永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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後期の始まり

 夏休みが終わり、後期に入った。

 佐和山大学は小谷学園と同じ前後期制で、後期はまた別の科目の履修が必要になる。

 履修登録する前に、どんな科目があるのか、見て回る必要がある。

 大学は高校までと違い、とにかく科目数が多い。まあ、専門的なことを学ぶ場所だから、当たり前といえば当たり前で、むしろ中学高校までが大雑把すぎたのよね。

 

「第2外国語ってあるよね、英語系の科目でも代替できるけどどう思う?」

 

 後期の履修についても、浩介くんと相談しながら決めていく。

 

「うーん、慣れた英語でいいや」

 

 あたしも、後期は結局浩介くんと同じ履修になりそうだわ。

 そして、この時期に行われることと言えば、佐和山大学の文化祭、通称「さわわ祭」の準備ということになる。

 

 あたしたちが所属する天文サークルでの出し物はすでに決まっていて、桂子ちゃんは彼氏と共に、どの写真を出しておくかについて、すでに話し合いを終えていたという。

 

 

「なので、出すのはこの写真とこの写真、解説はこれとこれよ」

 

「うん、いいと思うわ」

 

 放課後の天文サークル。あたしたちは、桂子ちゃんの選別した写真を最終確認する。

 天文知識については、桂子ちゃんの方が遥かに詳しいから、よっぽどのこと以外は任せておけばいいものね。

 

「それにしても、あの薬を飲んでから調子がいいわ」

 

「お、木ノ本もか!?」

 

 浩介くんが「おおっ」という感じで喋る。

 

「うん」

 

 蓬莱の薬には、老化を遅らせる以外にも様々な効果がある。

 

「もしかして、例の副作用のせいかしら?」

 

「そうみたいだな。優子ちゃんも体調悪くなるのは月に1回くらいだし」

 

 浩介くんが半笑いで言う。

 

「もう、大変なのよ!」

 

「うーん、ちょっと今のはデリカシーないわねえ……」

 

 あたしの抗議に桂子ちゃんも同調する。この場に女性が2人いてよかったわ。

 

「うっ、悪い悪い」

 

 浩介くんも、さすがに分が悪くなったのか、あたしに謝ってくれる。

 まあ、浩介くんは浩介くんで、こういう日には優しくしてくれるんだけどね。

 例外は今年のバレンタインデーの時くらいかな? あれはうん、まあ男の子が興味持っちゃうのは仕方ないとは思うけど。

 

「でも、風邪とか引かなくなったのは助かってるわ。何せ病気と重なると大変だもの」

 

「あーうん、そうかも」

 

 TS病になると、免疫力が高まるため、女の子の日に風邪を引いたり病気になったりといったことは経験がない。

 とは言え、優一時代の幼い頃に、何度か病気や風邪になったこともあったので、その時の辛さを思い出せば、何となく推測することができる。

 

「優子ちゃん身体弱いから、不老遺伝子があってよかったよ」

 

「うん」

 

 不老遺伝子があるからこそ、今の研究が必要という意味でもあるけどね。

 

「私も、300歳まで生きていれば、超新星爆発の1つは見られる気がするわ」

 

「うーん、永原先生も見たことないから1000歳は必要じゃない?」

 

 桂子ちゃんの発言に、あたしは胃を唱える。

 

「あーそう言えばそうだったわね。とは言え、ここ数百年は地球近傍で超新星が無いからねえ。どうなるかしら?」

 

「うーん確かに」

 

 どちらにしても、天文イベントを見るためにはかなりの長寿が必要になるのよね。

 そう言う意味でも、蓬莱教授の研究が待たれるところだわ。

 

「さ、次はレイアウトよ」

 

「ええ」

 

「おう」

 

 あたしたちは、雑談もそこそこに、大まかなレイアウトを考え始めることにした。やるべきことは、早めに終わらせるのが吉だものね。

 

「ごめんくださーい」

 

「はーい」

 

 準備をしていると、部屋の外から知らない人の声がした。

 

「あの、文化祭実行委員なんですけど」

 

「はい」

 

 どうやら、文化祭実行委員の人みたいね。

 

「今年のミス佐和山コンテストに出られる方を探しているんですけれど……ってあなた方最高じゃないですか! 是非出てみませんか!?」

 

 文化祭実行委員の女性は、あたしを見るなり目の色が変わったようにミスコンに誘い出す。

 

「あたしはパス」

 

 ミスコンならば、当然あたしは出るつもりはない。

 

「え!? 何でですか!?」

 

 文化祭の人が、驚いた顔をしている。

 

「『ミセス』コンテストなら、出てあげてもいいけどね」

 

 あたしは左手を突き上げて結婚指輪を見せつける。

 

「あ、すみません……そちらの方は?」

 

「あー私? うーん、去年ミス小谷で優勝したばっかなのよねー」

 

 桂子ちゃんは、彼氏はいるけどまだ未婚なのは事実なので、あたしと同じ言い訳は通用しない。

 まあ、もちろん「出ないったら出ない」でもいいんだけど。

 

「あ、もしかして木ノ本桂子さん、そっちはいし……じゃなくて篠原優子さんですか!?」

 

 ようやく気付いてくれたみたいね。

 

「ええそうよ」

 

「本当ですか!? 木ノ本さん、出てみませんか!?」

 

 文化祭の実行委員さんがかなりがっついている。

 

「いいけど、内面も判断するとかいう曖昧基準でコネで選出とかは勘弁してね。出るからには彼氏の手前、優勝に近い成績じゃないと」

 

 桂子ちゃんが釘を指すようにして言う。

 

「分かってますよ!」

 

 文化祭実行委員の人は、多分同じことを何度も言われてきたわけね。

 

「じゃあ、彼と掛け合ってみるわね」

 

「ありがとうございます!!!」

 

 桂子ちゃんがそう言うと、文化祭実行委員さんは嵐のように去っていった。

 

「なんだかすごいパワフルね」

 

 まあ、そんなんじゃないとこういうのは務まらないんだとは思うけど。

 

「それにしても優子ちゃん、うまく機転を利かせたわね」

 

 まあでも、既婚者なら誰でも思いつきそうだとは思うけど。

 

「うん、あたしもう浩介くんのものだし、出たら出たでまた優勝しちゃいそうだし」

 

「あはは、優子ちゃんなら世界ミスコンでも余裕で優勝しちゃうでしょ!?」

 

「違いない」

 

 桂子ちゃんと浩介くんが、笑いながらそんなことを言う。

 まあ、それ以前に、ミセスのあたしはミスコンテストには出られないんだけどね。

 

 

 同時並行して、夏休み明けで新しい講義を一通り受けてみたが、相変わらず専門であるはずの再生医療とは関係のない一般教養多目で前期とほぼ変わらない。

 特に文系の一般教養はあたしたちにとって全くテンションが上がらない。

 軽い気持ちで、永原先生に履修しようと思っていた「日本近代史」の教科書を見せたら案の定「でたらめばかりが載っている」とものすごい剣幕で怒ってしまって、よっぽど我慢ならないことが書かれていたのか、永原先生が著者に抗議する騒ぎになっちゃったし。お陰さまで履修を取り消す羽目になってしまった。まあ、デタラメを教わってデタラメを書いて単位取るってのも変だしね。

 あたしたちは代わりに、古典系の科目として、「江戸時代の文学」を選んだ。

 鑑定番組や美術館に出てきた永原先生の所持していた本も出てくるという。

 

「ふう、こんなところね」

 

「ああ、にしても先生があんなに怒るなんてなあ……」

 

 浩介くんが驚いたように言う。

 

 永原先生は、もしかしたら歴史学会に対する不信感も強いのかもしれない。

 それは恐らく、赤穂事件が大きく関係しているのかもしれないし、あるいは歴代将軍全てと面識を持った永原先生が、各将軍についてでたらめ書いていることへの怒りなのかもしれない。

 永原先生は、ああ見えて歴史に関してはかなり狭量な人なのかもしれない。

 いや、戦国時代の生まれだからこその、価値観の相違と言ったほうがただしいかな?

 例えば、永原先生の「真田幸村」と「忠臣蔵」に対する異常な憎悪にしたって、当時の人間、特に当事者にとっては極めて重大な問題だからこそ、ああした行動を取るのだと思う。

 

「でも、以前にもにたようなことがあったわよね?」

 

「あー、あったなあ……あれは確か上田駅だっけ?」

 

 浩介くんが懐かしい場所を言う。

 

「うん」

 

 そう、2年前の林間学校の帰りに、あたしは浩介くんと共に永原先生の先導で真田家所縁の土地を巡った。

 それはすなわち、永原先生の故郷でもあった。

 永原先生は上田駅前の「真田幸村」の銅像に対して怒りをぶつけていたし、止めようとした浩介くんにまで怒鳴り散らしてしまった。

 永原先生にとっては、諱は極めて重大な意味があり、口に出すだけでも恐れ多くてできないものだから、それを曲げて伝えるというのは冒涜どころでは済まされないことなのだろう。

 実際、「切腹を言いつけられて文句は言えない」「討伐の大義名分にさえなる」と言っていたし。

 

「あの後の夏祭りでも、さくらちゃんに怒鳴ってたものね」

 

「ああ、あれは志賀にも気の毒だったよ」

 

 あの時の永原先生は「吉良の着物」を着ていて、さくらちゃんが吉良上野介に対する世間一般の誤解を話した時にも、浅野長矩と赤穂浪士を罵倒して、吉良を貶めたと思えば、周囲が振り向くほどに怒鳴り込んでいた。

 

 確かに、主君の孫のことを曲げて伝えられたり、自分にとってかけがえのない恩人を悪く言われたら、不愉快な気分になるのは理解できるわ。

 でもそれにしたって、数百年も経っているのに……いや、それだけ長い間続いているからこそ、なのかもしれないわね。

 

「ま、ともあれ今は、学業に専念しようかしら?」

 

「ああ、そうだな」

 

 協会の広報部も、仕事が落ち着き、今のところはあたし一人で回せている分量になった。

 幸子さんと歩美さんも、まだ広報部に籍は置いてあるけど、それぞれが普通会員として、元の活動に戻っている。

 

 歩美さんは乙女ゲームを始めたけど、「まだいまいち男の子にときめかない、私だって女の子なのに、優子さんや幸子さんみたいに男の子を好きになれないのは辛い」と悩んでいた。

 歩美さんは、まだ女の子になって1年経っていないから、焦らなくていいことだけは伝えておいた。

 彼氏なら、大学なり就職先なりで見つけても遅くないというのが、あたしの持論だったりする。

 

 一方で幸子さんの方は、相変わらず彼氏とはうまくいっている。

 彼女や妻がTS病のカップルや夫婦は、別れたり離婚したりというケースが他と比べて極めて少ないことが特徴的でもある。

 もちろん、理由は言わずもがなだ。

 

 また新しいTS患者も、あれから現れていない。

 一方で、現在カウンセリングを主に受けている患者さんたちは、全員が安定した生活を送っている。

 

 お昼休みに浩介くんと、学食へと歩く。

 あたしたちはいつものように思い思いに食券を購入し、テーブルで隣り合って食べる。

 

 

「ねえねえ知ってる? ジェンダー論の講師、退職したんだってー!」

 

「うんうん、聞いたよ。学生、それも1年生に言いくるめられてるのを大勢の前で見られたんだってさー」

 

「うん知ってる、あれはマジで傑作だったよ」

 

「あはははは」

 

「論破した優子ちゃんもすごいよねえー!」

 

「うんうん」

 

「それにしても、40手前の未婚者が19歳の既婚者に喧嘩売るって……本当女の嫉妬って怖いよなあ」

 

「本当、女の敵は女だよねえー」

 

 

 どうやら、あたしに喧嘩を吹っ掛けたジェンダー論の講師が、この大学をやめてしまったらしい。

 あたしとしては「ざまあみろ」っていうのが第一印象だけど、第二印象としてはやっぱり生活に支障まできたしちゃったのは、やっぱりどうしても罪悪感があるわね。

 何なら、後任として協会の方から講師を出してもいいかもしれないわね。両方の性別を経験した人こそこういうのは大事だもん。例えば、客員教授として永原先生とか。

 

「どうやら、あの講師、辞めたらしいな」

 

「ま、当然だわ。男女の違いを無くそうだなんて、土台無理な話なのよ」

 

 あたしにはもう、あまり関心もない。

 

「だけど、国外はそうでもないらしいぜ」

 

 浩介くんが興味深い話をしてくれる。

 

「へー、どんな感じで?」

 

「それがだな──」

 

 蓬莱教授の宣伝部の話では、あたしたちのこの声明をきっかけに、ジェンダー論において場外乱闘に発展しているらしい。佐和山大学でも一悶着あったけど、世界ではもっとすごいらしい。

 それというのも、海外のフェミニズム団体は日本とは比べ物にならないような影響力を持つ圧力団体もあるらしく、そうした団体の嫌がらせなどを受けてきた人々が、あたしたちの団体の声明を大義名分にして、世界各地で逆襲を繰り広げているらしい。

 3年前くらいから、世界は行き過ぎた進歩的思想から脱却する空気が流れていたわけだけど、今回のあたしたちの声明は、欧米諸国では特に重視され始めているらしい。

 

 日本とは違って、TS病という病気を知る機会がなかった海外では、「両方の性別を体験した」という権威の突然の登場に動揺する人が多く、そのためにその権威は、半ばパニック的に日本以上に高いものになっているらしい。

 

「協会の方にも直接的な外圧はあったんじゃないか?」

 

 協会でも、外国メディアの取材申し込みがあったらしいけど、永原先生が「うちは英語の団体でも国際団体でもないので、日本語以外受け付けません。それから、取材条件を満たすことは絶対です」と言って事実上の封鎖を行ったらしい。

 

「まあ、あまりなかったわね」

 

 永原先生はもちろんのこと、比良さんや余呉さんや江戸生まれの正会員たちもおそらく外圧というものにいい感情は持ってないと思う。

 

「おうそうか、やっぱり先生の手腕ってすごいんだな」

 

「うん、永原会長は自分のことは一般女性だって言っているけど、他の人が同じように500年生きて同じような振るまいが出来るかと言ったら違うと思うわ」

 

 あたしだって、あんな身体能力じゃすぐに死んじゃうと思うし。

 

「ああ違いねえよ。運だけで戦国時代や江戸時代を切り抜けられねえのは、先生以前の人が誰もこの世にいなくて、しかも先生の次に年上の人が江戸後期の生まれな所からも明らかだしな」

 

 浩介くんが正論を述べる。

 以前にも永原先生は言っていたように、戦国時代の人間は異常なくらい喧嘩っ早かったらしく、また際限なく事を重大化させるという点でも江戸時代の比ではなかった。しかも戦乱があちこちで起きていたから死体が転がってたり人身売買なんてのも日常的だっただろうし。

 江戸時代になると治安が劇的に改善したと言っても、「火事と喧嘩は江戸の華」何て言葉が残ってるくらい、喧嘩に明け暮れていた時代だったものね。

 

「それにあの時代は性犯罪だらけだったと思うし」

 

「ああ、あの祭りでの痴漢の下りの日記はひでえよなあ……」

 

 浩介くんがうんざりした感じで言う。

 

「うん」

 

 そもそも、江戸一番の美人を決めるために、痴漢された回数を競い合う何てことを、仮にも江戸城に詰めている武士身分の娘がすると言うのもさることながら、痴漢された回数で負けたことについて、「大声を出して泣くほどに人生で一番みじめな思いをした」というのがとにかく衝撃的だったわ。

 あたしも以前、電車で痴漢されたことがあったけど、恐怖と嫌悪感で一杯だったのに。

 まあ、あれは永原先生に限らず当時の時代がそうさせたという一面が強いけどね。

 

「先生、もしかしたら……あーいややめておこう」

 

 浩介くんが何かを考えて、そして思いとどまる。

 

「うん、江戸城に住んでるもの。吉原にいるわけ無いわ」

 

 というよりも、吉原の遊女は、途中で死ぬことが多い危険な職業だったわけだもんね。

 

「ま、とにかく先生が会長でいる間は協会は問題ないさ。少なくとも、先生は寿命で死ぬことは無いから当面心配は要らんだろ」

 

「ええ、そうね」

 

 永原先生は、長生きするために不慮の事故に遭わないように慎重に暮らしていて、それはあたしたちも同じ。

 

「さ、今日も講義が終わったら文化祭の準備しようぜ」

 

「うん」

 

 あたしたちは、学業を始め、秋の文化祭に向けて準備を開始する。

 久々にゆっくりと、大学生活を楽しむことができるわね。


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