永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「なあ先生」
「どうしたの田村さん?」
恵美ちゃんが、真剣そうな表情で永原先生に話しかける。
その表情に、永原先生も身構えている。
あたしたちにも話したように「蓬莱の薬がほしい」と言うつもりだ。
「佐和山の、蓬莱教授と親しいんだろ?」
「ええ。田村さん、どうしたの? 何時になく真面目な顔して」
永原先生もただならぬ雰囲気を感じ取ったみたい。
周囲はそれぞれ去年のクラスメイトたちがわいわいガヤガヤしていて、ここだけまるで異空間みたいだ。
「あの蓬莱の薬、あたいにも融通してくれねえか!? 蓬莱教授の研究になら、協力するからさ」
「田村さん! うーん、これは困ったわね」
恵美ちゃんの申し出に対して、永原先生も困り顔をしてしまう。
そう、最終的な判断はこの場にいない蓬莱教授がしなければならないわけだけど、今回とばかりは蓬莱教授の出方が本人以外には全く分からない。
「そうねえ、幸子さん……ってあたしが面倒を見たTS病の患者さんなんだけど、その幸子さんにも最近彼氏ができて、一時期蓬莱の薬を飲ませると言う案もあったのよ。でも蓬莱教授は外部流出を警戒して、お流れになっちゃったわ」
特に恵美ちゃんは日本を拠点にしていると言っても、世界を飛び回ってテニスの試合をするわけだしね。外部流出の危険性は格段に高いものね。
「あー、それだったら今薬を服用してるのは誰と誰と誰なんだ?」
恵美ちゃんが更に突っ込んでくる。
「蓬莱の研究所の関係者を除くと、桂子ちゃんと浩介くんの2人だけよ」
2人とも服用しているのは俗に言う「300歳の薬」と呼ばれるもので、蓬莱教授は今、400歳ないし500歳の薬を目下開発中となっている。
「なるほど、2人とも佐和山、それも優子に近い人だもんなあ。じゃああたいじゃ厳しいかなあ……にしても桂子が飲んだってんならあたいも飲みてえなあ」
恵美ちゃんは少し悲観的な顔で言う。
それにしても、やっぱりまだちょっとだけ桂子ちゃんへの対抗心が残っているのね。意外だわ。
「でも、恵美ちゃんが実験に参加するメリットもあるわ。恵美ちゃんがテニス選手ってことよ」
あたしが、永原先生の背中を押すように言う。
もっとも、最終的に判断するのは蓬莱教授になるけど、蓬莱教授はきちんとメリットを説明すれば話が分かる人なので悲観はしていない。
「うん、それで禁止薬物には?」
やはり永原先生の懸念事項はそこよね。
「もちろん指定されてねえぜ」
そもそも、蓬莱の薬は外部への極秘性の強いもので、アンチ・ドーピング機関の査察も受け入れていない。飲んだか飲んでいないかの区別はつきようがない。
「うーん、でも変な成分が入ってる可能性はあるわよ」
永原先生が異議を唱える。
「あーそうか」
恵美ちゃんが再び思慮をする。
「私が今、問い合わせてみましょうか?」
「え!? いいのかよ!?」
永原先生の申し出に、恵美ちゃんが驚愕する。
「ええ大丈夫よ。この時間なら、自宅か研究室にいると思うわ」
永原先生がそう言うと、携帯電話を取り出して蓬莱教授にかける。
2020年のこのご時世でも、あたしと永原先生はガラケーのまま、まあ、物持ちがいいからというのもあるけどね。
「あ、もしもし蓬莱先生? ええ、それで、うちの卒業生でテニス選手の田村さん何だけど……ええ、ええ、薬を融通してほしいと……はい、はい……本当ですか!? ありがとうございます! はい、はい……ええ……はい……場所ははい……例の駅前の小谷学園側の焼き肉店です……はい……では失礼します……はい……」
ピッ
「蓬莱先生、今からここに来るって! なんかすごい感激してたわ」
永原先生の表情はとても明るく朗らかなものだった。
蓬莱教授が了承したのは、明らかだった。
「おうそうか! よかったよかった!」
恵美ちゃんは、安心した表情で言う。
これで恐らく、恵美ちゃんは他の選手よりもずっと長く現役を続けられるようになるわね。
「優子ちゃん、これ焼けてない? 裏返した方が」
おっと、こっちのことも考えないといけないわね。
「ああうん、ありがとう」
あたしたちも、マイペースで焼き肉を焼く。
お肉をたれにつけて食べる。最初に取ったお肉はどんどんと少なくなっていく。
「ねえ優子、篠原との夫婦生活ってどんな感じ?」
近くを通りかかった虎姫ちゃんがあたしに話しかけてくる。
あたしたちはこの同窓会では一番乗りの既婚者なので、やっぱり皆の注目度もとても高い。
「ええ、満足よ。浩介くん、強くて素敵だわ」
虎姫ちゃんの質問に、あたしがきっぱりと答える。
「へへん、俺も俺で優子ちゃんには助けられているけどね」
「うん、本当にいい夫婦になれたわよあたしたち」
隣で食べていた浩介くんが話に乱入してきて、あたしもうまく話を合わせる。
虎姫ちゃんは一瞬だけ安心した表情をして、すぐに真顔に戻る。
「あーうん、優子たちは心配してないのよ。それよりも私、いまいち彼氏ができないのよ。優子、何かいいアドバイス無い?」
虎姫ちゃんから持ちかけられたのは、恋愛相談だった。
まあ、結婚一番乗りのあたしを頼るのは分からないでもないけど、正直まだ結婚してはいないけど、あたしたちより長続きしている龍香ちゃんを頼ったほうがいいと思うのよね。
「うーん、あたしじゃ難しいわね。やっぱり龍香ちゃんみたいに少しだけ積極的になること、なのかなあ?」
あたしは適当に話を合わせる。
あたしは浩介くんに助けてもらったことで恋に落ち、浩介くんもあたしに思いを寄せていたから、案外すんなりとうまくいってしまったけど、虎姫ちゃんのように普通の元サッカー少女には、そう言う出会いをするのは難しいもの。
「合コンとかに積極的に出るとかかな?」
虎姫ちゃんが更に身を乗り出してくる。
「大学で気になる男の子がいたら、声をかけるのもいいわね」
「だねえ、待ち状態だとうまく行かねえぜ」
「そう言うものかあ……とりあえず、頑張ってみるよ」
虎姫ちゃんもある程度決心がついたみたいね。
「うん、それよりも、私よりも龍香ちゃんを頼ったほうがいいと思うわよ」
「分かった。考えてみるよ」
虎姫ちゃんを見送ると、あたしの方もちょうど皿が空になったので、追加のお肉を求めて席を立つ。
「浩介くん、お肉取ってくるね」
「おうっ」
虎姫ちゃんは、たまたま近くにいた龍香ちゃんのもとに駆け寄っていく。
「それでですね、いいですか虎姫さん!? 虎姫さんに限らず、女性の皆さんが例外なく好きなものというのはですね──」
なんか、虎姫ちゃんの顔が赤いような。あー、龍香ちゃんにアドバイスを求めさせたのは失敗だったかもしれないわね。
ともあれ、あたしに出来ることはもうない。あたしはあたしで追加を食べようっと。
「うーん、こっちはまだ食べてなかったわね」
前回取らなかった肉野菜を中心に、お皿に合わせていく。
ピンポーン
「お客様に、お呼び出しを申し上げます。田村様、永原様、蓬莱様がお待ちです、至急、入り口までお越しください」
「え? 呼び出し?」
「田村と先生って、しかも蓬莱ってまさか」
「あいつ、年齢的な衰えから逃げようとしてるってことか?」
盛り合わせ中に案内放送が入った。
突然の案内放送と共に、同窓会の人たちからも動揺が走る。
蓬莱と言えば、もちろん蓬莱教授のことで、蓬莱教授が恵美ちゃんと永原先生を呼び出した格好になったのだ。
「すまんな、お楽しみの所失礼する」
「おいおい、あれ本物の蓬莱教授じゃん」
「ああ、俺も佐和山だから知ってるよ。やっぱ近くで見ると威厳あるよなあ」
「何お前、やっぱ蓬莱教授好きなのか?」
「そりゃあ、佐和山に在学してる人間にとって、蓬莱教授は大学の誇りと言ってもいいんだぜ。何せノーベル賞取って、その上で不老研究まで完成させようとしてるんだ。今この世に存在する学者でも、最も偉大な学者と言っても過言じゃないんじゃないか?」
「あーそうかも知れねえな」
うちのクラスメイトたちも、蓬莱教授についてあれこれ話をしている。
そしてあまり時間も経たないうちに、蓬莱教授があたしたちの席に座ろうとする。
もっとも、このテーブルはスペースに余裕があるので、あたしの座るスペースは十分にあるけどね。
「ふう、蓬莱先生、ご足労ありがとうございます」
恵美ちゃんよりも先に、永原先生がまずお礼を述べる。
「なあに、礼には及ばんよ。ほうほう、確かにあの有名な田村選手だな……君が永原先生の教え子というのは知っていたが……君が俺の実験に協力してくれるとは何てついているんだ。これで俺の実験も捗るというものだ……これを受け取って欲しい」
蓬莱教授は笑顔で鞄から5本のペットボトルを取り出す。
どうやら、蓬莱教授にとってもこれは幸運だったのかもしれない。
「これが例の『蓬莱の薬』ってやつなんか?」
恵美ちゃんが興味津々になって覗いてくる。
「ああそうだ。田村さんには、毎日の昼御飯の後に1本、合計5日間飲んでもらいたい。そうすれば君の寿命は延び、君は長くて100年の命の3倍、すなわち300年の命を得られるだろう」
蓬莱教授は逸る興奮を抑え、努めて淡々とした口調で話そうとする。
「ほうほう、本当にそんなんでいいんだな!?」
一方で恵美ちゃんは、興奮を隠しきれない様子でまくし立てていく。
「ああ、それと、悪いんだが俺の研究所の研究員を1名派遣して欲しい。蓬莱の薬は老化以外の病気にも耐性を持つことが出来て、それによるスポーツに対する効果を是非とも知りたいんだ。あーもちろん研究員の費用はこちらが負担させていただくよ」
「ああいいぜ、この事はコーチにも話は既に通してある。コーチもまた、負けず嫌いでな。『引退前にこの薬が実用化されて欲しかった』と言っていたよ」
恵美ちゃんが笑顔で言う。どうやら問題はないらしいわね。
まあ、実際にはこれもこれで未完成なんだけどね。本当に完成するのは老化寿命がなくなる時だもの。
「ああ、だがこのペットボトルはコーチにも見せないように細心の注意を払ってくれ。とりあえずコーチには研究に参加して、薬を飲むことになったとだけ、伝えることが条件だ」
どうやら、蓬莱教授はやっぱり漏洩を警戒しているみたいね。
漏洩すれば、偽物や模造品が出回る危険性があるものね。
「分かったぜ、研究員の方はどうするんだ? あんまりしつこく付きまとわれると困るんだが」
恵美ちゃんが蓬莱教授に問いかける。
「ああ、そっちの懸念か。ああ大丈夫、接触はこちらとしても最小限にしたい。試合には同行させないから、安心してくれ」
「え!? 試合にも同行しねえのか!?」
恵美ちゃんはちょっとだけ驚いた表情で言う。
さすがに予想外だったのね。
「ああ、こちらとしても色々と警戒しなきゃならんのだ。どこに何の目があるか分からんからな」
蓬莱教授がややうんざりしたような表情をする。
それは間違いなく「マスコミ対策」という感じだった。
「おいおいあたいより大変だな。一体何だってそんなことになってるんだ?」
恵美ちゃんは怪訝そうな表情で言う。
「どうも例の週刊紙の記者が俺と永原先生のスキャンダルを狙っているらしい。お互い独身なのにな。ありもしない噂を追うんだから哀れな奴らだとは思うが。単純に鬱陶しいんだ」
あー、そういうスキャンダルを追う記者とかいるもんね。
そういうのがスクープになるものね。
「ほへえ、記者に狙われているのか?」
恵美ちゃんも少し嫌そうな顔をする。
「もちろん、俺もバカじゃねえ。尾行には細心の注意を払っているし、この辺には複数の学生で見張りを立てている」
蓬莱教授は、かなり警戒心の強い人らしい。おそらく、文化祭でのプロパガンダもこういう人員を増やしたい思いもあったんだと思う。
ちなみに蓬莱教授は、記者の動向も既に掴んでいるという。
「でだ。実は今度の5月中旬に俺が地方の学会に出張することになった。そこで永原先生も同じ場所で講演会を開くことにしたんだ」
蓬莱教授が、何やら不敵な笑みを浮かべている。
「え!? どう言うことですか?」
横で聞いていた浩介くんが思わず割り込んでくる。
「ま、見てのお楽しみさ。ビリオネアの俺に楯突く週刊誌の記者がどうなるか。見せてやろうってんだ」
「うんうん」
蓬莱教授と永原先生が、また良からぬことを考えているわね。
おそらく、わざとらしい行動を取り何らかしらの記事を書かせて、訴えたりするつもりなんだと思う。
まあ、あたしたちの預かり知らないことでいいのかな?
「大丈夫よ。ちょっと罠にはめるだけ。5月の定期会合で話すから」
「あーうん、分かったわ」
とりあえず、今は気にしないでおこう。
罠にはめるっていうのが気になったけど。
「それで、あたいからもう一つ質問があるんだ」
恵美ちゃんが最後にもう一つ質問があるという感じで言う。
「ほう、何なりと聞いてくれ」
「この薬は、ドーピングになると思う? そう言う成分は入っているのか?」
「……なるわけがなかろう。もちろん、その手の成分は一切入ってない。俺は以前俺自身でこの薬を飲んだ直後にドーピング検査と同じ検査をしたことがあったが、どの検査を取ってもこの薬は『ただの水』だ。便宜上薬と言っているだけで、これは薬ともいい難い代物だ。そもそも、ドーピングは健康を損なうからいけないという面が大きいが、この薬は全く逆だろう?」
「あー、確かにガンにも心筋梗塞にもならねえんだっけか?」
恵美ちゃんが、納得した感じになる。
「そうだ。それにもし仮にこれがドーピングになると言うならば、俺も永原先生も、そしてそこに座ってる優子さんも黙ってはいないさ」
蓬莱教授は、あたしの名前も出して言う。
「恵美ちゃん、よく考えてみて? この薬はあたしたちTS病患者に体質を近付けると言うだけのものよ。そもそも、もしこの薬がドーピングなら、あたしたちは存在そのものがドーピングということになっちゃうわ」
「ええ。篠原さんの言う通りよ。蓬莱先生の薬がドーピングだと言うなら、私達TS病患者は、あらゆるスポーツ大会から締め出されるということになっちゃうわ。もしスポーツ団体がそう主張するなら、私たちは全力で戦うし、スポーツ仲裁裁判所がそう言ったなら、蓬莱先生にも頼んで、あらゆるスポーツ関係者に、完成した蓬莱の薬を売らないことにするわ」
つまり、スポーツの道に進めば、不老を諦めねばならないということになる。
「それに、この薬が大衆にまで浸透すれば、蓬莱の薬を受け入れざるを得ねえさ。俺はな、今米軍よりも強力なカードを持っているんだ」
「べ、米軍よりなのか?」
浩介くんは少し驚いている。
「そう、この蓬莱の薬は米軍よりも強力な力を持つカードだ。もちろんまだ未完成だが、完成した暁には人類はこぞって、俺にひれ伏すことになるだろう。ドーピングだと息巻いたとして、薬を融通してやらないと言ってしまえばいい」
そうなれば、スポーツの人気は間違いなく大打撃を受けるのは想像に難くない。
「おう、何だかよく分からねえが、とりあえず、明日からこれを飲むことにするぜ」
ともあれ、恵美ちゃんがこの実験に加わったのが、この同窓会最大の大事だった。
「そんじゃみんな、名残惜しいがこの辺でお別れだ」
各自で参加費を払い、恵美ちゃんが代表して会計をする。ちなみに蓬莱教授は何も食べていないので経費は0円だ。
各自思い思いに2次会を開くと言う。
あたしたちはもちろん、明日のデートのことがあるので、恵美ちゃんたちに挨拶しつつ、家までまっすぐ帰った。