永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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結婚記念の大会議

「よし、優子ちゃん。準備できたら行くぞ」

 

「うん、分かったわ」

 

 今日は2022年3月16日、この日はあたしと浩介くんの結婚記念日だけど、あたしたちはどうも悠長にそれを祝うことは出来ないみたいだわ。

 総理大臣や閣僚たちの日程調整の問題から、この日に会談することになってしまったのよね。

 

 あたしたちが期末試験の最終日にその日程を聞いた時には、思わず「結婚記念日じゃない」と言ってしまった。

 蓬莱教授は、「そのことについては申し訳ないとは思ってはいるが、政府側の都合もどうか汲みして欲しい」と言っていた。

 あたし達も子供ではないので、そのくらいは分かるんだけどね。反射的に反発しちゃうあたりあたし達もまだまだなのかもしれないわ。

 

 集合場所はいつものように大学最寄り駅の電車の一番前、タイミングが悪く、真ん中の車両にやや駆け込み気味に乗ってしまったので車内で前に移動する。

 

 

「ねえあの2人」

 

「あの女の子、篠原優子ちゃんでしょ?」

 

「あー、報道でよく出てくるよね。蓬莱教授の研究に協力しているんだって?」

 

「それどころかね――」

 

 

 あたしたちのことが電車でも噂になっている。

 最近は広報部長として、高島さんのブライト桜から大学の空きコマにいくつか取材を受けているだけではなく、他のインターネットメディアでも協会の打ち出した方針に追従する所が現れて、そこの取材で今までにも増して有名人になってしまった。

 まあ、あたし自身初めて取材を受けてから元々それなりの有名人だったってのもあるけど、とにかく忘れた頃に燃料が投下されるのもあって、芸能人以上に人気になってしまっているかもしれないわね。

 

 電車が約束の駅に到着する。

 車窓からは、蓬莱教授たち数人の人影が見えた。

 

  ピンポーンピンポーン

 

「お、優子さん、浩介さん、こんにちは」

 

「蓬莱教授、瀬田助教、永原会長、こんにちは」

 

 あたしは目があった3人にまずは挨拶する。

 

「篠原さんもね。ふう、さすがに緊張するわ」

 

 永原先生も、今日はさすがに緊張している様子だわ。

 確かに、今日は今までの協議とは全く様相が違うものね。

 そう言う意味では、いつもと全く様相が変わらない蓬莱教授はすごいわね。

 

「あら? 篠原さん、私達もいるのよ」

 

 蓬莱教授と瀬田助教の影に隠れてて見えなかったけど、何と列の後ろには比良さんと余呉さんまでいた。

 

「比良さん、余呉さん、今日はあなた方も参加するんですか!?」

 

 あたしは、まさか比良さんと余呉さんまで出てくるとは思っても見なかった。

 浩介くんも、意外な参加者に驚いているみたいだった。

 

「ええ。今回の大会議、かなりの人が出席すると聞いてますから、永原会長と篠原さんだけでは協会としてもやや不安ですから」

 

 確かに、言われてみればそうよね。頭数揃えるのも大事だし。

 比良さんも余呉さんも、いつもとは違う黒っぽい服装をしている。

 さすがに今日は、いつも以上に服装に気を使ったつもりだけど、総理大臣からは「篠原さんは固いよりも普段のおしゃれの方がいい」と言われてもいるのよね。

 

「それで、優子さん、浩介さん、来年度の卒業論文だが」

 

「はい」

 

 電車が発車すると、蓬莱教授が話題を変えてくる。

 

「大学の教授は俺もだが卒業論文はそこまで期待していない。修士論文から本番だから気楽に臨んでくれ」

 

 蓬莱教授がリラックスするように言う。

 

「分かりました」

 

 とはいえ、修士論文やましてやその上の博士論文はそれなりのものを仕上げないといけないので、大変なことには変わりないわね。

 

 

「おいおい、あの7人」

 

「どう見ても蓬莱教授に永原会長じゃねえか」

 

「篠原夫妻に蓬莱教授に永原会長、一体どこに行く気なんだろう?」

 

「さあ? まさか政府とかどっかの国の大使館とか?」

 

「まさかあ!」

 

 

 あたしはびくっとなる。

 政府で総理大臣と各閣僚と会う予定なのだから、当たってなくもないからだ。

 

「優子さん、落ち着くんだ」

 

 蓬莱教授が小声であたしに話しかけてくる。

 

「あ、はい。すみません」

 

 蓬莱教授も永原先生も、踏んできた場数があたしとは違いすぎる。

 動揺するなっていうのは難しいのよね。

 

 電車が都内に入ると、徐々に空き始めたのであたしたちは座席に座ることにした。

 

「篠原さん、修士の後はどうするの?」

 

「うーん、そこまでは考えてないわ」

 

 永原先生の質問に対して、あたしはそう答えるしかない。

 でも、頭の片隅程度には考えておいたほうがいいのよね。

 

「俺の予想だが……何となく博士まで行けそうな気がするんだよな。いや、それ以上かもしれん」

 

 蓬莱教授はお世辞を言う人ではない。

 ということは、やっぱり何か根拠があってのことだと思う。

 5年前の夏の水族館でのこと。あたしには未だに印象に残り続けている。

 あの蓬莱教授の予言、あたしの中には最近まで忘れていたけど、こんなことを言われたら嫌でも気になってしまう。

 あーでも、気にし過ぎたらいけないわね。

 

「さ、優子さん、降りるぞ」

 

「はい」

 

 地下鉄を乗り換え、ぼーっとしているといつの間にか霞が関まで来たのであたしたちは地下鉄を降りる。

 いつ来ても緊張する日本の中枢。毎度のことながら、ここには他では味わえない独特のピリピリした空気がある。

 あたしたちは、いつものように総理大臣官邸に到着した。

 

「おや、蓬莱さん、お待ちしておりました」

 

 守衛さんも笑顔で蓬莱教授を見ると、門を開けてくれる。

 最近ではあたしたちも顔パスになっている。

 ただ、比良さんと余呉さんはかなり落ち着かない様子で「明治の頃とは大分違うわね」とか言っていたわね。

 

「本日は別の部屋を用意しております」

 

 いつもは総理大臣官邸にある「小ホール」という所で会議をしていたんだけど、今日は別の部屋が用意されるという。

 守衛さんの案内も、いつもとは全く違う。

 もう何度も来ているけど、それでも新しい場所に行くのはとても新鮮な感覚を受ける。

 

「こちらになります」

 

 そこは、大会議室と呼ばれる会議室で、左側のテーブルには既に蓬莱教授を支援する超党派議連の議員たちが全員と、中央のテーブルには総理大臣を除く官房長官副長官に各国務大臣が、更に別のテーブルには高島さんとブライト桜の記者さんの姿の他、公安警察や各省庁の官僚たちの姿も見える。

 まさに今ここで、大きな議論が行われていることは明白で、ブライト桜以外のマスコミ関係者たちもぞろぞろと集まっていた。

 

「これであとは来てないのは総理だけですね」

 

 官房長官が、笑いながら話す。

 まあ、総理大臣は忙しいものね。仕方ないわ。

 

「では、総理大臣が来るまでの間に、皆さんの自己紹介をお願いできますか?」

 

 官房長官が時間つぶしとして、自己紹介を提案する。

 

  ガタッ

 

 そして最初に立ち上がったのが――

 

「はい、ではまず俺から。みんなも知っているとは思うが、俺がかの有名な人類不老化を目指す蓬莱伸吾だ」

 

 蓬莱教授がわざと尊大な態度で話す。

 まあ、普段から尊大な人だけど、これも蓬莱教授の戦略なのだろうか?

 

「で、隣にいるこちらが、俺の助手の瀬田博助教だ」

 

  ガタッ

 

「どうも、瀬田と申します。普段は蓬莱教授の研究を手伝ったり、研究の全般を統括しております」

 

 瀬田助教が蓬莱教授とは対照的に謙虚な感じで挨拶する。

 おそらくあたし、浩介くん、蓬莱教授、永原先生と合わせた5人の中ではおそらく一番知名度は低い。

 

「えっと、ブライト桜のお2人は皆様もご存知と言うとのことで省略させて頂くとして、こちらのお2人は篠原優子さんと篠原浩介さんの夫婦だ」

 

  ガタンッ

 

 蓬莱教授に紹介されたあたしと浩介くんが立ち上がる。

 

「篠原浩介と言います。よ、よろしくお願いします」

 

「あたしが篠原優子と言います。もしかしたら、メディアで知っていらっしゃる方もいるとは思いますが、よろしくお願いします」

 

 浩介くんが緊張した面持ちで話すと、あたしがその後に続く。

 

「お2人は我々と、不老研究に必要不可欠なTS病患者を統括している協会との橋渡し役をしてもらっている。優子さんの方はこれから紹介する日本性転換症候群協会の正会員兼広報部長の仕事もしているんだ」

 

 あたしは協会の広報部長という役職についてもうすぐ4年になる。

 平の正会員だった頃が、今では懐かしいわね。

 

「さて、では次にこちらの3名を紹介しよう。左から比良さん、余呉さん、永原さんだ」

 

  カタンッ

 

 蓬莱教授の紹介を受けて3人が殆ど同時に立ち上がる。

 

「永原マキノと申します。皆様も、もしかしたら私のことはご存知かもしれません。日本性転換症候群協会会長として人類の長老をやってます」

 

  フハハハハ

 

 永原先生がちょっとだけジョークをかますと会議の場も和やかな笑いに包まれる。

 

「生まれ年は永正15年です。これは西暦で言うところの1518年になります。誕生日は私も分かりませんので1月1日にしています。ですから……数えでは505ですね」

 

 永原先生が、長くなりそうな自己紹介を始める。

 皆はそれぞれ、聞き入っている。

 

「そうですねえ……織田前右府殿の16歳、豊臣太閤殿下の19歳、東照大権現様の25歳、武田大膳大夫様の3歳、今川治部殿の1歳それぞれ年上でありますか。逆に我が主真田源太左衛門様の5歳、北条左京大夫殿の3歳、正親町天皇の1歳それぞれ年下であります」

 

 うーん、やっぱり何度聞いても永原先生のインパクトはすごいわね。

 と言うか織田豊臣東照大権現あたりならともかく、他の人はこの場で通称で言っても分からないって。まあ、仕方ないとは思うけど。

 

「私の人生は……話すと長いんですけど……そうですね。真田家で足軽をしていたとか、江戸城に住んでいたと言ったことだけ話し込んでおきましょうか。ええ、明暦の大火で燃え落ちる前の江戸城の天守の姿も知っていますよ。それから関ヶ原の――」

 

 永原先生のこの手の昔話は話しだすとキリがないのか、隣に立っていた比良さんが制止した。

 

「会長、そのへんにしておきましょう……私は比良道子と申します。政府の皆さん、はじめまして。協会で副会長をさせていただいています」

 

 比良さんがいつも以上に腰を低くして話す。

 でも、永原先生ほどではないとは言え、その外見に似合わず、長生きしてきた貫禄を感じさせる。

 

「私のことはあまり知られていないと思いますので話しておきますと、私の生まれは水戸藩士として、尊王攘夷運動をしておりました。生まれ年は……旧暦で言うところの天保11年7月23日ですから……今は183……満年齢だと181といったところです。後19年で200歳ですね。私の紹介は以上です」

 

 江戸時代の元号でも有名な「天保」という言葉が漏れた途端に会議室はどよめきに包まれる。

 永原先生に比べればインパクトは薄いが、それでもTS病でもなく、蓬莱の薬を飲んでない人からすれば180年も生きる何ていうのは到底不可能なことだ。

 TS病があまねく不老で、しかも寿命という概念を超越していることを示す証拠でもある。

 

「では最後に……私は余呉と申します。協会では支部長統括兼北海道・東北支部長です。まあ、協会のナンバー3だと思っていただければ差し支えありません。私は農村の生まれでありまして、生まれは天保3年12月ですから今年で189になります。一応永原会長に次いで長生きしてます」

 

 比良さんと余呉さんは、永原先生よりも体格が小さくて、周囲からも「どう見ても未成年にしか見えない」という会話も聞こえてくる。

 でも、比良さんも余呉さんも、果たしてどれほどの人が天保生まれまで先祖を遡れるだろうか?

 昔の人らしく、3人とも体格が小さかった。

 

「ふふ、比良さん余呉さんはともかく、私なんかは今でこそ小柄ですけど、あの時代の中ではむしろ大柄な部類だったんですよ。私が生きてた戦乱の時代は男だって今の女性よりも小柄だったですから」

 

 永原先生が胸を張って言う。

 確かに、男性の平均身長でさえ160センチなかった時代だもの。

 推定150弱の永原先生が当時の女性としては大柄と言うのはあながち間違っていない。

 あの胸の大きさだって、体格からすればかなりのものよね。

 

「じゃあそちらの方も紹介をお願いできますか?」

 

「えっと、じゃあ私から」

 

 最初に立ち上がったのは、官房長官を筆頭とした、内閣官房の面々だった。

 

「まあ、私達のことは知っているでしょう。内閣府で官房長官をしております――」

 

 官房長官と会うのは実はこれで初めてだけど、もちろんニュースで見る顔なので知っている。

 

「で、こちらが官房副長官の――」

 

 そして、官房副長官たちは当然、あたしたちが一番良く知っている人だ。

 普段の小さな調整の時には、この官房副長官と会議している。あたしからすれば一番身近な政府関係者と言っていいわね。

 

「では閣僚と官僚たちの紹介として……まずは防衛省から行きましょうか」

 

 総理大臣の代理として、官房長官が閣僚と官僚を紹介していく。

 防衛省に関しては、防衛大臣の他、自衛隊の制服を着た統合幕僚長がここに出席していた。

 

「私は厚生労働省で事務次官をしております――」

 

「経済産業大臣の――」

 

 そして、厚生労働省、経済産業省、農林水産省、総務省、法務省、財務省、外務省、文部科学省、環境省、国土交通省の各大臣と事務次官がそれぞれ紹介されていく。

 更に警察庁やエネルギー庁など、各省に置かれている外局の中でも、これまでの協議から関係が深そうな所の面々が出席してきていて、まさに政府関係者としては大人数という様相を見せている。

 官房長官によれば、「これでも、威圧目的と思われないために人数は抑えた」とのことで、実際全部の庁が出てないあたり偽らざる本音だと思う。

 また、人口問題解決法のために宇宙開発が出たため、国立法人からもJAXAの理事長が出席していた。

 

「というわけで、以上がこの出席者になります。皆さん、これは政府内部と更に蓬莱先生、協会側の意見や立場をすり合わせる場所ですから、遠慮せずにどんどん発言していって下さい」

 

 官房長官の言う通り、今回は政府内部と蓬莱教授、そして協会での意見をすり合わせて妥協点を探る場所となっている。

 政府側も一枚岩ではないとは言え、協会側の出席者はあたしと浩介くんを含めて5人、蓬莱教授側も、あたしと浩介くんを入れて4人しかいない。

 一方で政府側は、全ての省にいくつかの庁の関係者が出席していて、国務大臣も大半がこの会議場にいる。

 これに更に総理大臣まで加わるのだから、さっきの官房長官の配慮を差し引いたとしても、やはりどうしても威圧感を感じるのは事実で、下手をすれば政府側に主導権を握られっぱなしになってしまうかもしれないわね。

 いかに蓬莱教授と言えども、これは苦しいかもしれないわ。

 

「さて、それでは皆さん、後は総理大臣だけですが――」

 

「私がみんなも知っている日本国の内閣総理大臣です。さ、自己紹介はこの辺にして、本題に入りましょうか」

 

 官房長官が何かを言おうとした次の瞬間、ホールの外から、別の男性の声がして、あたしたちが一斉に振り向く。

 

「そ、総理!」

 

「待たせて申し訳なかった。仕事が押していたものですから」

 

 総理大臣がお詫びを述べながら、所定の席に座る。

 とにかく、これで役者が揃ったわね。

 

「それでは、会議をはじめましょう。まずは蓬莱先生、実験の進捗具合と、今後の考えについて、初めて出席する人が多いので、もう一度はじめから説明してもらえますか?」

 

「……分かりました」

 

 蓬莱教授が椅子から立ち上がり、出席者が一斉に蓬莱教授を注目する。

 いよいよ、日本と蓬莱教授の将来を占う、大事な協議が開始されたわね。


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