永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
ゴールデンウィークが終われば、あたしは女の子として3年を迎えたことになる。
3年も迎えると、大抵の患者さんは女の子として一人立ちできる目安になる。
まああたしの場合は、半年でほとんど一人前といってよかったけど、ほぼ完全に男が消えたと思うのは、結婚してから。
それを考えればあたしでも2年近くを要したことになる。
歩美さんも大学生になって、最近天文サークルの男の子の1人に目を奪われてしまうことが増えているという。
歩美さんも、幸子さんと同じように、これから好きな男の子を見つけて、ますます女の子が磨かれていくのよね。
あたしたちは、日々を順調にすごし、蓬莱教授も500歳の薬を完成させたという。
「さて、っと」
浩介くんが、早速その薬を飲用している。
これで、浩介くんは寿命が200年延びることになる。
もちろん、桂子ちゃんと恵美ちゃんも同じ。
5月のこの時期、恵美ちゃんは日本全国のスポーツニュースを独占していた。
もちろん優勝には届かなかったが、全仏オープンでベスト4に入ったからだ。
恵美ちゃんは昨シーズンがほぼ下部大会だったのもあって、試合に出れば出るほどランキングが上がっているという。
恵美ちゃんの報告では「ドーピング検査は全て通っている」とのことだった。
まあ、当然と言えば当然よね。
「しかし、東京五輪、どうなるかね?」
「うーん、恵美ちゃんも間違いなく出られるとは思うけど」
恵美ちゃんによれば、「今のあたいにとって問題なのは怪我の心配だ」とのことだった。
確かに蓬莱の薬は不老の薬ということで、多少の身体能力は上がるものの、他のドーピング薬のように劇的に上昇するわけではないし、怪我をしにくくする薬でもない。
「にしたって、あいつ、すげえ上達したよな。あの時の俺じゃ、もう勝てねえだろ」
浩介くんが思い出すように言う。
「そうよね。でも、浩介くんならあの後数年も練習すれば女子の世界ランク1位より強くなると思うけど」
実際、テニスは比較的男女差の大きいスポーツで、特に上半身のパワーや体力と言う意味では、男女には相当な差があるらしい。
なので、浩介くんのように元々の身体能力が極めて高い男性が努力すれば、力と体力に任せたテニスをすれば女子の世界ランク1位に勝つことは難しくないらしい。
「だろうなあ。まあ、俺は蓬莱教授につくよ」
浩介くんがあっさりした口調で言う。
あのスカウトのことは、もう終わったこと。
「うん」
これからの予定としては、主に蓬莱教授の記者会見と、そうそう、週刊誌の記者を罠にはめるんだったわね。
さて、今日の蓬莱教授の講義が休講になっている。また、永原先生も出張で休みと言う連絡が入ってきた。
これはつまるところ、記者を罠にはめるための策略の結構日が、今日であると言うことである。
そのような策略に果たして週刊誌が引っ掛かるのかは分からない。
でも、やってみる価値はあるだろう。
「よし、今日も1日頑張るか」
問題なのは、むしろ休講になった時間の使い方かもしれない。
こういう時に、支給のPCはとても役に立つわね。
「そう言えば、優子ちゃん来月誕生日だっけ?」
「うん、20歳になるわね」
「そうすると成人式かあ」
浩介くんが小さく呟く。
来年の1月に成人式がある。
「面倒くさいわね」
「まあでも、同窓会の代わりになるだろ」
「あー、そうねえ……」
浩介くんがやや投げ槍気味にそんなことを言う。
同窓会の代わりねえ。3月にもしたけど、大学生まではともかく、社会人になってからは毎年同窓会とも行かなくなる。
まあ、協会の会員として、今後も付き合いがあればいいとは思うけど。
とにかく、あたしたちにはいつも通りの大学を過ごすことになった。
事態が動き出したのは、5月末だった。
行き帰りの電車の中にある週刊誌の中吊り広告が更新されたわけだけど、その中に「佐和山大学教授、ノーベル賞学者の熱愛疑惑、相手は小谷学園の教諭にして人類最高齢の女性」という文字を見つけた。
「浩介くん、どうやら週刊誌が引っ掛かったわね」
「ああ、メディアが色々問いかけてくるぞ」
「うん、注意しなきゃ」
佐和山大学に入ると、「蓬莱の研究棟」の前にテレビカメラが集まっていた。
あたしたちは、テレビカメラを避けつつ、大きく迂回した進路をとる。
何分あたしもあたしでそれなりに顔が割れている。触らぬ神に祟りなし、浩介くんが護衛についてくれているとは言え、無茶はできない。
ガラララ……
今日はあたしたちにも蓬莱教授の担当の講義がある。
ちなみに、護衛を使ってメディアの記者をシャットダウンしていた。
「さて講義を始めるぞ。始めに言っておくが、あの週刊誌の報道は捏造……というよりも全くの根拠のない妄想だ。知っての通り、俺はマスコミどもに追いかけ回されている。だからこそ、ちょっと罠にはめてやったのさ。何、心配はいらん。今夜にはあいつらは一泡吹くだろうさ」
蓬莱教授が冒頭そんなことを言いながら、早速講義が始まった。
学生たちは冷静で、講義もいつも通りだった。
一応、むやみやたらとカメラ向けられて激昂した学生が、何人かトラブルを起こしたらしいが、蓬莱教授が「マスコミが全面的に悪い」ということにして学生側には何のおとがめ無しになったらしい。
「「ただいまー」」
「あ、2人とも大丈夫だった?」
家に帰ってくると、お義母さんが早速心配してきた。
「ええ、大丈夫よ」
「ああ、カメラは向けられなかったぜ。まあ向けてたら俺がボコボコにしてやるけどな」
浩介くんが力こぶを見せつけてくる。
「ふふ、浩介くん頼もしいわ」
「まあとにかく、蓬莱教授のことだからこれも謀略の一貫だとは思うけど」
お義母さんにも、やはり予想はついていたらしい。
「ええそうよ」
あたしは、部屋に戻り早速テレビをつける。
ちなみに浩介くんは、久々に宣伝部の活動があるとのことで、別行動をとっている。
インターネットでは、既に蓬莱教授側が疑惑を否定する記者会見を開くことが決定されていて、手際のよさに「蓬莱教授が罠をしかけた」とする書き込みが殺到している。
もちろん、蓬莱教授の宣伝部としてもその事実が広まるのは、むしろ歓迎ということになっている。
インターネットでは、マスコミの評判がとても悪い。
そうしたマスコミが、個人に手玉に取られたとなれば痛快極まりない。
ちなみに、そのマスコミの写真によれば、同じホテルに出入りする2人の写真が掲載され、「仲睦まじそうな様子」と伝えている。
もちろん、わざとそうするように仕向けたのは明らかだけど。
「えー、今から、蓬莱教授が記者会見を開く模様です」
テレビのアナウンサーがそう叫ぶと、「Live」の文字と共に、記者会見場が写し出されている。
ちなみに、前の机には既に蓬莱教授が足を組みながら侮蔑の目で座っている。
恐らく、子供だましの小細工だったんだと思う。そんなものに引っ掛かるとは、もしかしたら蓬莱教授も予想外だったのかもしれないわね。
また、机にはPCがあって、正面にはプロジェクターもある。
これで、動画を流して、潔白を証明するつもりなのね。
「えーそれでは、記者会見を始めます」
司会者さんの発言と共に一斉にフラッシュがたかれ、蓬莱教授はマイクを取る。
「ごほんっあー、昨日発売の週刊誌、あれはなんだ!? ありもしない嘘をばらまきやがって! どこだ!? 出てこい!」
蓬莱教授は第一声、大きな声でマスコミを威圧する。
もちろん、誰も名乗り上げない。
「ふん、回答無しかこの臆病者め。まあいい、どうせいるんだろうから言っておく。お前たちのしたことは! 俺だけならばともかく、永原先生にも迷惑をかけた前代未聞の所業だ! 報道の名のもとに、人の権利を踏みにじることを全く厭わない社会の敵だ!」
蓬莱教授の大きな声に、記者たちのシャッター音もほとんど聞こえてこない。
「あーもちろん、報道倫理をきちんと理解されている記者が大多数なのは、俺もよく知っている。むしろ、こんな破廉恥なメディアと一緒にされる危険性ということを考えれば、俺以上の被害者といっても差し支えないだろう!」
蓬莱教授は、さわわ祭での演説の時よりも、更に演説的な口調で話す。
「ごほんっ、長々と申し訳ない。真面目に取り組んでいる記者の方々にとってみれば、この時間は完全に無駄な時間ということになる。ただ、俺の冒頭の発言だけを切り取って編集するようなマスコミがあれば、それはこの破廉恥週刊誌と同罪であることも、一応釘を指しておこう」
生中継になっているので、もちろんカット編集はできない。
蓬莱教授、本当に賢いわね。
「本題に入ろう。確かに俺と永原先生は、偶然あの場でばったりと出会った。永原先生は日本性転換症候群協会主催の講演会に、俺は学会での研究発表を行いに行ったものだ。ホテルが偶然同じだったのは事実だが、階数は違っていたし、お互いに部屋を行き来はしていない。出る時間が同じだったのも、ちょうどそのタイミングがお互いベストだったからにすぎない」
蓬莱教授がもっともらしい弁明をする。
もちろん、熱愛疑惑は全くの捏造だが、これらが週刊誌を罠にかけるために故意に仕掛けたのは事実だ。
「といっても、記者の皆さんには信用できないであろうから、昨日永原先生と出会う直前から、ホテルに出て永原先生と別れるまでの映像を提供しようと思う」
そう言うと、蓬莱教授はPCを操作し、前方の画面が写る。
「お前たち週刊誌が、無いこと無いことを書き立てたときのために、俺は常にこうして小型カメラを身に付けている」
蓬莱教授がそう言うと、路上が見えてくる。
ちょうど駅から出てしばらくしたところらしい。
「あれ、蓬莱先生!」
驚いた表情の永原先生が画面に写る。
「おや、永原先生、こんなところで会うとは奇遇ですな」
「ええ、私は協会の仕事で。蓬莱先生も大学の仕事ですか?」
横に並んで歩いているのか、永原先生の姿が見えなくなる。
「ああ、そんなところだ。TS病のメカニズムについて発表するんだ」
「確かテロメアが特殊って言ってましたよね?」
永原先生は、学会で発表した以上の情報、つまりTS病の遺伝子が2通りの機能があることをこの時には知っている。
つまり、この会話には台本があることが分かる。
「ええ、ところで……おや、ホテルが同じでしたか」
「あら、本当ね。奇遇だわ」
永原先生の表情は見えないが、横に並んでホテルに入っていく。
おそらく、この間を写真に撮ったのが、例の記事ということになるわけね。
そして、お互いにチェックインし、軽く挨拶をした後で蓬莱教授は自室へと入る。
「ここからはカメラは定点になる。早送りするからよーく見ててくれ」
蓬莱教授がそう言うと、カメラが早送りされる。
途中ホテルの風呂を作業するのと、鞄から夕食を取り出して食べ、学術誌を見て寝ているが、部屋から出ていない。
そして、深夜はひたすらに暗闇を写しており、もちろん誰かが来るというわけではない。
一気に蓬莱教授が加速を強め、朝起きて別の部屋に入り、別の部屋で着替えてスーツ姿になる。
そして荷物をまとめると小型カメラが再び装着され、ホテルの朝食ラウンジに進む。
「おや、永原先生、いらっしゃいましたか」
「これは蓬莱先生、何時からですか?」
「あー、俺は朝9時半にホールに行くんだ」
「あら? じゃあ方向は真逆ですけど、途中までは一緒になりますか?」
「そうなりますね」
永原先生と蓬莱教授の間には、極めて事務的な会話ばかりが続いていて、おおよそ週刊誌が言うような「熱愛」とはほど遠い状況が写し出されている。
「ふむ、さて、ではそろそろ行きますかな」
「ええ」
永原先生と蓬莱教授が、ホテルをチェックアウトし出ていく。
「それで、新しく遺伝子提供を申し出た患者はいますか?」
「いえ、今のところ、佐和山大学に入った1人が最後です」
歩美さんのことよね。
「そうですか。ですが、感謝しますよ。やはりサンプル数が1増えるだけでも、実験の進み具合は大違いですから」
「ありがとうございます」
そして途中まで同じ道を進み、やがてT字路に差し掛かる。
「では、俺はこちらを左ですので」
「ええ、またよろしくお願い致します」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
そして蓬莱教授が永原先生と別れ、1人で単独行動をとって数分で動画が終わる。
「以上が、この日に行われた本当の出来事だ。ところでもう一度その週刊誌の記者に聞くが、君たちはこれを見てどこに『熱愛疑惑』を感じたんだね?」
しかし、誰も手を挙げない。
もしかしたら、本当に来ていないのかもしれないわ。
「……答えなし、か。今回は俺が警戒心の強い人間だったからよかったものを、人のプライバシーをないがしろにしたあげく、あらぬ噂をたてるとは言語道断! 今後、俺に内緒でカメラを向けたり、尾行したりすることの一切を禁ずる!」
マスコミ関係者から、動揺の声が流れる。
たまらず1人の新聞記者が手をあげ、司会者さんからマイクを受けとる。
「あの、いったいどういう権利を持ってそんなことを言うんですか!? 我々には報道の自由が──」
「やかましい! 報道の自由のためなら嘘や名誉毀損を書いても許されると思っているのか!?」
発言を途中で遮り、蓬莱教授が大声で怒鳴り付ける。
「もし、了承できないとするなら、こちらとしても報復措置がある。その会社の関係者や子孫には、開発中の蓬莱の薬を、完成しても売ってやらんぞ!」
蓬莱教授が檄を飛ばすように言う。
「将来的に、この薬は大衆にも普及することになるだろう。ここで俺に嫌がらせすれば、どういう報復が待っているか? 我が身を考えたいなら、よーく考えることだな」
マスコミ関係者は、自分達だけ不老の薬を飲めないとなれば、当然いい顔はしない。
あたしたちは、以前蓬莱教授が「俺は米軍よりも強力なカードを持っている」と言っていたが、その意味がようやく分かる気がしたわ。
「いいか? 俺も永原先生も、大学や高校の先生という立場ではあるが、あくまでも私立の教員であって私人だ。公務員ではないと言うこと。忘れるなよ」
蓬莱教授の発言に、マスコミ関係者は、凍りついている。
ここまで動かぬ潔白の証拠を突きつけられてしまえば、どうすることもできない。
「それから、この記事を書いた週刊誌! まさかこの場にいないとか、聞いてないとは言わせんぞ! 昨日の記事の訂正と謝罪を、俺たちは要求する! 聞き入れない場合は裁判所で会おう! 俺からは以上だ」
そしてその後、蓬莱教授へマスコミからの質問コーナーに移る訳だけど、蓬莱教授が、もはや私人でありながら、国家以上の権力者になっていたという事実にすっかり萎縮してしまったのか、誰も質問者として手をあげなかった。
それからまもなく、中継はスタジオに戻った。
あたしは、インターネットの反応を見る。
そこには週刊誌に対する嘲笑いの声がこだましていた。
「完全に謀略にはまってやんの! 蓬莱教授GJ」
「裏をろくに取らないとか、もう完全に終わったな」
「最も偉大なノーベル賞学者に喧嘩売るとかマスゴミ調子乗りすぎだろ」
「にしても、蓬莱の薬売ってやらないとは考えたな」
「もう日本やアメリカなんかより蓬莱教授の方が強い。アメリカは今すぐ蓬莱教授個人と友好条約を結ぶべき」
そうした声に混ざって、蓬莱教授がもはや国家以上に強い存在になっているということを示唆している書き込みも多く見受けられた。
とは言え、政府が動くのはまだ先だとあたしたちは考えている。
さすがに完成が現実のものになり始めたら、政府もそれなりに考え始めるとは思うけど。
「ふう」
あたしは、多忙であろう浩介くんには声をかけず、インターネットの反応を観察し続けた。
やはり、マスコミというのはインターネットでは「悪の権化」という扱いのため、騙し討ちにした蓬莱教授を正義視する声が響き渡っていた。
一方で、マスコミを擁護する声には、容赦ない罵倒が投げつけられてもいた。
「優子ちゃーん! ご飯よー!」
「はーい」
お義母さんの声と共に、あたしは日常へと引き戻されていった。
お義母さんは、これを蓬莱教授が仕組んだことをすぐに見抜いたけど、まあ仮にそうだとしても、ありもしないことを勝手に憶測で書いた時点で、週刊誌側の立場は相当に苦しいことは確かだった。
「この度は、蓬莱教授並びに永原様に大変なご迷惑をお掛け致しましたこと、深くお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」
パシャッ、パシャパシャパシャパシャ
翌日、週刊誌側の対応は早かった。
社長、編集長、そして当該記事を書いた記者の3人が記者会見を開き、記事の捏造を全面的に認め、謝罪を表明したのだった。
また、週刊誌のホームページにもトップに今回の不祥事を深くお詫びする文章を記載し始めた。
それは、蓬莱教授とマスコミの力関係が、明確に開いてきた証拠でもあった。
そう、そもそも「蓬莱の薬」は、老化の病気を抑制できないとしても、数多くの難病を消してくれる夢の薬には違いない、もし蓬莱教授の機嫌を損ねればそこの会社の社員というだけで、薬を融通してもらえなくなってしまう。
諸外国や他の研究期間は、そもそもTS病患者の遺伝子を手に入れることができず、完全に蓬莱教授がこの分野の研究を独占していた。
もちろん、他の研究機関が追試する必要はあるけど、TS病患者の遺伝子が絡むため、蓬莱教授以外の研究機関は、TS病に関する研究さえ難しくなっている。
そのため、結局蓬莱教授がこの分野では独壇場になっている。
つまり、もしある組織が蓬莱教授に将来薬を融通してもらえないとなれば、それだけでその組織の存続さえ危うくなってしまう。
やはりみんな、不老というものは「なりたいもの」だからだ。
そして案の定、翌週発売の週刊誌にも、捏造報道を深くお詫びする謝罪文が長々と掲載された。
今回は完全な捏造報道のため、他の記者たちもやはり週刊誌を非難している。海外のメディアまでは見てないけど、浩介くんによれば「今のところは問題ない」そうだ。
さて、あたしたちもあたしたちで、前期期末試験に備えないといけないわね。頑張らなくちゃ。