永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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優子の素朴な疑問

 大学の夏休み、あたしはようやく、春休みの時のような状況に戻ることが出来た。

 幸子さんはともかく、歩美さんは受験勉強が更に忙しくなりそうだった。

 あたしたちは、そもそも2年生の時点で佐和山に行くことが決まっていたから、いまいち疎外感を受けているのも事実だけどね。

 

「ふう……」

 

 あたしたちの宣伝・広報は今の所うまくいっている。

 元より、勝算の高い戦いだったのかもしれない。

 

 その中でも、現在もフェミ団体が相変わらず悪あがきを続けている。

 あたしたちの反論声明は、世界のフェミ団体たちにかなりの動揺を与えたらしい。

 それでも、負けじと再反論を出してくるから恐ろしいわ。

 ちなみに、再反論の声明を要約すると、「協会の反論声明はつまり、日本社会のジェンダーフリーが遅れているせいであり、だからこそそれを推し進めなければならない」というものだった。

 

「はー、どうしてそんな綺麗事が言えるのかしら?」

 

 あたしは、理由もなく一人で部屋の天井に向けて呟く。

 あたしたちTS病患者たちは、最初に戸惑うのは、主に身体能力の差と言っていい。

 生理が来てしまったり、トイレが近くなったり、体が弱くなったり、そう言った所にまず大きく戸惑う。

 

 そして、カリキュラムなどで、弱くなった体と、かわいくエロくなった顔や体つき、更に周囲の反応の変化や接され方の変化から、あたしたちは男女平等の愚かしさを学ぶことになる。

 特に、毎月襲いかかってくる生理があたしたちに与える影響が大きい。

 これによって、あたしたちは「女性」を毎月毎月切り刻まれるように自覚させられ、「出産」が女性にとっていかに大切かを学ぶことができるし、周囲もこれをきっかけに大きく人間関係が動いていくことが多い。それは、あたしもだし幸子さんや歩美さんも同じだ。

 

 そうした幾重もの女としての自覚を植え付けられ続けた果てに、「ジェンダーフリーやフェミニズムがどうしていけないのか?」ということを考えるようになる。だから、男の経験のないフェミニ団体の反論を交わすことは、造作もなかったりする。

 もちろん、海外でも「彼女たちは例外なく美人であり、また顔つきもとても幼いから、フェミニストたちの気持ちが分からないのではないか?」という反論はあるにはあった。

 

 確かに、美人で男受けのいいあたしたちは、自然と周囲からもちやほやされるから、それがフェミ団体の構成員たちのトラウマを刺激して逆鱗に触れるという気持ちも分からないでもない。

 それでも、だからと言って、足を引っ張るような真似をすればますます男から嫌われると思うのに。

 

 

「男中心ねえ……」

 

 更に、海外のその団体によれば、あたしたちの振る舞いや容姿が、男性の好みに合わせすぎていて、それがミソジニスト……つまり女性差別主義者を増長させるのだという。

 あたしたちTS病患者は基本的に男受けを追求するように教育を受けている。それは単純に彼氏を早く作ることで女性化を早めるだけではなく、男時代の知識を使うことで他の女性よりリードして自信をつけさせたり、また女性として生きていく上での負担を下げる効果もある。

 

「頭が痛いわね……」

 

 国内の団体も同じようなことを言っていたけど、この理論はあたしたちには理解しがたくて、みんな苦労している。そしてそれは、まず間違いなくあたしの頭が悪いからではなく、このフェミ団体の思考がおかしいからだと思う。

 女の子が男に好かれたいから男好みに自分をしたてあげることが、一体全体何故女性蔑視を増長させるのよ?

 あたしには理解できないわ。むしろ逆だとさえ思う。

 要するに、あたしたちの足を引っ張りたいだけの、美人へのひがみであると結論せざるを得ないわね。

 

 以前から、本当にかわいくて美人な子は、こうした思想にはならないという。

 桂子ちゃんもだけれど、男から好かれるのは素直に嬉しいから、男に喜ばれたい一新でしぐさや振る舞いを男性受けするようにしている。

 なのにそう言う女性は決まって同性から嫌われてしまう傾向にあるという。

 

 小谷学園では、桂子ちゃんの影響力が強かったからそう言う雰囲気はなかったけど、他の学校ではそうもいかないらしい。

 幸子さんは男子にモテるようになった代わりに、女子からはかなり嫌われているらしく、あたしのアドバイス通り、女子に嫌われてもどこ吹く風の幸子さんは、ますます鼻についているらしい。ちなみに、TS病患者がこういうことになるのは結構よくあることらしい。

 歩美さんは、まだ分からないけれどね。

 

 もちろん、あたしたちは女の子、レズじゃないので男の子に好かれることが優先なのは言うまでもない。

 

「とにかく、この論争には絶対に勝たないといけないわね」

 

 あたしはもう、何から何まで女の子そのものになれたけど、それでもやっぱり育ちの影響か、他の女性の心理が分からないことがある。

 今回のフェミ団体の抗議文も同じで、モテないひがみを持つまでは分かるけど、そこのフェミ団体は、何とかモテようと男受け狙いもしない、する人は女性蔑視を推進させていると言う。

 つまり努力もしないでモテないのを男性やあたしたちのせいにして、一体何がしたいのか全く分からないというのがあたしの正直な感想だったりする。

 男好みに合わせる女と合わせない女とでは、どちらが好かれるか何て言うまでもないのに。

 

 男の子は、みんな女の子に好かれるように努力していて、無意識でも下心があるから、自然と女性の好みに応じてくれる。

 でも、男性のコミュニティで、女の子受けを狙っているからといって、それで嫌われるだなんて話はほとんど……と言うより全くといっていいほど聞かない。

 何故性別が逆転するだけで、こうも言われないといけないのか?

 生粋の女の子の桂子ちゃんに聞いてみたけど「私にも理解不能」と言ってきた。

 まさに、「才能も無く、努力もせず、そのくせ与えられるものに不平を言って、努力する人間の足しか引っ張れないような奴」の典型的な例だわ。

 

「優子ちゃん、ご飯手伝ってー!」

 

「はーい」

 

 ……そうだわ。お義母さんに聞いてみよう。

 

 

 リビングに行くとお義母さんと浩介くんがくつろいでいた。

 

「じゃあ、始めるわね」

 

「うん」

 

 あたしは、いつものようにお義母さんと一緒に夕食を作る。

 お義母さんは、あたしの指導の甲斐もあって技能をよく飲み込んだので、料理の味はあたしと遜色ないレベルにまで上達している。

 

 

「ねえお義母さん」

 

「うん、どうしたの優子ちゃん?」

 

 夕食の準備中、あたしはお義母さんに疑問を相談する。

 普段あまりこう言う感じの会話はしないので、お義母さんも少し驚いている。

 

「女の子って、どうして男受け狙う女の子を嫌うのかな?」

 

「うん? どういうこと?」

 

「だっておかしいじゃないの。レズビアンの人とかなら分かるけど、普通に男が好きなら、男の好みに合わせるのって、変なことじゃないじゃない」

 

「それはね。男の前でだけ態度が変わったりするからよ」

 

 お義母さんが優しそうに言う。そういえば、こうやって女性の先輩に女性について聞くって久しぶりのことよね。

 

「え!? それって当たり前じゃないの?」

 

 あたしたちは女の子で、恋愛対象だって男、なのにどうして好きでもない同性と同じ態度をとらなければいけないのよ?

 人によって好みは違うんだから、態度が変わるのは当たり前だし、あたしには理解できないわ。

 

「優子ちゃんは何もかも完璧な女の子よ。でも、容姿や振る舞いだけを見てきた人はそうは思わないわ。特に嫉妬が混ざると、女性の心は結構すぐに混沌としちゃうのよ」

 

「そういうものですか?」

 

「ええ、小谷学園はそうでもなかったけど、女性の集団って言うのは、優子ちゃんが思っている以上に横並び思考が強いのよ。特に女子校の場合はね」

 

「そうなんですか……」

 

 共学育ちには、全く分からないわ。

 

「そんな中で、1人だけ空気読まずに抜け駆けしたら周囲は嫌なのよ。特にそれで男にモテると、ね。だから、『同性に嫌われる女性ほどモテる』何て言う話もあるのよ」

 

 つまり、そう言うのを気にしない女性は、ますます男からはモテてますます同性から嫌われると言うわけね。

 

「でもやっぱり、男が好きって言う気持ちを圧し殺してまで、恋愛対象じゃない同性になびくのは、変な話だと思います」

 

 それは、やはり「優一の知識」が多分に影響しているんだと思う。

 男に置き換えれば、変な話そのものだから。

 

「そうねえ、でも人間理屈ばかりじゃないのよ。時に理不尽な行動をとるものなのよ」

 

「うーん……」

 

 そうは言っても、やっぱりまだあたしは納得できない。

 理屈じゃないなら、それこそ「男に好かれたい」という気持ちが上回ってもおかしくないよね?

 

「まあ、まだ女の子になって2年ちょっとの優子ちゃんにはまだ難しいかもしれないわね。同じ女性でも、不思議に思う人はいてもおかしくないと思うもの」

 

 どちらにせよ、「モテない行き遅れのフェミ団体が、美少女の集団に嫉妬している」という構図が完成すれば、あたしたちの勝ちになる。

 

 その後は、普通に食事を手伝った。

 

 

「優子ちゃん、さっきの話の続き何だけどさ」

 

「ん?」

 

 今度は、浩介くんがあたしに話しかけてくる。

 浩介くん男の子だけど、分かるのかな?

 

「多分なんだけど、みんな女として譲れないプライドがあるんだと思うんだよ」

 

「うん」

 

「男にモテるために男受けしか考えてないって言うのは、要するにプライドを全部殴り捨てて男に媚びているわけだから、プライドを捨てられない女性からしたら、面白くないんじゃないかな?」

 

 浩介くんが、「プライド」という言葉であたしを説得する。さっきの「理屈じゃない」に通じるわね。

 

「あら、浩介にしてはまともな回答ね」

 

「『しては』ってなんだよ『しては』って!」

 

 お義母さんも感心しているけど、あたしはまだ納得がいかないわ。

 

「うーん、そうかなあ? あたしはそうは思わないけど」

 

「どうして?」

 

「だって、男、特に浩介くんみたいにかっこよくて素敵な男性からモテるなら、これ以上ないくらい、プライドが高まらないの?」

 

 女の子にとって、男から好かれるのは最上の喜びだと思う。

 男だって、優一がそうだったように女の子にモテるのは憧れだしとっても嬉しいはずで、実際に小説なんかでも男性向けのハーレム小説や、女性向けの逆ハーレムは、多くの作品が大人気を得ている。

 

「うーん、そう来たかあ……」

 

「優子ちゃん、『自分らしく、ありのままでありたい』というプライドが、『男に好かれたい』というプライドを上回ることがあるのよ」

 

「そうなの? ありのままというなら、それこそありのままに男に好かれたいものだと思うけど」

 

 あたしはやっぱり、まだ納得がいかない。

 なんかデジャブを感じるわねこの会話。

 

「あー、確かになあ……」

 

 浩介くんも「そこまで考えてなかった」という感じで納得した様子でうんうんと頷く。

 

「優子ちゃん、人間には矛盾がないって思い込みすぎよ。確かに、あの協会ではそう言う思考が求められるとは思うけど、協会に抗議してきた団体にそれだけだと、足元掬われるかもしれないわよ」

 

 お義母さんが、少し忠告した感じで言う。

 

「う、うん……分かったわ」

 

 とはいえ、頭の片隅にいれておいて損はないわね。

 あたしは食事を終えたあと、お風呂で考えた結果、「永原先生に相談してもいいかもしれない」ということになった。

 やっぱりこの時でも、「困った時の永原先生」だった。

 永原先生は女性歴481年だし、女性については誰よりも知っているはずだわ。

 

 

「……それでね、永原会長はどう思います?」

 

「非合理で不利益なことを自分から行う団体の取る行動に理由を考えるだけ無駄よ。今は抗議声明や抗議文の対策を考えた方がいいわ」

 

 

 誠に、実も蓋もない回答が帰ってきてしまった。ちなみに、一般論で聞いてみたけどそれもやっぱり「それも含めて、非合理で不利益な行動を自分から行うことに理由を考えるだけ無駄よ」と言われてしまった。

 でも、永原先生らしいと言えば、らしいのかもしれないわね。

 

 

 数日後、海外のフェミ団体はいつの間にか国内の団体そっちのけで、あたしたちを猛烈に批判し始めた。

 おそらく、今までは「フェミニズム」を、ある意味で一種の「こん棒」のように使い、「問題発言」をしてきた個人や団体などを謝罪に追い込んできた矜持があったのだろう。

 しかし、あたしたちは謝罪と撤回を拒否し、それどころか皮肉たっぷりに反論声明を出したものだから、フェミ団体の逆鱗に触れてしまったらしい。

 もちろん、反論に次ぐ反論の応酬で、あたしたちは一歩も引かない。

 

 そして、そうした団体は、もはや蓬莱教授の宣伝部を使わずとも、いわゆる海外のインターネット住人たちが、フェミ団体のアカウントにリプライを送り続けている。

 

 大体は「ブスババアの嫉妬見にくいぞ」「ビッチにもなれない女未満の女が、世界最高の美少女クラブにたてつくのは見苦しい」といった、完全に直接的な文章が占めている。

 

 フェミ団体が消しても消してもそうしたリプライが大量に送りつけられている様子を見て、あたしたちは改めて、美人、特に童顔の美人がいかに得かということを思い知らされた。

 

 また、あたしたちに対しても、中立を装って「もう相手にすんなよ」「いくら説得したって無駄だって」という声も日本人を中心に多く寄せられているが、当然ながらあの手の団体は黙りこめば勝利宣言を出して来ること間違いなしなので、あたしたちは「もう無視しろ」という声に対しても、上のような理由で丁寧に反論する。

 

 とはいえ、相手はもはや壊れたレコードで、ただひたすら「女性蔑視主義者に迎合する女の裏切り者」という言葉を繰り返している。

 

 あたしたちは、かわいそうに思う。

 あたしたちは、この不毛な論争を終わらせるために、「男性と仲良くしたい。男性の好みに合わせて、男性が喜ぶのを見たい。男性にいっぱい好かれたいという、ごく普通の女性の根元的な欲望に対して、そう言う目でしか見られない女性の集団こそ、真の女の敵であり、あなたたちのような集団がいるからこそ、『女の敵は女』という言葉を、雄弁に証明している」という声明を出した。

 あたしたちのこの声明は、国内外のフェミ団体を更に追い詰める結果になった。

 例によって、この声明を見た瞬間「日本は女性差別大国だ」と発狂していたが、もはやこのような外圧に屈する日本人ではなかった。

 徐々にだけど、確実に、海外のフェミ団体も根負けしていった。やはりあたしたちは長期戦になると敵なしよね。

 

 

 さて、これらの騒動も、「東京五輪まであと1年」というニュースのお陰ですっかり一段落した、8月半ばのある日だった。

 

「ねえねえ、協会で海にいきましょう?」

 

「え!? 海ですか?」

 

 永原先生が、会合中にいきなり海に行くと宣言した。

 あたしたちは、突拍子もない提案に目を丸くする。

 

「そうよ、海。最近みんな根を詰めちゃってるもの。少しみんなで息抜きしようと思ってね」

 

 確かに、協会の存在意義として、TS病患者の会員同士の親睦を深めるというのがある。

 

「でもみんな水着は──」

 

「ふふ、もちろんこれから買いにいくのもよし、去年以前のを使うもよしよ。会員の皆さんは彼氏や旦那さんを連れてきてもいいわよ」

 

「う、うん……」

 

 あたしたちは、永原先生の勢いに押されている。

 

「はい、これが当日の日程よ。なくさないでね」

 

 永原先生は、あたしたち会員に向けてプリントを配っていく。どうやら、あらかじめ企んでいたのね。

 場所はあたしにとって思いでの場所でもある海だった。

 そう、浩介くんを好きになって、日焼け止めクリームを塗ってもらって、それでもあのときはまだ、反射神経に男が残っていて。

 あのときのリベンジも、またしたいわね。でもさすがに、今年は水着変えようかしら?

 

 

「でもさあ、どないせいっちゅーねん。いきなり言われても準備が足らんで」

 

「そうねえ……ダイエット……はいらないか」

 

「うんうん、痩せすぎは男受け悪いものね」

 

「で、水着はどうすんねん?」

 

「新しいの買おうかなあ……」

 

「でも別に流行に流される必要のないわよね」

 

「うんうん、かわいくエロくが大事よね」

 

 

  パンパン

 

「はーい、皆さん、話し合うのもいいけど、とりあえず一旦解散にしていいかな?」

 

「あ、はい」

 

 永原先生の掛け声に、比良さんが応答して、今日の会合は終了する。

 帰ったら、お義母さんとも相談してみようかしら?


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