永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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蓬莱教授と浦島太郎

「お、演劇サークルか。今年も大ホールでだっけ?」

 

 あたしたちは、自分達が入っている建物に張ってあったポスターを見て、演劇サークルが目に入る。

 

「うん、去年は確か……死神だっけ?」

 

「あー、優子ちゃんとは対照的な話だよなあ。余命幾ばくもないって」

 

 どうやら浩介くんも、同じ感想を抱いたらしい。

 あの話は、周囲では評判が良かったけど、あたしたちにとってはあまり感情移入できなかったのを覚えている。

 

「うん」

 

 一方で、今年は違う。

 何と浦島太郎をアレンジした作品で、その名も「佐和山大学演劇サークル 浦島太郎アレンジ」だと言う。

 

「浦島太郎のアレンジってどう言うことなの?」

 

 ただの浦島太郎じゃないってことは分かるけど。

 

「確か、亀を助けて竜宮城に行ったら、外の世界では何百年も経ってて、箱を開けたらおじいさんになってしまったってやつだっけ?」

 

「あーうん、そんな感じよね」

 

 浩介くんが解説してくれたように、浦島太郎と言えば、子供にも有名なおとぎ話の一つに数えられる。

 他にも有名な「桃太郎」や「花咲かじいさん」などと違って、どちらかと言えば「かぐや姫」などのように主人公側は比較的救いようの無い話に分類されるわね。

 

「浩介くん、とりあえず今年も行ってみる?」

 

「うむ、そうしよう」

 

 あたしたちは、演劇サークルのある地下ホールへと一目散に下っていった。

 

 

 まだ早い時間帯、地下のホールは最初の演劇とあって、既に多くの人で賑わっていた。

 

 

「去年はオリジナルだったけど、今年は浦島太郎のアレンジか」

 

「アレンジってところがくせ者だよなあ。どう出るんだろう?」

 

「うーん、竜宮城の辺りとかが変わってくるのかな?」

 

「だろうなあ」

 

 

 周囲の学生たちも、この「アレンジ」というのが気になる様子だった。

 もちろん、「ただの浦島太郎じゃないならどこが変わるの?」という問いになるのは当然といえば当然よね。

 

「皆様、大変お待たせいたしました。ただいまより、『佐和山大学の浦島太郎』を開始します」

 

 そのアナウンスがなされると、お客さんの拍手と共に、上映が始まった。

 演劇のセットは、暗くてよく分からない。

 

「昔々、今からちょうど50年前、時は高度経済成長期の1970年のことでした」

 

 何もない画面に、いきなりナレーション的な天の声から入る。

 そして徐々に、証明が明るくなる。

 

「ある日、ある海辺に浦島太郎と言う心優しい若者と、幼馴染みの咲太郎という2人の男がいた」

 

 いきなり登場人物が2人に増えている。

 しかも物語の年代も、確かに昔ではあるけれども、昔々というにはちょっと語弊がある昭和の時代という設定になっている。

 まあ、アレンジというから、いきなり脱線するのは掴みとしてはいいと思うわ。

 

「さてそこに、1匹の亀をいじめる意地悪な小学生の集団がいました」

 

 

「えいっ」

 

「おら!」

 

「ほら、殻に閉じこもってみろよ!」

 

「ぎゃはははは!」

 

 そして、亀をいじめる集団が写し出される。

 ちなみに、亀は作り物だし、ナレーションでは小学生の集団と言うけど、服装も含めて明らかに大学生の集団なのがシュールだわ。

 

「咲太郎、俺止めてくるよ。君は先に帰ってて」

 

「ああ」

 

 浦島太郎がそう言うと、少年たちに近付く。

 咲太郎は別の方向に行ってしまいそのまま画面外へ。

 

「おい、お前ら!」

 

「げっ」

 

 小学生の集団は、体格が殆ど変わらない大学生を見てビビっている。

 まあ、しょうがないのかなこの辺は。

 

「弱いものをいじめるんじゃない!」

 

「うっ、やべえ!!! おい、逃げるぞ!!!」

 

 やはり年齢的にも、小学生とあって、浦島太郎が助けるとすぐに逃げていく。

 

「助けてくださいまして、ありがとうございます」

 

 天の声と同じマイクから、今度は女性の声がする。

 どうやらこの亀はメスらしい。

 

「うおっ、って待て待て、亀がしゃべるわけがない。空耳だな」

 

 まあ江戸以前の人ならともかく、昭和の人ならそういう反応するよね。

 

「空耳ではありませんよ」

 

  ぷー!

 

「わっ!」

 

 作り物の亀は風船上になっているのか、いきなり大きくなった。

 それに、浦島太郎も驚いている。

 

「私は、竜宮城の亀であります。もしよろしければ、あなたを竜宮城へとご招待いたします」

 

「は、はあ……」

 

 浦島太郎役の人、よく聞くと去年運命運命連呼してた死神の上司役の人よね?

 ともあれ、現代に浦島太郎という名前の人がいるわけだから、この世界では昔話としての浦島太郎はオミット……つまり存在しないことになっているわね。

 

「さあ、私の背中に乗ってください。竜宮城へとご招待いたします。大丈夫です息はできます」

 

 浦島太郎役の人は、言われるがままに背中に乗り、そして背景が海岸から海中へと変わる。

 普通なら変な詐欺だと思いそうだけど、亀が喋っている時点でまあ、こうなっちゃうわよね。

 

「うわあ! 海の中ってこうなっているんだ」

 

「海の中の生物を見て、浦島太郎はとても感心しています。鮫や鯨も、近づいたり襲ったりしてきません」

 

 アナウンサーの天の声と背景の作り物の魚が、いかにも文化祭の学芸会という感じを醸し出している。

 

「あそこが竜宮城です!」

 

 背景の人が、真っ黒な衣装を着て、今度は竜宮城を舞台に出していく。

 裏方は大変よね。

 

「うわあ! 海底にあんな城があるんだ!」

 

「そして、亀が近付くと、ドアが自動で開かれました」

 

 天の声と共に、場面が大きく変わる。

 お姫様役の人が来た訳だな。

 

「あなたが、この亀を助けてくださいましたの?」

 

「はい、浦島太郎です」

 

 大層美しいとか、美人という表現が使われていて、実際化粧からも、そんな雰囲気が見てとれる。

 もちろん、そんな美人のお姫様でも、あたしには負けるけどね。

 

「よくぞいらっしゃいました浦島太郎様、心行くまで、竜宮城をご堪能ください」

 

 そして場面が変わる。

 大量の女性が同じ服を着て、躍りを披露している。

 さらに浦島太郎が豪華な食事を頬張って満足するシーンが続く。

 

「ねえ浦島さまあ……私と気持ちいいことしません?」

 

 お姫様役の人が、服をほんの少しだけはだけさせる。

 

「ああいやその、さっき前の人にこってりと絞られちゃって……」

 

 て、そうよね。竜宮城で女性たちの接待といったら、当然こういうサービスも含まれるわけで。

 いくら大学の文化祭とはいえ、ちょっとやり過ぎな気もするけど。

 ……まあいいわ。

 

「そんなこんなで、竜宮城で3ヶ月が過ぎた。浦島太郎は咲太郎や家族のことを思い出し、『そろそろ帰って地上に残した人と連絡を取りたい』と言い出した。すると乙姫は箱を取り出したのである」

 

 そうか、ここで未来になっちゃうのよね。

 

「浦島太郎様、こちらが竜宮城の玉手箱でございます。外の世界でもし、別れが辛い時にお開けください」

 

「はい」

 

 あれ? 確かここは、「絶対に開けちゃいけない」だったわよね。なのに「お開け下さい」って?

 ……ああそうか、「アレンジ」だものね。

 

「分かりました」

 

「では、帰りも私の背中に乗ってください」

 

 乙姫が再び大きな亀になり、背景もさっきの海と同じものが流れる。

 

「こうして、浦島太郎は身も心もそして性欲も満たされ、竜宮城を後にして元の海岸に戻ってきた」

 

「んー! あれ? 何だここは!? こんな建物なかったぞ! それに車のデザインも全然違う!」

 

 風景が様変わりしていることに、浦島太郎が驚く。

 未来の風景は、現代風になっている。

 

「浦島太郎は、自分の家に帰ろうとするが、そこは別の家の表札が立っていた」

 

「どうなってんだ! ここは浦島家だろう!?」

 

 そうね、時が経ってるものね。

 

「隣は、咲太郎の家だ……」

 

  ガチャッ

 

 すると、その隣の家からは鍵が開く音がする。

 そしてそこに現れたのは──

 

「ぁっ!」

 

 あたしは思わず、声に出してしまいそうになる。

 何故なら、そこには歩美さんが立っていたからだ。

 

「あれ? あなた……そ、そんなはず無いわ。もう60年も前のことなのに!」

 

 つまり、この浦島太郎は今から10年後の2030年にタイムスリップしちゃったわけね。

 

「な、なあ、変なこと聞くけど、この家に『咲太郎』って人はいるか?」

 

 浦島太郎がその名前を出すと、歩美さんがいかにもな感じで驚いた表情を作る。

 

「え!? あなた、どうして私の昔の名前を知っているんですか!?」

 

「信じてもらえないかもしれないけれど、俺、1970年に、海岸で亀を──」

 

 ああやっぱりこういうオチなのね。

 

「ああ、太郎! 浦島なのね!」

 

「な、何であなたが俺の名前を──」

 

「それはこっちが聞きたいわ。どうして60年も行方不明になってたのよ! それに今も変わらない姿で!」

 

 歩美さんの演技は、やはり急造なのか演劇サークルの人と比べるとちょっとぎこちない。

 それにしても、予想していたとは言え、家族にも会えずにおじいさんになっちゃうよりはずっとマシよね。

 

「それが、その亀を助けて、竜宮城に行ったら……でもお前こそどうして女の子に!?」

 

「私、あの後TS病っていう不老の女の子になっちゃう病気になったのよ。あなたのことを、ずっと待ってて、いつのまにか女性になって、ああ、素敵! とにかく入って!」

 

「おわっ!」

 

 浦島太郎は腕を引っ張られ、家の中に案内される。

 背景が、現代風の家の中になる。

 

「そこには、60年の技術の成果が現れていました」

 

 アナウンスと共に、家電の進歩に驚く浦島太郎が映し出される。

 食器洗い機や巨大なテレビなど、あの時代からは考えられないものね。下手すれば、原作の数百年よりも、大きな変化かもしれないわ。

 

「ねえ、咲太郎」

 

「咲子、今の私は咲子よ」

 

 歩美さんがムッとしたように今の名前を言う。

 

「ああ、咲子。お前その……かわいくなったな。竜宮城のお姫様よりずっとかわいいぜ!」

 

 そりゃまあ、歩美さんはTS病らしく美少女だし。

 

「うん、ありがとう。私もね、女の子になって、あなたのこと、あなたの帰りをずっと待っていたわ。もう、別れたくないわ!」

 

 ベタベタなストーリーにベタベタな告白、ここはもう、完全に原作にはないアレンジシーンね。

 

「俺も……だけどお前、不老なんだろ!?」

 

「うん、だからいつか、別れちゃうわね」

 

「そんな! せっかく再会できたのに!」

 

 歩美さんが演じる咲子と、浦島太郎が悲しそうな演技をする。

 まさに上げて落とすの典型例ね。

 

「外の世界でもし、別れが辛い時にお空けください」

 

 すると、海底にある竜宮城のお姫様が天の声として出てくる。何かシュールよね。

 

「そうだ! この玉手箱!」

 

「え? この箱は?」

 

 歩美さんが不思議そうな顔をする。

 

「竜宮城のお姫様から、別れが辛い時に開けろって」

 

「うん、開けてみよう」

 

  パカッ

 

 無駄に大きな効果音と共に箱が開けられる。

 当然、「開けてはならない」というわけではないので、煙が出ておじいさんにはならない。

 そして中からは、5本のペットボトルと水が出てきた。

 

「ねえ見て、置き書きがあるわ!」

 

「浦島太郎様、この薬は飲んだものを不老とする薬です。この薬を5日間、1日1本飲めば、あなたは老けることなく何百年何千年、あるいはそれ以上と生きられるでしょう。そうすれば、あなたはきっと生涯の伴侶といつまでも共にいられるはずです。でもこれだけは気を付けて。この薬は不老の薬だけど不死の薬じゃないわ。もし不注意で事故に巻き込まれたら、あなたは死にます。それだけには、特に注意してください」

 

 お姫様の声で、手紙が読み込まれる。

 要するに、この薬は蓬莱の薬ということで。なるほど、ここで佐和山を絡めてきたわね。

 

「これ、きっと蓬莱の薬よ」

 

 歩美さんがそう叫ぶ。

 

「え!?」

 

 もちろん何も知らない浦島太郎は驚く。

 

「佐和山大学の蓬莱教授が作った飲んだものを不老にする薬だわ! ねえ太郎、お願いだからこれを飲んで! そして、私と結婚して欲しいの!」

 

 いきなり結婚って……

 

「お、おい。咲子落ち着け!」

 

「嫌よ! もう60年も、女の子になって60年も、あなたの帰りを待ち続けたのよ」

 

 歩美さんの演技にも、熱がこもる。

 

「わ、分かったって!」

 

 そう言うと、浦島太郎がペットボトルを開けて、水を飲む。

 

「こうして、竜宮城が手に入れた我らが蓬莱教授の作りし蓬莱の薬により、2人は永遠にとわに結ばれたのでした。めでたしめでたし」

 

 何か最後が強引な気がするけど、まあ、ハッピーエンドってことでいいのかな?

 それよりも、歩美さんが何でここにいるのかが疑問だけど。

 

  パチパチパチパチ!!!

 

 そして、演劇が終わると、一斉に拍手が鳴り響く。

 そして観客たちもそれぞれが次の目標へと向かっていく。

 

 

「いやー、やっぱり佐和山大学の浦島太郎はこうでなきゃな!」

 

「うん、いいハッピーエンドだった。それにしても、あの子は何なんだ!? あんなかわいい子、演劇サークルにいたっけ?」

 

「見てみろよ、天文部からのヘルプで、山科歩美ちゃんって言うらしいよ」

 

「へえ、本当だ。天文部って優子ちゃんと桂子ちゃんもいるんだろ?」

 

「くそー、何であの部活だけ美人が集まってるんだ!?」

 

 

 観客の男子たちは、今回の演劇に満足げな様子だった。

 

「浩介くん、行こうか」

 

「ああ、それにしても驚いたな。まさかあいつ、演劇サークルの助っ人になってたなんて」

 

 浩介くんもやっぱり、歩美さんの助っ人は驚いたらしい。

 

「うん、でもTS病と蓬莱教授、確かに最後いきなりプロポーズは強引だけど、上手くプロパガンダにしたわね」

 

「ああ、せっかく長く待っていた想い人と再会できても、TS病不老になった故の別離がある。だから蓬莱の薬はそれを避けてくれる。俺もいい塩海だったと思うぜ」

 

 浩介くんも、上手く浦島太郎をアレンジしつつも、蓬莱の薬の必要性を説く今回の演劇を高く評価しているみたいね。

 

「さ、次はどこに行くか?」

 

「またサークルを見て回りましょう」

 

「おう、そうするか」

 

 あたしたちは、もう一度、去年と同じ場所をめぐることにした。

 途中、「蓬莱の研究棟」を通るわけだけど──

 

「さあいらっしゃい! 蓬莱教授の研究棟だよ! 蓬莱教授の業績を、文化祭を機にもう一度振り返ってみよう!」

 

 蓬莱教授の銅像の前で、瀬田助教が客引きをしていた。

 

「瀬田助教、どうしたんですか? 今年は偉い気合い入ってますね」

 

「あ、篠原さん。よくいらっしゃいました。実はですね、今年から蓬莱の研究棟では、文化祭でもっと自らを発信しようと言うことになりまして」

 

 瀬田助教がこっちに振り返る。

 

「え!? じゃあもしかして浩介くん、演劇サークルのこと──」

 

「ごめんごめん、実はあれ、俺も脚本書いたんだよ」

 

 浩介くんが申し訳なさそうに言う。

 

「え!? じゃあ歩美さんのことは?」

 

「あーうんそこまでは知らなかったよ。俺はあくまで蓬莱教授の宣伝部の代表として、脚本とストーリーの一部を手掛けただけだから」

 

 浩介くんはどうもちょっとした参加だけだったらしい。

 

「浦島太郎は未来に行った果てに玉手箱を開けてしまっておじいさんになっちゃう話だけど、こっちの方ではうまくTS病を絡めて、蓬莱教授の研究を宣伝しようということになったんです」

 

 瀬田助教が補足してくれる。

 それにしても、大学の演劇サークルまで利用するって恐ろしいわ。

 

「そうですか」

 

「言っておくが、これは俺の圧力でそうしたんじゃない、演劇サークルが俺たちに企画を持ち込んできたんだ」

 

 あたしたちが話していると、横からいつもの声がしてきた。

 

「あ、蓬莱教授! お疲れ様です!」

 

 やはり、蓬莱教授だった。

 

「ああ、瀬田君にも苦労をかけたな。演劇部のことをよくまとめてくれた、感謝する」

 

「はいっ!」

 

 瀬田助教はやはり蓬莱教授のことをかなり慕っているらしい。

 

「それにしても、おじいさんになってしまうのが、蓬莱の薬を渡されてTS病になった恋人と結ばれるとは、思い切りましたね」

 

「ああいや、実はそこにもちょっとだけオリジナルの部分を取り入れてるんだ。実はオリジナルでは、浦島太郎はおじいさんになった後、鶴になって竜宮城にいた亀と結ばれるってことになってるのさ」

 

 蓬莱教授が浦島太郎に関して、本当の話を話す。

 

「もしかして『鶴は千年亀は万年』って?」

 

「ああ、これが由来だ。もし完成した蓬莱の薬を飲めば1000年後には4桁の年齢を迎えるものも増えるだろうな」

 

 うん、そうよね。

 

「さ、よく来た。俺の研究棟を今日は大幅に開放している。是非とも、見ていってくれ」

 

「浩介くん、見てみる?」

 

「ああ」

 

 おそらく、中はかなりのプロパガンダが繰り広げられているのね。


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