永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夫婦のバレンタイン

冬の講義は、移動中の寒さとの戦いでもある。

小谷学園に在学中はミニスカートだったので、ストッキングを使って防寒対策をしていたけど、今は足元まで伸びるレギンスなどに頼ることもできる他、コートに関しては小谷学園のものをそのまま流用もでき

たので、防寒対策という意味では高校時代よりも選択肢は広がったのは事実なのよね。

 まあ制服も制服で、選ぶ必要がない利便性が高いけどね。

 

「ふー、今日の実験も無事に終わったわね」

 

「ああ、今週のレポートも、うまく提出できそうだ」

 

 浩介くんも、大学の講義は順調についていけている。

 近くにあたしが居ることが、いい刺激になっているらしく、浩介くんも成績は悪くない状態で推移していると思う。とはいえ、大学の場合、定期試験くらいしか成績の判断材料はないけどね。

 

 とにかく、大学生活の中で一番大変なのは実験だった。

 さて、この講義と実験とレポート提出が揃った科目は、必修なので出来なければどこかで留年が確定すると言う恐ろしい科目だけど、その分試験はなしで出席点も高く、またレポートが再提出になった場合でも、どこがどう悪いのか懇切丁寧に説明してくれるらしく、またいいレポートでもさらにアドバイスをくれるなど、至れり尽くせりの教科でもある。

 蓬莱教授によれば、「2年次以降に向けての予習的な意味合いの科目」とのことで、レポートの書き方出し方は、今後ともによく学んでおきたいわね。

 

 ちなみに、あたしは前期のこの教科は「優」、つまりSを貰えた。

 蓬莱教授は、滅多にこれをつけないと言われていて(その代わりやることやれば不可も少ない)、あたしのことを高く評価してくれているのは事実みたいね。

 ともあれ、今の調子を来年以降も続けていきたいわね。

 

 さて、そんな冬も一段と厳しさを増してきた2月11日のこと。

 あたしは天文部で桂子ちゃんからこんな相談を受けた。

 

「彼にチョコレートを作ってあげたいの。今まで義理だったから全部買って済ませてたけど手作りってどうしようかしら?」

 

 あたしは、桂子ちゃんの家に行って、一緒にチョコレートを作ることにした。この日は火曜日だけど祝日なので大学は休みになっていた。

 約束の日は生理の予定日と重なってしまったけど、幸い終わりかけが見込まれたのでよかったわ。

 

 

「いい? バレンタインデーは甘いチョコレートがいいわよ」

 

 当日、桂子ちゃんに手作りチョコレートの作り方を教えながら、あたしも自分のを作る。

 

「やっぱり?」

 

 桂子ちゃんが交ぜる手を止めてこちらを向いて話しかけてくる。

 

「うん、甘い日にはとびきり甘いものよ」

 

 甘くすることで、気持ちが伝わることもあるものね。

 

「そうねえ……」

 

 桂子ちゃんは、まだちょっとだけ心配そうな顔をする。

 どうも、桂子ちゃんには他に不安点があるみたいね。

 

「どうしたの桂子ちゃん? 元気ないわね」

 

 あたしも少し気になるように話しかける。

 

「うん、実は今年のバレンタインデー、あの日と重なっちゃいそうなのよ」

 

 桂子ちゃんが小声であたしに告白してくる。

 あーなるほどね。

 

「もしかして、去年のあたしと同じ?」

 

「うん、優子ちゃんはどうだった?」

 

 やっぱり、去年のあたしがバレンタインデーと生理とが重なってしまったことは、桂子ちゃんの印象にも残っていたらしい。

 

「そりゃあもう大変だったわ。浩介くん、あたしのアレの様子に興味津々だったわ」

 

 あの時も浩介くんがちょっと暴走気味だったものね。

 

「へー、どんな風に?」

 

 桂子ちゃんも興味津々で聞いてくる。

 達也さんの参考になるかは分からないけど、話すのもいいわね。

 

「今だから言えるけど屋上でパンツ脱がされちゃったわよ」

 

「うげえ、やっぱ男ってそういうものなの?」

 

 あたしが当時のことを話すと、桂子ちゃんも多少身構えた感じで言う。

 

「まあほら、自分の性別にないものって言うのは、どうしても興味が出て、好きになっちゃうものらしいのよ。ほら、あたしたちが男の子についててあたしたちにないアレが大好きなのと同じでさ」

 

「あはは、確かにあたしもそれは好きだし……うん、そう考えるとお互い様よね……」

 

 やっぱり、桂子ちゃんも大好きらしい。

 まあ、女の子なんだから当たり前よね。

 

「まあ、あんまり露骨に拒否しちゃうのもよくないわよ。ただ、辛いから、懇願するように言うといいわよ」

 

「うん、言われなくても分かってるわ」

 

 あたしのアドバイスに対して、桂子ちゃんも当然だという表情で答える。

 やっぱり桂子ちゃんは、男を心得ているわね。

 

「そう言えば、今日も優子ちゃんもしかして?」

 

「あーうん、大変だったのは昨日までぐらいだから、あまり心配しなくて大丈夫だわ」

 

「そう、それはよかったわ」

 

 あたしの方の生理も、やっぱり桂子ちゃんに見抜かれていたわね。

 ともあれ、あたしたちはチョコレート作りを再開し、ついでに義理チョコもいくつか購入した。

 

 

 こうして、金曜日にあたしたちはバレンタインデーの当日を迎えることになった。

 大学生になって最初のバレンタインデーであると同時に、人妻としても初めてのバレンタインデーでもある。

 

 佐和山大学は割合として男子学生が多いため、何も貰えないで終わってしまう人も多い。

 高校までと違ってクラスもないので、あたしが渡す相手は浩介くんの他、桂子ちゃんと龍香ちゃん、そして義両親の5人だけになった。

 何ももらえない男子学生が多いのも、大学という空間独特の特徴があったのだとは思う。

 

「優子ちゃん、私たち以外の誰にバレンタインチョコあげるの?」

 

 身なりを整え、大学に行く前の朝、「義」両親に文字通りの「義理」チョコを渡すと、お義母さんから質問が飛んできた。

 

「えっと、龍香ちゃんと桂子ちゃん」

 

「それだけ?」

 

 お義母さんが驚いたように言う。

 

「うん、大学はいつも浩介くんと一緒だし」

 

「ダメよ! 優子ちゃん、家が近いんだから実の両親にも渡してあげなさい!」

 

 お義母さんに叱られることは滅多にない。

 でも今回は怒られてしまった。

 

「う、うん。分かったわ」

 

「大学終わったら、帰りに買っていきなさい」

 

 お義母さんからあたしに対して司令が飛ぶ。

 家事ではあたしが主導権を握ることも多いので、結構珍しい風景なのよね。

 

「はーい……」

 

 ちょっとだけ出費が増えるけど、仕方ないわね。

 確かに、母さんたちに用意してなかったのは失敗だったと思うし。

 

「優子ちゃん、そろそろ行くよ」

 

「あ、はーい! お義母さん、じゃあ行ってくるわね」

 

 浩介くんに呼ばれ、あたしは少し急いで準備する。

 

「行ってらっしゃーい」

 

 お義母さんに見送られて、あたしたちはいつものように大学へと向かっていった。

 

 

「龍香ちゃーん!」

 

 午前の講義が終わってお昼休み、あたしは食堂で龍香ちゃんを捕まえてバレンタインデーチョコを渡す。

 龍香ちゃんは「ありがとうございます!」と言うと、その場で食べ始めた。

 食べ終わるとあたしにも義理チョコをくれたので、あたしもその場で食べることにした。今日の昼食は軽めでいいわね。

 桂子ちゃんには放課後の天文部で会ったので、そこで渡し、最後にその場で浩介くんにもチョコレートを渡す。

 ちなみに、桂子ちゃんはいつもの時以上に気分が悪そうで、「集まってもらって悪いけど解散にするわ」と言って天文部は5分で終わってしまった。

 達也さんとのバレンタインデーがちょっと心配だけど、あたしはうまくいくように祈るしか無いわね。

 

「俺たちも帰るか」

 

「うん、でもちょっと寄ってっていいかしら?」

 

 お義母さんからの指令で、「実」両親に「義理」チョコを買って、渡す必要がある。

 

「あー、お袋に言われたチョコレートか。じゃあ俺、先帰ってていいか?」

 

「うん」

 

 あたしは浩介くんと別れて単独行動になる。

 チョコレートを売っているコンビニへ行き、適当に甘めのチョコレートを2つ買う。

 

「ふう」

 

 少し減っていたICカードの残額をチャージしてから、あたしは両親の実家へと向かった。

 あたしにとっては、元旦の時以来の実家への帰宅となった。

 

  ピンポーン!

 

「はーい!」

 

 呼び鈴を押すと、中から母さんの声が聞こえてくる。

 

「あら優子じゃないの、どうしたの?」

 

 母さんは突然の訪問に驚いている様子だった。

 

「あーうん、父さんと母さんにチョコレートを渡そうと思って」

 

 そう言いながら、あたしは鞄からチョコレートを出そうとする。

 

「あら? そう言えば今日だったのね。ありがとう。お父さーん! 優子がチョコレートくれたわよー!」

 

 母さんがあたしのチョコレートを受け取ると家の中に向けて駆け込みながら父さんを呼ぶ。

 

「おう優子、ありがとう。上がってくれ。お茶でも飲んでいきなさい」

 

 すると父さんも、すぐに玄関に駆けつけてくれた。

 やっぱりあたし、実家からも愛されているわね。毒親に育ったら、こうはならなかったもの。

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 本当はそのまま帰るつもりだったけど、せっかくの好意なので受け取っていく。

 あたしはリビングで椅子に座る。

 前回来たのは元旦の日で、まだ1ヶ月半しか経ってないけど、それでも懐かしく感じてしまう。

 もちろん、浩介くんと毎日いる今の方が幸せなのは確かで、そこはブレるつもりはない。

 その上、この家には優一の思い出も残っているから、懐かしく感じたとしても、悪い思い出も残っている。

 ここには最愛の浩介くんがいない以上、やっぱり早く帰りたいと思ってしまう。

 うん、やっぱりあたしは、もう「篠原優子」なのね。

 

「はい、優子」

 

「ありがとう母さん」

 

 暖かい緑茶が振る舞われ、あたしはゆっくりとお茶を飲み干した。

 

「じゃああたし、帰るわね」

 

「うん、気を付けるんだぞ」

 

 父さんが釘を指す。

 

「分かってるわ。こっちのことは心配しなくていいわよ」

 

 あたしの両親も、あたしたちがいなくなっても大丈夫だと改めて分かる。

 あたしは2人の様子に安心して、この家を後にする。そして、浩介くんに遅れて、あたしは帰るべき家に帰った。

 

 

「ただいまー」

 

「優子ちゃんお帰りなさい。両親の方は大丈夫だった?」

 

 お義母さんが出迎えてくれる。

 

「うん、お茶を出されただけだったわ」

 

「そう、お疲れ様。ご飯まで休んでてね」

 

「うん」

 

 お義母さんはあたしのことをとてもよくしてくれている。

 もしかして、美人な嫁に嫉妬する意地悪な姑って都市伝説じゃないかしら? そう思えてしまうくらいお義母さんは温厚な性格だった。

 

「ふー!」

 

 やっとあたしにも、休息の時が訪れる。

 浩介くん、バレンタインデーチョコ気に入ってくれたかしら?

 って杞憂よね。今までも渡してきたし、夫婦になって劇的に変わるわけじゃないもの。

 

 実際に、夕食の時には「今年も優子ちゃんのチョコレートがおいしかった」って言ってくれたものね。

 そしてその日の夜、あたしは浩介くんと、チョコレートよりも甘い夜を過ごした。

 金曜日で明日明後日が土日だったこともあったけど、いつも以上に浩介くんに気合が入っていたようにも感じた。気持ちよさのあまり気絶させられちゃうのは、何回されても慣れないわね。

 ……まあ、スカートめくられてパンツ見られちゃうのも同じだけど、慣れたくもないというのが本音だったりするけどね。

 やっぱり、バレンタインデーが幸せな日になったのも、あたしが女の子になってからだわ。

 

 

 さて、実はバレンタインデーと並行して行われていたイベントに、期末試験があった。毎年2月11日が祝日になるのでその振り替えとして2月10日から17日の月曜日までが試験期間だった。

 あたしたちにとっては2回目の試験で、最初の夏よりは少々リラックスして受けることが出来た。

 

 蓬莱教授からは「1年お疲れ様、どうやら、俺の融通がなくてもいい成績でよかった。まあ、仮に留年しても俺の研究室になるから安心してくれ」とのことだった。

 まあ、学費のこともあるから、あたしとしても留年するつもりは毛頭ないわ。

 それにしても、忙しい1年だったわ。

 世の中には、「大学生になると暇になる」何ていう人が多いけど、確かに夏休みみたいな長期休暇は暇だけど普段は結構レポートとか含めて忙しいわ。

 試験で全部決まるよりはよっぽどいいとは思うんだけどね。

 

 

「ねえ優子ちゃん、春休みはどうする?」

 

 試験とバレンタインデーが全て終わった翌日、春休みに入ると、浩介くんが開口一番そう言ってきた。

 

「春休み? 決まっているわよ」

 

 あたしが勢い良く断言する。

 

「え!?」

 

 あまりに勢いが良かったのか、浩介くんが面を食らって驚いているわね。

 

「もう! 結婚記念日に決まってるわよ!」

 

「うっ、そうだったごめんごめん」

 

 春休み中に来る3月16日、それがあたしたちの結婚記念日。

 特に特別なことがあったわけではない。ただ、去年小谷学園の卒業式だったから、一気に人生を変えるという意味で選んだに過ぎなかった。

 それでも、特別な1日であることには間違いない。

 

「結婚記念日、どうしようかしら?」

 

「うん、久々にデートらしいデートしたいかな?」

 

「うん、あたしも」

 

 毎日同居していると、なんだか毎日がデートって感じだけど、たまには以前のようにデートしてみるのも悪くないわね。あたしと浩介くんは早速、結婚記念日について考え始めることにした。


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