永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

343 / 555
2つのTS病 後編

「えっと、それでは会合を開始します」

 

 ゴールデンウィーク前の土曜日、あたしは他の会員たちと同様に、永原先生に協会の会合に呼び出された。

 今回の会合は正会員のみならず、数多くの普通会員が参加しているが、維持会員としてよく参加していた蓬莱教授や高島さんは、多忙を理由に参加していない。

 

「今日の議題は他でもないわ。蓬莱先生の発見についてよ」

 

 協会にも、蓬莱教授の発見は驚きを持って迎えられた。

 TS病の不老遺伝子は、今まで考えられていた以上に堅牢なものだと分かった上に、2つのタイプがあると分かったからだ。

 あたしたち協会の会員たちはまさに一枚岩という結束力を持っていた。そのTS病に2つの機能で分類できるというのは、本質が変わらないにしても大きなことだった。

 

 

「私たちに、別のパターンがあったなんてね」

 

「せやな、うちら不老の仕組み含めて、1つや思っとったのに」

 

「でも本質的には違いはなくて、色濃く出てるだけよね」

 

「うーん、それがいまいち分からへんのよ」

 

「うんうん」

 

 

 今日の会合は他の会員たちも、いつも以上のざわつきが見られる。

 

「はいみんな、静かにして。今回の蓬莱先生の発見、α型とβ型について話すわね」

 

 結局、当分の間は仮称だったαβがそのまま使われることになった。

 

「α型は、少なくとも私と篠原さんが該当します。こちらが従来から知られていた不老のメカニズムです。こちらは細胞同士が密に連携しあい、異常を発見し次第、直ちに修復を繰り返しています。一方のβ型は、山科さんの協力で発見できました。β型では、そもそも細胞分裂の際に完全コピーを行っています。そしてウイルスや癌細胞などによる何らかの外圧があれば、その異常細胞ごと正常細胞に戻してしまいます」

 

 永原先生が、蓬莱教授と同様の説明を繰り返すと、会員たちも真剣に聞いている。

 あたしにとっては2回目の説明だけど、図解の入ったパネル入りで分かりやすいわね。

 

「蓬莱先生によれば、何らかの重病になった時にはα型の方が治りが早いとのことでした。一方で、何もない場合、β型の安定性が勝ると言います。実は蓬莱先生からこの事実を聞いた時には、私には心当たりがありました」

 

 永原先生が、そう言うと、比良さんと余呉さんも何かを思い出したような顔をする。

 

「その件に関しては私から説明します。あれは大正の終わりごろの話です。私と会長の2人で、結核……おそらくですけど肺結核になったことがあったんですよ」

 

「ええ、そんなこともありました。当時結核と言えば死因としては1位になったこともある程の難病でしたから、最初に会長が慢性的な体調不良が急に悪化したと言うので、医師にかかってみたら結核……当時の言い方で言えば『テーベー』だと言われたときには驚きました」

 

 比良さんと余呉さんが、懐かしそうに話す。

 

「でも、当の私は、全くといっていいくらい危機感はなかったわ。何分江戸時代にも様々な病になったことがあったんですが、全て翌日にはケロリとしてましたし、大正時代は江戸時代よりも衛生環境が良くなってましたから、今回も問題ないと思ったんです」

 

「えっ!? いくら何でも嘘ですよね!?」

 

 永原先生の物言いに、あたしは思わず口を挟んでしまう。

 だって当時の結核と言えば、今とは比較にならないくらい蔓延していて恐ろしい病気だったはずなのに。

 

「嘘じゃないですよ。何せ、隔離入院だと言われて病室に入った頃には明らかに咳も止み始めて峠を越したような感じがしましたし、明日どころかその日の夜にはもう完全に咳は止んで、明日以降何事もなかったかのように振る舞えたもの。あの時何度検査しても陰性反応しか出なくて、驚いた医師の顔は忘れられないわ」

 

 恐らくだけど、このエピソードが比良さんと余呉さんに特権意識を植え付けたんだとあたしは思う。

 だって、打つ手も少ないくらい人々がバタバタと死ぬような病気を、何もしないで半日で完治してしまうんだもの。特別意識を起こすなという方が難しいわ。

 

「で、その翌年に、私も体調を崩して病院に行ってみたら結核に感染していると診断されまして。私としても、世間は震撼してるけど、会長が病状を悪化させても半日で自力完治させた病気ですから、どうってことないと思ってたんです」

 

 比良さんが淡々とまるで「若き日の思い出」のように語る。

 まあ、永原先生を見たらそう思うわよね。

 

「当時の価値観からすればとんでもないことですが……私の場合、治るまで2日を要したんです。お恥ずかしいことですが、たまたま永原会長と同じ医師だったので、事情を説明してお医者さんではなく会長に看病してもらいました」

 

 比良さんがさっきとは声色を変えて、少し恥ずかしげに言う。

 恐らく、このエピソードを統合すれば、比良さんはβ型の遺伝子を持っていると言うことになるわね。

 

「ありましたね、そんなこと。私は幸い、結核にはならなかったですが。ちなみにそのお医者さん、私達の顛末を見てTS病の患者は、特別な免疫力を持っているんじゃないかと世間に初めて公表したんですけど……当時は誰にも相手にされなかったわね」

 

 余呉さんも、昔を思い出した風に言う。

 まあ、そもそも永原先生と比良さんとでサンプル数が2では「誤診」とする方がいいものね。

 

「恐らく、今思えばこれが同じTS病患者でも私と会長で、難病を完治させるまでに時間差が出た理由だと思います。蓬莱先生の推測では、β型の人の場合、α型のシステムが必要になった時にタイムラグがあるために、完治が遅れるのではないかとも言ってます。なので、『TS病患者は癌にも脳梗塞にも心筋梗塞にも動脈硬化にもならない』というのは、極めて厳密な意味では間違っていると言うことにもなります……もっとも、『それはもうならないと同じ』と見なしてもいいレベルですけどね」

 

 余呉さんが、更に分析と感想を述べて、周りの会員たちもウンウンと頷いている。

 

「むしろ不思議なのは、何故初期の段階で私たちが結核菌を駆逐できなかったかよ。普通なら医者にかかる前に何事もなかったかのように治ってるはずなんですが」

 

 永原先生が不思議そうに言う。

 

「おそらく、深刻な事態になるまでは強力な免疫は作用しないんではないですか?」

 

 あたしが疑問に対して推測で答える。

 

「いや、おそらく当時は今と比較にならないくらい結核菌が猛威を奮ってたせいよ。私達と言えど万能ではないわ。ま、でも今はいいわ。私たちは同じ病には2回とならない体質だから、今の私なら結核菌の塊を飲み干したとしても何も起こらないはずよ」

 

 比良さんの言う通りね。

 とんでもないことだけど、あたしたちはそういう体質のもとに生まれ変わったのよね。

 

「ええ、そのことは蓬莱先生の研究でも示されているものね。それよりも今はβ型の特徴についてが大事よ」

 

 そして、もう1つの可能性が浮かび上がると蓬莱教授は言ったそうだ。

 

「今開発されている従来型の蓬莱の薬ですが、あれを発展させればβ型の人も早期に完治させる特効薬になり得ると言うことです」

 

 つまり、蓬莱教授によれば一時的に体内にα型を取り入れることで、修復を早めることができる可能性があるのだと言う。

 

「とはいえ、リスクに見合うとは思えません。仮にβ型だとしても、少しだけ待てばいいだけですから」

 

 蓬莱教授の特効薬案に対して、比良さんは即座に否定的な感想を述べる。

 これはあたしも同意見ね。

 

 

「せやなあ、あの薬で遺伝子おかしゅーなったら元も子もあらへんし」

 

「うんうん、あくまでも私たちは理想でなきゃいけないわ」

 

「結核も癌も恐れるに足らずよね」

 

 

 他の会員たちも、概ね、比良さんに賛成の様子で、同じくβ型の当事者である歩美さんも頷いていた。

 

「それでですね、そもそも今回皆さんを呼んだのはですね、蓬莱先生の発表したこの事実を、どう公表していくか? あるいは黙ったままでいるのか? ということなんです。というのも、今のところ第3第4の型がある可能性も否定できませんし、確かに研究の完成には近付きましたが、蓬莱先生自身まだいくつも関門があるとおっしゃっています」

 

「うーん、いずればれるでしょうから、今思いきってすべて公表してしまうのはどうですか?」

 

「ええ、確かに、この事を公表することによる私たちのデメリットも見受けられませんね」

 

 比良さんと余呉さんが相次いで公表への賛意を示す。今回はあたしも同意見だわ。

 

「あたしも、今回の出来事は、新しい薬を作った時の記者会見と同時に、公表していいと思います」

 

 とはいえ、どういうタイミングで行うかはまだ未定よね。

 

「あら? 今回は珍しく皆さん意見一致ね」

 

 永原先生が感心している。

 というのも、今までは、重要議題においてしばしば比良さんと余呉さんを中心とした保守的な江戸派と、永原先生やあたしを中心とした革新派との間で、派閥対立のような状態になることも多かった。

 まあもちろん、私生活や他の議題では仲は悪くないし、実際に交流イベントなどでは違った一面が見られて楽しかったし、やっぱり大人よりも大人な人だから、そういった所はキチンと分けて考えることが出来るのよね。

 

「ですが、もし公開するとしたら、私達がするにしろ蓬莱教授がするにしろ、『今回の壁を乗り越えても、更に幾重もの困難が予想されること』を強調するべきです」

 

 あたしは、1つ注文をつける。

 そう、蓬莱教授の宣伝部が、まだ未完成な上に、あたしの広報部も実績らしい実績といえば「明日の会」の征伐ぐらいで、名実ともに貧弱なのは否めない。

 なので、今回はあたしも、慎重を期すべきだと判断した。

 

「比良さんと余呉さんはどう思います?」

 

「全く、篠原さんに賛成ね」

 

「ええ、私も同じく」

 

 比良さんと余呉さんが、相次いで賛成してくれて、どうやら他の会員さんも賛成をしてくれたみたい。

 

「それでは、今回の情報はしばらくは極秘でお願いします……蓬莱教授と調整することにしましょう。では次の議題です、四国で新しい患者が発生しましたが、カリキュラムの成績はどうでしょうか?」

 

「はい」

 

 中国・四国地域を管轄する支部長さんが立ち上がり、経過報告に入った。

 新しい患者さんは、概ね成績良好。ただし昨今の患者の中では中の下といったところだと言う。

 

「言動面にかなり男が残っていますが、おそらくこの成績なら今回も自殺には至らないと思います。後は、はい。女の子の日が来てからが問題になるでしょうが、楽観材料があります。私服に関してですが、毎日スカートを穿くようになったという報告が上がっていますので、まず心配は要らないでしょう」

 

「分かりました」

 

 支部長さんの報告に、永原先生もほっと胸を撫で下ろす。

 特に毎日スカートを穿くようになったというのは、いい材料よね。

 

 

「良かったわ」

 

「にしても最近の人は本当にみんな優秀だわ。もう毎日スカートを穿くようになるなんて」

 

「篠原さんが来なかったらどうなってたかしらね?」

 

「ホンマに、篠原はんが来てから環境が変わったで」

 

 

 周囲の会員さんたちも、今回の患者さんへの賛辞を惜しまない。

 これでもこれだけの賛辞があるなら、あたしが女の子になったばかりの頃、永原先生の報告を聞いた会員さんたちは、どんな反応をしたのかしら?

 それにしても、患者さんたちの実年齢を考えれば、普通こういうのは「最近の若いものは」という感じになりがちだけど、やっぱりみんな男から少女に変わって、そして少女のまま不老になったことや、誰の目にも明らかに優秀な患者が増えたら、そんな風に思う気にもなれないものね。

 

「ともあれ、自殺防止のための『最後の関門』とも言える『女の子の日』に向けて、全力で支援していきます」

 

「分かりました。警戒を怠らないように、教育をお願いします」

 

「はい」

 

 永原先生が軽く労って今回の議題も終了する。

 あたしは、TS病そのものはもちろん、協会が世間の知名度を格段に上げたことも、透明性に繋がってあたしたちに対する信用が高まったのも、自殺率の低下に貢献していると考えている。

 

 あたしが正会員になったばかりの幸子さんへの対応の頃は、会員たちにも「成績不良」と烙印を押された患者に対するあきらめムードが広がっていた。

 その頃とは違い、今では新しい患者への救済の気力も各々高まっているのがはっきりと分かる。

 自殺率が減少したために、初期患者の死が身近でなくなり、元々不老だったのも相まって、命がぐっと重くなったお影と言えるわね。

 

「では、本日の会議はここで終了します。後は各自で2次会等を開いてください。解散」

 

 永原先生の解散の声と共に各自が一斉に席を立つ。

 あたしは今回の功労者に向けて足を向ける。

 

「お疲れ様、歩美さん」

 

「はい優子さんもお疲れ様です」

 

「大学生活は大丈夫? もう慣れたかしら?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 歩美さんは、家と本部が比較的近いため、協会の会議には積極的に参加してくれていて、また通学も逆方向なので、座りながら悠々自適だと言う。

 

「それはよかったわ」

 

「それよりも優子さんこそ、大学生活は大丈夫なんですか?」

 

「え、ええ」

 

 歩美さんから逆に指摘されるとは思ってなくて、あたしも一瞬驚いてしまう。

 確かに、むしろ体力に劣るあたしの方が問題かもしれないわね。

 

「私なら大丈夫ですよ。普段から元気ですから」

 

 確かに歩美さんは、普段からあまり大学生活に疲れた様子はない。

 どうやら、あたしの心配は無用みたいね。

 

「じゃあ、あたしは浩介くんも待ってるし、帰るわね」

 

「お疲れ様でした」

 

 あたしは、軽く会釈して歩美さんと別れ、他の正会員さんたちとも挨拶しつつ、協会の本部を後にして家路についた。

 

 

 その夜、蓬莱教授からあたしたち協会に向けて、「今度の記者会見は8月の東京五輪の直前に行う。オリンピックが始まってしまえば、世間の関心はしばらくそちらに向かう。300歳の薬をこれ以上引き伸ばすのも難しいが、やはり今は正面切って反対派と対決するにはリスクがある。また、優子さんの提示した条件は、何もなければこちらから考えていたことなので歓迎する」との連絡があった。

 これを受けて、協会でも2つのメカニズムについての公表は蓬莱教授に任せるということになった。

 また、その連絡から程なくして、「東京五輪のチケットを入手した。俺たちで貴賓席だ。やはりビリオネアの資産とは素晴らしいものだ」という連絡まであった。

 つまりあたしたちは、蓬莱教授から東京五輪への観戦に誘われたということになる。

 あたしは浩介くんと義両親とも相談の上、蓬莱教授の誘いに乗って、東京五輪に行ってみることになった。

 

 ともあれこれで、ゴールデンウィークから東京五輪まで、予定が埋まったわね。

 ゴールデンウィークが終わったら、7月に期末試験があり、8月の五輪前に蓬莱教授の会見、そして蓬莱教授と共に五輪を観戦し、大学は後期に入る。

 

 まずは来週のゴールデンウィーク、あたしたちは初めて4人揃っての家族旅行に行くことになったから、それを存分に楽しまなきゃいけないわね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。