永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「──えー今、閉会式が終了いたしました」
テレビでは、オリンピックの閉会式を中継していて、それがたった今終わったことを示していた。ちなみに、パリのオリンピックも、準備が着々と進んでいるみたいでよかったわ。
日本選手団の活躍は、もちろん目立ったけど、特に恵美ちゃんの金メダルには、日本中が大きく盛り上がった。
恵美ちゃんは、決勝戦で世界ランキング1位の選手と対戦し、第一セットを惜しくも落とすが、続く2セットを奪取し、見事逆転優勝したのだ。
当の恵美ちゃんはと言えば、「全米オープンに向けて頑張るぜ」とだけ言っていて、淡々とした様子だったけど、それでも世界1位にも勝ててしまうというのはとんでもないことだと思う。
一方で蓬莱教授は、「今回のオリンピックでいいデータがたくさんとれた」とも言っていた。
やはり恵美ちゃんが被験者に加わったのは大きいことだったらしい。
一方で、オリンピックの直前に話した蓬莱教授の記者会見は、目論見通りマスコミに忘れ去られていき、一部のインターネットで議論が続くだけになった。その議論も、蓬莱教授の宣伝部のおかげか、優勢な情勢で続いている。
ただ、蓬莱教授の残した爪痕がある。
それは芸能人や政治家などの不倫報道がピタッと止んだことだった。
蓬莱教授と永原先生の疑惑は、「不倫」ではなくあくまでも「熱愛」という疑惑だったが、どちらにしても蓬莱教授の小型カメラという手法によって週刊誌の記者が嵌められたため、従来の「ターゲット」たちもこぞって同じ手段を使うようになった。
一時期は、秋葉原の小型カメラの店が「景気いい」とまで言ってた程だ、よっぽどなのだろう。
そのために、週刊誌や夕刊紙は今、経営に苦しんでいるという。一社だけ、「最初からみんな嘘と分かっている」とか「そこの報道にマジになるのは大人げない」とか言われている夕刊のスポーツ誌だけは、相変わらず好調らしい。
まあそこは、敵を作る報道をするのではなく、「無害な嘘」しかつかないせいだけど。
「ふー、浩介くん、愛してるわ」
「俺も」
オリンピックが終わった夏休みのある夜、あたしは寝込みを浩介くんに襲われた。
今はお互い裸でベッドの布団の中に入り込んでキスをしている。
この事は夏休みとしていつもの日常の一コマなんだけど、今日はいつも以上にあたしが声を出していた。
「ねえあなた、またお義母さんたちに聞かれちゃったかしら?」
「だろうなあ、あれでも押さえている方なんだろ?」
浩介くんが少し笑いながら言う。
「う、うん……」
ついつい我慢できなくなってしまうというのが、正確なところ。
「じゃあ、今度ラブホテル行こうぜ。新婚旅行の時以来じゃん?」
「え!? う、うん……」
ラブホテルはそういう場所だから、声を我慢する必要もない。
あたしは思う存分に、快楽の叫び声をあげることができる。
あたしとしても、家の中ばかりではなく
「あ、そうそう優子ちゃん協会の方は大丈夫?」
浩介くんが、話題を変えてくる。
「うん、新しい患者さんはみんな順調よ。後、1人積極型の子が新しく普通会員になったわ」
「TS病かあ……ねえ優子ちゃん」
「うん?」
「俺さあ、最近夢に出てきたんだよ。あの時女の子になったのが優一じゃなくて俺でさ、女の子になった俺が優一のままの優子ちゃんと結婚して、それで優一に毎晩のように犯されて、でも子供たちに囲まれて幸せな家庭を築くっていう」
確かに、あたしみたいなTS病と結婚したら、そういうのを一度は考えてしまうと思うけど。
「へー、でも、それは嫌かな」
「あー、そうだろうなあ。優子ちゃん、本当に今が一番幸せって感じだもの」
「やっぱりそう見えるかしら?」
「ああ、この幸せを掴もうぜ」
「うん」
あたしはこれからも、浩介くんと共に生きる。
オリンピックが終わり、日本は喪失感に包まれているかと言えばそうではない。
むしろ、オリンピックの後に行われるパラリンピックの終了後も、観光客は減らないと予想されているのだ。
そして何より、蓬莱教授の研究が、少子化問題に対して一種の答えになりかけてもいた。
夏休みが明け、大学は後期に入った。あたしたちは、再び日常へと戻っていく。
大学の勉強をし始め、時折蓬莱教授に遺伝子を提供し、あるいは協会の定期会合を続けていった。
協会の活動に関しては、今はあたしがここに入ってから一番暇な時期になっていた。
夏休み中に、浩介くんとラブホテルに行った。その時は、とにかくいつも以上に大きな声が出たのを覚えていて、浩介くんも「やっぱあれでも抑えていたんだな」って言われてしまった。
それよりも凄まじかったのは、ラブホテルから出てきたあたしたちが、たまたま高月くんに見られていたこと。
そのせいで、後日浩介くんがすごい詰問を受けていたらしい。
また9月には、北関東の茨城県で新しい患者さんが現れたというニュースが流れたけど、協会が暇ということもあってかあたしではなく水戸藩士の比良さんが同郷ということでカウンセラーを申し出てくれた。
一方でブライト桜の高島さんは、あたしたちとは対照的に、多忙を極めていた。
というのも、高島さんの戦略が成功し、今や既存のメディアを完全に脅かしていた。
インターネットの急伸企業と手を組んで、テレビ局を買収するという案まで出たくらいで、しかしこれは過去の失敗の歴史から中止となった。
一方で、今期からあたしは一般教養の単位をすべて取得し、今回から専門基礎科目と専門科目に専念することが出来た。
相変わらず厳しいのが実験の単位で、あたしも浩介くんも幸いレポートは再提出にはなっていないが、他の学生の中には苦戦する人も多く出始めている。
実験は3年次にも前期後期で用意されていて、しかもその名前は「応用実験」だというのだから一生懸命頑張らないと。
「ねえ優子ちゃん、これでも受ける単位減らしてるはずだよな」
浩介くんも、精神的な疲労が溜まり始めている。
「うん、1科目1科目が大変になってるわね」
まあ、学年が上がれば難易度も上がるのが普通だもの。でも、それも高校までと比べるとかなり急激な感じはするのも事実だ。
とはいえ、本格的な再生医療を学んで、蓬莱教授にもっと貢献したいわ。
そのためには蓬莱教授の研究室に入って、大学院で成果を上げるためにも、こんな場所でへこたれるわけにもいかないけどね。
「さ、サークルに行くか」
浩介くんが軽い口調で話す。
「うん」
今日は桂子ちゃんが、天体観測の成果を見せてくれるという。
コンコン
「はーいどうぞー!」
あたしが扉をノックし、中に入る。
「あ、2人とも、お疲れ様」
桂子ちゃんが顔をこちらに向けて挨拶してくれる。
「おう、木ノ本、写真はどうなってる?」
「うん、見て見て」
桂子ちゃんは、既に机に写真を広げていて、他の天文部の面々が閲覧していた。
「うおー、すげえ」
さて、そんな中に、懐かしい顔を見かけた。
「あれ!? もしかして、坂田部長!?」
「あら、えっと……篠原さんお久しぶりですわ」
そこに立っていたのはあたしたちの1年先輩で、「坂田舞子さかたまいこ」元部長、彼女はあたしたち天文部の元部長で会うのは結婚式の時以来のことになる。
坂田元部長はあたしが天文部に入った時の小谷学園天文部部長で、とても温厚で物腰の柔らかい人だった。
あたしが来る前の天文部は坂田元部長と桂子ちゃんだけで、そこにあたしが加わり、浩介くんが入ってきて、今の達也さんたちが入ってくる時には卒業していたので接点はない。今の天文部部長から見れば、3代前のOGということになるわね。
あの頃は、天文部が小さかった頃で、その頃の部長さんという意味で、坂田元部長はとても懐かしい存在だわ。
「ええ、それよりもどうしてここに?」
「ええ、木ノ本さんが大学でも天文サークルを開いたということで、去年は私わたくしの事情もありましたが……遅ばせながら、お祝いに参りましたわ」
坂田元部長は律儀な人で、天文に関する知識が桂子ちゃんの方が上ということで、先輩ながらも桂子ちゃんのことを尊敬していた人だった。
今は佐和山大学とは別の大学に通っている。
「あの、坂田先輩が現役の頃の天文部って、どんな感じだったんですか!?」
達也さんががっついてくる。結婚式の時に聞きそびれたのね。
「私が1年生だった頃は、それはそれは部員がたくさんいたわ。でもその年の新入部員が私だけで、その次の年も木ノ本さんだけでしたから、木ノ本さんの卒業で天文部は閉まる予定でしたわ」
「じゃあ、桂子ちゃんが、当時の石山先輩を呼んで!?」
達也さんが、わざわざ「当時の」をつけて結婚したあたしに配慮してくれる。
「ええ、そこから篠原さんがいらっしゃって、木ノ本さんが部長になってから、また部員が増え始めたんですわね」
もちろん、坂田元部長も、自身の卒業後の動静については知っている。
「ああ、実はあの時は俺も含めて桂子ちゃん目当てで入った部員が殆どだったんだ」
達也さんがばつの悪そうな顔で言う。
今は信じられないけど、当初はそんな感じだったわね。
「いいんですのよ。きっかけが何であれ、天文部の再興に貢献したのは事実ですわ。それに、あなたは今こうして木ノ本さんと天体観測までなされているんですもの」
「あ、ありがとうございます!」
あたしは、それぞれの会話もそこそこに、天体観測の写真を見る。
それはどれも美しくて、星々が美しく輝いていた。これを選別するのは、去年よりも骨が折れるわね。
「うー、やっぱり木ノ本はすげえよなあ」
浩介くんが唸るように言う。
「うん」
桂子ちゃんはとにかく天文のことなら何でも知っていると言う感じだった。
それだけではない、達也さんやあたしたちを始め、天文の知識がなかった人にも、その魅力を伝え、引き込んでいく能力もあった。
下心丸出しだった当時1年生の男子部員たちも、今では天文部の最上級生として、多くの新入部員を抱えて頑張っているらしい。
まあ、今でも歩美さんは、他の男子部員たちからは狙われているけどね。
「さあ、写真鑑賞もいいけど、今日はこの中で文化祭展示する写真を決めるから、みんな気を引きしめてね」
「「「はーい」」」
そして、今日の天文部は、坂田元部長も加わって、これらの写真を篩にかける作業になった。
ちなみに、坂田元部長も坂田元部長で、今の大学の天文サークルで副部長を勤めているらしい。
天文知識はあちらのサークルでも並みだけど、人柄のよさが買われたとか。
「それで、篠原さん結婚生活はどうですか?」
「ええ、順調よ」
あたしも、久々に坂田元部長と長話を楽しむ。
あたしと桂子ちゃんと3人、あるいはそれに浩介くんも加えた4人でいた頃は、懐かしくもあり静かだった。
クリスマスには屋上で天体観測もしたわね。
今の賑やかな天文部も悪くないけど、去年の天文部も含めて、静かなのが好きなのも、また事実だったりする。
「では皆様、ごきげんよう」
坂田元部長はそう言って、あたしたちと名残惜しく分かれた。
あたしたちも、時間が時間なので、それぞれ帰宅の徒につく。
あたしと浩介くんは駅までの道を歩きながら、空の星々に思いを馳せていった。
ちなみに、帰り道はさすがに浩介くんも自重してくれるので、胸やお尻を触られたり、スカートをめくられたりしたりはしなかった。
「ただいまー」
「お帰りなさい2人とも。ご飯できてるわよ」
「うん、分かったわ」
あたしたちは、お義母さんに迎えられ、いつもの日々に入っていった。
家での生活はゆっくり休むことが出来る。もちろんあたしは休日には、家事を手伝わなきゃいけないけどね。
今はそう、文化祭に向けて、また天文サークルの出し物を準備しなければならない。
幸いにして、今年はミスコンの勧誘はなかった。
あたしは審査員としての参加もなくなり、完全にフリーになった。
ただし前回優勝者として、桂子ちゃんが審査員長へと回ることが決定している。桂子ちゃん、去年のあたしと同じ役目になるのね。
「あー、優子さんに浩介さん。呼び出して悪かった、早速定期的な報告をしよう」
ある日、あたしたちは放課後に蓬莱教授に呼び出された。
もっともこれは、いつもの定期的な情報交換で、あたしが蓬莱教授と協会の橋渡しを勤めるのは、協会の正会員として、広報部長として、重要な仕事の一環ということになっている。
「まず今年の文化祭だが、今年は去年以上に積極的に前に出ていきたいと思う」
蓬莱教授は、去年の文化祭では不老研究の実現に向けていつもよりも少しプロパガンダを強めていたが、今年も新入生向けにそれをする準備があると言う。
研究所に届くメールや手紙、電話は、圧倒的に激励や応援のものが多いが、反対派による嫌がらせのものも多数含まれている。
しかも嫌がらせは、最近急にかつ不自然に増え始めたものだと言う。
蓬莱教授の推測では、例の「明日の会」の牧師が、ほとぼりが覚めてまた活動を始めたのではないかとのことだった。
「……本当に、往生際が悪いわね」
「ああ、俺もそう思う。素直に下らない神とやらを崇め続けていればいいものを」
蓬莱教授が吐き捨てるように言う。
明日の会は、あたしたちの活動のみならず、明日の会側の失策や、担当した患者の難易度の高さもあって、被害最小限で無力化することも出来た。
もちろん、あたしたち協会と提携している全国の病院も、明日の会のことはおくびにも出さない。ホームページも放置され、ネットの海に消えるのも時間の問題だ。
その御蔭で最近では、存在さえ忘れていたという患者さんも現れてきたところだったのに。
「やっぱり、ほとぼりが覚めたからかしら?」
「だろうなあ、ただTS病患者にはもう手を出さないだろう。さすがに連中もバカじゃない。今更明日の会や、あるいは他の団体を立ち上げてのTS病支援活動を再会させようとはしていないだろうさ」
「つまり、蓬莱さんの研究への反対を唱えるつもりですか?」
「ああ、そうだろうさ」
蓬莱教授が、当然という顔で言う。
「おそらく、これらの嫌がらせの手紙なども、奴が糸を引いているものもいくつかあるはずだ。ただ連中は、おそらく不老実験への反対活動を始める準備をしている頃だろう」
もちろん、やろうと思えばそれらの活動を報道しないようにテレビメディアに圧力をかけることも、蓬莱の薬をちらつかせれば可能ではある。
「問題はインターネットだ。反対派に圧力をかけても雨後のタケノコだし、逆に圧力をかければかえって怪しまれる危険性がある」
蓬莱教授の研究は、今のところ寄付金で全て賄いきれている。
予算も潤沢なので、その方面の心配はいらない。
「問題なのは、研究反対派に対して、どうやって論戦を戦っていくかだ。そのためには、やはり優子さんの存在が必要不可欠になってくる」
「ええ、AO入試の時に聞きました」
あの話のことは、今でも覚えている。
蓬莱教授が天才であることを、見せつけられたエピソードでもあるもの。
「おう、それなら話は早い。高島さんにも連絡して、例の牧師に不穏な動きがあれば、報告するように伝えておく」
「はい」
「そしたら、俺たちも反撃開始だ。浩介さん、あなたの存在も、重要になってくるぞ」
「……分かりました」
蓬莱教授が気合いを入れるように言う。
あたしたちも、久しぶりに忙しくなりそうね。
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