永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「それでだ、人を騙すには9割の真実に1割の嘘を混ぜるのがいいといっただろ?」
「ええ」
展示品の構成案をパソコンで見せながら、蓬莱教授が今回の宣伝の概要について詳しく説明してくれる。
蓬莱教授が、またあたしに人を騙すためのプロパガンダ方法についてレクチャーしてくれるのかしら?
まあ、こういうのは自分で使わなくても相手のやり方が分かるから知っておいて損はないわね。
「だがここは、蓬莱の研究棟だ。つまり専門的な学問を是としている。汚い手は使えない。だから嘘を混ぜてはいけないんだ」
蓬莱教授は今度は「嘘を混ぜるな」と言ってきた。
この前と言っていることが変わってるわね。
「どう言うことですか? この前は違うことをおっしゃっていましたよね?」
「ああ。時と場合、いわゆるTPOってもんがあるんだ。学問においては、例え1%でも意図的な嘘を発見されればそれは致命傷になるものなんだ。もう6年くらい前になるか……既に存在していた万能細胞を、新発見の万能細胞だと捏造したバカが大騒ぎになっただろ?」
「ええ、あたしも覚えているわ」
あの時は、最初は「蓬莱教授を超える大発見」何て言われていたのに、あっさりと嘘がバレた記憶がある。
確かに、論文の盗用やデータの捏造は大きな問題になるものね。
「取り分け俺の研究は以前から賛否両論があるものだ。匿名の宣伝部なら、嘘を混ぜて世論操作をするのもいいが、研究所としては、『科学による不正行為』は絶対にする訳にはいかない」
「ええ」
論文の盗用やレポートの丸写しといった行為は絶対にしてはならないということは、この大学では蓬莱教授に限らず多くの先生から口酸っぱく言われて来ていた。
それでも、成果を急ぎたいのか、国を問わずにこの手の不正行為が蔓延しているのだという。
「それでだ、今回はデモ隊の人数を、主催者発表を敢えて警察発表と同じくらいに発表することに決定した」
「……ええ、それがいいわね」
何分、敵よりも既に十分に多い人数がこちら側のデモに参加していたことは分かっている。
今さら水増しをするメリットもこちらにはない。
つまり、「警察を信用する」でも十分で、水増しした人員でプロパガンダするリスクにリターンが似合わないものね。
「それよりも、あの後出した例の牧師の言い分だ。これを攻撃したい」
蓬莱教授は主張を書いたメモ書きをあたしに見せてくれる。
蓬莱教授の字は中々にきれいだった。
「ええ」
「俺としては、特に連中の信仰は徹底的に排撃する必要があると思う。他の科学者のためにも、科学は宗教に負けないということを、ここに示す必要があるんだ」
詰まるところ、「蓬莱教授の不老技術は神を冒涜し、自然の摂理に逆らっている」という主張だ。
「優子さん、4年前に水族館で会った時のことを覚えているかい?」
蓬莱教授がぱっと思い出した風に言う。
「えっと、4年前というと……確か浩介くんと夏に行った?」
確か、海水浴場に隣接していた水族館だったわね。
うん、そこに蓬莱教授がいたんだったわ。
「ああ、覚えてくれてよかった。そこで俺が、何を見ていたか分かるかい?」
「えっと確か……」
あたしは、何とか頑張って思い出そうとする。
そして、1つのエピソードを思い出した。
「そうだわ。クラゲ」
「そうだ。よく覚えてくれていた。俺が水族館で見ていたのは、ベニクラゲだ」
思い出したわ。ベニクラゲは若返りの生き物でって言ってたわね。
確かあの時、蓬莱教授はあたしのことを「佐和山大学で偉大なことを成し遂げる」って言ってたわね。
あの予言、当たったわね。
「そのベニクラゲは、一定まで老化すると、若返る性質があると言っただろう? その例を見ていいように、不老は別に自然の摂理に反しない。それに俺の研究が引き起こすのは、TS病の人間が持っている性質を、他の人間が取り入れるだけのことだ」
蓬莱教授は、既に何度も話してくれたことをまた繰り返す。
大事なことだものね。
「ええ、分かってます」
もし不老がが神を冒涜し、自然の摂理に反するならば、あたしたちは生きて行けない。
ましてや生まれ持った性別が変わってしまうんだから、ただ不老というだけよりもはるかに大きな意味を持つ。
「俺達は、その事をとにかくしつこく宣伝し、我々も不老の追求は幸福追求権だと主張し続けることにしようと思う。こうすることによって、例の教会を間接的に印象悪化させることもできるだろう」
要するに、基本的人権を侵害しているという印象を与えようというのが蓬莱教授の考えだった。
「はい」
蓬莱教授の分かりやすい説明から、今後の大まかな方針が決まる。
問題となったのはレイアウトで、まずはあたしたちの主張を載せ、真ん中に反対派の反論を、最後にあたしたちの再反論を載せて終わる感じにすることになった。
「宗教的思想の矛盾に対して、科学で反論するのは気持ちいいぜ、特にこういう分野ではな」
蓬莱教授が、笑顔で話す。
「そうでしょうね」
あたしも、蓬莱教授の気持ちが分かるわ。
「よし、じゃあ優子さんにやってもらいたい作業がある」
「はい」
あたしに与えられた仕事は、PCに保存された画像から、適切な画像を選んで載せるというもの。
その多くはあたしたちと反対派が対峙した画像や、デモ参加者のクリスチャンが反論する場面がほとんどで、でも本体についてはそこまで重く触れずに済ませることにする。
また、反蓬莱連合の参加者たちがこの研究棟を襲撃した様子の時の画像も選別する。
ちなみに、あたしは蓬莱教授側と協会側双方の広報担当なので、よく写り込む必要がある。
なので、あたしが写り込んだ写真は優先的に展示するようにしていく。
また、国会議員が応援に駆けつけたり、恵美ちゃんが蓬莱教授を支持しているという事実も、強調して垂れ流す。
彼らの主張を一瞬載せた後、おびただしい反論で埋め尽くして印象操作をする。
「ふー」
よし、とりあえず原案は出来たわね。
早速蓬莱教授に見てもらおう。
「蓬莱教授」
「お、出来たか、どれ?」
あたしが呼ぶと、蓬莱教授がすぐにこっちに向かってきてくれる。
そして速攻で使う写真の一覧を並べたパソコンの画面と、机の上にある大まかなレイアウト原案の紙を覗き込んでくる。
「ふむふむ、おお。いいじゃないか。よし、時間もそこまでないから、これで行こう。これを宣伝部に持ち込んで、もし宣伝部の方で変えたい部分があるというならフィードバックしてもらおうか」
「はい」
蓬莱教授が席を代わり、原案の紙を写真に撮り、写真一覧とともに添付してから宣伝部にメールを打った。
宣伝部が来てくれるとのことだったので、あたしはもう後は待つだけになる。
これでOKをもらえば、後は印刷してポスターを貼るだけになる。
「蓬莱さん、連絡です」
「おう、浩介さん、どうした?」
しばらくすると、宣伝部から来た浩介くんが、駆け寄ってきた。
「2つありまして、1つ目は今回の文化祭の展示案ですが、宣伝部としては異論がありません」
それを聞いたあたしと蓬莱教授は、安堵のため息をあげる。
でも、2つってどういうことだろう?
「おうよかった。それで、2つ目は?」
「国際反蓬莱連合日本支部と明日のTS病患者を救う会の本部を兼ねていたと思われる事務所何ですが、既にもぬけの殻という情報です」
「何だと!?」
「ええ!?」
しかし、安堵のため息も、浩介くんから寄せられた2つ目の情報で打ち消されてしまう。
もぬけの殻? つまりどこかへ逃走したってことかしら?
「それどころか、例の牧師が運営していた教会も既にもぬけの殻で、現在牧師は行方不明とのことです」
「うー、しまった! 先手を打たれたか!」
蓬莱教授が珍しく悔しそうな表情をする。
「それで、俺たちが雇っていた興信所は?」
蓬莱教授は、反蓬莱連合の動向を探るために、間者の他にも探偵を雇っている。
「恐らく、国外に脱出したのではないかと──」
浩介くんが、更に悪い報告をする。
「何ぃ!? ふー、仕方あるまい。国外に逃げられてしまえば追跡は困難だ。しかしだ、これでよりいっそうの国内の足場固めが進むはずだ」
蓬莱教授は、足場固めに余念がない。
「宣伝部に連絡。事務所への嫌がらせ電話は中止し、インターネットの世論操作と、政府関係者との関係強化に全力を尽くせと伝えてくれ」
「分かりました。失礼します」
蓬莱教授の指示を聞き、伝令役の浩介くんが再び部屋から出ていく。
「さて、足場固めは容易になった。とすれば、これからは宣伝部も英語圏のインターネットに進出せねばならないだろうな。そのことに、予算の一部を使うことにしよう」
蓬莱教授がそうため息をつく。
「ええ、そうですよね」
これには、あたしも賛成だわ。
「俺が一番恐れているのは、奴が海外で無いことを吹き込み、国連をはじめとした国際機関で蓬莱の薬が禁止薬物にされてしまうということだ」
蓬莱教授が考えているのは、恐らく最悪のパターンのことだと思う。
「え!? でもそうなったら困りますよ!」
もしそうなればあたしの浩介くんとの願いが、TS病患者たちの思いが、生存権を叫ぶ人々の思いが、絶たれることになる。
「もちろん、蓬莱の薬がもたらすメリットを考えれば、核武装して鎖国し、国連から脱退してでも突っぱねるべきだと俺は思う。それに不老の人間の強さを鑑みれば、最終的には永原先生が提唱したような新世界秩序が完成するだろう」
「じゃあそれでもいいんじゃないですか? それこそ自業自得じゃないですか」
宗教に溺れて騙されて、自ら強い不老人間になることを放棄するのは、上から目線かもしれないけど、「愚行権」の範疇に入ると思うわ。
あたしとしては、最悪日本限定で蓬莱の薬を融通することにし、永原先生が提唱した蓬莱の薬による新世界秩序を一旦実現させ、その後世界に蓬莱の薬の必要性を説くというプランだって考えられるとは思う。
「ああ、だがそれは、最終的には日本による世界征服でしかない。そしてもう1つ懸念するべきは、もし国際機関で蓬莱の薬が禁忌となれば、間違いなく日本へ亡命者が雪崩のように押し寄せることになるだろう」
「あ!」
蓬莱教授の鋭い指摘に、ようやくあたしも蓬莱教授が新世界秩序を受け入れられない理由が分かった。
そう、蓬莱の薬の欲しさに、日本に難民のような形で大量に外国人が押し寄せる危険性があるということ。
「外国人の急激な押し寄せは治安の悪化にも繋がるだろう? 8年前から急増し続けた外国人観光客たちでさえ、軋轢は所々で生じているわけだろ?」
蓬莱教授が、あたしにも分かりやすく説明してくれる。
「つまり、寿命を縮めかねないということね」
「ああ。だがその事を想定する必要はある。そうなった際に入管だけでは限界がある。そこでだ」
「はい」
蓬莱教授は更に落ち着いた様子で話す。
「以前政府と話した農業改革の話、あの研究、特に基礎研究に予算をつけるように、次の政府の会合で話すことにする」
「分かりました」
蓬莱教授は、農業改革について更に重視したいという考えに至った。
あたしたちは次の方針を考え終わり、文化祭の準備を押し進めていった。
あたしたちが準備している途中、演劇部より今年の文化祭での演劇の内容の打ち合わせがあった。
内容は例の「襲撃騒動」を受けて作ったもので、蓬莱の薬を飲んだ兄と、蓬莱の薬を飲まなかった弟の物語になっているらしい。
大まかな内容としては、蓬莱の薬を飲んだ兄の子孫は反映し、蓬莱の薬を飲まなかった弟の子孫は、兄本人を含めた兄の子孫から使い捨ての奴隷のような扱いを永遠に受けてしまうという結末になるという。
つまり、蓬莱の薬の偉大性を訴えるというもの。
「去年にも増して、露骨だわ」
去年は浦島太郎をアレンジしたものだったけど、あれだって蓬莱教授の研究への賛美が激しいものだった。
「いいんだよ。これは俺が所属する佐和山大学の演劇だ。それだけ佐和山大学の学生が蓬莱教授を誇りにしているということが伝えるのが、この演劇の狙いだ」
蓬莱教授は、あっさりとした口調で言う。
うん、確かにそれでもいいわよね。
更に他のサークルからも、「何処かに蓬莱教授をからめられないだろうかで」という問い合わせが殺到した。
もちろん、ゲーム製作系などはプロパガンダゲームを作るだけでいいから簡単だけど、鉄道サークルや運動部などは難しい。
そういったところで、蓬莱教授は「無理に俺を絡めようとしなくていい」とアドバイスしていた。
まあ、あまりに露骨だとさすがにイメージ悪くなっちゃうものね。
「よし、じゃあ帰るか」
「うん」
浩介くんと合流し、あたしたちは「蓬莱の研究棟」を後にする。
「なあ知ってるか、蓬莱教授に楯突いたあの牧師、行方不明になってるんだってさ」
「へー、それはまたいい気味だな」
「だけどよ、蓬莱教授の方でも、行方は掴めてないって」
「え!? じゃああいつ、どこにいるんだよ!?」
「どうやら、国外に逃亡したんじゃないかってさ」
「うわー、ある意味厄介だなそれ。あいつのことだ、海外で情報を発信しようって算段だぜ」
「くそー、負ける訳には行かねえのに!」
蓬莱教授のプロパガンダの効果もあってか、デモに参加した学生の数は多く、また例の牧師が国外に逃亡したのではないかという情報も、あたしたちが帰宅する頃には大学中で流れていた。
あたしたちの前を歩いていた男子学生たちも、反蓬莱の第一人者だった牧師の行方不明事件について話している。
「浩介くん、あたしも、海外に出なきゃいけないのかな?」
「どうだろう?」
あたしは、日本から出た経験はない。
これは浩介くんも同じで、最近の若い人には多いらしい。
「治安悪い所には行きたくないのよね」
それはつまり、寿命を縮める行為だから。
あたしはかわいくて美人だから、絶対に狙われると思うし。国連本部のあるアメリカは銃社会だから、運が悪ければ浩介くんがいてもどうにもならない。
「ああ」
まあ、さすがに護衛がつくとは思うけどね。
……って、そういうのは蓬莱教授や政府の仕事よね。いくら広報担当とはいえ、あたしがそんなことする必要ないじゃないの。
「まあ、杞憂だとは思うけどね」
「だな」
家に帰ると、今までのことも忘れ、プライベートの空間が広がる。
浩介くんによれば、あたしに飽きることはどうやら無いという。
結婚も3年目になったら、そろそろ将来のマンネリ解消についても、考えておく必要がありそうね。