永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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第十章 女子大生 篠原優子の物語 上級生編
意外な仲間


「浩介くん、行こうか」

 

「おう」

 

 今日は、4月最初の登校日、この日からあたしたちは大学2年生になったことになる。

 1年生は入学式があるけど、面倒なイベントのない大学では、あたしたちは単に最初の講義を受けに行けばいい。講義概要やシラバスから2年次には主に何をやればいいのかはあらかじめ決まっている。

 サークルの勧誘も桂子ちゃんが申し訳程度にとどめている。

 

 2年になればようやく一般教養が少なくなり専門的な科目が増えていく。ようやく「再生医療学科」の本領発揮と言ってもいいだろう。

 あたしたちも専門とする再生医療の内容を、蓬莱教授や瀬田助教以外から教わることも増える。といっても、彼らはみんな蓬莱教授に頭が上がらないらしいけど。

 

 まあ、蓬莱教授の実績を考えたら、致し方ないのかもしれないわね。

 

 とにかく、大学は高校みたいなイベントは少ない。だから新年度でもいきなり講義が始まる。このことには、来年以降は慣れていきたいと思う。

 あたしたちは大学についたら、さっそく1限目の講義を聞きに行くことにした。

 

「えー皆さん、哲学を担当しております──」

 

 2年次の1限目に設けられていたのは哲学と中国語だったため、あたしたちは哲学を選択した。

 ちなみに、再履修せざるを得ない科目も、落とした単位もないあたしたちは、万全の状態で2年次に挑むことができる。

 

「哲学というと、難しくてお硬いイメージを持つ方もいらっしゃるでしょう。しかしその世界は、とても興味深く、皆様を飽きさせることはないと言う気持ちで、教えてまいりたいと思います」

 

 哲学の先生は、とても物腰が柔らかい先生だった。

 

 

「次はどうするか?」

 

「うん、ここは専門科目の──」

 

 あたしと浩介くんは、相談しながら履修を決めていく。

 同じ学科であるのみならず、同じ家の夫婦のあたしたちは、いつも大学で一緒だった。

 さすがに今年には履修単位が変わると思ったけど、1週間の時間割とにらめっこした感じでは、どうやら全くそんなことはなかったみたいね。

 

「またずっと、浩介くんと一緒になれるわね」

 

「ああ」

 

 浩介くんとずっと一緒なら、生理の時とかにノートを写させて貰うことも出来るのも、メリットのひとつだったりする。

 今年は前半の定期試験に当たる7月中旬がやや危ない感じなので、ちょっとだけヤキモキしている。まあ、前回の試験の時も、少し重なってたけど何とか乗り越えられたし、最悪な日に当たらなければ大丈夫だと思うわ。

 とにかく、重ならないことを祈るしかないわね。

 

「ふう、今日も終わったな」

 

 浩介くんが少しだけ疲れた風に言う。

 

「うん、天文部に行こうよ」

 

 講義が終わったら、サークル活動として去年に引き続き天文部がある。

 

「そうだな」

 

 あたしたちは、桂子ちゃんに指定されたいつもの天文サークルの場所へと向かう。

 

  コンコン

 

「はーい!」

 

 扉をノックすると中から桂子ちゃんの声がする。

 ここは去年度と何も変わらないわね。

 

「あたしよ」

 

「あ、優子ちゃんいらっしゃい、入っていいわよ」

 

  ガチャッ

 

 桂子ちゃんの声と共に扉を開ける。

 さて、今年の天文部と言えば、小谷学園から新しいメンバーが来ることになっている。それが──

 

「あ、篠原先輩。去年はお世話になりました」

 

 去年というのは、文化祭のことよね。

 

「いいのよ。頑張っているんでしょ?」

 

「ああ」

 

 達也さんは、桂子ちゃんを意識してかあえてぶっきらぼうに話す。

 他にも僅かながら、見かけたことのある男子たちの姿が見える。

 そう、彼らは去年卒業した、元小谷学園の天文部の面々だ。

 

「お、懐かしい顔だな。みんな久しぶり」

 

 浩介くんがそう声をかける。

 

「篠原先輩も、2人とも仲が良さそうでよかった」

 

 彼らもまた、あたしたちの夫婦仲が良好なことに胸を撫で下ろしているみたいね。

 

 

「何だか、一昨年に戻ったみたい」

 

「うんうん」

 

 小谷学園にいた頃と違うところと言えば、桂子ちゃんと達也さんが付き合い始めたことくらいかな?

 

  コンコン

 

「はーいどうぞー」

 

 また扉がノックされ、桂子ちゃんが応対する。

 あれ? まだいたっけ?

 

  ガチャッ……

 

「すみません、ここが天文部ですか?」

 

「え、ええ……って歩美さん!!!」

 

 扉が開かれると、何とそこにいたのは歩美さんだった。

 

「あ、優子さん! 良かった! やっぱり天文部にいたんですね!」

 

「あれ? あなた確か優子ちゃんの結婚式にいたわよね?」

 

 桂子ちゃんがはっと気づいたように言う。

 

「はいっ! 山科歩美です!」

 

 歩美さんはビシッとした顔で言う。

 

 

「うおっ、そう言えばいたなあ、とびきりかわいい子!」

 

「石山先輩や木ノ本先輩ほどじゃないけど、中々雰囲気が出てて良さそうだな」

 

「おいっ! 今は石山先輩じゃなくて篠原先輩だろ!」

 

「おっとそうだった!」

 

 

 天文部の人も突然表れた第3の美少女に、動揺を隠せないみたいね。

 

「そんなことより、歩美さんどうして佐和山大学に?」

 

 確かに、距離的に通えない距離ではないとは思うけど。

 

「いやー、まあその、偏差値的にもちょうど良かったですし、優子さんや蓬莱教授がいるって点で、ここを選びました! ええ、学部も蓬莱教授のところですよ!」

 

 どうやら、歩美さんも再生医療を学びたいらしい。

 

「ねえ篠原先輩、もしかしてこの子って?」

 

 後輩の男子の一人があたしに声をかけてくる。

 

「ええ、あたしや永原先生と同じくTS病よ。あたしがカウンセラーとして、この子の面倒を見てあげてるわ」

 

「はいっ、優子さんにはずいぶんとお世話になりました!」

 

 歩美さん、大学デビューしたばかりなのか、言動が時折緊張感のあるものとなっている。

 でも、新しいTS病患者が佐和山大学に入った。となると、どうしても蓬莱教授の顔がちらついてしまうわね。

 

「それでその、歩美さん」

 

「はい?」

 

 歩美さんが不思議そうな顔をする。

 気付いていないわけ無いと思うんだけど。

 

「蓬莱教授の所に、行ってみる気はないかしら?」

 

「え!? 今からですか!?」

 

 歩美さんは、かなり驚いている。

 

「ええ、蓬莱教授の実験ですよ」

 

「えっと、遺伝子を提供するって言う、あれですか? うーん」

 

 歩美さんはかなり悩んでいる。

 まあ、普通はそうよね。歩美さんには、恋人もいないわけだし。

 

「どっちにしても、だ。この学校にもう1人TS病の人、それも優子ちゃんがカウンセラーとして面倒を見た患者がいると言うことになれば、蓬莱さんの方から接触を図ってくると俺は思うぜ」

 

 浩介くんがもっともな推察を述べる。

 

「そうね……えっと、浩介さんに賛成です!」

 

「ええ、あたしもそう思います」

 

  コンコン

 

 あたしたちの意見がまとまりかけていると、また扉がノックされる。

 

「はいどうぞー!」

 

  ガチャ……

 

「失礼する。おお、やっぱりここにいたか!」

 

 扉から現れたのは蓬莱教授だった。

 ナイスタイミングね。

 

「あら、噂をすれば表れたわね。蓬莱教授」

 

 桂子ちゃんが蓬莱教授に対してリラックスしたように言う。

 

「おう。して君が山科歩美さんでしたな。久しぶりだ」

 

「あ、蓬莱教授。あの……2年前、その節はお世話になりました。本当にありがとうございます」

 

 歩美さんがペコリと蓬莱教授に頭を下げる。

 歩美さんが「お世話になりました」と言っているのは、例の女子更衣室問題のことだと思う。

 

「何、礼には及ばんよ。俺としても、山科さんを助けることで、多大な利益と財産を得られたからね。あー、財産と言うのはお金という意味ではないぞ」

 

 蓬莱教授の宣伝部にとってのノウハウと言う意味での財産よね。

 

「あれ? 山科さんと蓬莱教授って繋がりあったのね?」

 

 どうやら、桂子ちゃんは忘れているみたいね。

 

「ほら、2年前の秋ごろに、TS病患者と学校での女子更衣室問題があったじゃない? あの時の患者さんが歩美さんなのよ」

 

「あ、そう言えばあったわね! へー、世界って意外と狭いわねえ」

 

 桂子ちゃんが思い出し、感心した風に言う。

 

「でだ、君にも是非協力して欲しい。何、することは綿棒で頬の内側をこすって、このガーゼに置くことだけさ」

 

 蓬莱教授が、さっそくガーゼと綿棒を取り出す。

 

「は、はい」

 

「何にせよ、入学者の名簿に君の名前があったのを見た時には、最近の俺にも、ようやく光の時代が来たと思ったものだ」

 

 蓬莱教授が、朗らかそうな表情で言う。大学では、目的の人物を無理なく呼び出すのはとてつもなく難しい。

 そう言う意味でも、天文サークルが一番可能性が高いとは言え、歩美さんをこうも早く見つけられたのは幸運と言って差し支えないと思う。

 そう言えば、恵美ちゃんが実験に参加したいと言ってきたときも、蓬莱教授は喜んでいたっけ。

 

「えっと……こうやって?」

 

 歩美さんが、言われるがままに綿棒で頬の内側を擦り、遺伝子を蓬莱教授に提供する。

 

「ああそうだついでに君たちにも、してもらおうか」

 

「おう」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

 蓬莱教授は同じセットを3つ持ち出すとあたしと桂子ちゃんと浩介くんがそれぞれ綿棒で蓬莱教授に細胞を提供する。

 

「さて、必要な用事は済んだから、俺はここで失礼させてもらうよ。山科さんには改めて礼を言う。ひとまず、さらばだ」

 

 そう言うと、蓬莱教授は颯爽と扉を開けて普通に立ち去っていった。

 

「何か、こうして身近になると改めてすごい人だよね」

 

 歩美さんが一息つく。

 

「ああ、蓬莱教授の不老実験、俺もまた、待ちわびているんだ」

 

「ええ、私たち天文部もよ」

 

 被験者の浩介くんと桂子ちゃんが、蓬莱の薬への想いを述べる。

 今の薬は、あくまで未完成品だから、まだ足りないという思いが強い。

 

「さて、早速今年度初めての天文サークルを開始するわ。みんな……自己紹介は不要よね」

 

「ええ、そうですね部長」

 

 歩美さんを除けば、ここの天文部は全て小谷学園出身で、あたしにとっても、一昨年に天文部で面識のある顔ばかりだった。

 ちなみに、去年空席だった副部長には、達也さんが座ることになった。

 

 

「オリンピックまで、後3、4ヶ月ねえ。聖火リレーとかどうなるかねえ」

 

「そうだなあ、日本選手団はどれくらい活躍してくれるかしら?」

 

 桂子ちゃんもオリンピックの話題を持ちかけてくる。

 

「まあ、優子ちゃんはそういうのとは無縁だよなあ」

 

「あはは、あたし身体能力だけは本当ダメなのよねー」

 

 本当、それだけはどうしようもないって感じよね。

 

 

「なあ、歩美ちゃんもかわいいよなー!」

 

「うんうん、しかも篠原先輩と同じTS病だってさ」

 

「しかし、相変わらずそうには見えねえよなあ」

 

「だよなあ、女の子そのものって言うか、あ、でも時々篠原先輩より男の名残が色濃く出てる気がするな」

 

「どっちにしても、中庄に木ノ本先輩を取られた今、俺たちの希望は歩美ちゃんだけだぜ!」

 

「ああ、負けねえぜ!」

 

 

 男たちは早速歩美さんの取り合いをし始めている。

 本当、男ってそればっかりよね。まあ、それが魅力とも言えるけど。

 

 天文系のサイトを巡回したり、情報を集め終わったら、あたしたちはいつものように雑談に入る。

 あたしも浩介くんと適当に話しているし、他の天文部員たちもさっきから歩美さんの奪い合いばかりで天文系のことは何もしていない。

 この緩さは小谷学園譲りなんだけど──

 

「あの優子さん、ここってこんなに緩いサークルなんですか?」

 

 歩美さんが不思議そうな顔で聞いてくる。

 

「ええそうよ」

 

「何だか、カルチャーショックかな?」

 

「あはは、小谷学園ってものすごい自由なのよ。自由すぎて受験生に敬遠されちゃうくらいにはね」

 

「あー、聞いたことあります。でもどうして佐和山大学の天文部までこんななんです?」

 

 まあ、幸子さんの地方まで噂が広まるくらいだもの。歩美さんが知らないわけないわよね。

 

「ふふ、このサークルで小谷学園出身以外の学生さんは、歩美さんだけよ」

 

「え!? 確かにさっき自己紹介は不要って言ってたけど」

 

「あー確かに、この学校の出身高校で一番多いのが小谷学園だけど、もちろん他の高校出身の人もいるわ。このサークルがちょっと異常なだけよ」

 

 そもそも、桂子ちゃんにあたしが誘われて、いつの間にか浩介くんがいついて、坂田部長が卒業してから、桂子ちゃんが部長になって、あたしもいると言うことで男子たちが多数釣られたのが天文部の隆盛の原因だった。

 直哉さんによれば、あたしたちが卒業してから、また部活の雰囲気も大きく変わったらしいけど。

 

「そ、そうですか」

 

「ふふ、でも身構えなくていいわ。歩美さんなら、優子ちゃんの結婚式で一応顔は見ているし、みんな優子ちゃんや永原先生を通じて繋がりがあるわよ」

 

「はい、分かってます」

 

 歩美さんが力強く言う。うん、これでもう心配要らないわね。

 

 

「それにしても、なんか早速私を巡って奪い合いになっている気がするなあ」

 

 歩美さんは、どこか上の空で他人事のように言う。

 

「当たり前でしょ。この部活に女子は3人、あたしも桂子ちゃんもパートナーがいるんだたら、残った男たちで歩美さんを巡って争いになるに決まってるじゃない。ただでさえ歩美さんは美人なのよ」

 

「うっ、確かにそうは言ってもねえ……」

 

 歩美さんはまだ慣れていないという感じの表情になる。

 まあ確かに、生粋の女の子でもサークルに入ったばかりで、いきなり複数の男子から狙われて動揺しないわけがないものね。無理もないわ。

 

「歩美さん、あなたは今、長い長い安定期に入っているわ。あなたもいずれ、好きな男の子ができるようになるわよ。だけど、あんまり悠長に構えすぎたり意図的に何十年も避け続けるのはダメよ」

 

 あまり恋愛を放置すると、永原先生の初恋みたいなことになりかねないもの。

 

「う、うん。恋愛、頑張るわ」

 

「うん、その調子で、女の子らしくするのよ」

 

 歩美さんの決意を、あたしは応援してあげたい。

 歩美さんは幸子さんと比べても女の子としての成長が遅いけど、これでも平均的なレベルには収まっている。

 今回の天文部もいつも通り、適当に切り上げて帰宅となった。

 

 

「「ただいまー!」」

 

「あ、2人とも、お帰りなさい」

 

 昨年度と同じようにお義母さんに迎えられて、あたしたちは今年度最初の大学生活を終えた。


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