永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

323 / 555
永原先生の家宝 後編

「では次の依頼品をお願い致します」

 

「はい」

 

 そして次に出てきたのは21冊の小さな古本だった。

 いかにも古い時代に書かれたという感じの、茶色い書物だった。

 

「これはですね、『柳ヶ瀬まつ一代記』です」

 

「柳ヶ瀬まつですか? さっきも出てきましたよね? 昔の名乗りですか?」

 

 そう言えば、永原先生の昔の名乗りは知られてなかったわね。

 

「ええ。私が永原マキノと名乗っているのは30年前からでして、その前は大正元年から北小松貴子と名乗っていました。その前の明治は偽名を多く使ってまして……そのうちの偽名のうち1つが戦国時代に女性になって初めてつけた名前、それが『柳ヶ瀬まつ』というのです」

 

 つまり、柳ヶ瀬まつという名前で暮らしていた時期が一番長い。

 

「え!? じゃあこれは依頼人のことについて書かれた書物ですか?」

 

「ええ、私の情報は大名旗本には公然の秘密のような感じだったんですが、厳重に管理されていましたので私に対する記録はこの書物だけなんです」

 

「依頼人が自分のことを書いた物を出すって……もう意味が分かりませんよ!」

 

 司会者さんも、思わず天に向かってツッコミを入れている。

 うん、あたしもその気持がわかるわ。

 

「ええそうでしょうね。この本は10年に1度、私に関する10年間を幕府が記録していたものでして、最後の徳川将軍様より持ち出しを許可されました。ちなみに、この本はほぼ全て時の老中や大老、側用人がお書きになっていました。ただ、最初の1冊だけは私が書いたもので江戸城に来るまでの人生を記録したものです」

 

「え!? 依頼人自筆なんですか?」

 

「もちろんです。私は元々戦国の農民ですから、天正10年頃までは文字が読めなかったんですが、諸国流浪する時に尼寺を巡ったりして独学で勉強して江戸に住む時には武家の書物も読めました」

 

「へえ、すごいんですねえ」

 

 そうか、江戸時代はともかく戦国時代じゃ文字読めないのは普通のことよね。

 

「ええ、不老の身ですから若いままで、文字の習得は早かったですよ」

 

 そしてもう一度依頼品が流れる。

 鑑定士の鑑定だが、かなり悩んでいる様子が見て取れた。

 

「本人評価額はどうでしょうか?」

 

「うーん、分からないわね。何分私という存在の価値で決まるようなものですから。これが時の老中の真筆なのは私がこの目で見てますからそれが果たしてどれほどの価値になるかというのがわからないんですよねえ……そうですね1冊10万、私のは無価値として200万円ですか」

 

「では200万円で!」

 

 ……そして出てきた鑑定額は倍の400万円だった。

 

「はい、歴代老中・大老あるいは側用人の真筆で間違い無しです。依頼人のことが書かれていましたが、特に元禄期の依頼人について柳沢吉保が書いた部分ですね。これが今まで信じられていた吉良上野介の違った一面を表していて大変興味深かったです」

 

「ええ、私、この番組の出演を決意した理由の一つでもあります」

 

 永原先生にとっては、これが本題みたいなものなのよね。

 

「と言いますと?」

 

「吉良上野介殿の汚名を、どうしても晴らしたいんです。私の依頼品は残り2点です。むしろ次の2点だけでも良かったんですけど、コレクションの価値が知りたいのでたくさん持ってきました」

 

「じゃあ、次の2点というのは、まさか吉良家に関するものなんですか?」

 

「ええ、次の鑑定品、お願いします」

 

 永原先生がそう言うと、今までにないくらいの大規模なものが入ってきた。

 幾つものおびただしい数の本が積み込まれていて、それが何十冊、いや下手したら100冊以上になっているかもしれない。

 スタジオも目を丸くしている。

 

「な、なんですかこの大量の書物は……」

 

「これですか? これは特に名前は無いんですが、そうですねー『柳ヶ瀬日記』とでも言いましょうか? 鑑定人さん総出でお願いしたいものです」

 

 柳ヶ瀬日記、多分永原先生が付けていた日記よね?

 

「日記ですか?」

 

「私が江戸城にいた214年間に、毎日ではありませんけど、ほぼ毎日つけていた日記です。こちらが初期で……で、こちらが江戸城を出る日の部分です、長い年月書き綴っていて文体まで大分変わってしまいまして、お恥ずかしい限りなんですが」

 

「うわあ、まめですねえ……」

 

 司会者さんも、これには言葉を失っている。

 永原先生の214年の記録が、ここに詰まっている。

 

「鑑定人さんには、特に元禄期の、私が吉良殿に受けた御恩について、見てもらいたいんです」

 

「はい」

 

 永原先生の真剣そうな表情に、鑑定人さんの顔も凛々しくなる。

 この日記に関する説明のために、番組内でまた再現VTRが流れた。

 

「当時、4代将軍家綱の命により江戸城にいた依頼人。5代将軍綱吉もこれを継続し、彼女を戦乱の時代を知る女性として厚遇していた」

 

 徳川綱吉の役者さんは、何だか犬の顔をしているわね。

 やはりそう言うイメージなのだろう。

 

「しかし、快く思わない江戸城の人々や大名・旗本たちがいた。依頼人は武士の身分こそ与えられたものの、ほとんど着のみ着たままで江戸城に入ったため、服装は以前と変わらぬ町人の服で、江戸城では浮いていたのである。そして、日陰で陰口を叩かれているところを何度も聞いて、耐え忍んでいたという」

 

「江戸城に住み始めて40数年の時が流れ、依頼人が180歳になった頃のある日、それを不憫に思い、見かねた武士がいた。それが、あの忠臣蔵の悪役で有名な吉良上野介義央だったのである。吉良上野介は時の将軍徳川綱吉と掛け合い、依頼人に身分以上に立派な服を与え、今後は士分にふさわしい服を着ることを許し、作法を指導するようにした」

 

 そう、その通り。

 

「更に、吉良上野介は綱吉に対して依頼人に対する江戸城での陰口についてもやめさせるように進言。綱吉もそれを承諾し『遠き戦乱の時代を知る柳ヶ瀬殿に陰口を叩かず。心から敬意を払うように』と、江戸城で働くものや、全国の大名・旗本に対してお触れを出し、将軍が真っ先に依頼人に敬語を使ったことから、陰口はそれ以来ピタリと止んだのである」

 

 スタジオも、吉良上野介の別の一面を知り、一様に驚いている。おそらく、意地悪な爺さんというイメージしかなかったんだわ。

 

 番組のナレーションは、それ以来吉良家に深い恩義を感じるようになり、心の拠り所ともなっていったとも言ってある。

 そして、再現VTRには刀傷事件から例の討ち入りの話も出てきた。その後の浅野家は浅野大学が旗本として再興したことにも言及されている。

 

「喧嘩両成敗とは戦国時代の習わしです! 泰平の世にふさわしくないばかりか上様の生類憐れみの令の精神にも反します!」

 

 再現VTRの不細工な永原先生が熱演をしている。

 でも確かに、永原先生はこう言っていたのは事実だった。

 

「赤穂浪士切腹、吉良家の取り潰しという喧嘩両成敗の判決に依頼人は猛反対したという」

 

 アナウンサーがそう付け加える。

 

「柳ヶ瀬殿が申されることは最もである。しかれども、いかに徳川幕府の将軍とは言え世論には勝てぬのだ。柳ヶ瀬殿には辛いと思うが、どうか耐えてくれ」

 

 徳川綱吉役の俳優さんがなんとも辛そうに言う。間違いなく永原先生の監修よね?

 

「そう言って、綱吉は依頼人の意見を却下したという。改めて依頼品を見てみよう」

 

 そして、場面はスタジオに戻る。

 

「はあ、僕今まで忠臣蔵というのを何の疑いもなく見ていたんですが、じゃあその浅野に意地悪をしたというのは?」

 

「全部嘘ですよ。吉良殿は、天地が逆さになってもそのようなことをなされる御方ではありません。そもそも、もし浅野が失敗すれば指南役の自分にも責任が及ぶんですから、あのようなことをなされたとすれば自殺行為です」

 

 永原先生が、きっぱりと断言する。

 

「あー、言われてみればその通りですよね。何で考えにも及ばなかったのか恥ずかしいです」

 

 司会者さんも永原先生に気圧されているわね。

 

「本当の吉良殿は、とても温厚で優しく、慈悲深い御方でしたし、4代様は幼少にして立派な御方でしたし、5代様も実直でとても誠実で、戦乱の世から続いていた殺伐とした気風を改める基礎を作られた御方でした」

 

「やはり、そうなんですか」

 

「ええ、私は実際に吉良殿と何度も会っていますから」

 

「もしかして水戸黄門とか――」

 

「ええ。徳川中納言殿なら大日本史の折よく存じております」

 

 永原先生がニッコリと笑って言う。司会者は改めて「とんでもない人だ」という顔をしている。

 

「それにしてもこれ、全部あなたが書いたんですか?」

 

「ええ」

 

「依頼人がね、自分の作品を鑑定に持ってくると言うのはですね、番組始まって以来のことですよ本当に」

 

 4代目以降の歴代将軍とも面識のある歴史の生き証人が書いた日記、確かに価値は高いと思う。

 

「これは本人評価額はどんな感じですか?」

 

「……すみません。これと次の1点だけは、どうしても評価しきれないんです」

 

 永原先生がそう訴える。

 

「んー、確かに、自分の作品ですからねえ。分かりました」

 

 異例の本人評価額なし。

 結果はどうなるのか?

 

 分量が多いため、何人もの鑑定士が書物を分担して読んでいて、驚いた顔が何度も見える。

 あたしたちにも緊張が走る。

 

 そして結果から言えば、1億円だった。

 

「1億円ですか? 本日2度目の億ということですがどう思われますか?」

 

「そうですね、私の価値、214年で1億円ですから1年50万円未満ですか? そう考えると大したことないですね」

 

 永原先生が吐き捨てるように言う。鑑定額にはそこまでこだわりはなかったのかもしれない。

 

「えっと、便宜上1億円とはしたんですけど……これ、歴史学者や古文学者にとっては喉から手が出るほど欲しいものです。当時の江戸城の暮らしぶり、江戸の街で起きた事件とか世俗とか、更に時代の変化、江戸時代における日本語の変化まで克明に記されていて、例えば最初の方は動詞の活用が上二段と上一段、下二段と下一段が混在して書かれているんですが、後ろの方は殆ど一段活用になっていたり他にもラ行ナ行の変格活用がある時を境に徐々に四段活用になっていたりしておりまして、これは江戸時代の江戸の事情の大半を知ることが出来る比類のない第一級資料です。しかも、200年以上全て同じ人が同じ場所で書いたという、それだけでも凄まじい価値になると思います」

 

 確かに、それはその通りだと思う。

 214年というと今地球上で2番目に年上の余呉さんの人生よりも更に30年近く長いものね。

 

「しかも幾つかの事柄については記録が散逸した結果、諸説あって分からない事までこの本には事実がはっきりと書かれているんですよ、生没年不詳の人の生没年がこの本からいくつも分かります。これはですね学説がね、多くひっくり返りそうな代物ですから、下手したら数億でも足りない可能性はあります」

 

 鑑定士さんによれば、かなり鑑定しづらい代物だということが言えるわけね。

 

「はい、これはですね。もうお金で買えないとさえ言ってもいいかもしれないです。とても私ごときが値段をつけるものではないです」

 

 もう一人の鑑定士さんがかしこまった表情で言う。そこまで言うとは恐れ入るわね。

 でも確かに、214年間の記録というのはとてつもない話なのは事実よね。

 

「特に赤穂事件に関する部分、これは依頼人の無念と、そして浅野家に対する怒りがとても強く伝わってきまして、読んでいるこちらとしても、当時の情景が目に浮かぶようです。後、今日出てきた依頼品を買ったりもらったりした記録もあってそれも面白かったです。依頼人さんの記憶力にも敬服しますね」

 

 鑑定した人は、多分番組史上最多に登っていると思う。

 

「あと一点気になったのがですね、この日記、浅野家と赤穂浪士の関係者だけが諱で書かれているんですね。さっきまでも依頼人さんは歴史上の人物を頑として諱で呼びませんが、もしかして彼らだけ諱呼びで書いているのは意図的なものなんですか?」

 

 鑑定士さんが、別の視点から疑問を投げかけてくる。

 そう言えば、普段もそう言っていたわよね。

 

「はい。私は今も浅野長矩、大石良雄とその一派を、300年間恨み続けております。浅野長矩は私にとってかけがえのない恩人を殿中で斬りつけ、吉良殿だけでなく恐れ多くも上様と天子様を愚弄したんです。大石良雄と46人の一味は、主家の恥を上塗りして、集団で襲撃して、何の罪もない吉良殿を殺したんですから。私には分かりません、何故こんな天を恐れぬ所業が英雄ともてはやされるのか! そんなことは、もう二度としないでもらいたいです!」

 

 永原先生が、後半はやや涙ながらに、強い口調で言う。

 今日の永原先生は、これを言いにこの番組に出たと言ってもいい。

 

「浅野長矩、大石良雄……この日記はもちろん当時一般の流儀なら浅野内匠頭、大石内蔵助と書くべき所を、彼らだけ諱で書かれているんです。しかも刀傷事件の前や刀傷事件時にはちゃんと『内匠頭殿』と書かれていて、討ち入りがあった後に諱を呼び捨てにして書かれています。これは当時の価値観では相当な敵意がなければ出来ない所業です」

 

「ええ、分かっています」

 

 永原先生は、そのことを分かっていた。

 吉良家に対して、本当の姿を知ってほしい。

 そして浅野長矩と赤穂浪士はろくでもない人間なんだということも知ってほしい。

 そんな叫びが、この日記から聞こえてくるものだった。

 

 

「それでは、最後の1点に参りましょうか」

 

 扉が最後に開かれる。

 それはそう、いかにも高級そうな着物が数着あった。

 あたしは知っている。これのうちの一つを、永原先生が着ていたのを見たことがあるから。

 

「これはまた、随分と古く高そうな着物ですね。これが真打ちですか」

 

「これらは全て、吉良上野介殿にもらいました着物です。幾つかは着すぎて残ってないんですが、依頼品は着るのも惜しいので残っています」

 

 永原先生が貰った吉良の着物について話してくれる。

 

「これらを、譲り受けたんですか?」

 

「はい、もちろん、季節によって着るものは変わっていたんですけど、ここに残っているのは特に立派でしたから両手で数えるほどしか着たことありません。そうですね、例の刀傷沙汰の時もこれを着てました」

 

 永原先生によれば、吉良殿に着物を譲り受けたことで江戸城でも武士の服装を着ることが出来たという。

 あるいは、忠臣蔵が流行するに連れて着る機会もなくなっていったのかもしれない。

 

「これは歴史を伝えるものなんですねえ」

 

「ええ、この着物は、吉良殿が本当は慈悲深くて恩義に手厚い御方であることを、今に伝えるものです」

 

「これらも、値段は付けられないと」

 

「はい、吉良殿の恩義は金銭的な価値にするのはとても困難だと思います」

 

「お金で買えないということですか?」

 

「いいえ、おそらくそうではないとは思うんですけれど……ただ、かなりの出費を覚悟しないといけないでしょう」

 

 どうやら、永原先生はこれについてはお金で買うことは出来ると考えてはいるみたいね。

 

「はあ、そういうものですか? ともあれ、鑑定に移りましょう」

 

 鑑定士が着物を見ていく。やはり、かなり驚愕した顔を隠せていない。

 今日はとんでもない宝物のオンパレードなのに、「まだこんなものを隠し持っているのか!?」という感じなのかもしれないわね。

 

「はい、それでは、本人評価額は無しで行きましょうか」

 

「一……十……百……」

 

 そして鑑定額が出て来る。

 0が次々と流れていく。

 そして本日3回目の「億」が出た。

 もちろん、数点併せての鑑定額だが、本日最高の2億だった。

 

「出ましたねえ……2億ですよ」

 

「これは驚きました。全て間違いなく国宝級です。着物というのはその性質上後世に滅多に残らないんです。残っていても江戸時代の終わり頃とかなんです。そこに元禄期の着物が残っていると言うだけでもものすごい価値になるんですが、これは当時の最高級品が……ああこんな素晴らしい保存状態でこんなに残っているなんて、あの……あなた明日から人が押し寄せていきますよ」

 

「あはは、実は2年前これを着たんですよ。夏祭りで」

 

「ひえええ……! 国宝級の着物を着て夏祭りですか!?」

 

 あたしたちは、その夏祭りのことを知っている。

 

「今思えば怖いもの知らずだったなと思います」

 

「本日の鑑定総額は……もうこれ計算したくもありませんね」

 

「1億以上が3個に、数千万もいくつかあって、全部鑑定額で売ったら一生遊んで暮らせそうですね」

 

 司会者さんが心底驚いた風に言う。

 

「無理ですよ。少なくとも私は970歳までは生きていくつもりですし、地球の終わりも見てみたいと思っていますので」

 

 そう、不老の人間にとってお金はいくらあっても足りないのよね。

 

「あーそうでした。ここにいる我々が死んだ後もあなたは生きていくんですよね」

 

 司会者さんも思い出した様に言う。

 

「そうですね。今は不慮の事故に巻き込まれないように細心の注意を払いながら生きていきたいと思います」

 

 でもこんなコレクション持ってたらヤバそうだと思うけど。

 まあ、インターネットの反応が楽しみね。

 

 そして、スタッフロールとともに次回予告が流れ番組が終わる。

 最後に「本日はありがとうございました」という声とともに永原先生が去っていく。

 

「ここまでね」

 

「ああそうだな」

 

 あたしたちはテレビを消し、いつもの日常に戻った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。