永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「優子ちゃん、準備できた?」
「うん、できたわよ」
今日は蓬莱教授のつてで皆で東京五輪を見に行く日。
オリンピックは日本選手団が活躍した種目もあったし、一方で期待はずれに終わった種目もある。
日本選手団だけではなく、注目を集めていた外国人選手にも、様々なドラマが生まれていた。
盛大な開会式から、東京の街は短い熱狂に包まれていた。一方で、あたしはこの日が生理痛と重なりそうで冷や冷やしたけど、昨日の時点で既に済ませてしまったので、なんとか行けそうでよかったわ。
もちろんテニス競技も進んでいて、恵美ちゃんはほとんど危なげなく勝ち進んでいる。
恵美ちゃんの報告では、「蓬莱教授の薬を飲んでから、信じられないくらい身体能力が延びている。ドーピング検査も真っ白だし特に学習能力が上がった気がする」とのことだった。
ちなみに、蓬莱の薬は他のドーピング薬の機能を打ち消すものでもないらしい。
それというのも、TS病患者でも大麻覚醒剤などの麻薬類に手を出すと依存症から抜け出せないとされているし、もっと言えば酒を飲みすぎてアルコール中毒や依存症にはなり得るので過信は禁物だ。あくまでも、自然の病気に強いだけなのかもしれないわね。
まあ、あたしもあのときの安全講習の又聞きだし、今までTS病患者がその手の薬物で逮捕された前例もないから、実際の所どこまで本当かはあたしは分からないけど。
そして今夏の東京オリンピックでも、やはりドーピング検査に引っ掛かって選手村を追放された選手は出てしまった。
繰り上げで金メダルになった選手も「競技の将来を思うと喜べない」というのが偽らざる本音だろう。
もちろん、負の側面は少数だ。現に今、日本の観光客は以前にも増して劇的に増えている。
8年前に政権が変わって以降、様々な要因が重なり、日本は外国人観光客が、異例とも言える速度で急増していった。
オリンピックでそれがしぼむという意見は、今やほとんど見られなくなっていた。
あたしは荷物を最低限にまとめる。服装も、真夏ということで黄緑色で薄手のミニのワンピースにすることにした。
やはり暑さがきついので熱中症予防をしっかりすることにした。まあ、一番いい席で観戦できるから、そこまで身構える必要はないと思っているけどね。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん」
「久々のオリンピックじゃあ! 気合い入れるで!」
今回は、話を聞いた浩介くんのおばあさんが、飛び入りに近い形で参加することになった。
蓬莱教授によれば「何の問題もない」とのこと。
56年ぶりのオリンピックとあってか、おばあさんもあたしたちに妊娠催促はほぼしてこない。
準備が完了し、あたしたちは5人で駅に進む。
今回は駅を出た所で蓬莱教授と待ち合わせになっている。
電車はいつもよりやや混雑の様相を見せている。
オリンピックと言っても会場は混雑しているというわけではない。
会場のスペースには限りがあるため、テレビ中継で見る人が多い。生で見られるのは、大変な幸運といっていいわね。
まあ、蓬莱教授の力なら、ちょっと脅せばすんなり従いそうだけど。
「うわー、すごーい」
指定された駅を出ると、見えてきたのは極めて大きな新国立競技場だった。
様々な論争があり、揉めた競技場だったけど、いざ実物ができるとその巨大さと雄大さには圧倒されるわね。
「お、優子さんたちも来たか」
あたしたちが感動に囚われていると、1人の男性があたしたちに話しかけてくる。
「あ、蓬莱教授!」
それはあたしたちを招待してくれた蓬莱教授だった。
「あの、この度はご招待いただきまして、誠にありがとうございます」
お義父さんが蓬莱教授に頭を下げる。
「優子久しぶり、ついにこの日が来たわね」
「あ、母さん」
次にあたしに話しかけて来たのは母さんだった。
母さんは、今までよりも元気そうな声で、あたしとの再会を喜んでいた。
多分、オリンピックを観戦できるという喜びもあるかもしれないわね。
「優子さん、久しぶりです」
次に前に出てきたのは幸子さん一家と直哉さんで、何故か最年少の徹さんが代表していた。
「はい久しぶりね。幸子さん、直哉さんとうまくやってる?」
あたしは、浩介くんに嫉妬されないためにも、徹さんのことはほどほどに、幸子さんの方に話題を振る。
「ええ、もちろんよ」
幸子さんがにっこりと笑って言う。幸子さんの服は結婚式の時に来ていた、裾にポケットがたくさんついた、水色のスカートだった。
どうやら、心配はなさそうね。
「ふふ、いつの間にか幸子さんにも彼氏ができてたのね」
今度は桂子ちゃんが、あたしたちの間に入ってくる。
桂子ちゃんもまた、ミスコンの私服審査の時に着ている青い服でおめかししている。
「はい、確かあなたは……」
「優子ちゃんと浩介の高校時代からのクラスメイトで、今は共に佐和山大学の天文サークルに所属している木ノ本桂子よ」
「あ、はい思い出しました。優子さんの結婚式と、1周年記念のパーティーにいましたよね?」
そういえば、あたしが女の子になって1周年の時にも、幸子さんいたわね。
「ええ」
徹さんは、達也さんを苦々しく見ている。
本当にがっつくわね。
「今日はよろしくお願い致します」
「よろしくお願いします」
桂子ちゃんと幸子さんが挨拶し会う。
「すみません、待ちました?」
「ああいや、問題ないよ」
次に現れたのは、歩美さん一家だった。
「あ、優子さんに幸子さん!」
「あら、歩美さん久しぶり!」
幸子さんと歩美さんが、再会を果たす。
2人は同じ師を持つTS病患者と言うことで、今でもチャット上で交流があるけど、こうして直接会う機会はなかなかない。
「あの、妹がお世話になりました」
しばらく見なかった顔の男性が、あたしに頭を下げてくる。
そう確か、この人は歩美さんのお兄さんだったわね。
「ええ、こちらからもお礼を言わせてください」
「そ、そんな! 滅相もないですよ!」
あたしが頭を下げようとすると、今度は歩美さんのお母さんが、慌てて取りなしてくる。
「いえ、歩美さんのお陰で色々助かっているんです。この前の蓬莱教授の記者会見をご覧になりました?」
「ええ、不老遺伝子が2つあるって」
「歩美さんが遺伝子提供に協力してくれたからこそ、出来たのよ。これで、浩介くんがあたしにとって真の生涯の伴侶に近付きました」
「そうですか……って、あの発見は歩美のお陰だったの!?」
歩美さんのお母さんが案の定驚きの表情になると、歩美さん本人を除いた家族も、全員が驚愕の顔に染まる。
「ああそうだ。そこの山科歩美さんのお陰だ」
すると話を聞いていた蓬莱教授がこちらに近付いて追い討ちをかけるように言う。
「えっと蓬莱教授、どうして?」
「今まではどちらもα型に属する優子さんと永原先生の遺伝子しか使っていなかったから、まさか2つのシステムが備わっているとは思いもよらなかったんだ。そこに歩美さんが我が佐和山大学に入学してくれて、歩美さんの遺伝子を調べて分かったことなんだ」
蓬莱教授が淡々と事実を述べると、歩美さんの家族たちも複雑な表情を見せ始めた。
「ねえ、歩美さん」
「何ですか?」
歩美さんは、まだ無自覚だと思うので、ここらではっきりとしておきたい。
「オリンピックに出るって、すごいことだと思わない? 国を代表して、参加するのよ」
参加することにこそ、意義があると言われるけど、そもそも参加が難しいのがオリンピックだった。
「ええ、とても素晴らしいと思うわ。日本選手団なんて特に全国から注目を浴びるだろうし」
「それに比べれば、歩美さんもあたしも、知名度はないわよね」
「う、うん……」
歩美さんは、いまいち真意をつかみ損ねている表情をしている。
「でも、あの時歩美さんがしたことは、このオリンピックで金メダルを取ることよりも、大きなことだったのよ」
「え!? 優子さん、どうして!?」
歩美さんは、案の定驚いている。
「蓬莱教授の不老研究に貢献することは、スポーツでどんな実績を積み上げるよりも大きなことよ。いい? あの時の歩美さんの遺伝子提供は、今後の研究に向けて大きなブレイクスルーになったのよ」
「そ、そうよね」
歩美さんも、何だか納得するように頷いている。
蓬莱教授の不老研究は、世間に与える影響が計り知れない。
今はまだ、みんな先送りにしているけど、そろそろ「完全不老の薬」が完成した後の社会についても、本格的に議論していかなければいけない時代になったと思う。
まあそれよりも今は、オリンピックを見たいわね。
「まだ来てないのは……永原先生たちだな」
蓬莱教授がざっと見渡して言う。
もちろん、まだ約束の時間には余裕があるので、何の問題もないけれど。
「あ、私たちが最後ですね」
「すみません、待ちました?」
比良さんと余呉さん、そして永原先生の3人が、最後にあたしたちに合流する。
3人とも、特に永原先生はかなり幼さを強調した服装をしている。
「ああいや、約束の時間を過ぎているわけではないから、気にしなくていいよ」
「ありがとうございます」
蓬莱教授も、ごく普通の応対をする。
「いやー、飲み物食べ物を買っていたんで」
余呉さんの腕からは、ビニール袋がぶら下がっていた。
やはり、この3人の場合は、こういうのは余呉さんがするのかな?
……って、余計な詮索をしてはいけないわね。
「なるほど。じゃあ長居は無用だ。中に入ろうか」
「「「はい」」」
他の席は分からないが、VIP席は飲食も自由になっている。
あたしたちの席は「ボックス」のような作りで2部屋ある。
炎天下でも冷房を効かせながら観戦が可能となっているらしい。
蓬莱教授が先頭となり、競技場の中に入る。
「蓬莱伸吾だ。VIP室を2部屋」
「はい、こちらでお連れの人は全てですか?」
「あー」
蓬莱教授がもう一度確認すると、小さく頷く。
「失礼、問題ない」
「分かりました。では担当の者をお呼びいたしますので中でお待ちください」
警備員さんがあたしたちを中に通すと、近くの椅子に腰かけるように促される。
本当に至れり尽くせりだわ。
そして2分もしないうちにVIP席の担当者が走ってきた。
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
担当者さんの後ろに、あたしたちはついていく。
今回2部屋を使うわけだけど、あたしたち篠原家と石山家、そして永原先生たちと蓬莱教授と瀬田さんのグループと、山科家、塩津家、木ノ本家のグループとに別れる。
本来はもっと少人数で使い、定員まで使うのはほぼないらしいんだけど、部屋単位で販売されているので、もちろん問題ない。
「ふっふ、血湧き肉踊るねえ!」
おばあさんが一番気合いが入っている。
部屋の扉が開かれ、所定の数揃えられた椅子が現れる。
ちなみに、この部屋は12名なので、6×2となっている。
「おー、さすがVIP室ね」
永原先生が感心しつつ、ふかふかの椅子に座る。
蓬莱教授と瀬田助教が前列の中央2席に、蓬莱教授の左隣にあたしが、あたしの左に浩介くんが、瀬田助教の右隣2席にはあたしの両親が座る。
後ろ側は左からおばあさん、お義母さん、お義父さん、そして余呉さん、永原先生、比良さんとなった。
「いい眺めね」
競技場全体が程よく見渡せるようになっている。
これより前方では、かえって見辛いと思われる配置になっている。
「ああ」
競技の開始までにはまだ時間があるため、選手たちは思い思いにウォーミングアップしていた。
「ふー涼しい」
VIP席は、他の観客と鉢合わせにならないように作られている。まあ、芸能人や著名人、あるいは各国の要人が使うことが前提だものね。
蓬莱教授、どれだけお金積んだのかしら?
「さて、もうすぐ競技が始まるぞ」
後ろでは、永原先生たちが、前回のオリンピックについて話していた。
それによれば、やはり新しい国立競技場は当時よりも輝いて見えたと言う。
「皆さん、大変長らくお待たせしております。ただいまより、東京オリンピック──」
アナウンサーの声と共に、オリンピック開始の号令が鳴り響く。
選手たちの競技が、始まろうとしていた。
「それでは、本日の競技はここまでです」
楽しい時間はあっという間だった。
日本人の選手だけではなく、外国人選手の活躍にも期待が集まっていた。
いざ競技が始まれば、あたしたちはそれに釘付けだった。
ちなみに、対面の貴賓席には、有名な男性アイドルグループが座っていて、写し出されたときは、黄色い声がこだましていた。
ちなみに、あたしたちのボックスだけ、写し出されることはなかった。
まあ、あたしたちがわざわざそんなことをするわけにもいかないものね。
「しかしま、競技だけじゃなかったな」
「うん、イベントもすごかったわね」
各競技の間には、様々なイベントが挟まれていた。
もちろん、なるべくその競技と関係あるイベントにしようとはしていたけど。
「ま、今日のことは思い出になりそうね」
「篠原さん、また次のオリンピックも楽しみね」
あたしたちの会話に、永原先生も加わってくる。
「ええ、4年後は確かパリでしたっけ?」
「何を言ってるのよ。次に開かれる日本のオリンピックのことよ」
「え!?」
永原先生はとんでもないことを言う。
だって、次のオリンピックっていつになるかわからないし、そもそも前回の東京オリンピックは56年も前のことで……ああそうか。
「もしかしてあたしたち」
「そうよ、56年前のオリンピックを見た人の多くは、恐らく既にこの世を去っているわよ。でも違うわ。私や比良さん、そして余呉さんは、もうあたしたちTS病患者しか生きてない最初の近代オリンピックから全てのオリンピックを見てきたわ」
永原先生が、前回のオリンピックについて話す。
「そうね、みんな競技レベルが高くて驚いたわ。第一回のオリンピックはもちろん、前回の東京オリンピックでさえ、今のオリンピック選手から見たらまるで子供の遊びよ」
比良さんによれば、それはとても衝撃的だったらしい。
特にレベルの向上が著しいのが体操だと言う。
まあ今回は屋外だったので、別の陸上競技だったけどね。
「えっと、蓬莱教授、今日は誘ってくださいましてありがとうございます」
幸子さんが頭を下げる。
「幸子さんはこれからどうするの?」
「ええ、私たちと直哉で東京を観光します」
やはり、なかなか東京には来られないものね。
「そう、気を付けてね」
「分かってるって。いざとなったら、俺が幸子ちゃんを守るから」
直哉さんがかっこよく言うと、幸子さんが下にうつむいて耳まで真っ赤にして照れている。
もう、本当にあたしに似てきたわね。
一方で、歩美さんはというと──
「ねえねえ優子さん、あの男性アイドル、かっこよかったね」
「うーん、そうね。でもあたしはあんまり関心なかったかな」
「えー!? どうして!?」
あたしの素っ気ない対応に、歩美さんが驚きの声をあげる。
それに対して、あたしは無言で左手を突き上げて歩美さんに指輪を見せる。
「あ、そうよね。うんうん」
結婚指輪を見た歩美さんがきっぱりと頷く。
「歩美さんには釈迦に説法だと思うけど、男の嫉妬は深いからね。もし恋愛するなら、男性アイドルのことはすっぽり忘れた方がいいわ」
「うん、分かってるわよ」
歩美さんの話し言葉にも、徐々に女の子の言葉が混ざり始めている。
それは、女の子としての生活を続けていけば当然身に付くこと。
だけど、男の子に恋するのは、その後にもなってくる。
「歩美さん、大学の天文サークルで、男子から狙われてるのはわかるよね?」
「うん」
まあ、それが分からなかったら鈍感すぎるもの。
「誰か気になる人とかいる?」
「うーん、何人か」
「うんいい傾向よ。いい? 歩美さんには選択肢がたくさんあるわ。よく考えて、誰と付き合うか決めるのよ」
「うん」
「あら? 部長抜きで部内恋愛の話してるの?」
側で聞いていた桂子ちゃんが、会話に乱入してくる。
「あ、部長」
「歩美ちゃん、男は結構2面性のある人が多いわよ。そういう時はあなたも2面性を持つべきよ」
桂子ちゃんが、歩美ちゃんに近付いてアドバイスしている。
「歩美さん、『昼は淑女、夜は娼婦』って言葉知ってるかしら?」
あたしは、浩介くんに聞こえないように小さな声で話す。
「え、うん。何となく意味は分かるよ」
「いい? それが男にとっての理想の女の子なのよ。彼氏をつかんで離さない。そんな女性になるのよ」
「は、はい!」
「それじゃあ、私たちはこれで」
「お疲れ様です。永原会長」
永原先生たちはそれぞれの帰り道に、幸子さんたちも東京観光として別行動になる。
途中駅で歩美さん一家が帰宅ルートために分かれ、沿線に入ってまず母さんたちと桂子ちゃん一家、佐和山大学の最寄り駅で蓬莱教授たちが分かれ、ついにあたしたち7人だけが電車に取り残される。
何度も経験した、「人が減っていく」現象だけど、いざ遭遇するとやはり寂しいものがある。
こうしたお祭り騒ぎも、終わりなんだと感じることができる。
「じゃあ、おばあちゃんを送っていくわね」
「ほっほっ、楽しかったわい!」
本当にこの人、90代なのかしら? あまりにも元気だわ。
「留守番頼んだぞ」
「はい」
そして家につくと、すぐに義両親が車におばあさんを乗せて発進させる。
あたしたちは、また2人きりで家の中へと入り込んだ。
「ふー、疲れたわ」
「ああ、休みたいわ」
すりすり
「きゃあ! もうっ、浩介くんのえっち!」
手癖の悪い浩介くんに、一瞬の隙を突かれてスカートの中に手を入れられて、パンツの上からお尻を2往復で撫でられる。
「優子ちゃんのパンツ、お尻の柔らかさと合わさって触り心地最高だよ」
「本当にもう、油断も隙もないわね」
触られているうちが華という言葉通り、あたしは浩介くんに相変わらずセクハラされまくっていた。
世間が東京五輪で盛り上がっていても、あたしたちの生活はいつも通りだった。
翌日、あたしは予定通り生理で気分悪くなっちゃったけど。毎月襲い掛かってくるとは言え、慣れてしまうのも難しいのが怖いわね。
このイベント以降は時間を巻いていくことが多くなります。
実際にはまだ3年後ということになりますが、果たして現実世界ではどんなオリンピックになっているんでしょうかねえ。