永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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蓬莱教授の演説

「野球研究会へようこそ」

 

 あたしたちはミスコン審査の仕事で中断していたサークル巡りを再開した。

 ゲーム制作サークルの隣りにあったのは、「野球研究会」だった。

 このサークルの目的は、その名の通り「野球を研究する」ということになっているけど、今回文化祭に出してきたのは「インターネットにおける野球の用語」ということになっている。

 

「いろいろな用語があるんだな」

 

「これ、こういう意味だったのね」

 

 他にも、インターネットで使われる用語としての由来についても説明していて、どうやらインターネットにおいての用語というのは、ゲイビデオ由来のものが多いらしい。でも何でそれを野球研究会がしているかというと、「野球とゲイビデオはインターネットでは親和性が高い」らしい。

 というか、いくつか流行ってた言葉の由来を見るのって結構きついわね。

 

「それにしても、何でゲイビデオと野球って親和性高いんだ?」

 

「よくぞ言ってくれました!」

 

「「わっ!」」

 

 浩介くんのふとしたつぶやきに対して、いきなりサークルの人があたしたちに話しかけてくる。

 どうやら「待ってました」と言う感じだったらしい。あたしたちの心臓には悪いけど。

 

「実はですね、この話は2002年まで遡るんですよ」

 

「え!? そんなに昔のこと? 17年前ですよね!?」

 

 あたしたちも、まだ2歳の頃の話だ。この問題、そんなに昔からあったのね。

 

「はい、なので結構根深い問題なんですよ。実はその年、さる大学で大活躍したピッチャーが居たんです」

 

 サークルの人はやや深刻そうに話している。

 どうやらデリケートな問題らしい。

 

「もしかしてその人が?」

 

「ええ、将来を渇望されていたんですけれども、プロ入りの直前になって『ゲイビデオに出演している』と言う噂が流れたらしいんですよ」

 

 あちゃー。

 

「でも、そんなスキャンダルがどうして今も鎮火しないんですか?」

 

 正直に言うと、不思議でさえある。

 インターネットの炎上なんて、1週間で鎮火するのが大半なのに。

 

「まあ、多く用語として残っているように、将来有望な野球選手のスキャンダルと言うだけじゃなくて、ゲイビデオそのものの独特の『癖』というものがウケたんですよ。特に同じビデオの別の章に出ていたとある男優は……完全にとばっちりですけど、とにかくインターネットでネタにされ続けて『一生ネットの晒し者』何て言われるようになっちゃったんです」

 

「うわー」

 

「怖いわねえ……」

 

 サークルの人によれば、結局その野球選手は渡米を余儀なくされ、後年になってようやく日本球界に帰ってくることが出来たという。

 ちなみに、「当時はお金が必要でした」というのが当人の釈明ということになっているが、ゲイビデオの出演料とドラフトの指名回避の損失を鑑みれば、凄まじい大損だったことは確かだと言えよう。

 

「それ以降、インターネットでは『ゲイビデオを緩く楽しむこと』そのものが文化になっちゃいました」

 

「なるほどねえ」

 

 他にも、ここでは最近の野球用語やインターネットでの俗語化したものなど、様々な展示をしてくれていた。

 例えば、圧倒的な大差を表す「33-4」というのも、とあるシーズンの日本シリーズにおけるプロ野球の4試合の結果ということになっている。しかもそのうちの一試合が「濃霧コールド」というのも、ネタに拍車をかけているらしい。

 こちらも元ネタは14年も前からのもので、比較的これらのネタは息が長い傾向にあるという。

 

 それにしても、野球をするというわけではなく、野球を研究するというのもまた、奥が深いのね。

 

「この世界、中々奥が深いですよ」

 

 野球研究会の人も、あたしたちが篠原夫妻と知ってか知らずか、目を輝かせて熱心になっている。

 

「うん、そうみたいね」

 

 ともあれ、ここも一通り見終わったので、あたしたちは次へと進む。

 次にあったのは囲碁将棋部で、こちらはサークルの人同士の対局や、参加者同士の対局がある。

 

「うーん、ここはどうする?」

 

「あー、パスでいいわね」

 

 あたしたちはちらりと見ただけでここは素通りすることにした。

 

 その後も、いくつかサークルの展示を回り、建物2つ分を回った所で、ちょうどお昼をかなり過ぎた時間となった。

 今の時間なら、そこまで混んでいないと思われる。

 

「ふー、何を食べようか?」

 

 食堂は、文化祭でもいつもどおりの営業だった。

 

「浩介くんは何にするの?」

 

「うーん、ラーメンにしようか」

 

「じゃああたしは牛丼で」

 

 値段も、メニューもいつもと同じ。

 外はお祭り騒ぎだけど、ここだけはいつもと同じ空気が流れている。

 こういう場所も一箇所は必要なのかもしれないわね。

 でも、お客さんの状態とか外の雰囲気の完全な排除は難しいのか、やっぱり何となくの雰囲気がいつもと違うわね。

 

「はいおまたせ、ラーメンに牛丼だよ」

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

 食堂のおばちゃんからトレイを受け取り、カウンターで隣り合わせになって食べる。

 ちなみにこれを食べ終わったら、次に浩介くんが天文部に戻る算段になっていて、あたしは桂子ちゃんとミスコンの時間まで回ることになっている。

 ミスコンが終わったら、次のミスコンまではあたしが天文部の持ち場に戻ることになっている。

 

「このサークルの本、読んだら聞かせてくれるかな?」

 

 あたしが漫画小説のサークルで買った本を出して言う。

 

「ああいや、次に留守番する時にでも読めばいいんじゃないかな?」

 

 とか何とか言っておきなら、浩介くんはさり気なくあたしから本を受け取った。

 

「分かったわ」

 

 とりあえず、今は食事に集中した方がいいわね。

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 あたしは浩介くんよりも食べるのが遅いけど浩介くんが待ってくれた。

 幸い今日は屋台がたくさんあるとあって、お昼時でも食堂は空いていた。

 あたしたちは特に何もなくトレイを返却BOXに返すと、皿洗いを担当していた食堂のおばさんに「ありがとうございます」と言われた。

 

「よし」

 

「じゃあ浩介くん、またね」

 

「おうっ」

 

 あたしは浩介くんと別れ、桂子ちゃんと合流することになった。

 桂子ちゃんとは特に集合場所を決めていないので、メールを打つ約束になっている。

 

 題名:集合場所

 本文:どこにする? 今食堂の前にいるわ

 

 よし、これでいいわね。送信っと。

 

 あたしは、桂子ちゃんが近くにいてメールをせずにそのまま声をかけてくる可能性を考慮して、その場を動かずに返信を待つ。

 

「ふう……」

 

  ブー! ブー! ブー!

 

 メールを送信してから1分もしないうちに、桂子ちゃんから返信が来る。

 

 題名:Re:集合場所

 本文:うん、すぐ近くにいるからその場で待ってて

 

 近くに居るということなので、あたしはその場で立ち、壁に寄り掛かる形で待つ。

 あら? ここ、いいかどっ子になってるわね。

 

 えーっと、ここをこうやって……おっ!

 肩の奥から、こりっという音が聞こえ、あたしの肩がマッサージされる。

 

「うーん、気持ちいいわ」

 

 コリコリ言う感覚が楽しくて、あたしは辞められなくなる。

 とにかく女の子になってから肩こりひどくて、こういうマッサージは本当に大事だわ。やっぱり一時的にでもほぐれてくれるのは嬉しいわ。

 

 

「優子ちゃん、優子ちゃんどうしたの?」

 

「ふえっ!? あ、桂子ちゃん」

 

 突然桂子ちゃんの声がして、あたしが慌てて振り返ると、桂子ちゃんが心配そうな目であたしを見つめてくれていた。

 どうやら、マッサージに夢中になっていて桂子ちゃんが近付いているのに気づかなかったみたいね。

 

「もう、優子ちゃんまた肩が凝ってるの?」

 

「うん、そうなのよ。もうこの肩こりしつこくて」

 

 もはやあたしの肩こりはいつものこととは言え、さすがにさっきのは呆れられてしまっているみたいね。

 

「もー、まあ私だって肩はこるわよ。優子ちゃんには遠く及ばないけど、それでもそれなりに大きいって自負してるもの」

 

 そういえば、桂子ちゃんもバスト90のFカップを目指しているんだっけ?

 あたしは普段自分のサイズとかTS病患者たちとの交流もあるから感覚が麻痺しがちだけど、世間一般では90のFカップというのはかなり大きいのよね。

 それを考えると、あたしのサイズというのは、文字通り規格外と言うにふさわしいといえるわね。

 まあ、浩介くんはあたしの胸が大好きだけど。それも何か「あたしの胸が浩介くんをおっぱい星人にさせちゃった」という一面は否定出来ないのよね。

 

「あはは、桂子ちゃん、サークルの方は回っちゃった感じ?」

 

「うん、優子ちゃんも? あっちの方はまだ行ってないのよ」

 

 どうやら、あたしも桂子ちゃんも回った場所はあんまり変わらないらしい。

 

「じゃあ広場に行ってみようよ」

 

「うん」

 

 広場では、これから誰かの講演が行われることになっていて、文化祭ではあるが、比較的真面目な話をするという。

 

「講演者は誰なんだろう?」

 

 あたしが疑問を述べる。

 

「うーん、とりあえず行ってみようよ」

 

「そうね、行けば分かるわね」

 

 あたしたちは、広場へと歩をすすめる。

 広場は既にかなりの人数がガヤガヤしていた。あたしたちは後ろの方を陣取る。

 壇上には2つの棚があった。つまり2人がいるってことかな?

 

 

「一体誰が何を講演するんだろう?」

 

「真面目な演説だって言うんだろ?」

 

「ああ、そうらしいな」

 

 

 既に、様々な人が噂をしていた。

 あたしも桂子ちゃんと、同じような話をして過ごす。

 

 数分後、よく聞き慣れた声で「それでは、講演を始める」という言葉が聞こえてきた。すると、ガヤガヤの声も徐々に収まってきた。

 そして声の主、蓬莱教授が壇上に立つ。

 その後ろに居たのが、永原先生だった。

 

「え!? ねえ、桂子ちゃん」

 

「うん、永原先生と蓬莱教授だよね?」

 

あたしたちは心中穏やかではない。永原先生と蓬莱教授が一体何を講演するんだろう?

 

「学生の皆さん、今日はよく来てくれた。今日は俺とこちらに立っている永原先生についてのことを話そう」

 

「皆さん、私のことはもう知っている人は多いと思いますが、近くの小谷学園で古典の教師をしています永原マキノといいます」

 

 その後、永原先生の簡単な自己紹介とともに、2人の演説が開始された。

 永原先生が日本性転換症候群協会の会長を兼任しているということはよく知られているが、その協会に関する具体的な活動について紹介している。

 確かに、協会については情報封鎖も長く、あまり知られていなかった。

 この手のことは広報部長のあたしも知っていることがほとんどだけど、今回はあたしを通していないので、おそらく今日のことは永原先生の独断で動いたものだと思う。

 まあいいわ。せっかくだし聞いていこうかしら?

 

「俺は不老研究を達成するために、協会の協力はなんとしてでも必要不可欠だ。そこで、みんなにお願いしたいことがある」

 

 蓬莱教授がそう言うと、周囲もざわつき始める。

 この大学は、あたしたちが思った以上に蓬莱教授の力が強い。

 それは教授会と言うだけではなく、学生たちにとってもで、例のプロパガンダエリアは、その大きな役目を果たしている。

 その蓬莱教授が、学生に向けてお願いをするというのは、ただならぬことだということが分かる。

 

「俺の研究を支えるとともに、日本性転換症候群協会についても支えてもらいたい。不老研究を達成するためには、是非とも学校単位で協力していかなければならない。元々この大学は小谷学園出身のものが多いが、今後は指定校として更に枠を広げようと思っている」

 

 どうやら、協会と蓬莱教授との結びつきを、更に強めることを表明したらしい。

 

「佐和山大学の学生の皆さん、インターネットで蓬莱先生はもちろん、私や協会、TS病の患者たちへの誹謗中傷を見つけたら蓬莱教授の宣伝部までご報告をお願いします」

 

 実際には、これらの誹謗中傷は、現在はもう既に沈静化している。

 しかし、蓬莱教授たちによれば地下に潜る時期が一番危ないのだという。それを見越しての、先制攻撃というわけね。

 

「さて、君たちにどうしても言っておきたいことがある。それは、俺の研究は決して不死の研究ではないということ。そしてもう一つ、不老というのは決してディストピアではないということだ」

 

 周囲が更にざわついた反応をする。

 不老社会はディストピアではなく、不老の人間は悲惨ではないというのは、去年の夏にAO入試を受けに(といっても、合格はずっと前から決まっていたことだけど)ここに来た時に蓬莱教授から教わったことだった。

 

「まず、創作における不老不死と、俺が今研究している不老研究との違いだが、これは本当に理解しておかないと、後々面倒なことになるから心しておいてくれ」

 

 そして、蓬莱教授はあの時にあたしと浩介くんに話してくれた演説と同じ内容のことを話す。

 創作物における不老不死を悲惨に書いていると言っても、蓬莱教授が目指す不老とは根本概念から異なること、不老というのは悲惨ではないのは、この永原先生の存在がそれを証明していると言った。

 蓬莱教授の配慮もあってか、永原先生の初恋の事実は暴露されなかったが、永原先生の人生観における矛盾を鋭く指摘する場面では、永原先生は身構えつつも動揺した表情を崩せなかった。

 

「やっぱり、蓬莱教授ってすごい人よね」

 

「うん、あたしもそう思うわ」

 

 蓬莱教授の演説中、桂子ちゃんのそんな言葉があたしの耳に残り続けていた。

 

 

「蓬莱教授、どうしてこんな演説を?」

 

「おう、優子さんに木ノ本さんか」

 

「先生、久しぶりです」

 

「あら、木ノ本さん。奇遇ね」

 

 演説が終わった後、あたしたちは蓬莱教授のもとに駆け寄る。

 そうすると、永原先生と桂子ちゃんが顔を合わせることになった。

 卒業生のSNSではちょくちょく交流があるけど、こうして2人が直接顔を合わせたのはもしかしたら卒業式の時以来だったかもしれないわね。

 

「あー、挨拶はその辺にしてさっきの質問の答えだが……単純に言えば、佐和山大学での学生の団結心を強めるためだ。そして、永原先生を呼んだのも、小谷学園との結びつけを今まで以上に強めるためだ」

 

「実は、小谷学園の文化祭でも蓬莱先生を招くことになったのよ。そうね、広報部長のあなたに話さずに行動したことはいくら会長とはいえ軽率だったかしら?」

 

「ああいや、それはいいんです。でもどうして?」

 

 永原先生が申し訳無さそうな表情をしたので、あたしが慌てて取り繕う。

 

「あーそれはだな、説明すると長くなるが――」

 

 蓬莱教授があたしたちに丁寧に話してくれる。

 永原先生と蓬莱教授、どちらもその学校の中では名目上の校長や学長ではないが、永原先生はともかく蓬莱教授は佐和山大学では事実上の最高権力者になっている。

 そして永原先生も、本人は遠慮しているが他の先生達は年長者、それも501歳という年齢に加え明治からの教師の実績もある人なので、永原先生の意志とは関係なく、職員会議でも永原先生の意見にどうしても流されやすくなっているらしい。

 

 そこで、この状況を利用し、蓬莱教授の不老研究に対する今後予想されるネガティブキャンペーンに備えるということで、まずは下地の基礎を固めるという意味で、今回の演説を思いついたという。

 ちなみに、演説時間帯以外は、研究室で研究をするのはいつも通りらしい。

 

「協会に対する攻撃は今後はしばらくは止むだろう。だが俺の不老研究についてはまた別だ。そのためにも、俺の考えと情報を小谷学園と佐和山大学に浸透させねばならん。この文化祭もそれが大事なんだ。それが終われば、今度は支持者向けに、そして一般向けに出していくんだ」

 

「ええ、つまり今日のこれは、地盤固めよ」

 

「そうですか、でも、蓬莱教授の話、すごかったわ。目からウロコよ」

 

 桂子ちゃんは、かなり感心している。

 あたしにとっては真新しさのない話ではあるけど、それでも改めて聞けたのは良かった。

 演説を聞いていた学生たちも、概ね満足そうな表情を浮かべていた。

 

 偏差値がそこまで高くないこの佐和山大学にとって、蓬莱教授の存在は、大きな心の支えになっているんだと、改めて実感させられた。

 

「それじゃあ蓬莱先生、私はまた次の演説まで待機してますね」

 

「ああ、また頼む。じゃあ、俺達は研究棟に戻るよ。君たちは文化祭を楽しんでくれたまえ」

 

「「はい」」

 

 言われるがままに、あたしと桂子ちゃんは、蓬莱教授と永原先生の後ろ姿を見送っていった。


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