永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
土合駅では何人かの登山客などが降りたが、こちらの薄暗い美佐島駅で降りたのは、あたしたちだけだった。
一番前の運転士さんの立ち会いのもと、六日町駅からの運賃を大人3人分支払ってあたしたちは駅のホームに出る。
「うー、やっぱりひんやりしてるわね」
トンネル内独特の薄暗いひんやりとした空間の中に、駅名標が薄っすらと見えるのは、さっきの土合駅と同じ。
その駅名標には「美佐島」とある。
そして、出口と思しき扉も見える。
お義母さんが扉に近付くと、「ピシューン」という、冷気の伴った高い金属音のような音と共に扉が開く。
「優子ちゃん、早く出ないと怒られちゃうわよ」
「あ、はーい」
あたしは言われるがままについていく。怒られちゃうってどういうことだろう? まあいいわ。
そこを出ると、物々しい雰囲気の中、まるで地下のシェルターのような雰囲気が広がっていた。
電光掲示板には「電車が到着するまで扉は開きません」と表示されていた。
扉から出てすぐの真ん前には、ベンチが置かれていた。
更に奥側には、もう一つ、先ほどと同じような重厚な扉が広がっている。
その奥の左側の扉は開いていて、恐らく待合室になっているものと思われるけど、不審な音もして不気味だわ。
それにしても、「扉を閉めないでください」というのは面白いわね。逆の注意書ならいくらでもあるのに。
ともあれ、まずはそこに入ってみようかしら?
「ここはこうなってるのね」
中には美佐島駅周辺の観光案内がある。
美術館がある他には、宗教家の生誕地でもあるらしいわね。
「これが音の正体ね」
どうやら、この待合室はトンネルの湿度を逃がすために除湿器を常時稼働中らしい。
また、ほくほく線への意見を書いた張り紙や、駅スタンプも置かれていた。
あたしたちも、折角なので持ってきた手帳にスタンプを押していく。
「さ、行きましょう」
「ええ」
スタンプを押し終わったら、あたしたちは、もう1つの重厚な扉を潜り抜け、外に出る。
扉の前には「ホームのドアが空いている時にはこのドアは開きません」とある。
つまり電車が来るときには、既にこの空間にいないといけないというわけね。
そして目に飛び込んできたのは、土合駅よりも格段に段数は少ないけど、踊り場も少なく、少し急峻な階段だった。
まずは義両親から階段を上っていく。
「優子ちゃん、先行っていいよ」
「え!?」
「レディーファーストって言うだろ?」
「もー、浩介ったら!」
浩介くん、さっき覗けなかったせいでついに義両親の目の前で堂々と破廉恥行為に及ぼうとしてしまうとは。
お義母さんもさすがに引いている。
「それにさ、俺ちょっと靴紐がほどけちゃって」
浩介くんが露骨に言い訳を取り繕う。
というか靴紐って、覗く気満々じゃないの。
「いいわよ。どうせパンツ見たいだけなんでしょ?」
「うぐっ、さすがは優子ちゃん……」
「いや、分からなかったらさすがにバカよ」
いかにも「何故分かった」みたいな演技をする浩介くんに、あたしは思わず突っ込みを入れてしまう。
「ちぇー、何か今日の優子ちゃん、ガード固いなあ……」
「当たり前でしょう。一応ここ、駅の中なのよ。それにまだ、太陽も沈んでないもの」
「うぐっ、そうだよな。まだ昼だものな。優子ちゃん、淑女のはずだわ」
その納得の仕方もあれだけど、浩介くんに何とか我慢してもらい、あたしは浩介くんの後ろで最後尾になる。
「浩介くん、もし触ったら痴漢よ痴漢」
「わ、分かってるって。でも夫婦だろ?」
浩介くんは、どうやらあまり反省してないらしいわね。
「もう、夫婦だからこそまずいのよ!」
「どうしてさ?」
「あ、あたしが興奮しすぎちゃって、大変だからに決まってるでしょ!」
そう、あたし自身の抑えが効かなくなってしまう恐れもある。
そうなってしまえばもう、ブレーキが効かない。確かにここは秘境だけど、それでも人間というものはいるわけだし。
「うっそうだよな。他の人もいる場所で、優子ちゃんのえっちな所は見せたくないな!」
浩介くんったら、急に独占欲丸出しになっちゃって。
まああたしもあたしで、独占欲はあるけどね。
「でしょ? その代わり2人きりになれる場所でね」
「お、おう」
淑女と娼婦は、よく使い分けないといけない。
どちらかだけでは、男の子を満足させることは出来ないもの。
「優子ちゃーん、浩介ー、こっち来てーすごいわよー」
「うん?」
階段を登り終えて右側から、お義母さんの声がする。
あたしがそっちの方向に進むと、そこは待合室だった。
「うお、すげえな」
待合室は全面畳の和室だった。
そして箪笥と食器棚、食器棚の方には湯飲みとコップまである。
「あら、手前と奥にストーブが2つあるわね」
雪国だから必須とは言え、2つもいるのかしら?
「ああ、そのくらい冬は寒いんだろう」
お義父さんがそう推測する。
まあ、雪国な上に山の中だものね。1つじゃ足りないくらい寒いこともあるのかもしれないわ。
まあ、とにかくここで休めそうね。
「よいしょっと」
あたしは、浩介くんの視線に警戒しつつ、ゆっくりと膝をついて、正面に足を伸ばす。
「むむう、優子ちゃん隙がない」
あたしは前屈みになって胸を守りつつ浩介くんをかわいく睨み付ける。
ちなみにお尻は壁につけてるので大丈夫なはず。
「あらあら、優子ちゃん。嫌がりすぎちゃうと、余計にしたくなっちゃうから注意してね」
お義母さんが、あたしに忠告をしてくれる。
「わ、分かってるわよ。あたしだって一応元男なんだから」
優一の知識でも、嫌がる声に余計に盛り上がる男というのはある。
まあ、あたしもあたしで、それ含めて計算しちゃったりしてるのよね。
だって、「本当に」の枕詞をつけてないもの。
「むむ、やっぱ優子ちゃんには男心見抜かれちゃうんだなあ」
浩介くんも、リラックスした表情で言う。もうセクハラはしなさそうね。
これでようやく、あたしもリラックスできそうね。
「じゃあ、私たちは駅の外を見てくるわ。くれぐれも公序良俗に反することはしないでね」
「「はーい」」
義両親が待合室を出ていく。確かに、外の景色は丸見えだから、浩介くんもあたしに近付いてこない。
「ねえ優子ちゃん」
「うん?」
「今日、トンネル駅多いよな」
確かに、普段利用する地下鉄とは全く性格の違うトンネル駅だと思う。
「ええ」
「やっぱり、永原先生のプランってすげえよな」
「ええ」
「さて、俺も待合室の外をみようと思うんだけど、優子ちゃんはどうする?」
「あーうん、あたしもそうするわ」
あたしは、カリキュラムでやったように、まず足を横にして、女の子座りになり、膝をうまく使ってゆっくりと立ち上がる。
この動作をしたのも、久しぶりね。
「ねえ優子ちゃん」
「うん?」
立ち上がって靴を履いていると、浩介くんがまた話しかけてくる。
「駅の中と外、どっちから見てみる?」
「うーん、じゃあ外からで」
「分かった」
あたしたちも、靴を履き直してから駅の外に出る。
駅舎は、小さな小屋のようなもので、義両親が道路の端に立って談笑していた。
「美佐島駅かあ」
駅舎の看板の案内では、この近くにハイキングコースもあるらしい。
でも、駅前には民家の一つ見えない。何故ここに駅を作ったのか、分からなくなってくるわ。
「家がねえのに駅なんか作ったんだなあ」
浩介くんがやや毒を含んだ物言いをする。
「多分、これのせいだと思うわ」
さっき地下で見た宗教の開祖と思われる人の生誕地が近いという。
でも確かに、美しい場所なのは確かで、永原先生が選ぶくらいだから、きっと鉄道マニアにも人気なのよね。
「にしても駅を作るったって立派すぎるだろこれ。この宗教の人を除けば、後はよく分からない美術館くらいだろ?」
「ええ、それにしても静かな場所ね」
道路の安全を確認しつつ、あたしたちは義両親に近づく。
「あら、優子ちゃんたちも来たの?」
「う、うん」
目の前には、雄大な大自然が広がっていた。
川のせせらぎの音も聞こえ、手付かずの自然という感じで、美しいわね。
「さ、そろそろ中に戻りましょう」
「うん」
あたしたちはもう一度駅の中に戻る。
「さて、中の展示を見たら、一旦地下に戻るわよ」
お義母さんが、時計を見てそんなことをつ夫役。
「え!? あんな辛気くさい所、乗る前でいいじゃない」
あたしは異議を唱える。
それに、階段上がる時にまた浩介くんに覗かれそうだし。
「ふふ、実はもうすぐ快速がこの駅を通過するわ」
「それがどうしたの?」
通過列車を見るってどういうことかしら?
「すごい迫力になるわよ。まあ、特急ほどじゃないけどね」
すごい迫力ねえ。
ともあれ、あたしたちはさっきの待合室を通りすぎて、展示スペースの方に進む。
「ここには、近隣の観光案内の他にも、近くの美術館の宣伝があるみたいね」
「ああ」
どうやら、件の美術館は、インド美術を専門に集めているらしい。
それにしても、いくら車社会の地方とはいえ、こんな駅の近くに美術館を開くって面白いわね。
まあ、仏教生誕の地だし、そういうものなのかな?
多分違うとは思うけど、とりあえずそういうことにして納得することにする。
あたしたちは、美術品をゆっくりと鑑賞し終わり、もう一度階段を降りて扉の前に立つ。
独特な金属音と共に、地上とは似ても似つかない物々しい雰囲気が流れている。
「何だか、のどかな地上を見た後だと、感慨が違うわね」
あたしたちが最初に通った扉の裏側は、経年劣化のためか、茶色く変色し、至るところで痛んでいた。
「やっぱ空かねえな」
「うん」
浩介くんが正面に立ってみるが、扉はうんともすんとも言わない。
また、タブレットがガラス越しに置かれていて、北越急行が平常通り運転していることを示唆していた。
電光掲示板も、しばらく電車が来ないことを示している。
やはり、かなり物々しいわね。
ドーミーソードー
「間もなく、下り電車が、高速で通過します。危ないですから、ホームに出ないでください。下り電車が高速で通過します。ご注意ください」
ドーミーソードー
「間もなく、下り電車が、高速で通過します。危ないですから、ホームに出ないでください。下り電車が高速で通過します。ご注意ください」
ソンランソンシンソンランソンシンソンランソンシン
「間もなく、高速で電車が通過します。大変危険です。ホームには絶対に出ないでください」
ソンランソンシンソンランソンシンソンランソンシン
「間もなく、高速で電車が通過します。大変危険です。ホームには絶対に出ないでください」
突然、女性の高い声と、物々しい琴のようなベル音が交互に響き渡る。
そもそも、出ることが出来ないわけだけどね。それにしてもホームに出たら危険なのは分かるけど、大げさな表現だわ。
ぴぃーーーうううううーーーーー!!!!!
扉から漏れた風切り音が、駅に響き渡る。
恐らく、トンネルの空気が押されて、こうなってるのね。
それにしても、まるで厳戒令みたいだわ。
そして、徐々に押された空気が轟音になっていく。
「間もなく、高速で電車が通過します。大変危険です。ホームには絶対に出ないでください」
ふぃいいいいいいーーー!!!
「……!!!」
それは一瞬の出来事だった。凄まじい轟音と、耳をつんざくような風切り音と共に電車が通過するのが見え、今度は待合室側から、トンネル側への隙間風が流れ続けた。
ふぃいいいいいいいーーーーーーっっ!!!
そして、ある時間を境に、風の音が一気に止んだ。
おそらく、列車がトンネルを出たんだと思う。
「昔はもっと、迫力があったのよ」
お義母さんの、永原先生譲りの講釈がまた始まった。
それによれば、現在のほくほく線は普通列車のみで、列車は最大でも2両編成の時速110キロで通過する。しかし以前は特急はくたかが150キロ程度の速度でこの駅を通過していたらしい。
以前永原先生に言われたように、通常在来線はブレーキの制約から130キロが限界だが、この路線には踏切がないために160キロの運転を許可された。アナウンスにある「高速で通過します」というのは、その名残だという。
「さ、これを見たらもう一度上に戻りましょう。ここからは自由行動とするわ。ただし、時間管理はしっかりするのよ」
「了解」
あたしたちを指揮するお義母さんの指示の下、各自思い思いに過ごすことになった。
あたしはもう一度駅の畳の待合室に戻り、入口付近にあったノートを読む。
日本全国から色々な人がこの駅に来ているらしく、おそらくその多くが鉄道マニアなのだろう。
「あれ? これ……?」
そんな中の1ページ、「久々にここに来た。変わりないようでよかった。はくたかがなくなって以降のことは苦しい経営になっているが、再黒字化を諦めないで、この駅をアピールして欲しい 平成29年5月4日 私立小谷学園教諭、日本性転換症候群協会会長より」と言う記述があった。
「これ、永原先生の?」
平成29年といえば、3年前のこと。5月4日、あたしが女の子になる直前の日付になっていた。
永原先生の名前は書いてないが、小谷学園の先生で更に日本性転換症候群協会会長と言えば、永原先生以外にあり得ない。
そうよね、今回の旅行も永原先生がプロデューサー役だもの、訪れていないわけないものね。それにしても、もしかしたら永原先生はこれを発見してほしくて、この駅をプロデュースしたのかもしれないわ。
「おや、優子ちゃんどうしたんだ?」
浩介くんが待合室のノートを見たあたしに気付いて近付いてくる。
「ねえ浩介くん、これ見て?」
あたしが、ノートのページを浩介くんに見せてみる。
「お、これ永原先生のか」
「うん、そうみたいね」
その後、あたしたちは2人で丁寧にノートを見て、この駅を訪れた人々の思いを見ていく。
ノートの中で一番最後の日付の最後のページの後ろの空白に「1家4人で来ました。すごい駅でした 2020年5月2日」と書き込みノートを閉じた。
それからすぐに「優子ちゃん、そろそろ行くわよ」というお義母さんの声がしたため、あたしたちは急いで地下の鉄の扉を潜り、除湿機が稼働する待合室に移動した。
「にしても、すげえ音だよなあ」
「うん」
ドアの開閉音は相変わらず冬の金属系の音を放っていた。
そして、ホームへの扉の前には下側の「電車が到着するまで扉は開きません」との表示が相変わらず輝いていた。
ドーミーソードー
「間もなく、上り電車が到着します。電車が到着するまで、ホームの扉は開きません。扉の前で、お待ち下さい。電車到着後、青ランプが点灯し、自動で開きますので、ホームに出て、ご乗車ください。上り電車が到着します、ご注意ください」
ドーミーソードー
「間もなく、上り電車が到着します。電車が到着するまで、ホームの扉は開きません。扉の前で、お待ち下さい。電車到着後、青ランプが点灯し、自動で開きますので、ホームに出て、ご乗車ください。上り電車が到着します、ご注意ください」
さっきと同じ呼び出し音とともに、女性のアナウンスが流れる。
ガッタン、ゴットン、フィーーー!
先程よりも格段に弱い風切り音と共に、停車する電車がゆっくりと入ってきた。
電車が停車すると、右横にあった黒い電光掲示板が、「電車が到着するまで扉は開きません」と言う表示から、下側の「電車が到着しましたので御乗車下さい」との表示に変わる。
扉の前に立つと、「ちゅおおお」という独特の表示とともに、電車の中で「入口」と書かれた扉を目指す。
扉の前のボタンを押し、「整理券をお取り下さい」と言う放送通り、あたしたちは4人で整理券を取る。
よく見ると、降りる人が数人いた。
ともあれ、ほくほく線の寄り道旅はここで終わり、あたしたちは再び六日町駅に戻ってきた。
「あたし、お腹空いたわ。そろそろ昼食にしましょうよ」
「うん、この先は特に立ち寄る所もないからそれがいいわね」
あたしたちは、六日町駅で精算して改札を出ると、東口から昼食のお店を探した。
本当は次の列車の時間も調べるべきなんだろうけど、ここから新潟なら間に合うだろうということで、そこまで気にしないことにした。
美佐島駅、10年以上訪れていません。なので当時の記憶が殆ど役に立たないです。
会社名は全て路線名に置き換えています。