永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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反旗の狼煙

「ふう、それで優子ちゃん、研究室はどうなった?」

 

 文化祭が終わってすぐに、来年以降の研究室の配属先の発表がある。

 

「聞くまでもないわよ。浩介くんもでしょ?」

 

 蓬莱教授の研究棟に入ることで、あたしは遺伝子の提供がしやすくなるし、宣伝部の浩介くんもやりやすくなる。

 ……ということであたしたちの所属研究所は入学前から決まっていたことだった。分かっていてもやはりドキドキするわね。そう言う意味でAO入試の時にあの場で合格証を渡したのは蓬莱教授なりの優しさだったのかもしれないわね。

 あたしたちは、今日の放課後に研究棟の皆さんに挨拶することになっている。

 

 

「あー、来年度からうちの研究室に配属となる学生たちだ。まずはもしかしたら皆さんも知っているかもしれないが、篠原夫妻だ」

 

 蓬莱教授からまずあたしたちが紹介された。

 

「夫の篠原浩介です」

 

「妻の優子です」

 

  パチパチパチパチ

 

 あたしたちに向けて、歓迎の拍手が沸き起こる。

 拍手している人たちを見ていると瀬田助教や、大学院の修士博士課程の人たちや、一般の研究員たちの中に、和邇先輩の顔も見えた。

 

「あー、皆も知っての通り、篠原夫妻は俺の実験の要となる存在だ。それと言うのも、妻の優子さんはTS病の当事者でもあり、また旦那の浩介さんも、当事者の旦那と言うことで、成績優秀なのに加え、宣伝部でも1年次から既に活動を始められている」

 

 蓬莱教授が、「一応」という形であたしたちを紹介してくれる。

 

 

「やっぱり、ここに来たのか」

 

「ま、コネだとしても必要なコネだわな」

 

「ああ、実験成功のためにも、是非とも欲しい人材だからな」

 

「それに、聞くところによると、夫婦ともに成績がいいらしいぜ」

 

「へえ、すげえじゃん」

 

「ま、何にしても、『リケジョ』は貴重だしな」

 

「ああ、あれで元男とか何かの間違いだろって思えてくるよな」

 

 

 研究員や大学院生などからも、あたしたちの感触はいい。

 特にあたしのことを「元男なんて信じられない」と言ってくれたのは、最高に嬉しかった。

 男扱いや中間扱いで、あたしは最近ほとんど悩んだことはない。何故なら、皆あたしのことはきちんと女の子として扱うようになってくれたから。

 TS病の当事者にとって最も理想的なのが、カミングアウトした時に「女の子扱い」してくれることだった。

 どうしても、生まれつきの女の子でない以上、こうなるのは当然だった。

 

 

「何にしても、篠原夫妻は歓迎だな」

 

「ああ、大学院に行ってくれれば、我ら蓬莱の研究棟の貴重な戦力になるぜ!」

 

「うむ」

 

 

 浩介くんはともかく、あたしはかわいくて胸が大きく、また黒髪のロングストレートなヘアスタイルも男受けがいいから、人妻ということを差し引いても、やはりムードは上がる。

 まあ、ここ「蓬莱の研究棟」もご多分に漏れず、「リケジョ」が少ないせいもあるけどね。

 

 うーん、歩美さん、早まったかもしれないわね。

 あ、でもこういう所は彼氏や旦那持ちの方がいいかもしれないわね。何気に、1人の女性に多数の男性って女の子にとってはよくても、男たちには危ない環境だと思うし。

 

「さて、次に来年度から我々の研究所に入ってくれるのは──」

 

 蓬莱教授が次々とあたしたちと同じ学科の学生たちを紹介してくれる。

 その中には、もちろん見知った顔がたくさんある。

 

「よし、これで全員だな。来年度から、よろしく頼むぞ。何、心配はいらん。学部4年なら、雑用程度だし、卒業論文だって、そんな本格的なものを求める訳じゃないさ。身構えなくて大丈夫だ」

 

 ちなみに、「ゼミ」と言う言葉もあるけど、そちらは文系の大学で使われる用語だとか。

 

  タッタッタッタッタ……

 

 すると突然、廊下を走る音が聞こえてきた。

 音だけでもかなり慌ただしいのが分かる。

 

「はぁ……はぁ……教授、宣伝部から連絡です……はぁ……はぁ……」

 

 伝令役の人が、かなり慌てた様子で駆け込んでくる。

 

「おう、どうしたんだそんなに慌てて」

 

 蓬莱教授も、こういうことがめったに無いのか、かなり驚いているわね。

 

「国際反蓬莱連合が、蓬莱教授の研究中止を求めて、東京で大規模な抗議集会を計画しているという情報が入ってきました!」

 

「何と!」

 

 

「え!? 抗議集会!?」

 

「どう言うことだよ」

 

「蓬莱教授の研究を妨害しようってのか!」

 

「何て奴らだ! 許せん!」

 

 

 研究員たちはもちろん、あたしたち大学3年生にも、動揺の声が広がっていく。

 そして、徐々に「許せない」「叩き潰すべきだ」という声が上がっていく。

 

「蓬莱教授、あたし、ちょっと抜けますね」

 

 ともあれこの事は、永原先生にも話さないといけないわ。

 

「ああ、頼む……浩介さん」

 

 蓬莱教授は、浩介くんにも頼み事をするらしい。

 

「はい」

 

「君も宣伝部長に、『集会を不許可にするように警察に圧力をかけるよう、政府に取り合ってくれ』と伝えてくれ。多分無理だと思うから、一応という感じで頼む」

 

「分かりました」

 

 あたしと浩介くんが、それぞれ所定の場所へと駆けていく。それらの様子を見て、周囲の同様は大きくなる。

 その背後で蓬莱教授が「うろたえるな、俺たちも、反撃の集会を計画する」と発言しているのが聞こえた。

 

 あたしは、近くの適当な空き部屋に入って急いで携帯電話から永原先生に電話する。

 多分、小谷学園の授業は終わっているはずだわ。

 

  ピピピピッ……ピピピピッ……

 

「頼むわ……」

 

「はい、永原です」

 

 良かった!

 

「あ、永原会長、あたしです」

 

「あら篠原さん、電話とは珍しいわね。随分慌ててどうしたの?」

 

 電話越しにも、永原先生の動揺が伝わってくる。

 

「うん、実は国際反蓬莱連合が動いたのよ。東京で大規模な抗議集会を行う計画だって情報です」

 

「そう、分かったわ。それで、私たちにできることは?」

 

「蓬莱教授の方で、カウンターのデモ集会を開くと言っていたわ。そのためにも、人員を集めたいの」

 

 とりあえず、明確に断言できるのは今はこれだけ。

 

「分かったわ。もちろん協会も協力するわ。この事は私の方ですぐに比良さんたちにも伝えておくわ。篠原さんは……今大学?」

 

「ええ」

 

「じゃあ、塩津さんと、山科さんに連絡して。後の方はこっちでやっておくわ」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、切るわね」

 

「はい」

 

  ガチャッ

 

 永原先生と電話をし終わったら、あたしは急いで幸子さんにかける。

 

  ピピピピ……

 

「はい、塩津です」

 

 よし、出たわね。

 

「幸子さん、あたし」

 

「どうしたの? 私今仕事中なのに」

 

 あ、そう言えば幸子さん就職していたんだったわね。

 

「あーうん、ごめんなさい。その、国際反蓬莱連合が東京で大規模抗議集会を計画しているって」

 

「え!? まさか本当に? 動いてくるなんて思わなかったわ」

 

 幸子さんが電話越しにも動揺している声が聞こえる。

 実際、夏休み中に動いていなかったせいで取るに足らない組織ではないかという認識が蔓延していたのだ。

 

「幸子さんは地理的に大変かもしれないけど、蓬莱教授がカウンターを計画しているわ。ここで世論操作に失敗したら、直哉さんと死に別れちゃうかもしれないわ」

 

「うん、分かったわ」

 

 幸子さんと、電話のやり取りを終える。

 仕事中にかけちゃったのはまずかったけど、仕方ないわね。

 よし、次は歩美さんね。

 

 ……ダメだわ。繋がらない。

 おそらく、帰宅途中で電車の中なんだわ。

 

  ブー! ブー! ブー!

 

 何度か応答しない歩美さんにかけていると、あたしの携帯が震え始める。

 案の定、電車の中だったのか、歩美さんの方からメールが届いていた。

 

  題名:どうしたの?

  本文:今電車の中、どうしたの?

 

 あたしが、抗議集会のことと、カウンターのことを書いて送ると、歩美さんから「了分かった。協会広報部としてもがんばる」とのメールが返ってきた。

 よし、これでいいわね。

 あたしは部屋から出て、さっきのところへと戻る。

 見ると蓬莱教授と瀬田助教だけが、その場に残っていた。

 

「おお、優子さん、どうだった?」

 

 あたしの姿を見た蓬莱教授が、やや心配そうに声をかけてくれる。

 浩介くんは、まだ戻っていないみたいね。

 

「ええ、協会の方は協力してくれるみたいだわ」

 

「よし、連中は学園祭の前の土曜日に集会を開くらしい。佐和山大学の威信をかけて、今こそ、我がプロパガンダの成果を見せてやろう」

 

 蓬莱教授は、既に覚悟を決めていた。

 よし、あたしも頑張らなきゃいけないわね。

 

「あの、浩介くんは?」

 

「まだ戻ってきてないな。宣伝部の活動で時間を取られているのかもしれん」

 

「分かったわ」

 

 あたしは、記憶を便りに宣伝部がある方向へと進む。

 よしよし、ここが宣伝部の部屋ね。

 

  コンコン

 

「はーい」

 

  ガチャッ

 

「あ、優子さん。浩介さん、優子さん来たよ」

 

 宣伝部の人が応対してくれた。

 

「おう」

 

 浩介くんが、部屋の入り口に来てくれる。

 

「浩介くん、そっちはどう?」

 

「ああ、一応うまく行っている。宣伝部の方で、今回の集会のネガティブキャンペーンを実施すると共に、今はダメもとで政府に連絡して、集会とデモを不許可にしようと画策している」

 

 ともあれ、カウンター集会の参加を警察に届け出ないといけないわね。

 そのためにも、人を集めないことにはしょうがないわ。

 

「分かったわ」

 

 日時は学園祭前の土曜日、休日出勤になったらまずいわけだけど、最近は人手不足だし、そこまで大きな問題とは思っていない。

 

「よし、じゃあ俺たちは、帰っていいですか?」

 

「ああ。学生に負担はかけさせられん。優子さんと、よく連携してくれ」

 

「「はい」」

 

 宣伝部の人に見送られて、あたしたちは外に出て家に帰る。

 

 

「まあ! 分かったわ。私たちもなるべく参加するわ。優子ちゃんは実家の両親に連絡して?」

 

 帰ってすぐに、あたしはお義母さんにこの事を伝えると、お義母さんも、やる気満々になってくれた。

 

「ええ」

 

 あたしと浩介くんは、それぞれの部屋に別れ、あたしは早速ネットニュースを見る。

 そこには、「国際反蓬莱連合が大規模抗議集会を計画」と題された記事が掲載されていた。

 そこによれば、東京都において「蓬莱教授の研究に反対」「生命の摂理と倫理を無視する研究を許すな!」というスローガンを掲げ、デモ行進が計画されているという感じの報道だった。

 ちなみに、これを報じているメディアはブライト桜ではないものの、既に他の既存メディアでも、蓬莱の薬を融通してもらえない恐怖感からか、今回もあたしたちに配慮して、サブタイトルには「身勝手な抗議理由」と書かれていて、実際にニュースの下にあるコメント欄も非難轟々たが、あたしたちが知りたいのはそうではない。

 カウンターをするからには、当然近くで計画しないといけない。

 

 あたしは、まずニュースから「国際反蓬莱連合」のホームページに向かった。

 例の抗議動画の事件の時には、公式ホームページが存在していなかった。

 このホームページは、宣伝部の方では認識していたらしいけれど、あたしには情報伝達されていなかったために、あたしたち協会の方はこのホームページの存在を認識していなかった。

 まるでお役所の縦割り行政のような失態だけど、今更悔やんでも仕方ないわ。

 

「これは酷いわね……」

 

 あたしは思わずそこに書かれている内容に目がクラクラしそうになってしまう。

 そこには、「生命の摂理と倫理を無視する蓬莱伸吾の研究を許さない」「不老の人間はこれまでの人間よりも圧倒的に強く、就職面などでも絶対的に優位であり、選択制だとしても、事実上の強制になる」「人は老いて死ぬものであり、それを受け入れられないのは神への冒涜だ」などと書かれていた。

 

 更に蓬莱教授のみならず、あたしたち協会についても誹謗中傷されていて、「日本性転換症候群協会は、蓬莱伸吾の研究に対して、一貫して協力姿勢を貫き、この悪魔の研究に荷担するために欠かせない役割を示している」と糾弾されていた他、「身勝手な声明によって、男女平等の気風を一掃し、女性差別主義者が跋扈する世界に逆戻りさせた」、「自称戦国時代生まれの女が指揮する究極の独裁的圧力団体」とも書かれていた。

 恐らく、この事はすぐに永原先生たちの耳にも入ると思うから、2年前と同じように、反論声明を出していく必要があるわね。

 それにしても、あたしが高校生の頃から、まるで成長していないわねあの牧師。

 

 そしてこの抗議デモの協賛団体を見ると、例の牧師が信仰していると思われる宗教関連の組織の他、あたしたちのよって活動がほとんどできなくなったフェミニスト団体が目につく。

 

「……はぁ-、まるで不死鳥だわ」

 

 不老に比べれば、不死は更に強い。飛行機が墜落しようが何年間も飲まず食わずだろうが生きているのが不死だ。

 フェミニズム団体は、あたしたちの声明によって、大打撃を受けた。

 普通ならそこで死んでいるはずなのに、また蘇ったようなもの。蓬莱の薬でも、あたしたちTS病でも、死んだら生き返れないのは同じだ。

 ……まあいいわ。あたしたちは生まれつきの男から、後天的に女に変わったからこそ、両者の違いをよく熟知している。

 だからこそ、フェミニズムには到底賛同できない。

 

 ともあれ、その夜は義両親と実両親にこの団体について話すことにした。

 フェミニズム団体については、「30代後半のモテなくて性格悪い独身女性は特に優子ちゃんみたいなのを僻むものよ。行き遅れをこじらせて、あんな感じになるわ」と言っていた。

 18歳で結婚したあたしには、ちょっと想像もつかないわね。

 

 

「浩介くんの方はどう?」

 

 夕食後、あたしは浩介くんの部屋で作戦会議をする。

 

「ああ、とりあえず、人を揃えることはできそうだ。ただ、やはり抗議デモを不許可にするのは、政府という立場上、厳しいらしい。ただ、カウンターデモは許可が取れそうだとよ」

 

「ええ、分かったわ」

 

 浩介くんの方も、宣伝部の活動として、カウンターデモを拡散している。

 集合場所や時間も、急ピッチで決められるらしく、明日にはインターネット各地に拡散できるようになっている。

 

「後は蓬莱教授は、拡散の時にプロパガンダのために優子ちゃんの名前と写真を出したいとのことだ」

 

「ええいいわ」

 

 あたしの美貌が役に立つ場面、浩介くんも寿命問題となると、嫉妬を押さえてくれる。

 っと思ったんだけど──

 

  ぺろり

 

「きゃあ!」

 

 女の子座りをしていたあたしは、浩介くんにスカートをめくられて上から純白のパンツを覗かれてしまう。

 

「優子ちゃんって、穢れがなくて清楚だね」

 

「もう! 浩介くん、真面目な話してるのにやめて! うわーん、またパンツ見られちゃって恥ずかしいよおー!」

 

 あたしがスカートをおさえながら、ちょっとだけ涙目で抗議する。

 

「ごめんごめん、優子ちゃんの顔写真拡散ってなったら、つい嫉妬しちゃって──」

 

 またこれだわ。

 

「もうっ!!! 何も今しなくてもいいじゃないの」

 

 浩介くんは、嫉妬するといつもエッチなことをして独占欲を満たそうとしてくるのよね。

 

「ごめんなさい……優子ちゃんを独占したいと思うと、こうするくらいしかなくて……」

 

 浩介くん、本当に不器用なんだから。

 まあ、確かに「自分にしかできないこと」をすることで独占欲を満たすのは普通のことだし、あたしだってそうだと思う。

 何よりそうさせたのは、あたしにも原因があるんだし。

 だからこそ、不倫は深刻な問題になるのよね。

 

「ふう、とにかく、決戦は再来週ね」

 

「ああ、天王山だな」

 

 それまでは、あたしたちもきっちり宣伝していかないと、とにかく数で負けると分が悪い。

 久々にあたしたちも、ちょっと不安な毎日を過ごすことになったわね。


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