永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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永原先生の野望

 12月、あたしたちは高島さんの取材を受けることになった。

 それまでの会合でも、高島さんはあまり顔を出さなかった。

 もちろん、永原先生を通して取材の申し込みがあって、あたしも広報部長として記事を閲覧させてもらっている。

 蓬莱教授は、「ノーベル賞を受賞した経験もある大学教授」という立場上、取材拒否や恣意的な取材の制限も難しい。

 しかし、あたしたちの方は表向き完全私人の団体なので今でも取材条件は以前と変わっていない。

 協会に関する情報は、引き続き「ブライト桜」を経由するしかないわけだけど、それについては嬉しい誤算もあった。

 

 というのも、蓬莱教授が永原先生と手を組んで週刊誌を嵌めた際に、協会側が永原先生を無断で撮影したことを問題視し、いわば「無断取材」と見なすことにしたのである。

 そして、協会としては「今後同じようなことが起きれば、蓬莱教授と掛け合って当該メディアの関係者や子孫に薬を融通しないことも考える」という声明を出した。

 これにより、ブライト桜以外のメディアは、TS病という存在そのものがタブーになってしまった。

 もちろん、異を唱えればその会社ごと蓬莱の薬が出禁になりかねないともなれば、あえて声を上げるジャーナリストは皆無だった。

 永原先生によれば、「本人にだけ懲罰を与えるのではいくらでも無鉄砲者が現れる。だから江戸時代でも五人組を作ったし、豊臣右府の子は8歳でも死刑になったのよ。私たちには向かわせないためには本人の処罰だけではダメだわ。北の国があそこまで存続できたのもそのためよ」と言っていた。

 本当に、恐ろしい人だわ。でも、それが本当に通ってしまうのがもっと恐ろしいわ。

 

 あたしたちは、完全に権力者になってしまったことを思い知らされる。

 ある意味で、政府が口を出せば「権力者の言論弾圧」と言えることからも、マスコミをコントロールする能力では、もはや政府以上の権力者といえるかもしれないわね。

 

「浩介くん、行こうか」

 

「ああ」

 

 準備ができたあたしは、浩介くんを呼び出して早速協会の本部へと向かう。

 

「あ、篠原さんいらっしゃい」

 

「本日はよろしくお願い致します」

 

 協会の本部にいつものように入ると、永原先生と高島さんが既に到着していた。

 高島さんは、最初に会った時よりも少しだけ痩せていた。

 

「えっと、後は蓬莱教授ですね」

 

「ええ」

 

 後は蓬莱教授が来れば、この場に役者は全員揃う。

 今回は極秘事項ということで、他には誰もいない。比良さんと余呉さんや他の正会員さんたちにはいてもいいんだけど、彼女たちもあたしたちを憚ったのかみんな「病気」と称してこの場に居なかった。

 

「篠原さん、今後のことについてだけど、いいかしら?」

 

 永原先生から、何かがあるらしい。

 

「はい」

 

「蓬莱教授との同盟関係を深める上で、協会側も政治的抗争に巻き込まれる危険性があるわ」

 

「ええ、分かっています」

 

 元より、覚悟の上だ。

 

「おそらく、『蓬莱の薬』はそのまま日本の外交カードにもなり得るわ。というよりもするべきなのよ、そしてガンガン使うべきなのよ」

 

「永原先生、まさか!?」

 

 あたしは、永原先生が恐ろしい考えを持っていることを知った。

 今までもその片鱗はあったが、今回はそれまで以上に凄まじいオーラを感じていて、高島さんも浩介くんも、僅かに恐怖の表情を見せた。

 

「ええそうよ、日本の言うことを聞かない国や、日本を貶める国や反日的なの人間には、この薬を売らないことにするのよ。人は誰しも老いから逃れたいと思うわ。この薬とその製造法を、最重要国家機密にして、私達も蓬莱教授以外に遺伝子を取られないように、最新の注意を払わねばいけないわ」

 

「もし、それに諸外国が怒ってきたらどうするんだ!?」

 

 永原先生の発言に対して、浩介くんが思わず口を挟む。

 

「大丈夫よ。蓬莱の薬はとても強力なものよ。それにこの薬は蓬莱教授の研究グループが占有しているもの。蓬莱の薬はあくまで『私企業の商売』と言う立場を取れば、外国が何を言ってこようが、日本政府は『民間企業のことに政府は口を挟めない』としらばっくれればいいだけよ」

 

 永原先生が、半笑いで不気味な顔つきで言う。

 今までに見たことのない、永原先生だった。

 

「う、うん」

 

 ともあれ、蓬莱教授が来ないことにはこのことは詳しく話し込まないようにしよう。

 

  ピピッ……ガチャッ

 

「失礼するぞ……おお、みんな揃っていたか」

 

 扉のカードキーの音が聞こえ、最後に来たのは蓬莱教授だった。

 いつもはよく一緒にいる瀬田助教は別の用事があるのかここには来ていない。

 

 すると蓬莱教授は以前の機械を取り出した。

 

「ああ、蓬莱さん、盗聴器なら私の方で調べておきましたよ」

 

「なに、ダブルチェックだよ」

 

 高島さんが静止するが、蓬莱教授は構わずに盗聴器が仕掛けられていないかをチェックする。

 

「よし、問題なし」

 

 蓬莱教授がひとまず安心した空気になる。

 

「ともかく、CIAでもKGBでも公安部でも、あるいはマスコミでも何でもいいが、盗聴されるわけには行かないからな」

 

 どうやら蓬莱教授は、ここ最近かなり警戒心を強めているらしい。

 まあ、薬の完成が現実的になれば、色々な勢力の妨害もあるだろうこと、あるいはその恩恵のおこぼれに預かろうと利権を狙って出てくる人がいるのは、想像に難くないものね。

 

「あーそれでだ。今回は相変わらず海外では根強い俺の研究への反対論だ。特に国外についてだが」

 

「ええ、ですから私としては、蓬莱先生の薬を、日本政府と交渉して外交カードに仕立て上げてはどうかと思っているんです」

 

 永原先生がさっきの話しを早速切り出してくる。

 日本では、反蓬莱教授の急先鋒だった「明日の会」主催の牧師が失脚したことで、蓬莱教授の研究への批判は収まりかけている。

 それどころか、マスコミが萎縮しているのを見て、インターネットでは「蓬莱教授の研究に国家予算を注ぐべきだ」とか「蓬莱の薬を特産輸出品とし、外交カードにするべきだ」という声も聞こえだした。

 しかし、海外は事実上野放しの傾向がある。ペリー来航や終戦後のことを知っている永原先生は外圧をかなり警戒している。

 

「無論、無論懲罰的に蓬莱の薬を禁輸することも、外交カードとしては考えられるだろう。だが、あまり使いすぎるのもよくないと俺は思っている」

 

 比較的冷静な蓬莱教授は、永原先生とは違い、慎重な構えを見せた。

 

「蓬莱先生、それはどうしてですか?」

 

「蓬莱の薬は、ただでさえ影響力が強い。俺は軽い実験の気持ちで、マスコミ共に外交カードとして使ったが……その効力の大きさに驚いてしまった」

 

「それならなおのこと、政府にも働きかけて外交カードにしていくべきです。戦国生まれの私としても国が舐められるのは嫌なんですよ」

 

 永原先生は慎重な蓬莱教授をやや感情的に揺さぶるが、それでは通じない。

 

「永原先生の気持ちも分かるが……無闇な濫用は下手をすれば戦争にもなりかねん。もちろんカードとして捨てるのは論外だが、慎重に事を構える必要性があることに相違はないだろう」

 

「……分かりました。ともあれ、今はいいでしょう。高島さん」

 

 永原先生も、これ以上は無理と判断したのか、本題に移る。

 人生経験は永原先生が蓬莱教授の10倍だが頭脳の力では圧倒的に負けていることを永原先生もよく分かっている。

 

「ええ、今回取材を申込んだのは、蓬莱の薬の研究にかける思いを伝えたいです。それをもっと、外部に宣伝して欲しいと」

 

 今日の高島さんの取材は、蓬莱教授が以前あたしたちにAO入試で話したことや、去年の文化祭、そして今年の文化祭でも行った演説の内容、そして、あたしがTS病で不老故に、長い死別を経験せねばならないことを回避したいという思い。

 それらを混合した、とても長い記事が書かれることになっている。

 つまりそれらを全国民に共有したいということだ。

 

「ではまず、蓬莱教授に伺います」

 

 高島さんの取材とともに、どういう感じで記事にしていくのか、あたしたちがそれぞれの立場から意見を出し合って、共同で記事を作っていく。

 

「ここはこうした方がいいのではないか?」

 

「いや、これですと蓬莱教授が聞くという印象を与えかねません」

 

 基本的に、これまでと同様に高島さんの意見が説得力があって通りやすい。

 そして、全ての取材が終わるまで、数時間かかった。

 記事には、あたしたち篠原夫妻の写真も載っていた。

 あたしたちを使い、「美しい永遠の少女は、愛する旦那と共に添い遂げたい」という願いを押し出し、感情に訴える。

 蓬莱教授は感情論を嫌ってはいるが、利用はする。

 感情と理性を巧みに操って、蓬莱教授とあたしたち、そして高島さんによるプロパガンダ記事は完成した。

 

 国際世論のことも考えねばならない時期に入ってきたので、こちらの記事は場合によっては英訳し、英語圏向けにも発信する用意もする。

 そちらの方は、蓬莱教授の研究室や、ブライト桜に所属している英語翻訳担当が共同で行うという。

 

 

「さて、これで私の取材は全て終了です。ですが気になっています。その、政府に蓬莱の薬を外交カードにするかどうかという問題です。蓬莱教授はどうして慎重なのですか? あー記事にはしないんですが、あくまで差支えなければ、もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか?」

 

 全ての取材が終了した後、高島さんが冒頭で出ていた話をもう一度持ち出してくる。

 やはり高島さんとしても、永原先生の野望に魅力を感じたらしいのか、蓬莱教授が何故慎重なのかどうしても気になるらしい。

 

「人類が不老となる、それはとても重要だ。しかし、俺としては技術が可能になったときに『一部の人間だけ』がこの恩恵を享受するような事態は極力避けねばならんのだ。外交や交渉のカードとして使うのは、これからはなるべく避けたい」

 

「どうしてですか? 最初はそのようになってしまうのは致し方ないと思うのですが?」

 

 蓬莱教授の回答に対して、高島さんが更に追求する。

 

「何故なら、衰えることのない不老遺伝子を持つ人間はそうでない人間に比較して圧倒的に強い。永原先生など500年以上も生きている。ところで、何故永原先生は選挙に立候補しないと思う?」

 

 蓬莱教授は永原先生の方に向き直る。

 

「えっと、それは……私の存在が世に出れば、おそらく周囲は放って置かないと思うんです。必ず、私を総理大臣に、それも下手すれば終身総理大臣に仕立て上げようとする人が出てくるでしょう。現に今でもインターネットでそのような書き込みを見かけます。私にとっての終身というのは文字通り半永久です。そうすれば、必ず私の身に危険が及びます。寿命を延ばす上で、好ましくないのです。ですから、私はあくまで影から操る方がいいと思ったんです」

 

 永原先生は、あくまでも自分が表に出るというつもりはまったくなかったらしい。

 まあ、そう言う所も含めて永原先生らしさよね。

 

「そうだそういうことだ。もし一部の人間、特に日本人だけのように一部の国の人間だけが不老となれば、必ず不老足り得ぬ人間は奴隷のように扱われるようになる」

 

「それは、想像に難くないわね」

 

「ああ」

 

 あたしも浩介くんも、蓬莱教授に賛同する。

 とはいえ、あたしたちは、間違いなく「不老の側」に立つことができるだけど。

 

「今では協会の会員が300人も居ない超少数だったことや、性別も全員女性だったこと、そして何より表立って政界などへの進出を好まなかったことが世の中のバランスを取った大きな原因になっている。蓬莱の薬はどうしたってそれを崩さざるを得ない。日本人だけが蓬莱の薬を飲んで全世界を支配することは恐らく可能だ。だが必ずしっぺ返しを食らうと俺は考えている」

 

 蓬莱の薬は男女共に問題なく使うことが出来る。

 だからもし一部の人間、富裕層や政治家だけが使うことが出来れば、あるいは一部の国の人間だけが使うことが出来るならば、そうでない人々の扱いは変わってくる。

 

「特に深刻なのは、富裕層だけが使える状況ではない。本当に良くないのは大多数の人や国は使えるが、貧困層や途上国の人間だけが蓬莱の薬を使えないという状況だ」

 

「どういうことですか?」

 

 蓬莱教授の意味深な言い方に、高島さんが訝しげな言い方をする。

 

「一握りの人間だけが使えるなら、まだ人々も諦めはつくさ。だけど多数の人間が使えるのに、少数だけ薬を飲めないとなったら? 恐らく、飲めない側は間違いなく一部の人間の奴隷として扱われるよりも更に悲惨な扱いになるだろう」

 

「……篠原さん、私達の特権を知っていますよね?」

 

 永原先生があたしたちに向けて話す。

 

「ええ。年金を支払わなくて享受できることと、社会保障費分の税金を支払わなくていいこと、ですよね?」

 

 そのことは、実際に協会の会員たちの雑談の中でも何度も聞こえてきた。

 

「ええ。私たちには『老後』の概念がありません、逆に言えばずっと働くことが出来るわけです」

 

 とにかくあらゆる税金が普通の人より安いし、「老後」の概念がないTS病は当然年金も全て支払い免除になる。

 不老ということは、ずっと働くことが出来る。貯金だっていくらでも回せることになる。

 

「ええ」

 

「ですから、老後の保証はそもそも必要ないわけです。衰えないからずっと働く代わりに、社会保障にかかる分だけ税金を免除されているんです」

 

 永原先生の言葉、そこから導き出される蓬莱教授の結論は、特定の人間だけが不老を享受できない未来を恐ろしいものとしている。

 

「ああ、そうなれば少数の不老足り得ない人間は間違いなく『役立たず』の烙印を押されるだろう。就職だってろくにできなくなる未来が待っているし、老いたらそれこそ餓死するしか無いだろう。何故なら不老たる人間は身体能力そのままに経験と技術の蓄積を繰り返す。衰えがないということは、そういうことだ」

 

 蓬莱教授によれば、例えば先進国の人間だけこの薬を飲めば、途上国の人間を永遠に奴隷の楔につなぐこともできるだろうと言っていた。

 今は日本だけがこの不老技術を持っている。TS病がほぼ日本人特有の病気であるから、諸外国の研究機関が蓬莱教授と同じように不老の薬を開発するのも至難の業だ。何より、日本よりも抵抗勢力が根強い。

 

「蓬莱先生のおっしゃることは分かりました、ですが私は――」

 

「永原先生、あなたが国際社会に恨みを持っていることも重々知っている。だがここで、不老の薬で差別するとなると、必ずや将来に悪いことになるでしょう。もちろん、外交カードとしては排除しない姿勢は必要だとは俺も思うがね」

 

「……分かりました」

 

 永原先生が国際社会に恨み?

 

「あの、永原会長が国際社会に恨みというのは?」

 

 あたしが質問してみる。

 

「……私の江戸城での日誌の幕末部分を読めばわかります」

 

「あー、あったな」

 

 そうだった、永原先生は外圧によって最終的に江戸幕府が倒れてしまったがために、200年以上も安住の地とした江戸城を追われたんだったわね。

 

「永原先生、あなたは恐らく、この外交カードをたくさん使って、日本を中心とした国際社会に秩序を変えたいと思っていることは分かっています。ですが、それはおすすめできません。リスクが高すぎます」

 

 蓬莱教授が、永原先生を制止するように言う。

 永原先生は、日本と親日国に飲み、不老の薬を与え、かつて日本に対して危害を加えた国や、反日教育をしている国や民族に薬を与えず、奴隷として使おうという企みを持っていたのかもしれない。

 だけどそれは、長期的にはさらなる恨みを生みかねないというのが蓬莱教授の話しだった。

 蓬莱教授は、あくまでも人類全員が不老であるべきだという考えで動いている。

 

「もちろん、誰しもが容易に不老になれる中で、不老にならない選択をした人間が悲惨な目に遭うのは一向に構わない。そこは強調しておこう」

 

「分かりました。この薬は蓬莱先生の開発です。私が、深く干渉できるものとは思っていません」

 

蓬莱教授がそう言うと永原先生もすんなりと引いてしまう。

まあ、永原先生としても、蓬莱教授との関係を損ねてまでリスクを犯すメリットはないということよね。

 

「ああ。そう言ってもらえると助かる。さ、時間を取ってすまなかったね」

 

蓬莱教授が言い終わると「ふー」と一息つく。

 

「じゃあ、解散でいいですか?」

 

「ええ」

 

「はい」

 

あたしたちへの取材は、終わった。


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