永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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2つのTS病 前編

 歩美さんも大分天文サークルの生活に馴染んできた4月半ば、あたしたちは永原先生から四国で新しい患者が現れたというニュースを除いて、ほとんど平穏無事に大学生活を送っていた。

 去年の前期は、1年生ながら「明日の会」の対策など、大忙しの大学生活を送っていた時に比べれば対照的だ。

 ちなみに、「明日の会」は未だにホームページは消えておらず、例の患者自殺に対するお詫びの文章だけが、寂しく掲載されていた。

 あのホームページも、いつか風化するのかと思うと、何ともいえない気分になる。

 あたしたちの記録の中に残り続けるだけ、他の無縁仏よりはマシなのかもしれないけど。

 

 

「再生医療の成果として、これまでは座して死を待つしかなかった病気や、あるいは死亡率の高かった病気を治すことができました。特にガンの治療率も年々改善していまして、日本一死亡率が高く不治の病とまで言われましたこの病気も、当校の蓬莱先生の薬の開発もありまして、『治る病気』という認識が広がっています。日本の医療は悪いニュースばかり流れていますが、実際にはかなり充実しているのです」

 

 蓬莱教授以外の再生医療の准教授から、専門科目を受ける。

 

「──ですから蓬莱先生の業績は素晴らしいのです」

 

 佐和山大学の教授陣は、講義中に隙あらば蓬莱教授の絶賛をしている。

 彼らの研究費も、恐らく蓬莱教授から出ているのだと思う。

 いや、きっとこの佐和山大学だって、蓬莱教授が事実上の運営者として実験を握っているようなものよね。

 

 あたしと浩介くんはこの講義でもノートを取り、復習に充てる。

 人生が長いお陰で、大学の勉強にはかえって集中できた。遊ぶ時間が社会人になると短くなると言っても、あたしたちにとっては他の人より十分長くとれるし、それ以前に、今勉強すれば、絶対に何かいいことが起きると思っていたから。

 

「特にこの万能細胞、これは当校の蓬莱教授が発見し、今では私が主に研究しております。この細胞はですね、人間のあらゆる細胞になることができる。それ故に、様々な難病を治療したり、場合によっては若返りも可能であると、まあそう言う細胞でもあるわけですね。ですが、いいことばかりではないのです。その点は、次回に回しましょう。では、本日の講義はここまで、ご清聴ありがとうございます」

 

 時間になったらしく、准教授が頭を下げて教室を出る。

 佐和山大学の再生医療系は、ノーベル賞学者の蓬莱教授を擁するとあって、学生たちの士気がとても高い。もちろん、あたしほどに明確な目標がある人は珍しいけれども、それでも全員が、大きなやりがいを感じていた。

 小谷学園程ではないけど、一般教養を除けば、話し声がうるさい講義は殆どなかった。

 

 それはそれで、やはり快適で、あたし自信のモチベーションアップにも繋がると思う。

 

「ふう、今日は天文サークルなしね」

 

「ああ」

 

 天文サークルも、小谷学園の時とは違い、毎日あるわけではない。

 桂子ちゃんの履修状況次第になっているし、場合によっては達也さんとのデートが優先されることもある。あたしたちは、今日のところは荷物をまとめてまっすぐ帰宅することになった。

 

「にしても、あの先生、まさか蓬莱教授の万能細胞を研究していたとはね」

 

 浩介くんが、今日最後の講義について話す。

 

「うん、京都大学で医学を学んで、わざわざこっちに来たって言ってたけど」

 

 普通なら、そのまま京都大学に残りそうなのに。

 

「それだけ、蓬莱教授が偉大だってことだ」

 

「そうよね」

 

 蓬莱教授の薬、今のところ国は静観を決め込んでいるけど、完成すれば、いずれ蓬莱教授に総理大臣も接触してくると思う。

 民間の私立大学の教授と言っても、こんなとんでもない薬を開発してきた教授に、いつまでも政府や国際社会が静観を決め込んでくるとは到底思えないもの。

 

「ま、ともあれ俺たちは、今のうちに勉強して、修士博士になるんだな」

 

「うーん、博士までは分からないわよ」

 

 その辺りは、成績との兼ね合いもあると思うし。

 まあ、今のところあたしの成績は優が多いけど、これも一般教養が多分に含まれているから、これからのことは正直分からないわ。

 あたしたちは、順調に大学生活を続けている。でも、先のことがわからないのが大学生活の難しさでもあるのよね。

 

 

  ブー! ブー! ブー!

 

「うーん?」

 

 自宅に帰宅後、あたしが寝る前に自室でくつろいでいると、突然携帯電話が鳴った。どうやらメールみたいね。

 

  ピッ

 

 あたしは携帯電話を開けて、宛先を見てみる。

 

「え?」

 

 送り主は、珍しく蓬莱教授だった。

 

 

  題名:大きな発見があった

  本文:優子さん、大きな発見をした。やはり、山科さんを誘っておいて正解だった。詳しいことは明日の昼休みか講義終了時に話したいと思う。浩介さんにも同じ内容のメールを送ったから、よく相談して、明日の昼までに返信してほしい。

 

 

 大きな発見? 歩美さんのお陰?

 

「うーん、どういうことかしら?」

 

 まあ、どういう発見をしたのかは、明日行ってみれば分かるわね。

 とにかく今は、浩介くんの部屋に行って、昼か放課後かで相談しないといけないわね。

 

 

「よし、蓬莱教授の所に行くか」

 

「ええ」

 

 翌日、浩介くんと話し合った結果、昼食を食べ終わって直ちに研究棟に行くということになり、蓬莱教授にも連絡してそれを了承してくれた。

 あたしたちは、食堂から一直線に「蓬莱の研究棟」を目指す。

 研究棟の前に行くと、蓬莱教授が佇んでいた。

 

「蓬莱教授、お待たせしました」

 

「おお、待っていたよ。悪いな、時間取らせて」

 

「いえいいんです」

 

 蓬莱教授があたしたちにお礼を言ってくれる。

 とにかく、本題を聞く必要があるわね。

 

「さて、こっちへ来てくれ」

 

「「はい」」

 

 あたしたちは、蓬莱教授の部屋へと呼び出される。

 部屋の中を見ると、既に歩美さんもいた。

 

「あ、歩美さん」

 

「あ、優子さん、こんにちは」

 

 歩美さんが椅子から立ち上がって、あたしに軽く頭を下げてくる。

 その所作は、とてもきれいで見とれてしまうくらいのものだった。

 

「ええ、こんにちは」

 

 あたしも、挨拶をしてから椅子に腰かける。

 

「うむ、みんな揃っているな。では話そう。俺はTS病について、ある一つの仮説をほぼ立証することに成功した」

 

 蓬莱教授が物々しく言う。

 

「あの、仮説と言うのは?」

 

 まず歩美さんが蓬莱教授に質問をする。

 

「ああ、どうやら、TS病には2通りの機能があるみたいなんだ」

 

「え!? 2通り!?」

 

 あたしたちは、驚いてしまう。

 そもそも、女性に変わる病気に2通りの機能なんて?

 あたしたち、外見上も内面的にも全て女の子なのに?

 

「ああ、両者は外見上も、内面においても不老という意味では本質的には違いはない。ただ、不老となる上で、そのメカニズムが、ほんのわずかに異なるんだ。もちろん、日常においては全く同じだし、どちらの系統も完璧な不老には代わりないから安心して欲しい」

 

 蓬莱教授は、よく分からない話をする。

 だったらどうして2通り?

 

「え!? どう言うことですか?」

 

「細胞が分裂する際に、普通の人間では分裂前よりも情報が劣化する。これがテロメアの長さとなって人間は老化すると言われている」

 

「ええ、そんな話を聞きました」

 

 確か以前、協会の会合でそんな話を聞いたことがある。

 

「ところが、君たちTS病の不老遺伝子では、細胞がどれだけ分裂しても、劣化を引き起こさない。なぜか分かるかい?」

 

「もしかして、テロメアが短くならないとか?」

 

 というか、それ以外考えられないわよ。

 

「ああそうだ。どうやら君たちには、テロメアが短くなるとそれをすぐに修正する力が働くみたいなんだ」

 

 蓬莱教授が興味深そうに張り切って話す。

 

「恐らく、TS病特有の免疫情報以外にも、細胞の中にそういう情報が含まれているんだと思う。分裂してテロメアが短くなったり、ガン細胞のような異質な細胞が入ったりすると、TS病の人の細胞は周囲の細胞と密に連携していて、何か異常事態があると即座に他の場所からデータベースを参照して、分裂する都度、自動的にテロメアを修復できるんだ」

 

「じゃあつまり、TS病患者が癌にならないって言うのは?」

 

 あたしが更に質問を追加する。

 

「その機能によって、ガン細胞やウイルスに侵された細胞をも修復してしまうんだ。更に、白血球に代表されるように、無くてはならないが多すぎてもいけないようなものに関しても、自動的に何でも修復してしまう。これが従来俺が考えていたTS病における不老のメカニズムだ」

 

 あたしたちは、一言も言葉を発さずに、蓬莱教授の話に耳を傾ける。

 

「そして、このデータベースの解析さえすれば、万事がうまく行くと思っていたが、ここのところ研究に行き詰まっていた」

 

「ええ」

 

 そこで今回の発見というわけかな?

 

「そこに現れたのが救世主山科歩美さんだ。山科さんの遺伝子の不老メカニズムは優子さんや永原先生とは全く性質を異にしていたんだ。何故なら山科さんの細胞は、分裂してもテロメアに何の変化もない。修復さえも起きていなかった」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

 想定内というあたしの表情とは違い、歩美さんは驚いた表情になっている。

 

「山科さんの細胞は癌化しても何度か分裂した後いつの間にか元に戻ってしまう。ウイルスに侵された細胞も同じだ。何かがあっても修復力が働くというよりは、悪性の細胞は何事もなかったかのように普通の細胞にも度って振る舞うんだ」

 

「何か、山科さんの方が優れてそうね」

 

 蓬莱教授の説明に、あやしは率直な感想を述べる。

 

「ああいや、そうでもないぞ。優子さんの方、こちらを仮にα型とすれば、β型よりもバックアップが多いことになる。何せ全ての細胞がバックアップになっているからな。β型は、平時の修復力が一見強そうだが、実際には癌細胞が完全に元通りになるまでにはα型よりも時間がかかるからな。一長一短だ。最も、免疫力の強さを考えれば、どちらにも大きな違いはないといっていいさ」

 

「じゃあ何故それが大発見なんですか?」

 

 蓬莱教授の取り繕うような話に対して、歩美さんが更に質問をする。

 

「蓬莱の薬を作る時に重要になってくるんだ」

 

「どうしてですか?」

 

 あたしたちは、まだ釈然としない。

 

「どうやら、TS病患者にはα型とβ型、両方の性質が色々な割合で混ざりあっているんだ。つまり、どちらか一方しか持っていないというわけではなく、『どちらかがより色濃く出ているか』ということだ。優子さんにもβ型の遺伝子があるし、山科さんにもα型の遺伝子があるってことだ。おそらくやろうと思えばそちらでも出来るだろう」

 

 蓬莱教授が詳細に説明してくれる。

 つまり、2通りの形態と言っても0か100かの世界ではないということを意味している。

 

「何故俺の研究が行き詰まりかけていたか。これでわかった。つまり、今までの薬はα型の遺伝子しか無い、あえて悪い言葉で言えば『かたわ』の薬だったんだ。それで何処かに破綻が生じて寿命が300歳までにしかならなかったんだ」

 

 つまり、「歩美さんのお陰でβ型を発見したので、今後はその再現も行い、更に薬の完成に近付けたい」というのが、今回の蓬莱教授の趣旨だということね。

 

「もちろん、γ型やΔ型がある可能性もあるが、とにかくこのことは永原先生を通じて、協会にも早急に情報を共有したいと思っている。それでよろしいかな?」

 

「ええ、分かったわ。永原会長たちにも、伝えておいて下さい」

 

「了解した」

 

 ともあれ、これで蓬莱教授の研究は先に進みそうね。

 協会の方は、まあ、どちらも本質的には不老という意味で違いはないし、純粋に片方の型しかない人は恐らくいないと思うから大丈夫ね。

 まあ、型が一方しかなかったら、そもそもその患者は不老にはなれないというのが、正しい考え方なのかもしれないけどね。

 

「さて、俺の話は以上だ。悪いな、時間をとらせてしまって」

 

「いえいいんです。それではあたしたちも失礼します」

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

 あたしが失礼しますと言って立ち上がると、浩介くんと歩美さんも続いて部屋から退室する。

 蓬莱教授は、あたしたちにはとても丁寧に接してくれていて、いくら大人の世界の大学とは言え、教授と学生という考えには程遠いものがある。

 もしかしたら、あたしや歩美さんなどを、学生としてではなく、協会の会員として接しているのかもしれない。

 

「びっくりしたなあ、まさか私と優子さんで、普段運用している不老の仕組みが違っていたなんて!」

 

 研究棟から出た後、開口一番に歩美さんが興奮したような口ぶりで言う。

 

「でも、遺伝子の割合が少しだけ異なるだけでしょ? 普段使われてないだけで、あたしにも歩美さんと同じシステムが搭載されてるって話だし、きっと誤差の範囲よ」

 

「あー、そうなのかも」

 

 あたしの楽観的な見立てにたいして、歩美さんも同調してくれる。

 今回の蓬莱教授の発見によって、あたしと歩美さんの関係が、あるいは他のTS病患者同士の関係が変わるわけではない。

 α型もβ型も、あたしたちTS病患者に無くてはならない機能で、どちらが色濃く出るにしても、一長一短があると言うだけだった。

 

「なるほどねえ、つまりあの薬を飲んだ今の俺は、本来不老足るには複数の型が必要な所を、α型しか所持してないのか」

 

 浩介くんが自分の胸に手を当てながら言う。

 

「うん、まあそれ故に不完全なのよね」

 

 多分、片方の型だけでは、不老足り得るには不十分だった。それ故に、「蓬莱の薬」はあたしたちと違って完全不老の薬ではなく、有限の寿命の薬になってしまったのだと思う。

 あたしと永原先生は、共にα型だったので、蓬莱教授の手によってα型の研究こそ進んだけど、それだけだったら研究は早晩行き詰まっていたことになる。

 もちろん、協会の姿勢もあるだろうけど、あたしと永原先生にもその性質が潜在的にあった以上、分かりにくくても、β型はいずれ発見されていたとは思う。

 それでも、歩美さんの佐和山大学への進学が、その発見を大幅に早めてくれたのは事実だった。

 

「だなあ、でも、β型の解析だけで、研究は進むのかなあ?」

 

「分からないわ」

 

 浩介くんが、まだ不安を克服できないという表情で言う。

 多分だけど、あたしの「女の勘」として、まだ一山も二山もあると思う。

 

「さ、考えても仕方ねえじゃん。とりあえず午後の講義に行こうぜ」

 

「うん、じゃあ歩美さん、あたしたちはここで。また放課後ね」

 

「はい」

 

 あたしたちは、歩美さんと分かれて、午後の講義へと進んでいく。

 歩美さんが何の気なしに提供した遺伝子、歩美さんはまだ自覚がないと思うけど、あの時、歩美さんは人類の歴史をも動かしたことになる。

 今、老化という全人類の不治の病が、蓬莱教授とあたしたちTS病患者によって克服されつつある。これを行うということは、間違いなく今のあたしたちは全人類の歴史の中心に、あるいは最先端にいるということ。

 それはそう、間違いなく今年のオリンピック、日本人がありとあらゆる種目で金メダルを取ることの総和、いやそれらを相乗することよりも、数倍にして勝る程に偉大なことだと思う。

 

 そういう意味で、歩美さんもまた、人類史に名を残したのかもしれないわ。


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