永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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政府との交渉 後編

「では、本題に入りたいと思います。えー、日本政府としては、やはり蓬莱の薬は人々に夢と希望を与えると同時に、社会に大きな変革を巻き起こすことになると思います」

 

「はい」

 

 それはもちろん、言うまでもないことだ。

 全員永原先生みたいな世界と考えれば容易に想像がつく。

 

「まず、不老ということは介護福祉業界に与える影響が最も大きいでしょう。昨今人手不足が叫ばれておりますが、この業界については特に深刻です。国民が蓬莱の薬を使用するようになれば、ゆっくりと、だが確実にですが、無くしていくことができると思います」

 

 総理大臣が、そのように私見を述べる。

 あたしたちは、一言も発さずに総理大臣の私見に聞き入ることにした。

 

「次に財政ですが、まず社会保障費です。これを大幅に削減することができます。そうすると財政も黒字化するだけではなく、社会保障費が浮いた分、公共事業費やあるいは大学などの技術、研究開発に、多くの予算を回すことができるでしょう」

 

 うん、それは簡単に予想できることよね。

 

「私としてはまず、蓬莱の薬が浸透した時点で年金制度を廃止します。保険に関しましても、大幅な減額が可能でしょう。また、大減税と共に若者ばかりの社会となれば、人々の生活が豊かになることが予想されます」

 

「うむ、その辺りは予想している。だが次の問題がある」

 

 ここで初めて蓬莱教授が口を発した。

 そう、以前より不老によって懸念されている問題がある。

 

「はい、まず考えなければいけない問題が人口爆発の問題です。現在日本は少子高齢化による人口減少となっていますが、もし蓬莱の薬によって人類が不慮の事故や事件に巻き込まれない限り死ななくなるとすれば、平気で数千年と生き続ける人も増えるでしょう。もし、100年に1人だけしか子供を産まないとしても、蓬莱の薬を飲んだ人の平均寿命を仮に1000歳とするならば、出生率は10という数字になります」

 

 途上国でも、まず見ない数字だわ。

 いくら今の日本が少子化だからと言って、これはいくらなんでも極端すぎるわよね。

 

「そうすると、食料問題が肝要になってくるな」

 

 蓬莱教授が人口問題に伴って生じる問題としてまず考えたのが、食糧問題だった。

 

「はい、遺伝子組み換えという代案が考えられますが……国民の理解を得るのは難しいでしょう」

 

 総理大臣が暗い表情で話す。

 人口問題の解決のためには、農業や漁業のブレイクスルーが必要不可欠になる。

 しかし、遺伝子組み換え食品に対するネガティブイメージは強い。公然と認めれば角が立ってしまう。

 総理大臣によれば、諸外国には遺伝子組み換え食品を売る巨大企業があり、そこと遺伝学の権威である蓬莱教授が協力するという提案も考えたが、その企業が、日本人の価値観では「殿様商売」に写ることもあって、更に日本人の心証を悪くしているために難しいという。

 

「ああ、不老人間になれば、そんなことは気にしないでいい。と言えるんだがな。あー、もちろん、想定外のことは起きるものだがね」

 

 そう、多少の不健康なら、不老遺伝子が駆逐してしまうのは、結核が死刑宣告とほぼ同義だった時代に結核になってもすぐに治ってしまった永原先生や比良さんを見れば明らかだもの。

 

「そうすると、農地を増やして、従来と同じように品種改良を重ねるしかないわね」

 

 ここで初めて、永原先生が声を出す。

 

「でも、人はたくさんいるからいいとして、農地を増やすと言っても、限度があるだろ」

 

 浩介くんも、遠慮なく意見を出す。

 若い力が大切だものね。

 

「ああ。そこで建物の中に、立体的に農地を作れないか考えている」

 

 総理大臣によれば、農業用のビルを使って、立体的に農地を活用する方法を考えているらしい。

 問題は維持費だが、不老化に伴う社会保障費の大削減で補えることを祈るしかないという。

 

「そしてもう1つ、俺からも解決案がある。これはもっと長期的な話だが」

 

 蓬莱教授が、他に提案があるという話をする。

 

「はい」

 

「月や火星、金星をうまく惑星改造して、住める土地を増やせるようにできないか?」

 

 総理大臣は、それを聞いて腕を組む。

 

「宇宙移民ですか。その調整は更に難航すると思います。国家間の領地争いにもなるでしょうから」

 

 とは言え、人口問題の根本的な解決手段としては、他の星にも人類を移住させて、可住地面積そのものを増やしてしまうのがもっとも確実なのも確かではある。

 

「いずれにしても、今の技術ではSFの域を出ないわ。まずは総理大臣の提案で急場を凌ぎつつ、JAXAの予算を増額させつつ対応しましょう」

 

 あたしはここで、初めて自分の意見を言う。

 

「ええ、そうしましょう。蓬莱先生もそれでいいですか?」

 

「ああ、俺も異存はない」

 

「ええ、賛成ね」

 

「私も」

 

 このあたしの提案に、総理大臣が頷き、蓬莱教授と議員たちも賛意を示す。

 この瞬間、あたしは「国を動かしている」という実感を初めて持った。紛れも無く、今のはあたしが初めてこの国の政治を動かした瞬間だ。

 

 あたしは、国会議員のバッジをつけているわけではない。というよりも、議員になるには後最低5年は必要になる。

 でもこうやって蓬莱教授の力を借りながらだけど、それでも国家の長期的方針を決めてしまった。

 まるで自分が、山の頂上から地上を見下ろすように。

 

「それでは、次の問題です。この薬を、我が国の専売特許とする特例法を出すかどうかです」

 

「専売特許ですか!?」

 

 専売特許という総理大臣の声に永原先生の目が、一瞬輝いた。

 そう、永原先生は以前、この薬を日本だけで独占し、気に入らない国や反日的な国に対する経済制裁として用い、日本を事実上の世界の宗主国にする計画を練っていた。

 

「特許には期限というものがありますが、蓬莱の薬は非常に大きな作用をもたらす薬ですし、その効力も長期的に見る必要があります。ですから、特許の期限を無くし、蓬莱教授の研究機関のみで生産する必要性があることは間違いないでしょう」

 

「ええ、それから、100年間は日本限定で発売するべきだと思います」

 

 永原先生が間髪をいれずに付け加える。

 

「100年ですか、それはまたどうして?」

 

 総理大臣が永原先生に疑問符を投げ掛ける。

 

「外国人に蓬莱の薬が効くのか? その治験が必要だと思います」

 

 永原先生からすると、当然の疑問よね。

 

「確かに、今までは日本人のTS病患者でしか実験していないが、うちの研究所にも複数の日本人の血が入ってない、あー帰化一世の方にも薬は飲んでもらっているから、問題はないだろう」

 

 永原先生の言葉に対して、蓬莱教授が実証的データをもって反論をする。

 

「そうですか、それはよかったです」

 

 もし日本人にしかこの薬の効果がないとすれば、長期的には否応なく日本の影響力が国際社会で極端に大きくなる。

 今までは、不老人間と言っても、300人に満たず、しかもほぼ全員が日本人女性という状況だった。でも、「1億総不老」ともなれば、その有り余る寿命に物を言わせ、優秀な人間が日本ばかりに一方的にたまっていくことになる。

 どうやら、その心配はないらしい。

 

「よく考えなくても、これだけ日本人に偏った病気だ。それを基にして薬を作るんだから、外国出身の被験者は必須だよ」

 

 蓬莱教授が当然という表情をする。

 まあ、外国人には効かない可能性を想定しないわけがないものね。

 

「特定の人間にはこの薬を融通しない。という手段は、俺自身1回使ってみて分かったが、なるべく使いたくない。もちろん、あまりにも反日的なことを繰り返し続ける国があるなら、それもありだろう」

 

「そうですか、ではどうして?」

 

 永原先生は、自分の主張を一部肯定した蓬莱教授の方を少しだけ怪訝そうな表情で見ている。

 そう、永原先生は以前より反日的な国や国益に反する国に対する制裁手段として蓬莱の薬を使用する構想を抱いて蓬莱教授に却下されたばかりだった。

 

「もし蓬莱の薬の禁輸を外交カードとして使うとしても、それはあくまでも最後の最後に使うべき手段だ。下手をすれば、軍事的な武力制裁の何倍もの効果をもたらすことになる。それこそ核攻撃に匹敵する危険性さえある」

 

「……分かりました。蓬莱教授の懸念、心にとどめておきます」

 

 やはり、蓬莱教授は戦争の危険性を懸念していたみたいだった。

 

「1個いいですか? 蓬莱の薬を大衆にも浸透させるということなんですけど、いきなり安値で売り払うというのですか?」

 

 総理大臣が次に疑問を投げかけてくる。

 

「ああいやもちろん、それは最終目標だ。もちろん当初のうちは富裕層にしか届かない値段で売るつもりだが──」

 

「あの、長期分割払いというのはどうでしょう?」

 

 ここであたしが、もう一度声をあげる。

 

「長期分割払い、なるほど。だがインフレ率というのがある」

 

 確かに、これまでの寿命スケールを考えたらそうなるわよね。

 

「それははい、最初から太字で『インフレ率考慮』ということにすればいいんです。例えば、この薬を6000万円で売るとします。ただし支払うのは毎月1万円とすれば?」

 

「年間12万円、支払いを終えるまで500年かかるな」

 

 あたしの話に浩介くんが単純な計算をする。

 

「一括なら5000万円だとすれば、500年で1.2倍、かなり良心的だな」

 

 500年で1000万円なら、単純計算で1年あたりで2万円、2500分の1の利子になる。

 つまり、0.04%ということになるわね。

 

「ただし、インフレで物価は上がりますから、ある年を基準に、物価指数で利子を決めていくといいと思います」

 

「なるほど」

 

 総理大臣が修正案を示してくれる。うん、やっぱり総理大臣という味方は心強いわね。

 

「ただ、その長期分割払い、不慮の事故に巻き込まれた時も考えて保証人も必要になるな」

 

「ええ、最初にある程度一括で払えば、分割も安くなるなど、柔軟なサービスが求められるわね」

 

 蓬莱教授の異議に対して、あたしも答える。

 

「ただ、何としてでも費用は回収しなきゃならんからな。そこでだが──」

 

 会議の中で蓬莱教授は、数百年単位の超長期的な分割払いの場合、特例法によって、自己破産したとしても返済義務は残り、また自殺等においても遺族などは相続放棄できないようにするように求めた。

 

「特例法は社会の反発も予想されるだろうが、蓬莱の薬の影響力を鑑みれば、これまでの法律では絶対に対応できないでしょう。普及のための法律も、是非すぐに整備して欲しい。そうすれば迅速に世界に蓬莱の薬を普及させることが可能だろう」

 

 蓬莱教授は、長期分割払いで予想される出来事を話す。

 

「とは言え、やはりかなり慎重に普及させていかないと、リスクが高いと思います。これまでの新商品やイノベーションとは、全く次元の異なるな話ですから」

 

 総理大臣が、次に異論を唱える。

 やはり、普及には賛成でも、より慎重にしたいのが政府の意向なのだろう。

 

「俺としては、一部の富裕層や先進国だけが不老を享受している状況は、必要最小限度の年数に止めたい。でなければ、国や国際社会の分裂が決定的になる上に、既成事実化する恐れがある。それだけは避けたいのだ」

 

 蓬莱教授は、分裂による治安悪化に伴う、寿命の低下を危惧しているのかもしれないわね。

 

「……分かりました」

 

「実は蓬莱の薬はそこまで高値で作るものじゃない。具体的な原価は……政府の皆さんと言えどお伝えすることはできませんが」

 

「そうですか」

 

 まあ、確かにそうかもしれないわね。

 詳しい医療知識がなくても、単に毎日1本を5日間飲むだけでよくて、悪い副作用も何もないもの。

 

「次の議題に入っていいかな? 最近、俺の研究所に妨害者が現れたのはニュースで見た通りだと思う」

 

「ええ、公安調査庁と公安警察の話では、『国際反蓬莱連合』の創始者は『明日のTS病患者を救う会』の創始者と同一人物で、現在は日本支部長で、蓬莱教授の抗議事件の黒幕と黙されています」

 

 総理大臣が、政府側の情報を蓬莱教授に提供してくれる。まあ、あの事件では蓬莱教授は被害者だものね。

 

「うむ、やはりそうだったか。関与は、あったんだな?」

 

 蓬莱教授は以前「そのような陰謀はないと思われる」と話したため、予想が外れたことになる。

 

「ええ、そのようです」

 

「ふー、やはり公安には勝てねえな」

 

 蓬莱教授が頭をポリポリとかく。

 

「公安としましては、蓬莱教授の集団は、例のマスコミ恫喝事件以降、権力者となる野望がある恐れがないかどうかを調査中でしたが──」

 

「とんでもない! むしろ政府や公安に協力してほしいからこそ、ここに来たんですよ」

 

 総理大臣の話に対して、蓬莱教授が割って入る。

 

「そう言って貰えると嬉しいです。とは言え、公安調査庁、公安警察としては、立場上政府外の組織と積極的に連携するというのは難しくなっています」

 

「うむ、それでいいよ。ただ、俺を危険視する気持ちは分かるが、『蓬莱は権力欲は特になく、政治的問題は専門的立場から助言はするが最終的には首相に任せるつもりでいる』ということだけは、肝に命じて欲しい」

 

 蓬莱教授としては、自分の監視に人員を割くのは無駄だと言いたいのだろう。

 

「そもそも、選挙に出たら研究どころじゃないですし、寿命を延ばす蓬莱の薬では政府転覆など出来ませんよ」

 

「ああ、その通りだ」

 

 永原先生の補足に対して、蓬莱教授も肯定する。

 

「分かりました。では『国際反蓬莱連合』については、引き続き公安調査庁に監視させることにしましょう。その中でできる範囲で、情報を協力していきましょう。実用化した後には、私が総理大臣かどうかは分かりませんが、政府広報として国をあげて支援できる体勢を整えていきたいと思います」

 

「恩に着る」

 

 例の牧師が糸を引いていることが明確になっただけでも、今回の政府との接触は大きな成果になるのに、総理大臣は政府として蓬莱教授と協力していくことを約束してくれた。

 超党派の議員連盟の議員たちも、しきりに「この事は挙国一致」「与党も野党も関係ない」「何でも反対党の汚名を削ぐチャンス」といった会話を交わしている。

 

「あー、それから永原先生の協会についてなんだが」

 

「はい」

 

 蓬莱教授が、今度は永原先生の方に首を向ける。

 

「私たち日本性転換症候群協会としても、今回の蓬莱の薬は是非普及させたいと思ってます。まず反対者の出鼻をくじくための既成事実の作りのために、まずはTS病の患者と結婚した旦那に優先的に売っていくのはどうかとも思っています」

 

「なるほど」

 

 つまり、浩介くんや直哉さんのような人に、まず蓬莱の薬を売っていくということになる。

 それならば、世論の理解も得やすいと永原先生は踏んでいる。

 

「うちの副会長は天保生まれで、子孫たちがいるんですが、今では曾孫までは全滅、玄孫の代も半分は死んでいるんだそうです」

 

「なるほど。それは辛かったでしょう」

 

 永原先生の話に総理大臣が重い口調で言う。

 曾孫が全滅ってことは、あのおじいさん亡くなったのね。

 

「うーん、比良さんはそんな感じではなかったですけど」

 

「ちょ、ちょっと永原会長!」

 

 もう、永原先生正直すぎよ。

 そこは嘘でも「悲しそうな感じを受けます」とか言おうよ。

 

「いえ、不老は悲惨だと言いますけれど、完全な不死とは違いますし、集団で不老になれば怖くないんですよ」

 

 永原先生は、どうやらそれも言いたいことだったのであえてぶっちゃけたらしいわね。

 

「なるほど。分かりました。ですが反対派はデメリットを強調してくるでしょう。不老不死とも言いますから」

 

 総理大臣が「不老不死」という言葉を使う。

 もちろん、不老と不死の違いは総理大臣も知っているはずだ。

 

「さすがに不老と不死を混同する言動はしてこないと思うが、それでも小説などを持ち出して、しきりに不老に関するネガティブキャンペーンを繰り広げるだろう」

 

「うむ」

 

 その話は、AO入試の段階でも蓬莱教授が予想してきたことよね。

 

「そこで対策なんだが、普段の広告塔は篠原夫妻だが、不老に対するネガティブキャンペーンにおける反論としては、永原先生を広告塔にしたいと思っている」

 

「ええ、私は今のところ人類一の長生きですから。それに江戸の街で200年以上、そこから出ずに生活した実績があります」

 

「分かりました。政府としても、それに賛成です」

 

 総理大臣も、永原先生にも広告塔になってもらう案にすんなりと賛成してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

「ふう、さて、そろそろ時間も押して参りましたな」

 

「おっと、もうこんな時間かい」

 

 総理大臣が時計を見ると、蓬莱教授が驚いた表情をする。

 どうやら、総理大臣は蓬莱教授と意気投合ができたみたいでよかったわ。

 

「それじゃあ、名残惜しいですけれど、私たちはこれで失礼いたします」

 

「ありがとうございました」

 

 全員で立ち上がり、まずはあたしたちから出口へと向かう。

 蓬莱教授が総理大臣と親しそうに話している。

 あたしも、会議の中で僅かながら総理大臣と会話することが出来たし、それどころか政治まで動かしてしまった。

 義両親は知っているけど、さて桂子ちゃんたちにはどう説明しようかな?

 

「では、お気を付けてお帰りください」

 

「「「はい」」」

 

 あたしたちは総理大臣に見送られ、官邸を後にした。


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