永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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初めての家族旅行 1日目 ダム湖畔の温泉

「優子ー! そろそろ行くわよー!」

 

「はーい!」

 

 5月1日金曜日、大学から帰ってきたばかりのあたしは、慌ただしく昨日までにまとめておいた荷物を持って玄関に向かう。

 実は今日を含めて2泊3日でゴールデンウィークの旅行に出かけることになっているのだ。

 

 そしてその場所として選ばれたのは、新潟県だった。

 と言っても、実は今日は移動に専念することになる。

 

 ところで、かの有名な「トンネルを越えるとそこは雪国だった」のトンネルとは、群馬県と新潟県の間にあるトンネルだという。今そこには鉄道だけで3つのトンネルがあるという。

 今日はともあれ、その手前の群馬側に宿をとってあり、明日にここを越えて新潟を探訪し、明後日に帰ってくるという算段となっている。

 あらかじめ買った乗車券としては新潟市内までの往復乗車券に加えて、渋川駅から吾妻線分の往復乗車券が購入されている。

 また途中でも、寄り道を行う予定があるという。というのも、お義母さんはあたしに楽しみにして欲しいという意味で旅行の詳細を教えてくれなかった。

 

「よし、じゃあ駅に行くわね」

 

「おう」

 

 お義母さんが先頭に立ち、あたしたちが続く。

 あたしたちは、今回この連休を2泊3日の小旅行としたのは、いわゆる大混雑を避けるため。実際に、行きは新幹線を使わずに、在来線を予定しているし、3日目の5月3日は日曜日で、実際にはまだ後ろに複数の休日が残っているので帰宅ラッシュは遅れるはずと読んだ。

 その隙に帰宅してしまおうと言う作戦でもある。

 

「まもなく──」

 

 そしてアナウンスと共に電車が入る。

 この電車ももう、すっかりお馴染みになった。最近では、協会本部などに行くときに実家の最寄り駅を通るけど、実家のことを意識することも少なくなった。

 3か月前にあったバレンタインデーを見たら、実家の両親に対する心配ももう無用だと言うことに、あたしは気付いた。

 

「次は──」

 

「優子ちゃん、降りるわよ」

 

「はーい」

 

 切符のルールの関係上、東京都区内にある駅からならば、どこから乗ってもいいことになっている。

 なのであたしたちは、東京駅ではなく、沿線と山手線との乗換駅で乗車券を使い始めることになった。これは新婚旅行の時もほぼ同様だった。

 

「みんな、切符はちゃんと持ったわね」

 

「お母さん分かってるから」

 

 やや過保護気味なお義母さんに対して、お義父さんが抗議をする。

 

「あ、うん分かったわ。さ、行きましょう」

 

 ともあれ、幸いにしてこの駅からは高崎線に直通する列車がたくさんある。

 あたしたちは、迷うことなくホーム中央のグリーン券を販売し、ICカードに入れる機械に並んで、大きな荷物のこともあるのでグリーン券を購入した。

 

「荷物があるから平屋席にしよう」

 

「え? どうして?」

 

 浩介くんの提案に、お義母さんが首をかしげる。

 

「あーうん、グリーン車のうち、端の平屋の部分だけ荷物置き場があるのよ」

 

 新婚旅行の時の知識が、今になって役に立ったわね。

 

「なるほど」

 

 やがて電車が入線する、あたしたちは正しい行き先かをもう一度確認してから中に入る。

 幸い時間帯も中途半端なので、電車の中は混んでおらず、あたしたちは容易に4人席をゲットした。

 席は回転せず、あたしたちは独立して2人ずつ座った。

 

「この電車は──」

 

 車内アナウンスを聞き、あたしたちはようやく一息つくことができた。

 

「でね、あなた」

 

「うん」

 

 平屋部分は狭くて不人気なのか、あたしたち以外にお客さんがいなくて、貸切状態になった。

 なので、あたしも義両親も、それぞれ世間話に高じている。

 

「蓬莱教授のオリンピックだけど、どんな服がいいかしら?」

 

「そうだなあ。いつも通りでいいんじゃねえか?」

 

 浩介くんは軽い感じで言う。

 

「いやその、あたしは顔が割れてるじゃない? 蓬莱教授の隣に座ると、テレビやスクリーンに写っちゃわないかなって?」

 

「あー、そうかあ。優子ちゃん、世界中に知られてるもんなあ」

 

 とはいえ、ほとぼりは冷めていると思うけど。

 

「あたし、オリンピックの時には20歳になるでしょ? でも、諸外国の知らない人からすれば、14、5歳じゃない? 若く来てもらえるのは嬉しいけど、さすがに変に見られないかしら?」

 

「まあ、俺だって似たようなものだろ」

 

 浩介くんはあくまでも軽く捉えている。

 

「うーん、それなら大丈夫かな?」

 

「優子ちゃん、優子ちゃんが幼く見せたいことは知ってるし、それなら世間が何と言おうが堂々とすればいいじゃねえか」

 

 浩介くんがあたしを励ましてくれる。

 

「う、うん」

 

 あたしは、これから蓬莱教授の研究に協力するに当たって、間違いなく世界、いや、欧米の視線に晒されることになる。

 今回の五輪も、蓬莱教授の連れという形で、瀬田助教や永原先生、山科さんと一緒に参加することになっている。

 全身全霊で男に媚び続けていたあたしたちだけど、欧米の、特に白人女性たちの間では、「自分を押し殺している」と、全くの誤解とはいえ、評判がすこぶる悪いという情報は知っていた。

 

「外の連中の反応なんざどうでもいいだろ? 優子ちゃんには、幼かった日々がなかったんだぞ」

 

「うん」

 

 ともあれ、オリンピックの会場は、炎天下が予想されるから、涼しい格好で行きたいわね。

 まあ、なるようになるかしら?

 

「それによ、連れのこと気にすんなら、永原先生はどうなるってんだ? 502歳だぜ」

 

「あ、そうだったわね。あはは……」

 

 浩介くんの指摘は最もだ。

 あたしよりもずっと幼く見えて、日本人の間でも女子中学生みたいな見られ方もする永原先生なんて、その見た目に反して人類最年長、しかも2番目の人と比べても倍以上生きているじゃないの。

 それを考えたら、何の問題もないわね。

 

「それに、こう言ってやればいい。『君たちは『日本人が幼く若く見える』ということは、『それを踏まえたら』日本人からは君たちはどう見られていると思う?』ってな」

 

「あはは。じゃあ、今度の反論はそれで行くわ」

 

 浩介くんが、とてもいい指摘をしてくれる。

 そうよね、女が若くなんて当たり前のこと。ましてや愛する旦那さんに喜んでもらえるもの。

 気にする必要はないわね。

 

 実はここ最近、フェミニストが地下に潜って、メディアを使ってあたしたちへの攻撃を散発的に繰り返している。

 それは、例えばあたしたちのように男好みする女性を全力で排撃する評論だけど、既にテンプレになっていて、どうやらどうしてもあたしたちの価値観が女性に広まるのをよしとしないらしい。

 

 協会はもちろん、これに一つ一つ、今までのテンプレ通りに反論している。

 

「それに、例えば優子ちゃんはダイエットしてねえじゃん。他の女性ならダイエットしそうな体格なのに」

 

「えへへ、だって、ちょっとお腹に肉がある方が男好みじない?」

 

 実はあたし、結婚してから少しだけ体重が増えて50後半になっている。

 だけども、男好みのふっくら丸みを帯びた、「妊娠させたい」と思わせる体格になるためには、身長にもよるけど50後半から60程度がちょうどよかったりもすることがわかった。

 とにかくウエストに肉がないと、男はときめかない。このことを知っているか知ってないかで、女性の価値観は大きく変わってくる。

 

「うん、龍香ちゃんも、ダイエット止められたものね」

 

 龍香ちゃんは、少し体重が増えてしまったと、ダイエットしようとしたら、彼氏に止められてしまったそうだ。

 それはもちろん、龍香ちゃんの体格が、男から見たら、痩せていないからに他ならない。

 

「やっぱり、むっちりしてる方がいいよなあ」

 

「うん」

 

 もちろん龍香ちゃんも彼氏にそう言われたら、素直にダイエットは止めたらしい。

 ここで、「自己満足」を優先させてダイエットを続けていると、みんなが不幸になってしまう。

 

「それにさ、ダイエットしちゃうと、おっぱい、小さくなっちゃうじゃない?」

 

 浩介くんが直球的に言う。

 そういえば、最近ちょっとだけブラジャーきついかしら?

 

「あはは、確かに体脂肪率落としちゃいけないよね」

 

 胸に脂肪を集めないと、男好みになれないものね。

 

「後はほら、ダイエットってストレスになるじゃん? 不機嫌な彼女は嫌だし、一緒に色々なもの食べたいもの」

 

「あはは、言えてるわ」

 

 浩介くんとは、男女の価値観の違いでよく話が合う。

 それは、あたしの中に残った「優一の知識」のお陰もでもあるのよね。

 

「もちろん、デブじゃダメだよ。でも、女の子らしい丸みを帯びた体を持ってて、お腹にぷにぷに感がなかったら、赤ちゃん育てられねえじゃん」

 

「うん」

 

 さすがに、60をオーバーしちゃったら体重を少し減らそうとは思うけどね。あ、でも浩介くんがいいならそれでいいかも? まあいいわ。

 

 電車が東京駅から遠くなるに連れ、お客さんの数も減っていき、車窓も郊外へと移っていく。それに伴い、ますますこのグリーン車も閑散としている。

 時折、グリーン車のアテンダントさんが車内販売として巡回してくる程度で、あたしたちは静かな時間を過ごすことができた。

 

「次は、終点高崎、高崎です。新幹線──」

 

「降りるわよ」

 

「ああ」

 

 浩介くんと雑談に講じていたら、あっという間に終点の高崎駅に到着する。

 この駅は群馬県の交通の要衝で、新幹線もここから上越新幹線と北陸新幹線に別れている。

 

「こっちよ」

 

 あたしたちは、グリーン車を降りる。

 今夜は素泊まりの宿なので駅構内のコンビニで夕食を買うことにする。

 

「お弁当一杯あるね」

 

「ああ、コンビニ弁当って、結構食材費かかってるんだってな」

 

 浩介くんが弁当を見ながら言う。

 

「あーうん、意外に高級なの使ったりするもんね」

 

 一方で、廃棄になっちゃう食料も多いから、社会問題でもあるわよね。

 

「よし、俺はこれ」

 

「あたしはこっち」

 

 それぞれ買うべきお弁当を決めたら、母さんが代表してお弁当を買ってくれる。

 

「さ、吾妻線はこっちよ」

 

 母さんの誘導と共に、あたしたちは別のホームを目指す。

 吾妻線の電車には、比較的古い車両が充てられているて、どことなく懐かしい雰囲気だった。

 あたしたちは、先程と同じように、2列の座席で2×2になる。

 

「この電車は吾妻線、万座・鹿沢口行きです。行き先にご注意下さい」

 

 渋川までは上越線と同じ線路を走り、そこから草津方面へと進むことになっている。

 高崎駅まではともかく、そこから先は本数も少ないから乗り過ごしや誤乗は致命的になる。

 

「優子ちゃん、明日は遅れないように注意してね」

 

「うん、分かったわ」

 

 明日は比較的、朝早く起きることになっている。

 というのも、先ほどあった「国境の長いトンネル」という区間に、本数が少ないからだと言う。

 

「昔から、群馬と新潟の県境は難所だったのよね」

 

「そうらしいな」

 

 永原先生の知識がなくても、あそこが負担なことは分かる。

 ともあれ、今は目的地まで行ってしまおう。

 

「まもなく発車します。ご乗車のままでお待ちください」

 

 車掌さんの声と共に、列車の発車放送が流れ、ドアが閉まって発車する。

 

「お待たせいたしました。この列車は吾妻線、万座・鹿沢口行きです。この先高崎問屋町、井野、新前橋の順に、終点万座・鹿沢口まで各駅に止まります──」

 

「次は高崎問屋町です」

 

 車掌さんの放送が終わる。いつものように、列車の編成数や、車内禁煙のことや、トイレの位置といった案内や、主要駅の到着時刻だった。

 

 電車は新前橋駅で両毛線と別れ、渋川駅で上越線と別れる。

 そして、温泉と名のつく駅を含め、10数駅を経て、あたしたちは目的地の温泉駅にたどり着いた。

 駅舎はかなり近代的で新しいけど、降りたのはあたしたちだけだった。

 山の中に入ったので、5月と言ってもまだ寒さが残っている。

 

「すごいなあ、ここは」

 

 眼下には、巨大なダムの水が見えて、とても壮観だわ。

 そのダムの上にあるのが、今回泊まる温泉旅館ということになっている。比較的新しくできた温泉旅館で、ダムの景色を売りにした旅館だと言う。

 でもチェックインの時間まではまだ余裕があるので、あたしたちは資料館に立ち寄ることになっている。

 

「懐かしいわね、八ッ場ダム」

 

「え!?」

 

 お義母さんが不思議なことを言う。

 懐かしいってどう言うことだろう? だって、ダムは最近出来たばかりだったのに。

 

「このダムはね、昔一悶着も二悶着もあったのよ。優子は生まれてないか、子供の頃だから覚えてないとは思うけどね」

 

「政治に翻弄されたんだよ。このダムは」

 

 義両親がこのダムについて解説してくれる。

 まあともあれ、資料館を見れば大丈夫かな?

 

「ふう」

 

「結構歩いたわ、あたしもうヘトヘトだわ」

 

「優子ちゃん、大丈夫?」

 

 息を切らせたあたしを、浩介くんが心配してくれる。

 

「ちょっとだめかも」

 

 浩介くんも片手が荷物で塞がってるから、「おんぶして」とは言えないわ。

 

「うん、私も少し疲れたし、休もうかしら?」

 

 と言っても、ベンチがあるわけではない。

 道路の脇に寄りかかって休むだけ。フェンスは堅牢で新しいけど、少しだけ緊張する。

 

「ふう」

 

 あたしは、荷物の中から水を取り出して飲む。

 

「優子ちゃん、荷物持ってあげるよ」

 

「うん、ありがとう浩介くん」

 

 ああ、もう本当に素敵だわ。あたしの旦那は。

 

「さ、もうすぐよ。道の駅も兼ねてるから、到着すればゆっくり休めるわ」

 

「あ、ああ」

 

 あたしたちは、駅から歩いてしばらくし、それほどまで時間のかからずに目的地の資料館に入ることができた。

 それにしても、結構歩いたわね。どうも車で来るお客さんも多いらしくて、資料館と道の駅の中は、結構な人数で賑わっていた。

 

「今夜泊まる温泉だって、元々はダムの底にあったのよ」

 

「え!? そうだったの!?」

 

 お義母さんがさらりと衝撃的な事実を話す。

 なるほど、温泉がダムに沈むとなれば、穏やかじゃないわね。政治的な問題にもなるはずだわ。

 

 ともあれ、あたしたちは郷土資料館の前の映像を見てみることにした。

ちょうど、八ッ場ダムに関する歴史を、放映してくれているみたいね。

 

「八ッ場ダムが出来るきっかけは、今から約70年前に起こったカスリーン台風です。この台風で、利根川の堤防は悉くが決壊し、下流が壊滅的な被害を受け、数多くの死者を出しました」

 

 カスリーン台風、あたしたちの両親が生まれる前の古い映像で、増水した川を泳ぐ人や、流された屋根の上で途方にくれている人などが写し出されていた。

 そう、当時は今と比べて、治水もろくに施されていなかった。いや、今だって最近でも堤防が決壊することはあるもの。

 

「うわあ……」

 

 当時の映像を見た浩介くんが驚いた表情で言う。

 更に、ダムを作ればある程度水を蓄えることが出来るため水不足に強くなる他、水力発電所としても期待できると言う。

 

「ところが、ダムの水没区域に含まれる住民の間では、賛成派と反対派で真っぷたつになり、地域は大きく割れました」

 

 資料館の映像では、当時の「ダム建設反対」運動の様子も流れていて、かなり騒々しいことになっているわね。

 そしてその後、多くの政治的駆け引きがありつつも、一旦はダム建設でまとまった様子が紹介されていた。

 ところが、2009年にそれまでの野党が政権を取って、再び政争の具となってしまったと言う。そういえば、あたしたちが幼い子供の頃、「政権交代」の話があったっけ?

 その2年後には東日本大震災による電力危機が起きたことで、水力発電所として使える八ッ場ダムは、一気に全国の世論も容認に傾いたと言う。

 

「新しいダムの建設に向け、新しい橋を初め、様々な建造物が出来、ついに今年2020年、ダムは完成し、70年越しの悲願が達成されました」

 

 映像はここで終わっている。

 

「さ、行きましょう」

 

「ああ」

 

 あたしたちは、更に奥の部屋に行く。

 そこには、ダムに沈む前の集落の様子や、今のダムのミニチュアなどが飾られていた。

 

「なるほどねえ」

 

「沈む前に入りたかったな」

 

 義両親は展示資料を関心高そうに見ている。

 沈む前の温泉は、源頼朝の時代からの歴史の流れを組んでいて、永原先生が生まれる更に300年前からの歴史があった。

 今の源泉は、ダムに沈む前とは違う所から引っ張っているらしい。

 

「でも、今年はダムが完成したってことで、観光客はそれなりに多いかもしれないわよ」

 

「ああ、何だかんだで話題になったもんな」

 

 義両親は、当時の話で盛り上がっている。

 あたしたちは、生まれてなかったわけではないけど、小学生の頃の話だったから、記憶に古くて薄い。

 どちらにしても、今のあたしたちにとっては、目の前のダムが見事なことには代わりはなかった。

 

「さ、今日の旅館に行きましょうか」

 

「ええ」

 

 あたしたちは、一通り資料館を見終わって、今日の最終目的地に向かうことにした。


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