永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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デモ行進

「皆さん、これから、デモに出発したいと思います。道中それなりに長い距離を歩きます。気分が悪くなった方は、無理をせずに列から離れてスタッフや警察の方の指示にしたがってください。また、過度な旗揚げは危険ですのでご注意ください。これから本隊は4つの挺団に別れたいと思います。それぞれの挺団の先頭集団の方が立っていますので、お好きな挺団にお入りください」

 

 蓬莱教授がそう言うと、あたしたちは早速第一挺団の先頭の形成に入る。

 先頭の2列10人は先程の作戦会議通り、蓬莱教授、永原先生、あたし、浩介くん、幸子さん、直哉さん、国会議員の3人と、会合でよく見るあたしたちの中でも美人に分類されるだろう女の子が選ばれた。

 まあ、女の子って言っても、明治生まれの140歳なんだけどね。

 ちなみに、永原先生の隣には国会議員の与党議員が選ばれた。

 あたしたちの挺団の横断幕は、「不老の追求は生存権! 蓬莱教授の不老研究を認めよ!」と書かれていて、もちろんあたしもこれを持ちながら最前列を更新することになっている。

 

 あたしは一旦列から離れて、横に並んでいる他の挺団の様子を見てみる。

 第2挺団には、「みんなのために不老の実現を応援しよう!」という横断幕を持つ協会の仲間たちがいて、後ろの「雑兵」の割合がもっとも高い。一方で、この梯団には、『日本性転換症候群協会』と書かれた旗や、国旗を掲げている人もいる。とにかく旗は多い方がいいのかもしれないわね。

 

 第3挺団の横断幕には、「我々佐和山大学は蓬莱教授を守ります!」と書かれていて、更にデモ隊の多くの人によって、佐和山大学の校旗が多数掲げられていた。

 

 最後に第4挺団の横断幕には、「夢の実現に向けて蓬莱教授を応援しよう!」と書かれていて、小谷学園の教師陣や、制服を着た在校生や卒業生が多数見えた。

 ともあれ、これが我々デモ隊の全容ということになった。

 

 

「はい、1列5人です。ご協力お願いします!」

 

「はい、こちら空いてます!」

 

「詰めてください!」

 

 警察の人の監視の中、スタッフさんたちが場所を指示している。とにかく5人の所を4人で占領してしまう例が多いらしい。

 こういうのは、先頭の方の第1挺団に人気が集中しそうなものだけど、協会の会員をほぼ満遍なく配置したお陰もあって、少しだけ第2梯団が人気になっていただけで、比較的スムーズだった。

 

「よし、瀬田君、出発するぞ!」

 

「はいっ!」

 

 中央の蓬莱教授がそう宣言すると、あたしたちは5人一斉に、横に並んで歩き始める。

 そして拡声器付きのマイクを永原先生が握っていて、拡声器は肩にかけている。

 よく見ると、永原先生は横断幕を掴んでおらず、紙を片手に持っている。

 

「私たちは、佐和山大学の蓬莱伸吾教授が進める不老研究を支持し、不当な学問侵害集会に対する、抗議活動をして降ります。シュプレヒコール!」

 

「「「おーーー!!!」」」

 

 シュプレヒコールの声と共に、デモ隊の挺団が、一斉に声をあげていて、後ろを振り向けば、拳を突き上げているのが見える。

 

「私たちの生存権を守るぞー!」

 

「「「守るぞー!」」」

 

 左側には、スマホを持った老若男女が、物珍しそうにあたしたちを撮影していく。

 あたしや永原先生、蓬莱教授のことを指差してヒソヒソ何かを話している人もいる。

 

「蓬莱教授を、支持するぞー!」

 

「「「支持するぞー!」」」

 

 永原先生の音頭が続く。

 隣の浩介くんやあたし、蓬莱教授、更に列整理係の瀬田助教も声を張り上げている。

 一致団結しているという気分が、あたしたちを否応なしに群集心理へと追い込んでいく。

 

「宗教による、学問弾圧を許すなー!」

 

「「「許すなー!」」」

 

 警察官と瀬田助教の誘導に基づきデモ隊は歩いているが、そんな中でも、あたしたちは必死に声を張り上げる。

 

「日本政府は、不老技術の実現に向け、蓬莱教授を支援せよー!」

 

「「「支援せよー!」」」

 

「不老技術で、より良い社会を実現するぞー!」

 

「「「実現するぞー!」」」

 

 ここまで来て、一旦シュプレヒコールが終わる。

 永原先生が少しぜえぜえと息継ぎをしているのが見えた。

 

「ご通行中の皆様、お騒がせしております。私たちは、より良い未来のために、佐和山大学教授の蓬莱伸吾先生の研究を支持し、人類の不老化による、活性化を支持します。本日は、その蓬莱教授の科学的な研究に対して、非科学的、感情的な宗教団体が、蓬莱教授の研究を差し止めようという抗議集会を開こうとしていると、私たちはそれを阻止するために立ち上がりました」

 

 永原先生の演説が、デモ隊と通行人に向け発せられる。

 通行人達も、何人かが足を止めてあたしたちのことを見ていた。

 

「シュプレヒコール!」

 

「「「おーーー!!!」」」

 

 そして演説が終わると、また同じシュプレヒコールが繰り返される。

 実は「学問の自由を守る」、「生存権を守る」、というのは、蓬莱教授にとってはあくまでも建前で、本音は「不老の実現によって、より良い社会が作れるからそれを実現しよう」というもの。

 もちろん、その本音だって立派な大義名分だから、それも使っていく訳だけれどもね。

 

「篠原さん、交代してみる?」

 

 何周かシュプレヒコールをし終わったところで、デモ隊がちょうど赤信号で止まっていると、蓬莱教授を挟んで2つ隣にいた永原先生があたしに拡声器を渡そうとしてきた。

 

「え? あたしが?」

 

 そうなると、あたしがこのデモ隊を指揮することになる。

 突然の申し立てに、あたしは固まってしまう。

 

「ああ、やってもいいぜ」

 

 蓬莱教授がそう話す。

 まあ、ダメとは言わないわよね。

 

「……分かりました」

 

 覚悟を決めたあたしは、永原先生からマイクとカンペを受け取り、横断幕から手を離す。

 左隣にいた浩介くんの右手が、あたしを埋めるように右側に行き、永原先生が横断幕を持ち直す。

 

「優子ちゃん、頑張って」

 

「うん」

 

 浩介くんも、あたしを応援してくれる。

 信号が青に代わり、お巡りさんの笛が鳴って前に進む。

 カンペには、あたしや蓬莱教授用のセリフもあった。

 どうやら、あたしがこれをするのも予定調和だったらしいわね。

 

「ご通行中の皆様、お騒がせしております。あたしたちは、佐和山大学の蓬莱教授を支持し、不老研究を推進していくために、活動しております。今、蓬莱教授の不老研究を待ち望んでいる人がいます!」

 

 交差点を左に曲がりながら、あたしがカンペを読んで演説を始める。

 

「皆さん、あたしはTS病です! かつては男でしたが、TS病では完全な女性になり、今は男の人と結婚しています! ですが、もし蓬莱教授の研究が完成しなければ、旦那とは生涯の伴侶となることが出来ないのです!」

 

 あたしは、ふと後ろを見る。

 あたしの視界には挺団の後ろ側の人だかりが見え、通行人の1人が飛び入りでデモ隊の中に入っていくのが確認された。

 

「シュプレヒコール!」

 

「「「おーーー!!!」」」

 

 あたしがシュプレヒコールを叫ぶと、デモ隊の梯団たちも反応してくれる。

 

「あたしたちの、生存権を守るぞー!」

 

「「「守るぞー!」」」

 

 よし、アドリブしてみよう。

 

「蓬莱教授への悪意と、戦うぞー!」

 

「「「戦うぞー!」」」

 

 お、あたしのシュプレヒコール通りにしてくれたわね。

 ふふ、ちょっと楽しいかも。

 

「蓬莱教授を、支持するぞー!」

 

「「「支持するぞー!」」」

 

 あたしがこんなに大きな声を張り上げたことは……あ、性質は違うけど浩介くんに何回もあるわね。

 

「宗教思想を押し付けるなー!」

 

「「「押し付けるなー!」」」

 

 こっちは紙にもあるパターンのひとつ。

 

「蓬莱教授、頑張れー!」

 

「「「頑張れー!」」」

 

 あたしの選んだコールで、デモ隊全体が動く。でも、拡声器の性能からしても、おそらくはこの梯団のみに影響があると思う。

 それにしても、第2挺団以降はどうなっているかしら? ここからでは伺い知れないわね。

 

「ご通行中の皆様、お騒がせしております──」

 

 そしてあたしはまた、自分の言葉で蓬莱教授を支持する言葉を並べ、再びシュプレヒコールを開始する。

 通行人たちも、心なしか永原先生より注目している気がするわ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 でもやっぱり、声を張り上げると疲れるわね。

 

「優子さん、次は俺が変わろう」

 

 あたしが疲れているのを見た蓬莱教授が、あたしに手を差しのべてくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 あたしはそう言うと、蓬莱教授に担当を変わってもらう。

 永原先生と同じように拡声器とカンペを蓬莱教授に渡し、横断幕を持つ位置を調整する。

 

「えー、ご通行中の皆様聞いてくれ。俺が、かの有名な蓬莱伸吾である! 今回は、デモをさせていただきまして、大勢の方にご参加いただきました。また、反対派によるヤジなども殆どなく、我々の主張に聞き入ってくれた方が大半であり、更に飛び入りで参加された方も多くいらっしゃるとのことです。誠にありがとうございます!」

 

 蓬莱教授の演説は、あたしや永原先生とは違い、とても男性的で力強い。

 

「不老は、俺たちの希望です! ご通行中の皆さん、実はですね、あまり知られていないんですけど、TS病の人は社会保障費分の税金が免除になりますし、年金を支払う必要もないのですよ! 何故ならば、彼女たちに、老後の概念はないから、その分の税金を払う必要が無いんです!」

 

 蓬莱教授があたしたちの特権を話すと、通行人が羨ましそうな表情をした。今の国家予算では社会保障費が膨れ上がっているため、それらが免除になるというのは、他の人に比べて税金が極めて安いことを意味する。

 TS病の人の免税特権を話すことで、人心を掴むのが蓬莱教授の戦略で、それはとても効果が高かった。

 

「いいですか? もし、老いという概念そのものがなくなり、老後の心配をしなくていい社会になれば、我々の税金を、もっと世の中を便利にする、公共事業や技術開発に回すことも可能ですし、将来の健康の悩みからも、解放されるでしょう! あるいは、『ベーシックインカム』も可能かもしれません!」

 

「そうだー!」

 

「そうだー!」

 

 蓬莱教授の声に、デモ隊からもそうだそうだの声が沸き起こる。

 

「シュプレヒコール!」

 

「「「おーーー!!!」」」

 

 蓬莱教授がそう叫ぶと、デモ隊の声は一層大きくなる。

 やっぱり、蓬莱教授の人心掌握術は素晴らしいわね。

 

「我々は、宗教思想による研究弾圧を許さないぞー!」

 

「「「許さないぞー!」」」

 

 蓬莱教授のシュプレヒコールも、カンペからは少々のアレンジが加えられている。

 

「我々は何としてでも不老社会の実現を成功させるぞー!」

 

「「「成功させるぞー!」」」

 

 前方左にゴールが見えてきたわね。

 そう、あそこが反対派が根城にしていた公園で、警察の手引きで反対派のデモのルートはあたしたちとはほとんど重ならないようになっている。

 

「我々は、生存権と幸福追求権を、守るぞー!」

 

「「「守るぞー!」」」

 

 それでも、出発したばかりと思われる反対派のデモの後ろ側を含め、敵のほぼ全体が見えてきた。

 パット見た感じではあたしたちから見れば、半個挺団にも満たないような数だった。

 

 反対派はこちらには気づいていないみたいね。

 

「ご通行中の皆様、今マイクをとっていますこの俺が、不老研究の第一人者と呼ばれております蓬莱伸吾です。不老の実現による、老化の概念の消滅は、確実性があり、なおかつ、人口問題を除けば、メリットが極めて大きいものでありますが、宗教的な価値観からこれに反対するのは、極めて抽象的であり、不合理でありますから、皆様もそのように心得てください!」

 

 蓬莱教授が拡声器で演説をする、この演説が終われば、ゴールが完全に見えるだろう。

 

「浩介くん」

 

「ああ、もうすぐ終わりだな」

 

 長かった道のりも終わりが見え、あたしたちは公会堂の入り口に入り、公会堂に近い最奥部の所定の位置で停止した。

 

「おーすごい人数だ!」

 

 ふと、後ろの方に向き直ると、大人数がこちらに合流してきた。

 

「皆さん、ここを反対派の連中は我々がデモ行進を始めたあの広い公園を目指しているとのことですから、えーこれからはお散歩ですけど、盛大に歓迎してやりましょう!」

 

  わー!!!

 

 蓬莱教授がそう煽ると、デモ隊が一気に盛り上がる。

 あたしたちに遅れて来た第2挺団の先頭にいた余呉さんが同じことを説明した。

 

 警察側はというと、見て見ぬふりをしていた。

 それどころか、お巡りさんたちはデモのスタート地点、反対派からすればゴール地点への近道をこっそりと蓬莱教授に教えている始末だった。

 

 そう、実は蓬莱教授によれば、警察としても不老社会は歓迎するべき事態だという。

 というのも、昨今の治安技術の向上と共に、若者が犯罪をしなくなったおかげで犯罪率が減少し、判断力の衰えた高齢者の犯罪割合が急増していたからだ。

 しかも高齢者は体も弱いため、下手に逮捕すると警察不祥事に発展しかねないリスクまである。

 日本の警察はこういうのを嫌う傾向にあるが、それを曲げるということはやはり不老というのはそれだけ大きな出来事なのね。

 

 4挺団が全て到着後、ここで建前上解散となったが、「道案内」と称して反対派のデモ隊のゴール地点に先回りすることになった。

 反対派に対して、群衆心理でストレス発散になると考えた雑兵を含め、それなりの人がデモ隊に留まり、あたしたちはデモ行進した時の3分の1もかからない時間で元の場所へと戻ってきた。

 ちなみに、大半の人数が落伍したけど、まあそれは折り込み済みだし、それを差し引いてもこちらが多い。

 

 

「優子さん、本当に先頭に出るの?」

 

 移動を終えると、あたしの隣で移動していた幸子さんが心配そうに声をかけてくる。

 幸子さんも、あたしたちほどじゃないけど、デモ隊の顔として一番先頭という重責をこなしていた。

 

「ええ」

 

 蓬莱教授、永原先生と浩介くんとあたし、この4人が代表して一番先頭に出て、反対派のリーダーを論破し、致命的な打撃を与えようという作戦になった。

 ちなみに、国会議員の3人は、立場上の問題もあるのでここで解散し議員会館に戻った。

 

「やっぱり心配だわ。やめといた方がいいと思うわ」

 

 幸子さんはあたしを心配してくれる。

 でも、あたしは覚悟を決めている。

 

「大丈夫よ、あたしは以前、フェミニストの女を論破したことがあるわ」

 

 まああれも、どこまで役に立つかは分からないけど。

 

「そう」

 

「幸子さん、見ててね」

 

 幸子さんも、納得した表情をしてくれる。

 

「うん」

 

 幸子さんと別れ、あたしは先頭組に合流する。

 あたしたちは公園の最奥部に集まり、あたしたちが矢面に立つ格好を作る。

 

 列形成の挺団長たちが、何やらデモ隊に指示をしている。

 ふふ、楽しいことが始まりそうね。

 

「神の摂理を無視した、蓬莱教授の研究に反対ー!」

 

「「「反対ー!」」」

 

 すると、中年女性の声と別の群衆のシュプレヒコールが聞こえてきた。

 ……ついに来たわね。

 

「お、お客さんのお出ましだぜ!」

 

「来たぞー!」

 

「歓迎じゃあ!」

 

 敵のデモ隊の先頭が、この公園に集まっていた。

 スパイの情報によれば、あたしたち親蓬莱軍が約2000に対して、反蓬莱軍はスパイの情報ではスパイ自身を入れても僅か168だという。

 もちろん、こちらに参加しない人を考えれば、こちらの勢力も1000人はいないけど、それでも数倍は軽い。

 念のため、間には警察官が入る。

 反対派の中に仕組んでおいたスパイは、どさくさ紛れにこちら側に合流する。

 さあ、本格的な戦争の始まりね。本来こういうのは、トラブルになりかねないから止めるはずなのに、やっぱりお上と直接繋がっているって大きいわ。


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