永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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更なる蜜月関係

「それでは、会議を始めます。今日は比良さんと篠原さんからの議題がありますが、その前に各患者の状況を知りたいと思います。まずは篠原さん」

 

 今日は日本性転換症候群協会の定例会議で、インターネット中継つきの最大規模のものだ。

 

「はい。特に変わったこともなく。男子にモテモテで女子に嫌われるという状況も、徐々に受け入れられるようになっています」

 

 永原先生に指名されたあたしは、患者1名の近況を詳しく伝える。

 そう、男の心が強く残っていると、ここで女受けを重視してしまうことがある。

 そうすると、生粋の女の子とは違って、やはりアイデンティティが不安定になってしまう事が多い。

 「女の子として」、きちんと男とつるめるようにならないと、合格とは言えないのよね。

 

「良かったわ」

 

 あたしが幸子さんや歩美さんにアドバイスしたように、「女子は男子に好かれるものよ。あれはブスグループの嫉妬だから気にしないでいいわよ」とアドバイスしたお陰で、きちんと軌道修正ができているので、ひとまず安心できるわね。

 

「では次に、私が面倒を見ている患者さんですが──」

 

 あたしがカウンセラーを勤めていたもう1人の患者さんは、小谷学園に入学したと同時にカウンセラーを永原先生に引き継いでもらった。

 もちろん、彼女は3年間永原先生のクラスに入ることが決まっている。

 永原先生にとっては、教え子が自分と同じTS病なのはあたしに続いて2人目になる。

 永原先生によれば、学校生活は始まったばかりだけど、TS病を隠さずに公表したこともあって、クラスからは一目置かれているらしい。

 小谷学園では、未だにあたしは出身有名人らしく、そういう所からも彼女の学校生活は順風満帆になりそうな気配だった。

 

「クラスメイトがある日突然女の子になったのと、最初から女の子として入学するのでは違うし、そもそも担任の先生が生徒と同じTS病という状況自体が、あたしと永原先生を含めて2例しかないので、判断には慎重を要するわね」

 

 TS病は初動が大事になる。なので、初動を終えて安定した後と、初動から対応したのとの違いも考慮しなければいけないわね。

 ちなみに、あたし自身にもカウンセラーは付いていて、書類上は永原先生のままだったりする。ここ数年全くと言っていいほど、TS病の相談をしていないけど。

 

「ええ、初動の有無がありますから、あの当時の石山さんの事例をそのまま当てはめるのは難しいと思います」

 

 とは言え、初めからTS病の女の子を3年間かけて担任として見守るというのは、永原先生にとっても、協会にとっても財産となる。

 ともあれ、新しい患者についての会合は、特に問題なく終わった。

 

「さて、じゃあ次の議題ね」

 

 永原先生が口を開く。

 そして、比良さんが立ち上がった。

 

「はい。篠原さんからの提案なんですが、これからはもっと蓬莱教授と協力するために、協会の本部にも私たちの遺伝子を提供できる環境を整えてはどうかという提案がありました」

 

  ざわざわ……

 

 比良さんの提案に対して、周囲もかなりざわついている。

 

 

「どういうことや? うちらも遺伝子提供せにゃならんのか?」

 

「さすがにそれはないんじゃないかしら?」

 

「そうはいってもなあ。確かに蓬莱教授は信頼できる人だけど──」

 

 

「皆さん落ち着いて下さい」

 

 ざわついた会場を比良さんが一旦ストップさせる。

 

「それについては、俺から説明しよう」

 

 蓬莱教授が立ち上がる。

 

「ここの本部に研究員を派遣する。遺伝子の提供の仕方は、皆さんの手元にある箱の中に入っている。優子さん、実演してもらえるかな?」

 

「は、はい」

 

 突然、あたしに指名が入る。

 こんな大勢の前でするのは初めてとは言え、何度もやって来たことなので普通に行おう。

 

 あたしは箱を明け、いつものように綿棒で頬の内側を擦ると、それを協会にある冷蔵庫の中に入れる。

 

「このように、冷蔵庫の中に入れてくれれば、定期的にうちの研究員が遺伝子を持っていく。だから冷蔵庫に入れればもう大丈夫。たったこれだけで、皆さんも俺の研究に貢献ができるんだ」

 

 蓬莱教授が丁寧に説明してくれる。

 

 

「何や、そんなんでええんんか」

 

「お手軽ね」

 

「それだけで研究に貢献できるなんて」

 

「素晴らしいわね」

 

 

 実験への協力はとても手軽であるということが判明した途端、協会の雰囲気が一気に良くなっていく。

 あたしが入ったばかりの頃の雰囲気を思い出すと、時代の変化を如実に感じるわね。

 やはり、あたしが小谷学園にいた頃や、佐和山大学に入ったばかりの頃と比べて、協会のメンバーたちの蓬莱教授への信頼感は格段に上がっていた。

 蓬莱教授は、何かあたしたちに理解を求めるように積極的に働きかけたわけではない。

 結局、実験と結果によって、雑音を消去したのだった。

 

  パンパン

 

「はいはい、みんな静かにね」

 

 議長の永原先生が、ざわついていた会場を鎮める。

 この辺り、秩序がよく取れているわね。

 

「蓬莱教授の遺伝子提供機会を協会本部にも増やす。異議はありますか?」

 

「「「異議なし!!!」」」

 

 不老の少女たちの「異議なし」の声が響き渡る。

 蓬莱教授も、そして永原先生も満足そうな表情を浮かべた。

 よく見ると、既に頬の内側を擦り付けている会員さんが何人もいた。

 サンプル数が多いことはとても重要になる。それはγ型の発見可能性だけではなく、仮になかったとしても、α型とβ型がどれだけの割合で存在するのかを知ることもできる。

 

 最も、今回の会合では本部に提供の機会を与えるだけで、各支部にも提供の機会を設けていかないといけないわね。

 

「余呉さん」

 

「はい、どうしました篠原さん?」

 

 あたしは、綿棒を擦り終わった余呉さんに声をかける。

 余呉さんは支部長を統括しているので、声をかけるのは永原先生や比良さんよりも余呉さんの方がいい。

 

「本部だけではなく、各支部にも機会を設けてみてはどうでしょう?」

 

「うーん、私個人としては賛成ですが」

 

 余呉さんがそう言って、他の支部長の正会員たちに目配せをする。

 

「ええ私は特に異議はないですよ」

 

「私も」

 

「あたしも」

 

 余呉さんの支線に対し、他の支部長さんが一斉に賛意を示す。

 それを見た余呉さんもほっとしたような表情をしていた。

 

「うむ。全国に散らばる各支部にもとなると、回収員を雇った方がいいな。運送会社はどうも信用ならんからな」

 

 蓬莱教授が早速「取った狸の皮算用」をし始める。

 

「え? 別に運送会社でもええやねんと思うけど」

 

 会議に参加していた会員の1人が異議を唱える。

 

「いいや、遺伝子は最も重要な個人情報だ。それに万が一外部に漏れてしまえばライバル会社を作ることになりかねない」

 

 蓬莱教授が警戒心を露にする。

 やはり機密の漏洩には最新の注意を払っているみたいだわ。

 

「うーん、蓬莱はんがそう言うならしゃーないわな」

 

 まあ、協会が負担を被るわけではないものね。

 

「うむ。さ、今日はこの保冷クーラーの中に入れて、そのまま佐和山大学に持ち帰ることにしよう」

 

 蓬莱教授が、会議の参加者全員分のガーゼを受けとると、全て中のクーラーボックスに入れていく。

 

「よしよしみんな済まないな」

 

 蓬莱教授が頭を下げつつも、少しだけ嬉しそうな表情をする。

 これで間違いなく、研究の速度が上がるはずだわ。

 

「では、本日はここまでにします。お疲れさまでした」

 

「「「お疲れさまでした」」」

 

 永原先生の号令と共に、各自解散となる。

 蓬莱教授は、クーラーボックスを持ちながら、協会本部を出ていく。あれはそう、「今すぐ研究したい」という意思表示だわ。

 

 あたしもあたしで、今日の会議が無事成功したので、気分上場でその場を後にした。

 

 

「やっぱり篠原さんって凄いわよね」

 

「ああ、彼女がここに来てから、協会も、蓬莱教授も、新しい患者さんも、どんどんよくなってきてる」

 

「うん、今回の遺伝子提供の話、これで私も旦那と死に別れずに済むわね」

 

 

 帰り道に聞こえてきた他の会員たちの会話でも、今回のあたしの提案の可決で、あたしの評判が更に上がっていったことが分かる。

 

 

「ただいまー」

 

「お、優子ちゃんどうだった!?」

 

 家に帰ると、浩介くんが出迎えてくれた。

 いかにも、「早く結果が知りたい」という表情になっている。

 

「うん、上手くいったわ。これからは遺伝子が大量に提供されるわよ」

 

「それはよかった」

 

 浩介くんもまた、蓬莱教授と同じように安堵の表情を浮かべていた。

 ともあれ、今は蓬莱教授からの結果待ちだ。

 

 

「優子さん、ここの記録を整理してくれ」

 

「はい」

 

 蓬莱教授から渡されてきたデータを並べかえたり、名前をつけたりして整理していく。

 研究棟に配属されて、学部生がすることと言えば雑用がほとんどだ。

 これが修士博士あるいは大学に残って助教クラスともなってくると、また違ってくるんだとは思うけど。

 一方で、浩介くんは雑用をすることもあるけど、実験に立ち寄りつつも宣伝部としての仕事を優先させることが多い。

 浩介くんは、宣伝部の中でも今や欠かすことのできない戦力となっていて、大学院以降は研究にシフトさせるために宣伝部には浩介くん分の穴が開くことになり、それが蓬莱教授には悩みの種にもなりつつある。

 

 

「よし、これでいいわね。蓬莱教授、出来ました」

 

「お、もう出来たのか。凄いな」

 

 今回の整理作業は、ファイル名に患者さんの番号と遺伝子型をつけるものだった。

 実験協力者のサンプル数そのものは統計学的には少ないけど、それでもα型が明らかに多い。

 

「ありがとうございます。それで、調べた感じではα型がちょうど70%という結果になりました」

 

「やはりα型が多いのか。そしてγ型は発見できず、か」

 

 蓬莱教授が腕を組んでいる。

 あの場にいたTS病患者だけではなく、各支部からも遺伝子情報が送られてきて、今はあたしや永原先生などを含めて200人の患者さんのデータがあり、内訳はα型が140人、β型が60人という割合になっている。

 

「血液型に稀少なタイプがあるように、TS病にも稀少なタイプがγ型として存在する可能性は否定できないが」

 

「そもそもTS病自体が、極めて珍しい病気ですから」

 

「うむ、そこが問題だ」

 

 あたしの発言に対し、蓬莱教授も深く考え込んでいる。

 

「今の俺の薬の技術では、もしTS病の遺伝子型で、α型とβ型しか存在しないのならば、700歳の薬の時点で、既に「不老の薬」として完成しているはずなんだ」

 

 蓬莱教授は、本格的に手詰まりを感じているようだった。

 そう、理論上では、既に「不老の薬」になるはずなのに、実際にはこの薬を飲んでも、700歳程度になると老化で死んでしまう。

 まだ実感は湧かないけど、今のままでは、浩介くんも蓬莱教授も、700年後にはこの世にいないことになる。

 

「この薬を飲んでも不老とはならずに、老化の進行を遅らせることしか出来ないということは、どこかで見落としているということになる。つまり、α型とβ型の解明が不十分か、またはγ型の存在が示唆されていることになるわけだが──」

 

 蓬莱教授が腕を組む。

 そしてあたしたちの存在が見えないかのように、深く深く考え始める。

 

「あの、蓬莱教授、もうすぐ講義の時間なので、行ってもいいですか?」

 

 数分後、あたしは待てなくなって声をかける。

 

「──あーすまない、優子さん、ありがとう。後で色々試してみるよ」

 

「失礼します」

 

 研究所に蓬莱教授を置いていき、あたしは浩介くんと合流してから講義に向かう。

 あたしは、蓬莱教授とも信仰が深い河毛教授の面白そうな解析数学の科目を、選択科目として履修した。

 河毛教授は講義の冒頭で「難しい」と言っていたけど、その言葉通りだったわね。

 

 そして講義が終わったら、また蓬莱の研究棟に戻り、雑用をする。

 

「そうだ優子さん。悪いんだが、この前の遺伝子回収作業、協会本部の分は優子さんが担当してくれるか?」

 

 研究棟での作業を全て終えると、蓬莱教授が声をかけてきた。

 

「え? あ、はい。ですが、クーラーボックスは重くないですか?」

 

 あたしの身体能力のなさは相変わらずで、その中でも上半身の力、例えば重いものを持つのは特に苦手だったりするのよね。

 

「あー、あの時のよりは軽いものを用意しておくよ。ほら、あの時は参加者が一斉に提供していたからね」

 

「……分かりました」

 

 ふう、どうやらある程度の配慮があるみたいでよかったわ。

 ともあれ、今日はもう後は家でゆっくり休むだけになるわね。

 

 

「優子ちゃん、反蓬莱連合だけど」

 

「うん」

 

 家に帰って夕食とお風呂が終わって寝る前の時間、浩介くんが国際反蓬莱連合について新しい情報をあたしに持ち込んできた。

 

「公安調査庁によれば、俺達のロビー活動もあって、ローマ教皇庁は蓬莱の薬に関する諸問題については静観を約束してくれた。どうやら彼らは『不老社会に対応した宗教体制の構築』を目指すらしいんだ」

 

「それはよかったわ」

 

 浩介くんによれば、公安調査庁のエージェントは、ローマ教皇に対して「あの団体の牧師は日本のプロテスタントからも鼻つまみものとして有名だ」と、いわゆる「人格攻撃」に終始したらしい。

 確かに嘘は言ってないんだけれども、プロパガンダの相手が蓬莱教授だったら絶対に伝わらないやり方だと思う。

 嘆かわしいことだけれども、この手の感情的な人格攻撃は、理知的で理論的な攻撃よりも有効で、それが「聖職者中の聖職者」と言っていいだろうローマ教皇でも例外ではないらしいわね。

 

「イスラム系に関しても、『怪しいニセキリスト教の牧師が言っていることだから信用しないように』と釘を指して見たら、感触は悪くなかったらしい」

 

「変わり身が早いわね」

 

 どうやら、大きな宗教団体も、蓬莱教授の薬が現実味を帯びてくると、途端に日和見を決めるようになったらしいわね。

 ローマ教皇庁なんて、最初の120歳の会見の時は避難声明まで出していたのに。

 おそらく、こういうところがあるからこそ、これらの団体は長生きできたんだとは思うけどね。

 いずれにしても、蓬莱教授が協力な無神論者かつ無宗教者であることは、障害ではなくなりつつあるのは、喜ばしいことだった。

 

「まあそもそも、あの薬は水を飲むだけのお手軽仕様だからな」

 

「うん」

 

 とは言え、小さな宗教団体は、大きな問題になる。

 そうした団体は、得てしてカルト化しやすい。例の牧師も、他の教会との交流を疎かにして、殻の中に閉じ籠ったことが、今回の問題を引き起こしたと、佐和山大学で宗教学を教えている講師は話していた。

 

「とはいえ、追い詰められた連中は何をするか分かったもんじゃねえ。これからだなあ問題は」

 

「うん、テロ組織に発展しなければいいけど」

 

 母体が小さな団体でも、カルト化すれば一気に大きくなることは往々にしてある。

 世間を騒がせた宗教集団だって、最初は町の小さな道場で、宗教色でさえ希薄だったらしい。

 毒ガスがばらまかれた事件だって、27年前の事と考えれば、それ以前の宗教色が薄かった時代というのは、あたしたちが生まれるよりも遥か昔のこと。

 だからこれらは、もちろん両親や永原先生の言伝てだけど、それでもとんでもないことだと言うのは分かる。

 

「そこだよなあ……」

 

 日本は幸いにして、テロとは無縁の社会を築いている。

 それは、もちろんある程度の監視社会的な側面こそあるものの、もしかしたら、追い詰めすぎてしまうと、蓬莱教授を狙ったテロに発展する可能性も考慮しなければならない。

 瀬田助教への引き継ぎ体制は当然整ってはいるが、蓬莱教授という頭脳は誰でも変えることはできない。いずれにしても、テロを避ける方法を考えねばならないわね。


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