永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
ピピピピッ
目覚ましの音、それを止める手、そして起きる。
また制服に着替える。なんか肩が痛い。昨日遊びすぎたのかな?
男の頃は殆どなかったけど、なんか最近肩がこってしまっている気がする。
親父の昔の話では、この肩こりというのは意外に曲者で、腕が回りにくくなるし、時折肩も痛くなる、仕事をしていて鬱陶しいとのこと。
私が肩こりになったら、ただでさえ胸に邪魔されているのに更に腕も回りにくくなるわけだし、肩の痛みも大変だろう。
一方で、こった肩は揉まれると気持ちいいらしい。でも揉み過ぎもダメだとか?
いつものように通学し、下駄箱へ。
靴は隠されていなかったので、そのまま上履きを履いて教室の前に来る。
……ん? 誰かが言い争いしているような。
「いいか、優子のことを二度と優一なんて言うんじゃねえぞ!」
「わ、わかってるよ……」
「この事はな木ノ本とも話し合った。優子を男扱いした奴は私達で悪い噂を流す。もちろんグループは関係無い。だから、小谷学園の全女子を敵に回すと思え!」
「す、すまねえよ……やりすぎたと思ってる」
声の主を聞くに、どうやら高月章三郎が田村恵美に詰問されているようだ。
聞き耳立てるのも良くないし、とりあえず教室に入ろう。
「何言ってんだよ、あたいに謝るんじゃねえよ。謝る相手は――」
ガラガラガラ
「ほら、噂したら来たぞ。おら高月、優子に謝れ!」
あーそういうことね……よし、この手で!
「な、なあ石山……」
「ん?」
「す、すみませんでした!」
「う、うん。ありがとうね……今日からちゃんと私のこと女の子として見てくれる?」
「そ、それは……その……まだ……」
「み、見てくれないの……?」
わざとらしく泣きそうな真似をする。
「わ、わっ! た、頼む! 泣かないでくれ!」
「じゃあちゃんと――」
「うん、見るから。女の子として見るから! 安心して!」
「ありがとうね」
「そ……その……」
「石山さん……ゆ、優子さん、すみませんでした!」
高月章三郎がまた頭を下げる。
「うん、こっちこそ。急に泣いたりして、驚かせてごめんなさい。あと……男だった時に、色々乱暴してしまって」
少しにっこりと、笑いながら答える。
「あ、ああ」
ニッコリ笑顔を向けると、高月はほんのり照れたような振る舞いをする。
この前まで散々いじめてたのに、可愛い顔を見るだけでこうなる。男って単純ね。
「なあ、篠原、お前も――」
「っ!!!」
「あ、おい!」
篠原浩介が逃げている。土日挟んだとはいえ気持ちの整理がつかないのかもしれない。
「……あいつ、謝罪するときはとことんやるタイプだから、もう少し待ってれば自然と謝罪するよ」
「そうかい。ま、しばらく待って来ねえならあたいがまた呼びかけるよ」
「え、恵美ちゃんありがとうね。私のために」
「いいってことよ……あたいも、しょーもねえプライドで優子を苦しめちまったからな」
「う、うん」
「捨てた所で何も悪いこと起きてねえのにな。ほんと、すまねえ……」
「もういいよ。それに恵美ちゃんにはもうとっくに助けられてることのほうが多いし」
「あ、ああ。分かった。じゃあもう謝らない」
「うん、ありがとう」
月曜日の一時間目、古典の授業の準備をする。
どうしてもやる気が削がれがちな月曜一限を若くて美人と評判の永原先生の古典に持ってきたのは中々に気が利いている。
まあ評判の一つは、嘘なんだけど、それを知ってるのはクラスでも3人だけだ。
「はーい、それじゃあ朝のホームルームを始めるわよー」
永原先生が教室に入り、号令をかける。
「それじゃあ連絡事項から伝えるわね……」
連絡事項は、来月に始まる球技大会についてを伝えている。
体育の授業でもやった通りのことだ。
更に金曜日、私が大泣きしてしまったことにも触れた。
「先週金曜日、石山さんが大声で泣いていると言う報告を受けました。泣かせてしまった原因になってしまったと思った人は、必ず謝るようにして下さい。石山さんも、許す心で接して下さいね」
永原先生が続ける。
「石山さんは、とても傷つきやすい女の子です。何気ない一言でも泣いてしまうことがありますので、くれぐれも注意して下さい。もちろん、いじめは絶対ダメですよ。みんな、いい?」
「「「はーい」」」
「それじゃあ、今日のホームルームはここまでです、いつものように月曜日ですから一時間目は私の古典なのでこのままで行きます。では準備して下さい」
私は永原先生に先週出ていたプリント課題を提出する。
1週間休んでいたことで、下がりかけていた小テストの成績も、すっかり男時代と同程度まで回復していた。
「はーい、それでは授業始めますね」
「今日は、今の言葉に比較的近くて読みやすい、江戸時代の桃太郎物語を読みましょう」
「桃太郎は私も昔に読んだことがありますけれど、私が読んだ当時の物語では桃太郎は桃から生まれたわけではないんですね」
永原先生のこの言葉をリアルタイムと知ってるのは私の桂子ちゃんと龍香ちゃんだけ、私を含めて3人は、いつもの反応ではない。
「それじゃあ読んでいきましょうか――」
また一つ賢くなれた。
桃太郎は桃からではなく、桃を食べて若返ったおじいさんとおばあさんが普通にアレをして生まれた子供だったそうだ。
「あ、優子ちゃん、ちょっと来てくれる?」
昼休み、学食から帰って教室での一時、男子のいじめがないだけで、こんなに安らかなんだと思いつつ、木ノ本桂子が声をかけてきた。
「何? 桂子ちゃん」
「あの、ね。ちょっと2つのことで話があるのよ」
「う、うん。1つ目は?」
「今朝田村が高月を謝らせようとしてたでしょ? 実はあのあと話し合ったんだけど、やっぱりグループとしてはまだ調整はしきれないのよ」
「うん」
「だけど、優子ちゃんを守るというのはどちらも同意ということと、今のところグループが8対8でバランス取れてるから、優子ちゃんはどっちのグループにも参加しないってことになったわよ」
「うん、まだ色々グループと言われてもわからないし、多分桂子ちゃん寄りにはなるんだろうけど……」
昨日遊びに出かけたばかりだし……
「で、どちらのグループにも参加しない代わりと言っては何なんだけど、優子ちゃんを介してなら、今まで断絶していたグループ間相互での交流も自由ってことになったわ」
「う、うん」
「本当は私も田村も、和解には思う所あるんだけどね。やっぱり急には難しいのよ」
「そ、そうなんだ……」
このあたりの女子の作法は、追って覚えていくしかない。言動もだいぶ女の子らしくなってきたと思ってたけど、まだまだこういう深い所では全く女の子にはなりきれてないことを、改めて思い知る。
「一点目はそんなところかな、二点目を話してもいい?」
「うん」
「今日の放課後、ちょっと付き合って欲しいのよ」
「いいけど何に?」
「優子ちゃん、部活入ってないでしょ?」
「う、うん。面倒だったし、私嫌われてたから……」
「それなんだけど、私の入ってる天文部に入ってみない?」
「え? いいの?」
「もちろん。最も、部員は私と部長の2人だけだけどね」
「ふ、2人?」
「夜に部活動するわけにも行かないでしょ? だから普段は天文部と言っても、どちらかと言うと『宇宙研究部』みたいな感じなのよ」
そういえば、桂子ちゃんはすごく宇宙に詳しかったんだっけ?
「うん、分かった。ちょっと見てみるよ。ありがとう」
「部長さんもいい人だし、優子ちゃんの正体を知ってるかは知らないけど、どちらにしても、きっと歓迎してくれるわ」
「うん、楽しみに待ってるよ」
「……お、木ノ本、あんた天文部に誘うのか?」
田村恵美が声をかけてきた。
「ええ、優子ちゃんは体を使う運動系は無理でしょ?」
「……それには同意せざるをえんな。体育の授業も見てたけど、優子、虚弱体質過ぎてこっちが心配になるぜ」
「そうなのよ、昨日さー私と龍香とで行ったゲーセンでもさ、優子ちゃんゲーム弱すぎて……」
「お、おい、本人の目の前だぞ!」
「ううん、いいよ。私が弱いの事実だし。で、ゲーセンでもほとんどのゲームでダントツ最下位で、あまりに弱いってことでエアーホッケーで桂子ちゃんにかなりのハンデ付けてもらったのよ」
「そ、そうなのか? どんな?」
「それは流石に私の口からは言い辛いわね……」
桂子ちゃんが躊躇する。
「私が勝てるようになったのは、桂子ちゃんのフィールド4分の1で、カウンター禁止……つまり私が攻撃して受け止めたら桂子ちゃんは私が戻るまで攻撃不可で、私は両手で防御できるけど、桂子ちゃんは片手だけで、最後に――」
「10点先取の所、私が8点オウンゴール入れてスタートよ」
「な、何だよそれ……大人と子供でもそんなハンデにしねえぞ普通……」
「でもそこまでしないと勝てなかったのよ、私……」
「威張れることじゃねえぞ……」
「い、いや威張ってるつもりはないのよ……」
「あ、ああ悪い……」
「でも、優子ちゃん、クイズゲームでは優勝したのよ」
「なるほど、それは確かに、体力関係ねえからな」
「うん」
「……引き止めて悪かった。それで、天文部ってわけか」
「宇宙飛行士目指すわけじゃないし、悪くないでしょ?」
「そうだな、部員も少ないけど男子部員も居ねえし丁度いいだろ……じゃあな」
そう言うと、田村恵美はグループに戻っていった。
「……田村とまともに会話したのって、いつ以来だっけ?」
「金曜日以来じゃないの? 私の靴がなくなった時、ちゃんと協力してたじゃない」
「あ、あれは……そうね、でもあれを除いたらいつ以来だろう?」
もともと二人の仲の悪さはこの学校でも極めて有名なことだった。何かあれば衝突と喧嘩、本人同士だけではなく、グループの女子が絡んでも喧嘩していた。
「うーん覚えてないや」
「私も。もしかしたら1年の最初の時以来かもね」
「そうだったの……」
「そう思うと、優子ちゃんには悪いけど……いいきっかけだったかもね」
「ふふっ、ありがとう……」
「そう言ってくれると助かるわ」
「うん、経緯はともかく、少しでも人の役に立てると、それはとっても嬉しいなって」
「そう……優子ちゃん、変わったね。昔だったら、こんな風に言われたらものすごく怒っただろうに」
「ありがとう」
桂子ちゃんからも評され、私も徐々に改心できている実感がある。
男子たちもいじめなくなり、私のことを男だと無理に思い込むこともなくなれば、解決は案外早いかもしれない。
その後も、桂子ちゃんと他愛のない話をし、他の女子も集まっていって、休み時間は過ぎていった。
「それじゃあ、ホームルーム終わります。部活の人も、そうじゃない人も、帰り道は気をつけて下さいね」
永原先生の言葉とともに、今日も授業は終了した。
私は桂子ちゃんとの約束を守るため、鞄を持って桂子ちゃんを訪ねた。
「優子ちゃん、行こうか」
「う、うん」
「こっちに来て!」
いつぞやの私や先生の秘密を話したときのように、桂子ちゃんの足取りを追う。
校舎を歩くと見慣れない場所に来た。
部活棟だ。もちろん私は用がないので去年の文化祭の時以外入ったことはない。
「えっとね、こっち!」
3階建ての部活棟の最奥の狭い部屋だ。
コンコン
「はーい」
桂子ちゃんがドアをノックすると、一人の女性の声がした。
「失礼しまーす」
中に入るとパソコンに向かっている一人の女子生徒が見えた。リボンを見るに1学年上の先輩だ。
「木ノ本さん、いらっしゃい。その子が紹介してくれた子ですか?」
「はいそうです部長」
「そう……って! あなた、石山優子さんじゃないですの!?」
「え? 私を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、学校であなたのこと知らない人居ないですわよ。学園一の乱暴者が授業中にいきなり倒れて救急車に運ばれて、一週間姿を見せなかったと思ったら、学園一の絶世の美女になってたっていう話ですわね?」
「は、はい……」
「その幼さが色濃く残るタレ目の童顔に見事としか言いようがない黒髪のロングストレート、そしてこれまた学校一の巨乳……木ノ本さんも相当の美人なのに、石山さんはそれ以上ですもの。木ノ本さん、優子さんが来てから学校一の美少女とは言われなくなったのよ」
「あはは、元々学校一は言い過ぎだと思ってたから、むしろ重荷が取れたというか……」
「嫉妬しないのね、本当」
「うーん、私もたしかに優子ちゃん並みにキレイになりたいと思うことあるけど、別に優子ちゃんが一番美人だからって私が美人じゃなくなったわけじゃないし」
「ふーん、まあいいですわ。それで、木ノ本さん、今日はどうしますか?」
「優子ちゃんにまず、部活のことを……それから、部長も自己紹介を――」
「ああ、そうでしたわ……申し遅れました。私(わたくし)、坂田舞子(さかたまいこ)と申します。僭越ながら、天文部で部長をさせていただいております。以降よろしくお願いいたします」
「は、はい。石山優子です。よろしくです」
「それじゃあ優子ちゃん、うちの天文部の活動を説明するね」
「う、うん」
部室には5、6台のパソコンがある。桂子ちゃんはそのうちの2つを起動した。
「優子ちゃんはこっちに座ってくれるかな? あ、部長は――」
「既に開いてますわよ」
「じゃあ、情報収集お願い」
「分かりましたわ」
「じゃあこっちも……まずは、インターネットを開いてくれる?」
「う、うん」
ブラウザをダブルクリックする。
「で、トップページがJAXAにつながってるでしょ?」
「うん」
確かに、そこを見るとJAXA、宇宙航空研究開発機構のホームページだった。
「ここで、何か新しい動きがないか常にチェックするのよ」
「で、お気に入りを見てくれる?」
「わっ、天文関係のサイトがたくさんあるわね」
そこにはNASAや天文ニュースや某巨大掲示板の天文板まであった。
「天文機材は部費がないからないけど、私の家にあるのを使って、夏休みや冬休みにたまーに天体観測するのよ」
「うんうん。でも私、名前ならともかく、形まで知ってるのはオリオン座くらいしか知らないわよ」
「ああ大丈夫大丈夫、私だって全部は覚えてないわよ。それにうちの部はそういうのともちょっと違うのよ」
「そうそう、普段は様々な研究をしていて、たまに星を観測したりするのよ。珍しいイベントがあったら、もちろん行くけどね。例えば5年前の金環日食とか」
「そういえば次の日食っていつなん?」
「部分日食は結構あるわよ。皆既日食だと……確か2035年の9月よ」
「18年後かあ、34歳ねえ……」
「その時の皆既日食のシミュレーションもあるわよ。見てみる?」
「どれどれ?」
桂子ちゃんが見せてくれる。自作らしい。何が起きているのかよく分からないけど、太陽が真っ黒になってる。
さすがに小学校の頃の理科の授業で習ったから、日食の仕組みは知っている。それにしても珍しい現象みたいだ。
「まあどうしても見たいなら、地球上の何処かで1年に2回、日食は起きてるから、金ためて見に行くといいわよ」
「そうなんだ」
「そうそう、ここに日食のまとめサイトがあるから、調べるといいわよ」
そう言ってクリックする、うわあ、結構将来まで載ってるんだな。
「……2095年の金環日食とか誰が見るんだろう?」
「そうねえ……優子ちゃんとか?」
「え?」
「優子ちゃん、100年後くらいでも平気で生きてるでしょ? 多分」
「そ、そうだったわね……」
そうだ、私はTS病だったんだ。
男だった頃は知っているけど、不老だということはつい忘れがちになってしまう。
「羨ましいわねー、天文好きになるとね、人間の一生はあまりにも短すぎて、やってられなくなるのよ」
「そういうもの?」
「うん、私、絶対ベテルギウスが超新星爆発するまで死にたくないのよ」
「そのベテルギウスの超新星爆発ってのはそんなにすごいの?」
「すごいなんてものじゃないわよ。昼間でも見えるくらい星が光るのよ」
「な、何だそれは……昼間でもって……」
「昼間に月が見えることがあるでしょ? 点光源で半月よりも明るく、場合によっては満月にも近い明るさで見えるのよ」
お、恐ろしい話だなあ……
「でも、明日起きてもおかしくないけど、数万年後かもしれないとも言うのよ」
「そうなんだ……」
「おっと、話が脱線しすぎたね、じゃあ他のサイトについても説明していくよ……」
こうして、下校時間になるまで、天文部のガイダンスは続いた。
「ただいまー」
「おかえり、遅かったじゃない」
「桂子ちゃんに天文部に誘われて」
「へえーあの子、天体が好きなのね」
「うん、私も知らなかったよ」
「それじゃ、ご飯もうすぐ出来るから、着替えてすぐに来てくれる?」
「はーい」
女の子としての新しい生活、いじめもなくなって、受け入れられて、ようやく再スタートが切れそうだ。