け入れて! そのせいでますます女性たちは下に見られているのよ!」

 

 今時、こんなステレオタイプな怒り方する女がいるのね。

 

「別に女の子が好きな男の子に好かれたいから好みを合わせるのって当然のことじゃないの? それとも男はみんな女性差別主義者なの? そんな風に思うのが逆に男性差別だとあたしは思いますけど」

 

「あんたみたいなのが男に媚びて、それで男が調子乗って、女性の扱いが悪くなるのよ!」

 

 荒唐無稽過ぎてもう聞いてられないわ。

 ……仕方ないわね。これ以上は時間の無駄になるしあれを使うか。

 

「……あの、あなたってもしかしてレズビアンですか?」

 

「な、何だよいきなり!」

 

 ますます、おばさんの声が大きくなる。

 

「私はただ、男の子が喜ぶのを見ていると嬉しい気分になるから、男の子の好みに合わせているだけなのよ。女の子が女の子らしくして何が悪いのよ」

 

 あたしは、この手の人にそもそも聞きたい疑問を投げかける。

 

「うー! その女の子らしいってのが女性差別主義者が決めたことなのよ!」

 

「あら? あたしは女の子らしくしたおかげで、素敵な旦那さんを見つけられたのよ。あなた、そんなんじゃ旦那さんに嫌われるわよ」

 

 あたしは、その女が右手にも左手にも何もはめていないことを知りつつも、あえて左手を見せつけて薬指の指輪を見せる。

 その瞬間、おばさんの顔がタコのように真っ赤に膨れ上がった。

 

「何だよ!!! そんなんで手にいれた旦那なんてちっともよくないわよ!!!」

 

「あら、浩介くんは同い年で力持ちで強くて、あたしのこと守ってくれる素敵な旦那様よ。もしかして、あなたは売れ残りでしたか?」

 

 あたしは、更に煽る。

 もうこれ以上は無駄なので、出来る限り相手を怒らせて出ていってもらうのを待とう。

 正直「優子」なあたしにはこういうのはとても苦手だけど、こうする以外に他ないので、やるしかないわね。

 

「女の子が男の子らしさを求めるのは、女の子にないものだからよ。男の子らしさを持ってる男の子をゲットするには、彼らがあたしたちに求めている女の子らしさを磨かないといけないのよ。相手あってこそのことだもん。一方的な関係はいけないわ」

 

「それは女性差別主義者の押し付けたことだ! 私たちは従っちゃいけない!」

 

 おばさんはまた同じことを壊れたレコードのように繰り返す。

 

「あら? さっきからそればっかりね。オウムかしら?」

 

「うるさい、あんたみたいな奴隷になりたい女なんか都合よく捨てられるだけよ! 私みたいに男受けを狙うなんて卑しい真似をしないでありのままに自己主張する女が最後には勝つのよ!」

 

 あくまでも自分のエゴを通してくれる男がいいらしい。あたしたちみたいに不老のTS病患者ならともかく、普通の人間がその年でそんな高望みするのがまず変だということに気付いたほうがいいと思うけど。

 それにしたって、男の子に喜ばれたいってただそれだけのことにここまでムキになれるってすごいわね。

 

「あら? 女性誌には毎回のように女性らしくとか恋のお話とか女子力とか男子にモテるにはみたいなコーナーがあるわよ。むしろ女性自身が追い求めているって思ったくらいだわ。少女漫画だってほとんど男の子との恋愛ものじゃないの」

 

 最も、それらの女性誌や少女漫画には、誤解も多いものだったけど。ともあれ、カリキュラムが役立ったわ。

 

「むきー!」

 

 あたしに痛いところを突かれたのかまたステレオタイプな怒り方をする。うまく反論が思いつかないのね、かわいそうに。

 

「女の子らしさのない女何て魅力ないから売れ残るのよ。それは今のあなたが雄弁に語っているわね」

 

「な、何よ!」

 

 浩介くんも桂子ちゃんも、そして何事かと歩を止めている周囲も一言も喋らないで、あたしたちの様子を見守っている。

 口論の形勢は第三者目に明らかにあたしの勝勢だった。

 

「男と女は違いがあるから、役割があるから別々に生まれてくるのよ。あたしみたいにTS病という病気はあるけど、性差を否定できるのは無性生殖の時代までよ」

 

 何億年前かは知らないけど。

 

「何が役割よ! それは女性を縛り付けるものよ! 出産だってそうよ!」

 

 ……やれやれ、バカにつける薬はないわね。赤ちゃん、あんなにかわいいのに。

 あたしは、かわいそうなものを見る目でおばさんの顔をめがけて言う。

 

「あたしは、男を経験してから女になって、その違いに毎日驚かされてきたわ。あたしたちは男女の違いを身をもって思い知らされた経験者だから言っているのよ」

 

「……」

 

 おばさんが無言で睨みつけてくる。全く凄みがない。美少女に手玉に取られている行き遅れおばさんの図でしかないから。

 

「男の子は無意識でも下心があるから、女の子には優しいし、一緒にいても気を遣ってくれる生き物よ。ええあたしの旦那も、とっても素敵な人よ。そう言えば、孤独な人ほど異性を叩く傾向にあるって話知っているかしら?」

 

「何だよ! あたしが孤独だって言うのか!?」

 

「ええ。だって、女の子らしく振る舞った美人のあたしは18歳で結婚。自己主張ばっかりしてみんなから煙たがられたあなたは指輪もつけられずに行き遅れ。うふふ、本当に無様だわ。他人に当たり散らすことしか出来なくて、今もこうやって『この女は避けた方がいい』って周囲に宣伝しているのさえ気づけずに。あなたは本当にかわいそうで無様な女ね」

 

「うあああああああああああ!!!」

 

 あたしがおばさんを左手で指輪を見せつけながら嘲笑うように指を指すと、最後は無様に泣きながら廊下を駆け出していく。

 ……もう二度と来ないでほしいわ。

 

 

「おいおい、あれ篠原夫妻じゃん」

 

「優子ちゃん、かわいい顔して結構容赦ねえな」

 

「でも何だろう? やっぱかわいいよな」

 

「うんうん」

 

「俺たちも女の子に好かれるように頑張らねえとな」

 

 

 あたしたちの論争を聞いていた周囲のギャラリーたちも、あたしのことを噂している。

 

 

「そう言えばあの女、ジェンダー論の先生だったよな」

 

「ああ、あの講義、評判悪いらしいぜ」

 

「にしても、学生に論破されて涙目敗走って笑えるな」

 

 

 そして、あたしに喧嘩を吹っ掛けてきたおばさんは、どうやら蓬莱教授が言っていた例の「ジェンダー論」の先生らしい。

 あんな低レベルの議論がまかり通っているのは気がかりだけど、あたしの中では、学生の身ながらも、曲がりなりにも先生を専門分野で論破したのは大きな自信になった。

 

 

 このエピソードは、瞬く間に佐和山大学に知れ渡った。

 あたしの株が上がると共に、ジェンダー論の履修生からはあのことについて質問攻めを受けているらしい。本当に哀れね。

 

 

 季節は夏の、7月に入った。あたしは19歳になり、10代最後の1年が始まるとともに、夏の厳しい暑さが始まり、大学も徐々に期末試験に向けて緊張感が漂うようになった。

 あたしも、期末試験が近付くに連れて、協会の仕事や家事を減らし、より勉学中心に予定を組んでいる。

 分からないところは、佐和山大学の学生専用サイトを通じて、質問をすることができ、あたしたちの勉学向上に役立っている。

 とにかく、勉強さえすれば単位は取れるはず。1年次だし一般教養も多いものね。

 

 さて、あたしたちはあたしたちで勉強や課題の見直しを行っている。

 大学のテストでは高校までとは違い、「持ち込み可」と呼ばれるタイプのテストが多い。読んで字のごとく筆記用具以外のものをテストに持ち込んで活用していいというルールだ。

 更にその「持ち込み可」でも様々な形態がある。

 ノートの持ち込み可とか、辞書の持ち込み可、電卓持ち込み可、教科書とノートの持ち込み可などのルールがあり、他にはあたしたちは受けないけど、PC系列、プログラミングなどの科目だと、パソコンも含めて全部の持ち込みが可能で、ネットへの接続さえ許可している科目まであった。

 

 ちなみに、この持ち込み可のルールが大学になって出てくる理由について、河毛教授によれば「大学で勉強する内容は、高校までと比べると極めて難解で、また暗記力を要するほどの基礎的な内容と言うわけでもない。使えるものを使う技術も、大学になると求められる」とのことだった。実際、持ち込み可の科目は当然に難解に作られているようになっている。

 ちなみに、河毛教授の「線形台数」と「微積分法」は、どちらも「ノート持ち込み可」で、ノートにプリントなどを張り付けるのは「不可」ということになった。

 

 蓬莱教授の講義は「再生医療概論」が持ち込み不可で、「基礎実験」の方は試験ではなくレポートで全て評価されることになっている。

 ちなみに、「持ち込み不可」は、一般教養分野に多い。あたしたちはまだ1年次なので、必然的に一般教養が多くなる。

 なのでまだ、再生医療を学んでいるという感じが、あまりしないのも事実。

 これがモチベーションの低下を招いているような気がしないでもないわね。

 

 さて、あたしたちは試験勉強の時間が終わると、大体は疲れた体を癒し、協会の動静を探っている。

 フェミニズム団体は、相変わらずあたしたちへの嫌がらせを続けているが、既存のメディアはあたしたちを攻撃することができない。

 そう、あたしたちの「権威」を崩せない。彼らは純粋無垢に「いや、TS病患者の中にも例外はいるはずだ」と思いこんでいるらしく、そうした例外を見つけようとしているが成功していない。当たり前だが、協会の取材条件を受け入れられないから取材できないのだ。

 もちろん、「個人的に」という名目で患者個人に対して取材を申し入れて風穴を開けようとした記者もいたけど、どの会員と連絡を取っても、「男は男らしく、女は女らしく」と答えてしまうため、文字通り例外を作れず、反論ができなくなっているらしい。

 もちろん、それらの情報もあたしたちには筒抜けだけどね。

 

  コンコン

 

「はーい」

 

  ガチャ

 

「優子ちゃん、休憩中にごめん。ここが分からないんだけど」

 

 勉強熱心な浩介くんが、あたしに話しかけてくる。

 

「あーうん、ここはね……」

 

「ふむふむ」

 

 成績は、大学に入ってもあたしの方がいい。

 でも徐々に、浩介くんもあたしに追い付いてきている気がするわ。

 浩介くんにはあたしと一緒にいるという大きな目標があるものね。もちろん、ずっと一緒にいればあたしの身体を味わい尽くせるということもあるから、モチベーションは高いはずだわ。

 

「ふう」

 

 浩介くんともう一息ついたら、今度こそ休む時間、試験前ということもあって、あたしも浩介くんもやや「我慢」している。

 試験が終わったら、まずはその相手をしてあげないといけないわね。

 溜まりに溜まっていたら、さぞ気持ちいいと思うわ。

 

 

 今日は期末試験の最初の日、試験の日までに提出するレポートというのもあって、きちんと揃っているかもう一度確認する。

 

「うん、OKね、浩介くんは?」

 

「ああ、念のために相互チェックしようぜ」

 

「うん」

 

 そう言うと、あたしと浩介くんは鞄を交換し、レポートを確認する。

 ちなみに、レポートの類似を防ぐために、確認は事実経過のみにとどめている。

 それでも夫婦らしく、どことなく似ている気もするけど、取り越し苦労だといいわね。

 

「よし、優子ちゃん大丈夫だ」

 

「うん、浩介くんも合ってるわよ」

 

 あたしたちは今度こそ大丈夫なのを確認し、大学へと向かう。

 出席点、レポート点、試験点など、大学の単位は評価方法も様々にある。

 だから、講義ごとにどういう講義なのか、あるいは単位が取りやすい取りにくいとか、つまらないとか面白いとか、そう言う講義の噂を収集することも重要だったりもする。

 

 大学の試験は、かなりの部分で高校とは性質を異にしている。

 最初の試験会場へ向かい、部屋の中で浩介くんと直前勉強をする。

 いつもとは違い学籍番号ごとの指定席だけど、あたしと浩介くんは結婚して同じ苗字になったので、机は前になった。

 

「浩介くん、大丈夫?」

 

「ああ、一応一通りは、な」

 

 ともあれ、大学の場合単位を落とすと結構致命的なことにもなる。

 なので、慎重に勉強していかなければいけないし、レポートもきちんと出さないといけない。

 理系の大学は課題も多くて、結構忙しいわね。他の大学に行ったクラスのみんなは、やはり文系の人はあたしたちより忙しさはいくらか軽減されるらしい。

 

  ガララララ……

 

 やがて、試験官の先生が入ってくる、あたしたちも、大慌てで持ち込み許可物以外をしまう。

 不正行為とみなされないように、注意する必要がある。

 

「では、時間になりましたので、これから試験を始めたいと思います。まずはじめに注意事項ですが――」

 

 試験管さんが、だるそうに注意事項を説明している。

 答案用紙と解答用紙が配られるのは、高校までと同じ。

 

 さて、持ち込みながらのテストだけど、どうなるかな?

 あたしは緊張と期待が入り交じった感じで、試験を受け始めた。

 

 

「ふー、終わった終わったー!」

 

 ともあれ、今日一日のテストが終わった。最初のうちは緊張したけど、2回目3回目となると、どうってことなかった。

 途中退室可能時間まで十分終わるような少ない分量のテストもあったり、逆に河毛教授の線形代数と微積分法のように、急がないと時間が過ぎてしまうくらいのテストもありと、結構混乱してしまう。

 

「優子ちゃん、お疲れ様」

 

「浩介くんも、お疲れ様ね」

 

 あたしたちは、今日一日が終わったことを労い合い、長居は無用なので、家に帰ることにする。

 とにかく試験は今日だけじゃない。

 明日以降も試験は続いていく。きちんと勉強していかないといけない。まだまだ気を抜けないわね。

 

 

「あれ? 優子ちゃん、あそこ……」

 

 帰り道、蓬莱の研究棟で蓬莱教授の銅像の前で立ち尽くす男性の姿が見えた。

 

「ああうん」

 

 その姿は、見間違うはずもない、蓬莱教授だった。

 一体ここで何をしているのかしら?

 研究室にこもるか、忙しなく動いていて、1分1秒も時間を無駄にしないイメージの強い蓬莱教授が、ここで立ち尽くしているのは珍しかった。

 どうしたのかと思って、あたしたちは声をかけてみることにした。




ちょっとやりすぎだったかも……
まあいきなり口論ふっかけられたらああなるよ、ね?

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