永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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国際反蓬莱連合

「優子ちゃーん! 準備できたか!?」

 

「うん、大丈夫よ!」

 

 2021年4月、大学3年生の生活が始まって2週間が過ぎた。

 新しい講義は難易度も上がっていて、本格的に専門的な科目を学んでいるという気持ちが嫌でも身に付いてくる。

 一方で、蓬莱教授の研究は、再び行き詰まりを見せはじめていた。

 と言っても、何百歳の薬の記者会見を小出しにするのはよくないと言う戦略的判断から、次の目標が一気に1000歳になったのもあるけどね。

 でも、もう一つのブレイクスルーが必要なのは確かだと思う。

 

「間もなく──」

 

「よっしゃ、ついたな」

 

「うん」

 

 あたしたちはいつものように電車を降りて、大学の最初の講義の教室へと進んでいた。

 

「おい! 出てけ!!!」

 

「We are...We are...」

 

 いつものように講義を受けようと所定の場所に向かって歩いていたら、何やら罵声のようなものが聞こえて来た。

 

「ねえあなた、あれ一体?」

 

 浩介くんの顔を見ると、かなり驚いた顔をしていた。

 多分あたしも同じ顔をしていると思う。

 

「蓬莱さんの研究棟の前だよな?」

 

 蓬莱の研究棟の前で、2つの集団が罵りあっていた。

 どうも、雰囲気がただの罵り合いとも違うわね。

 

「浩介くん」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 浩介くんが、あたしの前に出てあたしを守ろうとする。

 やっぱり男の子よね。

 

「あ、篠原夫妻じゃん!」

 

「本当だ」

 

 あたしたちを見ると、他の学生たちもざわついていた。

 よく見ると、もうひとつの集団は外国人の集団で、先頭で対峙していたのは和邇先輩だった。

 

「あれ? 和邇先輩じゃないですか」

 

「あ、篠原さん。お久しぶりです」

 

 和邇先輩は留年したわけではなく、蓬莱の研究棟に入って、今年から大学院修士1年に入っている。

 

「これは一体どうしたんですか?」

 

 かなり攻撃的な集団で、明らかに学生という感じではない。

 

「どうしたもこうしたも、こいつら、行きなり現れて研究棟の前で大声をあげはじめたんですよ!」

 

 和邇先輩も、かなり怒った様子で興奮しているのが分かる。

 

「Hey! Hey! Don't ignore! Don't ignore!」

 

 あたしたちが相手を無視して会話していると、向こうから「無視するな」という罵声が飛んでくる。

 仕方ないので、和邇先輩がもう一度あたしたちから向こうに向き直る。

 

「Dr.Horai is a coward!」

 

 相手列の先頭に立っていた男が、「蓬莱教授は卑怯者」と罵っている。

 もう意味が分からないわ。

 

「Why!?」

 

 それに対して和邇先輩が負けじと応戦する。

 

「He ignored our protest.」

 

 えっと……この人達、「蓬莱教授は我々の抗議を無視した」と言いたいらしいわね。

 言ってることが中学レベルの英語で助かったわ。

 

「とにかく、ここは大学ですから、学生の迷惑になることは慎んでもらいましょうか?」

 

 あたしが、日本語で応対する。

 英訳したらどうなるかは知らない。

 

「Ah!? Why don't you speak English? I cannot understand Japanese.」

 

 ……何よこの人、「何で英語で話さないんだ。俺たち日本語わからねえんだぞ。」って、いくらなんでも横柄すぎるわ。

 それはここが日本だからとしか言いようがないわよ。

 よし、ここはフランスを見習って、意味は理解できるけど英語を無視して日本語で応対し直すことにしよう。

 

「それはここが日本だからよ? まさか世界中どこ行っても英語が通じると思っているのかしら?」

 

「……」

 

 あたしが攻撃に動じないのを見て、列の先頭にいた男も黙り込んでしまう。

 ともあれ、あたしたちだけでは収拾がつかないのが明らかね。

 

「和邇先輩、警備員を呼んでください」

 

「いや、もうとっくに呼んだよ。手がつけられないってことで……お、噂をしたら来たぞ!」

 

 和邇先輩がそう言うと、数人の人の駆ける音が響いてきた。

 

 

「ここですか?」

 

「違法な抗議活動を繰り返してやめないので、蓬莱教授の要請です。建造物侵入の現行犯でお願いします」

 

 どうやら、呼んだのは蓬莱教授だったみたいね。

 

「……分かりました」

 

「What!? What!? Why!? Why!?」

 

 和邇先輩が現行犯逮捕を要請すると、警察官の制服を着た3人のお巡りさんが、警備員さんと共に主犯の男を建造物侵入で現行犯逮捕する。

 

「It is Unfair repression! No! No! No! No! Noooooooo!!!」

 

 その間、抗議者たちは英語でよく分からない呻き声をあげていたけど、あたしたちは無視することにした。気にしていたら身がもたないわ。

 

「さ、講義に遅れないうちに、早く行こうぜ」

 

 浩介くんも気持ちを切り替えて、あたしに講義の場所まで誘導してくれたけど。

 

「うん、そうね」

 

 最も、この日の最初の講義は蓬莱教授だから、事情を説明すれば問題ないと思うけど。

 

 

「優子さん、浩介さん、今朝は災難だったな。まあ、いきなり変な抗議をしてきた奴らが全面的に悪い以上、俺が謝ったところでどうしようもないとは思うが」

 

 講義が終わった後、蓬莱教授があたしたちに今朝のことを話題に出してきた。

 ちなみに、講義の冒頭でも、「抗議者については、現在調査中」と言っていた。

 

「蓬莱さん、どうして突然抗議者が現れたんですか?」

 

 浩介くんが、最初に質問をする。

 あたしもそれが知りたいわ。

 

「ああ、以前から宗教団体を中心に海外の連中も俺の研究所に抗議文を届けていたんだが……いちいち構ってたらとんでもない時間のロスになるからって、無視し続けてたらああなった」

 

「なるほどねえ」

 

 まあ、無視するしか無いよね。

 

「今のところ、例の牧師との繋がりを示す証拠はないし、まあ実際陰謀めいたことは無いとは踏んでいるよ。それよりも問題なのは、宗教全般との対決だ」

 

 蓬莱教授は、何かを考えている。

 恐らく、話すと長くなってしまうことなんだと思う。

 

「あー、この続きは、また後でいいかな? 研究に戻らないといけないからな」

 

「はい」

 

 ともあれ、今はやり過ごすことにしよう。

 あたしたちは、次の講義を受ける頃にはさっきの話も頭の片隅程度に置いておくことに成功した。

 

 

「悪い、宣伝部から呼び出しがかかった。優子ちゃん、先に帰ってていいよ」

 

 放課後、浩介くんが蓬莱教授の宣伝部に呼ばれた。

 

「ううん、あたしも聞いておかないと」

 

「あーそうだったな」

 

 協会の広報部長になって3年目、あたしの仕事で最も多いのは、協会と蓬莱教授との間の橋渡し役で、明日の会失脚以降は、積極的な宣伝活動は殆ど行っていない。

 たまに幸子さんと歩美さんの任意も含め、蓬莱教授の宣伝部にヘルプという形で行く程度だ。

 今朝、蓬莱の研究棟に外国人の集団が抗議に現れたことについても、永原先生たちにすぐに情報を共有させなきゃいけない。

 なので、浩介くんが宣伝部に呼ばれたら、なるべくあたしも同行しておきたい。

 

 

「おお、2人ともよく来た。早速宣伝部の集めた情報をまとめよう」

 

 蓬莱教授があたしたちを歓迎してくれた。

 

「はい」

 

「結論から言えば、アメリカに本部を構える『国際反蓬莱連合』とでも言うべき集団によるものだと分かった」

 

「国際反蓬莱連合?」

 

 蓬莱教授が何やら良く分からない単語を述べる。

 

「原文だと『International anti Horai network』って言うらしい。件の牧師もそこの会員と思われるが、警察の話では今の所は今日の抗議活動で奴の関与は確認されていない」

 

 何かシュールな名前よね。

 それにしても、蓬莱教授に対抗する国際ネットワークって……まああたしもいつかはできるとは思っていたけど。

 

「ちなみに、連中の活動は、俺の寄付金には影響は与えていないぞ。むしろ最近でも、寄付金は増えている」

 

 まあ、そうよね。

 経済誌の資産家ランキングでも徐々に上に上がっているらしいし。

 

「しかし、漢字なら7文字で済むのに、英語だと長ったらしいな」

 

 浩介くんが別の着眼点から話す。

 なるほど、つぶやきサイトが日本ではやるわけよね。

 

「長い名前はまあ、色々煙に巻く効果があるのさ」

 

 蓬莱教授がそんなことを言う。

 

「7文字だと最初の『International』も書けないわね」

 

「まあ、それはあまり重要な話ではない。ともかく、だ。今回の事件は連中が迷惑をかけたと言うことになる。だから俺たちはその事を強調し、最終的に警察を呼んだということにするんだ。浩介さん、頼めるかな?」

 

「分かりました」

 

 浩介くんが蓬莱教授から指示を受ける。

 恐らく、他の宣伝部も今頃同じ事を行っているんだと思う。

 

「あたしも、今夜テレビ電話で永原会長に連絡しておきます」

 

「ああ、そうしてもらえると助かる」

 

 蓬莱教授の表情が、少しだけ柔らかくなった。

 ノーベル賞学者とは言え、政治家でもない個人を糾弾するためにわざわざ国際組織が作られた。

 いよいよ持って蓬莱教授の影響力が世界に広がってきているというわね。

 

「それから、宣伝部としても、そろそろ英語の宣伝活動家をそろそろ雇いたい。あーもちろん、現地にも俺を擁護してくれる在野の人は多いが、やはり数人程度はこの研究棟に置いておきたいんだ」

 

「はい」

 

「ひとまず、大学で英語を勉強している学生たちに声をかけてみることにするよ。あー、俺は研究で忙しいからな。さ、忙しい所、いつも悪いな」

 

「いえ、これも仕事ですから」

 

 あたしの広報部長としての仕事、報酬は殆ど出ていないが、浩介くんとの寿命問題の解決がなされるということを考えれば、安いものだわ。

 

「そう言ってもらえると、本当に助かるよ」

 

 蓬莱教授が英語の宣伝部創設の話をして、今回はお開きになった。

 

 

 翌日、インターネットの動画共有サイトに、例のトラブルの様子を撮影した動画がアップロードされていた。

 表題は「不法滞在者の違法抗議! 最後は警察につまみ出される」とある。

 実はこのメンバーのリーダー格の男は、自称「国際反蓬莱連合日本副支部長」で、短期ビザで超過滞在、つまり「オーバーステイ」の状態で、あの後入管法違反容疑で入国監理局に引き渡されたらしい。

 蓬莱教授が入国監理局に聞いた話では、近く強制送還になるらしい。本当、迷惑な人だわ。

 動画には親指を立てた「Good」評価が多数ついていて、最も評価が高いのは、「厚かましい! 不法滞在の上に他人の科学研究に抗議、しかも学生まで迷惑かけるとか。祖国に帰ってどうぞ」というものだった。

 

 また他にも、「動画に出てくる黒髪の巨乳がかわいすぎる」というもので、こちらは、「残念、彼女は篠原優子ちゃんって言って、旦那がいる既婚者なんだ」という返信がつけられていた。

 ちなみに、反蓬莱連合側も英語で動画をアップロードしていたので見てみると、最後の警察を呼ばれる下りがカットされていた。

 こちらの動画は低評価が大量につけられていて、高評価の3倍にも上っていた。

 

 英語でのコメントも似たようなもので、大学に行きなり土足で入り込んで学生たちを恐怖させたことに非難が集まっていた。

 そしてこちらでも、「12歳の幼い顔に超巨乳のこの女の子かわいい」という書き込みと、「悲しいことに彼女は人妻何だぜ」という英語の書き込みがあった。

 ……あたしも、かなり有名になったものだわ。

 

 

「昨日午前9時頃、佐和山大学に立つ蓬莱伸吾教授の研究棟の前で、無許可で敷地に入り込み、集団で恫喝的抗議に及んだなどとして、不法滞在のアメリカ国籍の男を含む12人が、建造物侵入などの疑いで現行犯逮捕されました」

 

 そしてその夜、この顛末がテレビのニュースにもなった。

 

「逮捕されたのは、自称『国際アンチ蓬莱ネットワーク日本支部副支部長』の──」

 

 ニュースは淡々と、起きた事実と、動画共有サイトで流れた映像を使っている。

 

「──容疑者につきましては、入国期限が過ぎた後も不法滞在を続けたとして、昨日入国監理局に身柄が移送され、近く強制送還される見込みとなりました」

 

 やはり、強制送還というのは、間違いないわね。

 

「なお、被害者の蓬莱教授は番組の取材に対し、『全く迷惑な抗議であり、以前から私の研究所にも嫌がらせのような抗議文が大量に届いている』と述べました……では、次のニュースです──」

 

 既存のマスコミ各社も、蓬莱教授を全面的に擁護し、またパネリスト達も抗議者側を避難する声で埋め尽くされていた。

 明らかに相手側に全面的に非がある上に、マスコミ各社も蓬莱の薬の非融通の恐怖があるとは言え、抗議団体側の言い分を伝えたメディアは一切無く、かなり凄まじいことだと思う。

 あたしたち協会や蓬莱教授を、例の牧師も含めて印象操作で批判していた3、4年前と比べると、まさに「隔世の感」という言葉がぴったりだった。

 

 また、「国際反蓬莱連合」の公式サイトの抗議団体の声明を見た浩介くんによれば、「我々の抗議の声を握りつぶした蓬莱教授こそ非があり、蓬莱教授こそ謝罪すべきだ」ということらしい。

 

「これは、政府との連携を早めるべきかもしれないわね」

 

 寝る前の1人自分の部屋で、そう考える。

 反蓬莱連合のメンバーは、あたしたちの活動の成果もあって日本人は少ないらしいけど、外国では無視できないロビー団体になっている可能性もある。

 そうなれば、いかに蓬莱教授といえども押しきるのは難しいかもしれない。

 元々薬が現実化すれば政府との接触は必要不可欠になる。

 だから今のうちに、話しておいた方がいいかもしれないわね。

 

 

「そうだな、反蓬莱の勢力が強まる前に、政府と良好関係を築いた方がいいかもしれん。今までは俺もあまり政府の力を借りるとしがらみを受けると思って敬遠していたんだが、このままでは国際的にはジリ貧に追い込まれる危険性もある」

 

 翌日、あたしたちの話を聞いた蓬莱教授は、腕を組んで唸っていた。

 

「俺の当初の予定ではもう少し後に政府との関係を築こうと思っていたんだが、前倒しをした方がいいだろう」

 

 自分達の本部にまで抗議活動が迫ってきた以上、政府とのパイプは早めに築いた方がいいのかもしれないわね。

 

 政府とのパイプと言っても、いきなり総理大臣の予定を開けられるわけではないし、それに総理大臣の予定は逐一公開されている上に人目につくということで、まずは内閣官房副長官あたりと接触することにした。

 

「うまく行くかしら? 政府との接触」

 

 研究棟から出たあたしは、早速浩介くんと政府対蓬莱教授の話をする。

 

「さあな。だが政府側だって、蓬莱さんとのパイプは築きたいだろ?」

 

 浩介くんは、あくまでも楽観的に物事を考えている。

 

「うん、そうよね」

 

 今回の抗議活動は、結果的に反対派側の首を絞める結果に、少なくとも日本ではなっている。

 海外の反応でも、ざっと見た感じでは抗議者側の傍若無人な振るまいが非難されている。

とは言え、本当のところは分からない。

 国レベルで蓬莱の薬を拒否する所が現れれば、国際社会は大混乱に陥る危険性がある。

 反蓬莱国が多くなった場合、状況によっては、「俺たちが蓬莱の薬を拒否したから、お前たちの国も拒否しろ」という内政干渉を受ける危険性もある。

 そうなったら、いくら蓬莱教授でも押し通すのは苦しい。

 

「とは言え、内閣府との接触だけでは不十分だと俺は思う」

 

 蓬莱教授は、内閣府との接触を試みていた。

 

「うん、少なくとも外務省と、厚生労働省、経済産業省との接触は必要よね」

 

 他にも、政府ではないけど経団連のような経済団体や、蓬莱の薬で損失を被りそうな企業の人にも、再就職を斡旋しないといけない。

 

 ともあれ、あたしたちが出来ることはそんなに多くない。

 今はとりあえず、蓬莱教授と政府の出方を見守るしかないわね。

 調整にも時間がかかると思うし、しばらく様子を見守ることにするわ。


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