永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
ピピピピッ……ピピピピッ……
「うーん」
目指し時計の音で起きる。
今日はいよいよ佐和山大学で文化祭が行われる日。
あたしは、まだ見ぬ大学の文化祭に、期待を抱いていた。
「お人形さん……」
まだ時間に余裕があるので、あたしは部屋にあったお人形さんで遊ぶ。
仲のいい家庭をイメージした、ほのぼの生活を考えて、おままごと遊びも加えてっと。
「かわいいわー」
秋の季節も深まったので、お人形さんの服を着せ変えてあげる。
このお人形さん遊びやぬいぐるみさん遊びは、こっちに来てからも以前と変わらずに続けている。
かわいらしいお人形さんの服を着替えさせてあげて、ぬいぐるみさんと一緒に楽しく暮らす楽園を思い浮かべる。
「うー、お人形さんには全部見られちゃってるのよね」
そう思うと、あたしは急に恥ずかしくなってしまう。
もちろん、あたしだって子供じゃないから、お人形さんに心なんてのはないんだけど、気持ちの問題かしら?
「ううん、気にしちゃダメだわ」
頭をぶんぶんと横に振り、あたしは気持ちを切り替えて、お人形さん遊びを再開した。
「うーん、どれにしようかしら?」
お人形さん遊びを終えたあたしは、今日の服装で迷っていた。
高校までの文化祭は、制服だったのでその日の服に迷うことはなかった。
2年生でミスコンに出た時に私服審査があったけどあれもあらかじめ準備期間があったからよかった。
「うーん、やっぱりこれかなあ?」
あたしが取り出したのは赤い服と赤い巻きスカートだった。幼さを全面に強調した服で、あたしのお気に入りの服の1つ。これまでも、何度もいざという時に取っておいた服だけど……
「ううん、今日はこっちにするわ」
あたしは、迷った末に白いYシャツと茶色いジャンパースカートを手に取る。
こちらも幼さを強調した服で、ぬいぐるみさんを抱きながら歩くのがあたしのお気に入りになっている。
「よし、これにするわ」
あたしは、ミスコンには出なかったけど、小谷学園で桂子ちゃんや永原先生と戦って優勝した「伝説のミス小谷」ということで、「評論審査員長」というごたいそうな肩書きで参加することになった。
つまり審査員長であると共に、各候補について評論するというもので、審査員票も去ることながら、あたしの発言で一般票が大きく動きかねない。
まあ要するにミスコンの運営のトップに担ぎ上げられちゃったと言っていい。
……最も、他の候補を見れば一目で桂子ちゃんの優勝が決まったようなもののため、あたしも桂子ちゃん支持でいきたいと思う。
本当、2年前のこととは言えこの桂子ちゃんにミスコンで勝てたのって我ながらすごいと思うわ。
「あなたおはよー」
「優子ちゃんおはよう。文化祭、それで行くのか?」
「うん」
リビングに行くと、すでに着替え終わっていた浩介くんがくつろいでいた。
そしてキッチンではお義母さんが既に朝食の準備を始めていた。
「手伝うわ」
「ありがとう」
あたしは、お義母さんと共にキッチンに入って朝食を手伝う。
「優子ちゃん今日はさわわ祭?」
「うん。ミスコンで審査員なのよ」
「あらあら大変ねえ」
審査員は、審査員なりの大変さがあるとはあたしも思う。
「うん」
佐和山大学は、偏差値がそこまで高くないためか、知名度も蓬莱教授絡みでしか知られておらず、大学のミスコンでありがちな「女子アナ志望」という人はほとんどいないらしい。
佐和山大学は、色々な学部学科があるけど、ノーベル賞学者の蓬莱教授の影響で、理系の学部の力がやや強めで、その結果男子学生がやや多い。
なので、男性受けについてあたしから伝授してある桂子ちゃんについては、特に心配は要らないと思う。
ちなみに桂子ちゃんの彼氏は、二つ返事でミスコン出場を快諾した。
というのも、あたしが結婚を理由にミスコンに出ないことを知り、勝利を確信したから、彼氏として桂子ちゃんに箔を付けさせたいらしい。
確かに佐和山大学でも、あたしを除けば、桂子ちゃんは「学校一の美少女」と呼ぶにふさわしい女の子だったから、あたしが桂子ちゃんの彼氏の立場だったとしても、同じように考えたと思うわ。
あたしが見ても、今回のミスコンは去年と同じく、桂子ちゃんが別の候補に負けるとは考えにくい。
「まあ、頑張りなさい」
「ええ」
そして、桂子ちゃんの彼氏から桂子ちゃんを経由しての噂だけど、小谷学園の文化祭でも永原先生が2年ぶりにミスコンに出るとのことが分かった。
既に最有力候補になっていて、制服姿になった永原先生を見たことのない1年生たちはとても衝撃を受けていたとか。
去年の年度末のエピソードを知っている生徒たちからは、制服姿の永原先生は意図的に「先輩」と呼ばれているらしく、永原先生の喜ぶ顔が浮かんでくるわね。
永原先生、ミスコンに出るということは結婚暦はないみたいね。
まあ、恋愛についてトラウマがあるものね。
あたしたちは、朝食を食べて、学校へと行く。
ひとまずあたしたちの拠点は天文サークルなのでそこを目指す。ぬいぐるみさんを持ちながらの移動で、大学でも特に何も言われなかった。
ガチャッ……
「あ、篠原先輩。久し振りです」
あまり聞き慣れない、でも去年まではよく聞いていた声が聞こえた。
「おう、しばらくぶりだったな」
「うん、久しぶりね」
桂子ちゃんの彼氏さんで、去年度まで小谷学園の天文部で一緒だった男子生徒、今は小谷学園の天文部で部長を務めている「中庄達也(なかしょうたつや)」さんがあたしたちに挨拶をしてくれる。
名字が同じになったので、一緒に呼ぶ時は1回で済む。
「ふう、優子ちゃん、旧姓で呼ばれることめっきりなくなったわね」
「うん」
パソコンを操作していた桂子ちゃんが、顔をあげてあたしに話しかけてくる。
桂子ちゃんの服は、青を基調としたロングスカートに、お腹にはゆるいピンクのリボンを緩く結び、頭にはカチューシャと胸には白いケープにリボンというかわいらしい清楚な少女の出で立ちだった。
桂子ちゃんのこのスタイルは以前にも何度か見たことがあって、一昨年のミスコンの私服審査でも着ていた服だった。
「だってよ、去年の後夜祭のあのイベントは小谷学園激震と言っていいくらいのメチャクチャ衝撃的だったからなあ」
さすがに、去年の後夜祭での全校生徒と先生を目の前にしたプロポーズ劇があったらねえ……それどころか結婚式前からも時々「篠原優子ちゃん」何て呼ばれてたし。
まあ、それもそれでちょっとどころかとっても嬉しかったけどね。
「あはは、今思うとずいぶん無茶したもんだと思ったよ」
浩介くんが、どこか苦笑いする感じで言う。
あたしも、恥ずかしい台詞をマイクで拾われちゃってたし、今となっては思い出しただけで顔が赤くなりそうなエピソードよね。
「俺も桂子ちゃんに素敵なことしたいなあ……」
「な、何よもう! ばかぁ……」
達也さんの惚気に対して、珍しく桂子ちゃんがかわいくうろたえている。
「うひょー、かわいー!」
そこにちょっとだけ演技も入ってることをあたしは見抜いているけど、達也さんの方は純粋無垢に喜んでいる。
やっぱり、男は適度にバカで単純じゃなきゃね。それが魅力だもの。
桂子ちゃんも桂子ちゃんで、やっぱり雰囲気がよりかわいくなっている。
幸子さんも、大学のサッカーサークルの仲間からも「最近今までよりもかわいくなった」って言われてるらしいし、恋は女の子をかわいくするのはやっぱり本当のことよね。
「もうっ!」
桂子ちゃんがべったりしてくる達也さんを笑いながら引き剥がす。
その仕草にも、はっきり拒絶するのではなく「嫌よ嫌よも好きの内」と思わせるための工夫がなされているわね。
「あはは、2人ともうまくいってるみたいでよかったよ」
「うんうん」
あたしと浩介くんも、一安心という感じで言う。
桂子ちゃんは、男の子の気持ちをよく考えて行動していて、あたしからもそうしたことを伝授されてきたので、やはり男の扱い方はうまいわね。
「それにしても、天体観測の写真かあ……」
「うん、どうかな?」
「よく撮れてるよ。やっぱり桂子ちゃんには叶わないなあ……」
達也さんも、小谷学園にいたときは「先輩」とか「部長」って呼び方だったのに今やすっかり「桂子ちゃん」って呼んでいるわね。
まあ、恋人になったんだから当たり前よね。
「えへへ」
さて、そろそろ開始時間が近いわね。
「さ、天文サークルもこの文化祭に参加するわけだけど、あたしと桂子ちゃんはミスコンの仕事もあるから2人ともその時は持ち場をお願いね」
「おう、任せとけ!」
「ああ」
あたしの最終確認の言葉に、2人とも力強く頷いてくれる。
ピンポーン
「文化祭実行委員長の──」
「お、始まったわ」
文化祭実行委員長さんの放送が始まった。
「ただいまより、2019年度さわわ祭を開催いたします!」
ワーパチパチパチ!!!
ここからも聞こえるくらいの喚声と拍手が巻き起こり、それと同時に音楽が放送で流れ始めた。
「じゃあ、ここは私が持っておくから、3人とも自由に回っていいわよ」
「うん」
「おう」
「ありがとう」
あたしたちは、桂子ちゃんにそう言われると、早速外に出る。
「じゃあ、俺はこっちを見てきます」
「おう、気を付けてな」
あたしたちはまず達也さんと別れ、早速大学の文化祭を見て回る。
まずはこの建物だけど、普段は講義で使っている場所で、サークルも殆ど零細しか入っていないため文化祭ながら閑散としている。
「まずはお隣さんから見てみる?」
「そうするか」
でも、あたしたちの天文部の隣の部屋には一応小さなサークルが入っている。
それが──
「こんにちは、真ダンスサークルへようこそ」
中に入ると、2人の女性が声をかけてくれる。準備中にも、何度か見知った顔でもある。
こちらのサークルはダンスサークルなんだけど、古いダンスサークルが、いわゆる「ヤリサー」になってしまったため、改めて立ち上げたサークルなんだとか。
「ふう、とりあえず見せてくれますか?」
「はい、それでは」
ダンスサークルの人が快く返事してくれる。
ちなみに、例のヤリサーも形だけの出展はしているけど、その実文化祭が終わってから飲み屋に誘うのが真の目的だったりする。
もちろんサークル名は隠してだけど、驚くべきことに、ここでも女性が何人も犠牲になってしまっているのだという。
「私たちの躍り、見て下さい」
「ワンツー」
2人組の女の子が、足をステップさせ、踊り始める。
そこにはどことなく、百合な感じの雰囲気が漂っている。
「それ、1、2、3……」
「ルンルンルン!」
独特のリズムとかけ声で、約1分のダンスが終わった。
ちなみに、2人とも動きやすさ重視なのかショートパンツに半袖のトレーナーという、この季節には寒そうな出で立ちをしていた。代わりに、トレーナーが緑とピンクで色分けされていて、うまく差別化を図っているみたいね。
パチパチパチ!
「ありがとうございます」
「最後まで見てくださって本当に、ありがとうございます」
あたしたちの拍手に、2人は感激したようにお礼を言ってくれる。
「すごいわ。あたし運動苦手だからこんなのできないわよ」
「楽しんでもらえてよかったです。真ダンスサークルは、決して負けませんから!」
彼女たちの、悲痛な決意が伝わってくる。
「あー、やっぱりあっちのせいで大変なのか?」
浩介くんがややデリカシーなく言う。
「そうなんですよ! 佐和山大学のダンスサークルはおかしいって噂になっていて、私たち迷惑なんです!」
「本当ですよ、ダンスサークルと言って新入生の飲み会であれこれひどいことをしているんですよ!」
しかし、あたしが浩介くんに何か言う前にダンスサークルの人はいかにも「待ってました」といわんばかりに捲し立ててきた。まさに、「声を大にしていいたい」と言う感じだった。
やはり、迷惑を被っていると言うことみたいで、もしかしたら浩介くんが鋭いのかもしれないわね。
「お願いします。私たちみたいに真面目なダンスサークルもあるって、みんなに分かって欲しいんです!」
「うん、分かった。うちの家内もあっちの連中に勧誘されてたからな」
「そうなんですか!? 大丈夫でした?」
浩介くんが例の事件に言及すると、ダンスサークルの人があたしを心配そうに覗き込んでくる。
「はい、浩介くんが守ってくれましたから」
「いいわー、やっぱり羨ましいわね」
「うんうん」
やはり、ダンスサークルの女の子たちも、あたしたち夫婦は憧れの的ということらしい。
まあそりゃあ、男の子に守られたいって女の子の本能だものね。
「それじゃあ、失礼するわね」
「「ありがとうございました」」
礼儀正しくお辞儀した2人に見送られ、あたしたちは階段を降りる。ここには零細サークルが他にもあるけど、零細らしくどこも閉まっていた。
建物の外に出ると、始まったばかりの文化祭で多いに盛り上がっていた。
「お、あれが噂の篠原夫妻だぜ」
「ひゅー、手なんか繋いじゃってー!」
「チキショー! このリア充がああああ!!!」
「ふふ、気持ちいいわね浩介くん」
「ああ」
結婚して余裕もできて、浩介くんは以前からだったけど、今はあたしもこうした嫉妬の声を心地よく聞くことができるようになった。
そしてますます手をがっしり繋いで腕も絡めて、彼らの嘆きの声をエネルギーにしていく。
「浩介くん、どこに行く?」
「うーん、とりあえずまずは蓬莱さんが何してるか気になるな」
「うん、あたしも」
「よし、行き先が決まったな」
あたしたちは、まず「蓬莱の研究棟」へと向かうことにした。
ちなみに、蓬莱教授の銅像はそのままになっている。
どこかの一流大学のように、いたずらをされると言うことはない。
まあ、蓬莱教授については生きている現役の教授だし宗教的な境地に近いような信奉者も珍しくないし、この銅像にいたずらしたら冗談抜きに命狙われかねないものね。
……それ以前に、蓬莱教授は事実上この大学の王だということを考えれば、そんな大それたことをする人はいないと思うけど。
でも蓬莱教授も、あと200年は生きるのよね。あーでも、蓬莱教授も50歳になるからその時から飲んでもそこまでの効果がないかもしれないわね。
ともあれ、あたしたちは蓬莱の研究棟の入り口にある蓬莱教授の銅像を横目に建物の中に入っていった。
桂子ちゃんの彼氏には名前を特に設けてなかったのですが登場人物に余裕が見込まれるためつけました。