永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
研究棟の中の1階には、それなりの数の学生がプロパガンダエリアを見ていた。
おそらく、学生だけではなく、外部の人も今日はここに多く訪れると思う。
「すげえよなあ、人間の人生200年ってさ」
「しかもガンにもならなくなるんだろ? それだけでもすげえのに……やっぱ蓬莱教授こそ佐和山の誇りだよな」
「ああ、俺たちが蓬莱教授を支えるんだ。この偉大な人のためにできることを考えねばな」
「反対者を、許してはならないな」
プロパガンダエリアの展示の前で、2人の男子学生が熱心な会話をしている。
このエリアは元々観光客向けで、蓬莱教授がこれまでいかに偉大な業績を成し遂げてきたかということをこれでもかと言うほど強調している。
面白いことに、このエリアは助手の功績も素直に書く。これは蓬莱教授の性分なのか、それとも「手柄を横取りしない人」という印象を与えるためにあえてそうしているのかは分からない。
ただ一つ、文化祭という非日常的な環境が、いつも以上にプロパガンダエリアを輝かせているのは確かだと思う。
「優子ちゃん……」
学生たちが熱心な信者になる様子を見て浩介くんが少しだけ後ろめたそうに言う。
「うん、これも必要なことよ。それに、蓬莱教授が偉大なのは事実じゃないの」
「ああ、そうだな」
瀬田助教が蓬莱教授に心酔しているのはよく知られているが、表向きはそういうそぶりを見せない。
アメリカ人彫刻家による銅像の寄贈も、確かに熱心な行動だけどその彫刻家がが心酔する様子を見たことはなかった。
そういう意味で、あたしたちははじめて、蓬莱教授に宗教に近いような信望を抱く人を生で直接見たことになる。
あたしたちは、もう一度プロパガンダエリアを見直す。
そこにはTS病のことについても触れられている。
「ねえ優子ちゃん」
「うん? どうしたの?」
浩介くんがさりげない口調で話しかける。
「TS病ってさ、何で存在するんだろうな?」
「え!?」
出てきた質問は、あまりにも突拍子のないものだった。
病気が存在する理由と言われても、よく分からない。
「そんなこと言われても……第一、病気の存在意義なんて……」
「俺には、どうもただの病気に思えねえんだ」
浩介くんから、意外な言葉が出る。
でも確かに、当たっていなくもない。
「性別が変わるってことは大変なことだとは思う。でもどうして、男に生まれた人間が、ある日突然女になる病気があるんだろうか? しかもそれだけならいざ知らず、老化しなくなっちゃうなんてよ」
「うーん……考えたこともなかったわ」
あるものはある。としか言いようがない。
そもそもそんなことを言ったら、なぜこの病気が比較的若い男性だけで、中高年はならないのかとか、それ以上に何故有史以来1300人しか発病事例がない珍しい病気に日本人が全患者の8割以上を占めているのか?
等々、疑問点はつきることがない。
「日本人に多いことからも、遺伝病の一種なのは確かだと思う。でも、それなら、子孫に発病事例が頻発すると思うんだ」
そう言えば、比良さんはひ孫のひ孫、あるいはその子まで知っているらしいけど、子孫は誰一人発病していない。
となると、いかに日本人に多いとはいえ、相当複雑なトリガーを引かないと、この病気は発病しないことになるわね。
「でも、比良さんの子孫は誰も発病していないわ」
「ああ、つまり、条件はとても複雑ということになるな」
でしょうね。
「……やっぱり、TS病の存在意義を考えるのは、意味がないと思うわ」
「うーんそうなのかなあ……」
浩介くんは、まだ納得がいってない様子で言う。
「なっちゃったものはなっちゃったもの。あるものはあるで仕方ないんじゃない? それを考えるだけ無駄だと思うわ」
「いや、そうとも限らんぞ」
背後から聞こえてきた声にあたしたちは振り向く。
そう、それは蓬莱教授だったからだ。
「蓬莱教授!」
ちなみに、他の学生も特にあたしたちを気にかけていると言うわけではないみたいね。
「病気がある理由は様々だ。もちろん遺伝子なり細菌なりが悪さをするというなら話は簡単だがね。しかしだ。TS病の存在意義の哲学的な意味を論じることで、特に浩介さんの所属する宣伝部にとっては思わぬ材料になることもあるんだ」
「あ、もしかして!」
蓬莱教授が言いたいことが分かった。
何のためにTS病がいるのかという意味。
「ほう、思い付いた顔だな。優子さん、君の意見を言ってみてくれ」
「はい、例えばそう……あたしたちは、男と女の違いを思い知ることで性役割の重要性とフェミニズムの愚かさを学びます。恐らくはそれを、みんなに伝えたりするために、この病気があるんだと思います。不老なのは多分、この病気そのものがとても珍しいからです」
あたしは、即席にしてはそれなりの回答を得られたと思う。
「ああ、いい答えだと思う。もちろん、恐らくはその意図で出来た病気ではなく、純粋なエラーだとは思うよ。ただ、一般的には遺伝子にエラーがあるのは、遺伝的多様性の維持によって、急激な環境変化による人類の絶滅を防ぐ意味もあったのだと言われているな」
蓬莱教授が一般論を述べる。
「遺伝子は進化する。そのことを踏まえれば、途中でエラーも出るとは思う。とはいえ、不老遺伝子はどうだ? そんなものは必要ないといわんばかりに強靭な遺伝子だ。もしかしたら、TS病というのは生命の究極を目指している途中なのかもしれないな」
「そ、そうなんですか?」
あたしは、身体能力とっても弱いけど。
「ああ、もちろんこれは仮説だ。それも恐らくは間違っている。俺もあれこれ考えては見たことはあったが、結局君が最初に言ったように、『なっちゃったものはなっちゃったもの。あるものはあるで仕方ない』というのが正しいと思うよ」
散々引っ張っておいて、結局スタート地点に戻る蓬莱教授に、あたしたちも動揺する。
「ああいや、結論に至る過程も重要さ。その間に、色々な新しい発見もあるからな」
「そ、そうよね」
錬金術は不可能だけど、その過程で様々な発見がもたらされたと考えれば分かりやすいわね。
「ともあれ、だ。『あるものは使う』というのも、大事なことだぞ」
「「はい」」
蓬莱教授にとってみれば、不老研究のためにも、「あるものは使う」べきなんだと思う。
もちろん、丁重に扱うけどね。
「さ、俺は研究に戻るよ。引き続き文化祭を楽しんでくれ」
「蓬莱さん、こんな時まで研究ですか?」
浩介くんが少しだけ嫌そうな顔で答える。
「ああいや、学部生と院生には普通に文化祭に参加してもらっているよ。ただ俺は……どうも何故かこの『さわわ祭』は苦手なんだ」
「そうですか……」
まあ、蓬莱教授は学校の文化祭みたいな若いノリと勢いで盛り上がると言うタイプではないのかもしれないわね。
「だから、いつもこの日は気分転換の研究をしているんだ。ちなみに、最初にもらったノーベル賞も、最初は気分転換から生まれたもので、その後不老にも使えそうかなと言うことで期待したけど……単なる万能細胞だったんだよ」
「そ、そうだったんですね……」
何だかとんでもない話だわ。
そもそも「単なる万能細胞」ってのがまたとんでもないパワーワードだわ。
「ああいや、誤解してもらいたくないのは、あくまで最初のきっかけってだけで、数年くらいは不老完成の候補として真面目にそれに取り組んでいたんだよ。実際、今のように不老研究を薬一本に絞ったのは、『120歳の薬』が大分現実味を帯びてきてからだよ」
ちなみに、今は別の研究者が蓬莱教授の万能細胞に関する研究を行っている。
不老の薬が完成しても、事故をきっかけにした再生医療の需要は消えないので、どちらにしても重要な研究には間違いない。
蓬莱教授は軽視しているけど、これだってノーベル賞の中でもかなり偉大な方の発見なんだ。ただ「蓬莱の薬」が凄まじすぎるだけ。
「そ、そうですか」
「そういうことだ。じゃあ今度こそさようなら。あ、そうそう、うちの研究棟は、何も展示していないよ」
蓬莱教授がそう言い残し、階上へと去っていく。
「……行くか」
「うん」
プロパガンダエリアを見終わったあたしたちは、「蓬莱の研究棟」を出てある教室棟に入る。
ここにはそれなりのサークルが、展示品を出している。いわばメインと言っていい場所でもある。
「さあいらっしゃい! 佐和山大学漫画小説研究会だよ!」
早速目に飛び込んだのは、佐和山大学の中でも最大級の規模を誇る「漫画小説研究会」だった。
あたしたちは、躊躇なく中へと入っていく。
中は多くの同人誌が展示され、販売も行われていた。
「さあ、この同人誌は500円、コミケと同じ価格だよ!」
「こちらの同人誌にある小説は、『小説家になろう』でも掲載しております。是非ご購入ください! 後、アカウント持ってる人は巻末のURL踏んで5-5の評価下さい!」
部費に直結するため、男子部員たちが必死に販促活動をしている。
何だか別の声も聞こえたけど、気にしないでおこう。
「浩介くん、どれがいい?」
「うーん……」
1冊くらい買ってあげたいけど、さてどうしようかしら?
「なあ、これなんてどうだ?」
浩介くんが1冊の同人誌を指差す。
どうやら、有名作品の2次創作らしく、日常を書いた4コマ漫画という体裁になっている。
あたしはざっと読んでみる。絵は結構うまくて、なかなか素晴らしい出来だわ。
「うん、良さそうだわ」
「お、篠原夫妻じゃん」
向かい合わせに座っていたサークルの人が、あたしたちに声をかけてくる。
「あら、あたしたちを知ってるのね」
「知ってるも知らねえも、篠原夫妻と言ったら佐和山大学で知らない人はいない超有名人だぞ」
サークルの人に、「何を今更」と言う顔をされてしまう。
「あはは、やっぱりそうよね……」
まあ、この胸じゃ変装してもすぐにバレそうだし。
というか、この部屋全体の視線が、あたしの胸に凝縮されてるし。
「とりあえず、これ1冊」
「はーい、500円です」
浩介くんが財布から500円玉を出す。
「はいちょうどですね。ありがとうございます」
徐々に文化祭の人口密度も増え、この部屋も大分人が増えてきた。
あたしたちは、次の部屋を目指す。
さて、「漫画小説研究会」の隣にあったのが、「鉄道研究会」だった。
「鉄道ねえ……」
永原先生の影響で、あたしたちも鉄道に関しては並みの人より詳しくなってはいる。
だけど、そうは言っても専門に鉄道研究している人には叶わないはず。
「とりあえず、入ってみようぜ」
「うん」
あたしたちは、鉄道研究会の展示を期待しながら見ていく。
「お、模型のジオラマに会報誌かあ……」
中は小さな鉄道模型があって、やはりぐるりと一周している。
鉄道の車両は、比較的新しいのが多いわね。
ジオラマは自由に操作できる。列車を止めたり走らせたり、ある程度までなら加速も可能になっている。
「このボタンかな?」
じゅーーーーー!
「お、加速したわね」
浩介くんがボタンを操作すると、列車のひとつが駅から発車して、線路を進んでいく。
「で、これでブレーキ……とと」
浩介くんがブレーキボタンを押すと、列車がすぐに止まったため、駅のホームの大分手前で停車してしまう。
「ゆっくりゆっくり加速して……よしっ」
慎重に加速ボタンを押し、浩介くんは何とか模型を元の位置に戻すことに成功した。
「ふービックリしたわ」
「列車はあんな急には止まれないって」
「模型だからこそよね」
たしか永原先生によれば、在来線でも非常ブレーキで600メートルなんだっけ?
新幹線の場合は、確かブレーキかけてから止まるまで数キロだったはず。
「できれば、本の方も見ていってください」
やはり、部費調達のためか会報誌への誘導もなされているみたいで、あたしたちが部屋の出口に向かおうとすると、サークルの人に声をかけられて、そちらの方へと誘導されていった。
「こちらがですね、コミケで出しました我が鉄道研究会の本です」
地元の、いつもあたしたちが使っている鉄道について書かれている本らしい。というか、またコミケって単語が出てきたわね?
今度調べてみよう。
「写真集ね」
中には、鉄道写真が多く納められていた。
「あれ? ここって優子ちゃんの家の近く?」
「あーそうかも」
浩介くんの指摘で気付いたけど、この角度はあたしの実家近くの道路から撮影したもので、こっちの方にはあまり行ったことがなかったりする。
「お、俺たちの駅から撮影したのもあるな」
今では馴染み深くなったあたしたちの最寄駅のホームから撮った電車、どうやら珍しい編成らしい。
「これ珍しかったのか」
「確かにそんな感じだったけど……意識しないとやっぱり気にしないものなのね」
永原先生から、鉄道については色々教えてもらっていたけど、地元でいつも使っている鉄道には、あたしたちは関心を向けていなかった。
灯台もと暗しとはこの事を言うのね。
「そうだよなあ……優子ちゃん、1冊買っていくか?」
「うん、さっきは浩介くんが払ったし、今度はあたしが払うわね」
「おう、ありがとう」
あたしは、スカートのポケットから財布を出し、1冊購入する。
ちなみに、鉄道研究会の人にも「篠原夫妻って鉄道が好きなんですか?」何て聞かれてしまった。
あたしは、「高校の時の担任の先生の影響で」と、お茶を濁しておいた。
「それって、永原先生だったり?」
鉄道研究会の人に簡単に当てられてしまう。
「ああうん、そうです」
「やっぱり! あの鑑定番組で出てきた鉄道グッズ、凄かったですよ!」
小谷学園の永原先生のことは、もちろん佐和山大学でも広く知られているし、多分その気になれば、その鉄道好きの先生が永原先生ということはすぐにわかっちゃうわね。
そう言えば、永原先生、鑑定番組でも鉄道系の依頼品を出していたものね。
「しかしまあ、永原先生が鉄道マニア……いわゆる鉄子だったって意外だよなあ」
鉄道研究会の人がそんなことを言う。
「でも、最古参の鉄道マニアと言ってもいいわよね」
何の気なしにあたしが言う。
「ああ、SLや特急全盛期にも生きてきたわけだもんなあ」
永原先生は、歴史と共に生きる人で、鉄道が出てきたのは永原先生の500年以上の人生からすれば「比較的最近」に位置する。
それでも、鉄道は永原先生の価値観をも変えた。
恐らくは、あの幕末の日記に書かれていたペリーと欧米諸国に対する恨みも、鉄道を見ていくらかは緩和されたんだと思う。
「鉄道が永原先生を変えたのよね」
「ああ、そうらしいな。でも、この鉄道も変わっていくぜ」
「うん」
あたしたちは鉄道研究会を後にし、次なるサークルを目指す。
階段を上がり、上層階に行くと、そこは「クリエイトサークル」と呼ばれるサークルだった。
「へー、ゲーム作るんだ!」
いわゆる同人ゲームと呼ばれるゲームのサークルで、一次創作のゲームだけではなく、よく見かける人気のシリーズの二次創作ゲームもある。
「さ、やっていってやっていって」
戦車が出てくる対戦型のゲームとか、他にもシューティングゲームや音ゲーのようなものもあるみたいね。
「へー、結構本格的なの作ってるんだな」
「絵もうまいわね」
あたしたちには到底真似できそうにない代物ばかりね。
お試しプレイも出来るらしいので、浩介くんがちょっとだけやってみる。
「……あれ?」
浩介くんが苦虫を噛み潰したような表情をする。
それと言うのも、一定のラインまで進んだら、ボスが出てきて倒して終わり。のはずなのに「ゲームクリア」とはならずに同じ画面がひたすら続いている。
「あ、すみません、これ時間的な都合で1ステージしかできてないんです。このボタンを押してみてください」
サークルの人に左上のescキーを押してもらい、タイトル画面に戻る。
まあ、そうそう簡単に完成はできないものね。
「って、もしかしてあなたたち、篠原夫妻ですか!?」
「ええそうよ」
またあたしたちについて声をかけられる。
「うわー、やっぱ優子さんは生で見るときれいだなあ……よかったよミスコンに出ないで」
「そりゃあミセスのあたしが出たらそれもうミスコンじゃないわよ」
サークルの人の話に、あたしが見も蓋もないことを言ってしまう。
ちなみに、あたしや永原先生、幸子さんなどの写真がネットに出てからと言うもの、ミスインターナショナルやミスユニバースの優勝者が誹謗中傷されることも多く、特にアメリカなどではあたしたちの写真と比べた画像が大量に出回っているらしい。
「おっとそうだったな。うちのサークルからも1人出るんだ。優子ちゃん、融通してくれるか?」
「うーん、ダメ」
あたしは即答する。
「え!? どうして?」
「あたしは別の候補を推薦するってもう決めてあるわ」
「うー、もしかして桂子ちゃんだったり?」
やはり、このサークルの人も、誰が優勝するか心の中では分かっていたのね。
「うん、大当たりよ。桂子ちゃんはあたしにとって唯一の幼馴染みだもん」
「そ、そうか。すみません、変なこと話して」
サークルの人もばつが悪くなったのか、あたしに頭を下げてくれる。
「いえいえ。それよりも、他のゲームを見て回るわね」
「はい、ごゆっくり」
あたしと浩介くんは、他にも完成未完成を問わずにゲームを一通り楽しんだ。
ちなみに、一番優しいモードは子供向けなので、あたしでも十分に楽しむことが出来た。
「さて、そろそろ時間ね」
そう、ミスコンのための審査員での集合がある。
あたしは1年生の時から審査員長の大役を任されている。
「じゃあ俺、天文部に戻るわ」
「うん」
桂子ちゃんもミスコンに出るので、天文部の留守居役は浩介くんになる。
あたしは、あらかじめ決められた集合場所に、集合時間通りなんとか間に合って到着した。。
やっぱり、慣れない場所に行くと迷っちゃうわね。