永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夏の夫婦旅行1日目 最後の夏休み

 蓬莱の研究棟での生活は、あたしをますます充実したものにさせていった。

 夏休み中もあたしは暇だと思ったら研究棟へと足を運ぶことにした。

 とにかく知見を広めて、蓬莱教授の研究に少しでも貢献したい一心で、浩介くんもついていってくれた。

 一方で、反蓬莱連合は地下に潜り始めた。

 

「公安調査庁の報告によりますと、反蓬莱連合は活動対象を途上国にし始めたらしいです」

 

「うーむ、よくない傾向だなあ……」

 

 官房副長官の報告に対して、蓬莱教授が腕を組んで唸っている。

 途上国の人間は、ただでさえ先進国との格差によって、先進諸国に対していい感情を持っていない。

 彼らを扇動されれば、国の数という意味で、国連総会で不利になる危険性があった。

 

「そうねえ」

 

 もちろん、蓬莱の薬の持つ効力を考えれば、大真面目な話国連脱退でさえ選択肢に入っている。

 永原先生も蓬莱教授も、そして政府側も、蓬莱の薬さえ完成していれば、仮にそうなったとしても日本が勝つと考えているし、それは間違いないと思う。

 とは言え、それも最後の手段になる。

 一方で蓬莱教授は、公安調査庁への援護射撃が、宣伝部では出来ないことを、申し訳なさそうにしていた。

 

「我々も、蓬莱教授には頼りすぎない方向で行きます。政権は選挙結果で変わるものですから」

 

「ああそれがいいな」

 

 それについてはまあ、仕方ないという感じだったが、「国に頼りすぎない」という蓬莱教授の理想は達成できなかった。

 蓬莱教授は、政権交代時のリスクを考えている。

 このまま与党による長期政権が続いたとしても、総理大臣は変わるもの。そうなった時には、リスクがある。

 

「もう十何年も前の話だが、『2位じゃダメなんですか?』と言った政治家がいただろ? 全く、俺だったらその場で『ダメに決まってるだろ引っ込んでろボケ女』と言っていただろうが……とにかく政府への依存は最小限にした方が、帰って連携が取りやすいってものだ」

 

 あたしにとっては、子供の頃の話なのでよく分からない。

 ただ、「2位ではダメ」なことは、大学生のあたしでも分かる。

 

「ええ。私としても、総理としても、それには異論がないでしょう」

 

 官房副長官も、蓬莱教授に賛同する。

 お互い持ちつ持たれつの方が、良好な関係になる。

 そのためにも、何とか蓬莱教授は自前の宣伝部で出来ることを探している。

 蓬莱教授がアメリカに作った宣伝部も、少人数ながら始動し始めていて、蓬莱教授を支持する現地の大手インターネット企業のCEOたちの出資もあって、既に工作活動が始まっている。

 また公安調査庁も、この件についてCIAをどのようにして味方につけるかを考え始めている。

 

 

 さて、そんな中で、他の大学生以上に多忙な日々を送っているあたしたちにも休息は必要になる。

 

「優子ちゃん、準備できたか?」

 

「うん、大丈夫よ」

 

 小中高の夏休みが終わる9月の平凡な平日に、あたしたちも大学生活最後ということで、修学旅行代わりの旅行を、2泊3日で計画していた。

 これまでの家族旅行も、殆どが義両親も同伴してのもので、2人きりの旅行というのは意外と少ない。

 夫婦水入らずで、これだけ長く過ごせるのは、もしかしたら新婚旅行の時以来かもしれないわね。

 

「で、今回の旅程も永原先生に作ってもらったのね」

 

「まあ、そう言うなって」

 

 今回の旅行のターゲットは富山県になる。

 永原先生が「とにかく凄いので絶対に行っておいた方がいい」というので、「立山黒部アルペンルート」を選択した。

 まず列車で富山県に入るのが1日目、1日目には富山県の路面電車も体験するらしい。

 次に宇奈月温泉と「黒部峡谷鉄道線」をめぐるのが2日目。

 そして3日目は朝一番に富山駅を出て、立山黒部アルペンルートを一気に横断し、信濃大町からそのまま帰るというものだった。

 あたしとしては3日目はかなりの強行軍だと思うけど、永原先生曰く、「アルペンルートは強行軍だからこそ分かる魅力があるのよ。長野側から行くよりも、富山側からの方が個人的には好きだわ」と言っていた。

 更に、その前日に「黒部峡谷鉄道線」に乗ると、更にいいらしい。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

「気を付けてねー」

 

「帰ったら土産話聞かせてくれよ!」

 

 玄関で義両親に見送られ、あたしたちは駅へと進む。

 まずは、大宮駅まで行き、そこから富山駅までは「かがやき」のグランクラスが用意されている。

 これもいつもの蓬莱教授の散財要請によるものだ。

 

 

「グランクラスは──」

 

「グランクラスか。若いのにこんなに乗ってて大丈夫なのかな?」

 

 大宮駅で新幹線を待っていると、浩介くんが申し訳なさそうな表情でぼそりとつぶやいた。

 

「気にしなくてもいいんじゃないの? 蓬莱教授が『予算使いきれないからお金使ってくれ』って言ってるのよ」

 

 あたしは浩介くんを安心させるように言う。

 

「まあ、そうだよな」

 

 確かに、今のあたしたちは蓬莱教授からの支援金の他にも、協会の、それもあたし個人に対する寄付金まで集まり始めている。

 以前からあたし個人に対する寄付金の声はあったけど、あたし自身の遠慮もあって全て改めて協会に寄付していたが、協会側も「だぼついてきた」とのことで、実は今のあたしはちょっとだけ金持ち大学生になっている。

 ちなみに、協会の正会員の会費も永原先生が建て替えてくれた分は全部返済してあるし、それどころか蓬莱教授の支援金を使って20年分、つまり36万円を前金で払っている。

 最も、インフレで会費が値上がりしたら、その時は支払うことにもなっているけどね。

 

「それに、金持ちが金使わないでどうするのよ?」

 

「んー、そういうものか」

 

「ええそうよ」

 

 最近はようやく変わってきたけど、数年前までは大企業や富裕層が金使わないとして大きな問題になっていたし。

 最近では高級志向に対する抵抗感はすっかり薄れてきたものね。

 

「間もなく、かがやき号金沢行きが参ります、当駅を出ますと停車駅は長野、富山、終点金沢の順に止まって参ります」

 

 北陸新幹線は、来年敦賀駅まで延伸する予定で、その先のルートも既に決まっていて、あたしたちにとっても開業は楽しみの種になっている。

 

 北陸新幹線が大阪に来るようになれば、大阪と北陸の結び付きが強くなると期待されている。

 元々、北陸は首都圏よりも京阪神の勢力が強い地域で、現在は在来線特急との接続列車の「つるぎ」がその任を担っている。

 

 新幹線の青い電車がゆっくりと入線してくる。

 

「このタイプのグランクラスは2回目だな」

 

「うん、懐かしいわね。あの時は確か、シートだけだったんだっけ?」

 

 そう、この電車にはあたしたちにとって思い出がある。

 

「だったなあ……」

 

 浩介くんも、5年前を懐かしく語る。

 小谷学園での林間学校は、今思えば人生の大きな転換点だったわね。

 あの時の浩介くんは、とっても素敵で、あたしがナンパされた時──

 

「どうしたの優子ちゃん? 顔が真っ赤だよ」

 

 浩介くんが、あたしの顔を覗き込んでくる。

 

「ああうん、その……浩介くんとの思い出を思い出しちゃって」

 

「あーうん、その──」

 

「間もなく発車します。次は長野です」

 

 あたしたちの会話が聞こえない車掌さんが、空気を読まない放送をする。

 そして扉が閉まる音と共に、電車が静かに動き出した。

 

「でさ、俺実をいうと、ね」

 

「うん」

 

 浩介くんが気を取り直して話しかけてくる。

 平日昼のグランクラスのお客さんは、後方のあたしたちの他には、最前列で音楽を聴きながら寝ているサラリーマンだけだった。

 

「2日目のさ、山登りの時、優子ちゃんをおんぶしたじゃん」

 

「あったわね」

 

 あの時は、登山からすぐにへばってしまって、あたしだけリタイアになってしまいかねなかった。

 でもそれでは仲間はずれでかわいそうだと、浩介くんがあたしを山頂までおんぶしてくれた。

 今でもあたしが思い出す、理想のヒーロー像だった。

 本当に少女漫画みたいな展開だったと思う。

 

「そのさ、ずっと大きくなっちゃってて……帰ったらすぐに風呂場のトイレ中でさ」

 

 浩介くんが恥ずかしそうにあの時のエピソードを話してくれる。

 

「ふふ、嬉しいわ」

 

「え!?」

 

 あたしの余裕の発言に、浩介くんの顔が驚きに変わる。

 

「あたしで興奮してくれたんでしょ?」

 

 結婚後はあたしと同居しているけど、それ以前は禁欲もあったものね。

 

「でもほら、あの時の優子ちゃんはまだ──」

 

「うん、確かに、はっきりと恋に落ちたのはナンパの時よ。でも、あの時のあたしだって、男心は分かるわよ」

 

 永原先生や比良さん、余呉さんがそうであるように、どれだけ月日が経とうともあたしの男としての16年が記憶から消える訳ではないもの。

 

「ああうん。そうだったな」

 

 浩介くんの5年越しの秘密の告白も、何て言うことはない内容だった。

 あたしたちは、車掌さんの放送を聞き流しつつ、林間学校の話を続ける。

 

「ここで、永原先生が秘密を話してくれたんだよな」

 

「そうね」

 

 今でも、永原先生はあの時の初恋の秘密を、あたしたち以外には打ち明けられていない。

 部分的に、蓬莱教授が独自に秘密を導きだしただけになっている。

 

「あの秘密、いつか打ち明けられる日が来るのかな?」

 

 浩介くんも、永原先生に残った「しこり」を気にしている様子だった。

 

「そうね。これとばかりは永原先生次第よ」

 

 吉良殿のことにしても、さくらちゃんや他の人に、秘密が共有されたからこそ、あたしは永原先生を救うことができた。

 でも、真田家のことはともかく、初恋のことや、あるいは戦時中に昭和天皇を裏切ったと思っている事件は、ほとんど知る人がいない。

 これではヒントを得るのも難しく、解決の糸口がつかめないわ。

 

「だなあ」

 

 浩介くんも同意見だった。

 

「でも、その秘密だって、もし優子ちゃんがあの時恋に落ちてなかったら」

 

「ずっと永原先生の中だけで封印されていたのよね」

 

 永原先生は、江戸城で記した自身の日記にも、あの事を匂わす記述をしていないらしいし。

 よっぽど秘密にしておきたかったというのが分かるわね。

 

「だよなあ、本当に、今の世の中は薄氷を踏むようなもんだよな」

 

「うん」

 

 考えてみれば、浩介くんだって、責任感の強い性格じゃなかったら、あの後あたしを許せたのだろうかと思うことがある。

 

 それでも、時間は元に戻ることはなくて、あたしたちは前に進んでいくしかない。

 

「TS病になると、正しい道は一本しかないんだよな」

 

「そういうこと。もしあたしがちゃんと女の子になれなければ、浩介くんはあたしと結婚できなかったし、蓬莱の薬だって、開発がもっと遅れていたわ」

 

 それどころか、永原先生たちの持っていた不信感を払拭することでさえ、遅れていたかもしれないもの。

 

 

 新幹線は熊谷駅から徐々に田畑の多い場所を通過していく。

 この辺りは、上越新幹線とも合わせて何度か通った場所になる。

 

「ゆったりとしているな」

 

「うん」

 

 またあたしはふと考える。

 結婚だって、両親はもっと早くさせようとしていたけど、もしかしたら高校在学中に結婚していたら?

 多分大差はないと思うけど、もしかしたら妊娠を急かす双方の両親やおばあさんの圧力に耐えられなかったかもしれない。

 そしたら、また蓬莱教授の研究も遅れていたかもしれない。

 

「ま、人生何が起こるか分からねえよな」

 

「そうよね」

 

 これから行く「立山黒部アルペンルート」だって、様々な交通機関が用意されているという。

 その雄大な景色はどれも素晴らしいというのが永原先生の話だった。

 

 また少し大きな駅を通過する。

 前面のテロップには、「ただいま、高崎駅付近を通過中です」と書かれていた。

 

「高崎かあ」

 

「しばらくすると、あの駅よね」

 

「ああ」

 

 永原先生の出身地は、現在上田市の一部となっていて、町の中心に上田駅がある。

 この電車は北陸方面への最速達列車なので上田駅には止まらない。

 

「やっぱ遅くなるよな」

 

 あの時も感じたけど、高崎駅の向こう側のトンネル内の区間は結構ゆっくりで、それでいて次の駅に到着するまでは早い。

 そして電車はあっという間に安中榛名駅を通過してしまう。

 

「うん」

 

「永原先生によれば、ここは『碓氷峠』っていう難所だったらしい。今はないけど、在来線時代はここはJRの在来線で最急勾配だったんだってさ。その急勾配から、専用の補助機関車を要しんだたって」

 

 浩介くんが、またメモ帳を出しながら話す。

 というよりも、どうして永原先生は毎回毎回律儀にこんなことまでしてくれるのかしら?

 

「凄まじいわね」

 

「その維持費の高さから、廃線になって、横川駅と軽井沢駅の間は、今はバスで結ばれているそうだ」

 

 いずれにしても、人里離れた難所だというのは分かるわ。

 

「ふむふむ」

 

 安中榛名駅から軽井沢駅も、新幹線としてはかなりの急カーブや急勾配が続くため、こうして速度が落とされる。

 

「飲み物でも飲むか」

 

「うん」

 

 浩介くんが代表し、アテンダントさんの呼び出しボタンを押す。

 浩介くんが麦茶、あたしがリンゴジュースを頼んだ。

 

 

「優子ちゃん」

 

「うん?」

 

 飲み終わった浩介くんがあたしに話しかけてくる。

 

「アテンダントが来た時、優子ちゃん胸張ってたよね」

 

「え!? そう!?」

 

 浩介くんが少し笑いながらニッコリと指摘する。

 正直、全く気付かなかったわ。

 

「うんうん、『どうだっ』って感じでさ」

 

「あはは、そりゃあまあ、胸が大きくて不便なことも多いもの。こういう時くらい、ね」

 

 肩もこるし、運動神経が悪いのも、あたしのこの胸が大きく関わっていることは間違いないもの。

 だけど、男性受けは抜群だし、浩介くんも巨乳好きなので、もちろんあたしにとって巨乳は全くコンプレックスに思っていない。

 というか、あたし並みに大きい人、未だに見たことないわ。

 

「まあ、そんな自信家の優子ちゃんは好きだけどね」

 

 浩介くんも、あたしを妻にしてから、相当な自信がついていると思う。

 

「ふふ、ありがとう」

 

 グランクラスの椅子は、相変わらずゆったりとしていて座りやすい。

 

「でさ、優子ちゃんは──」

 

 

 浩介くんと雑談を楽しんでいると、電車が上田駅を通過した。

 前回はここから乗ってきたもので、ここから先が未知の領域になる。

 

「永原先生の故郷かあ……」

 

「考えてみれば、俺たちにとっても原点だよなあ」

 

「うん」

 

 もし永原先生が生きてなければ、あたしはクラスでどう過ごしていただろう?

 その事は、以前にも考えたことがある。

 

「真田家ってのも、すごい一族だったよな」

 

「うん、あのときに立ち寄れなかった記念館、行きたいわね」

 

「ああ」

 

 永原先生と一緒に故郷に行った時には、真田家を記念した石碑のある公園と、永原先生も自宅があったと推定される場所、そして、永原先生がかつて男だった時に登城していた真田本城の跡地を訪問しただけだった。

 途中、真田家所縁の品を納めた記念館を通ったけど、時間の都合で通り過ぎるだけだった。

 

 そこには恐らく、真田家3代だけではなく、江戸時代の真田家の品も納められているに違いないわね。

 

「にしても、江戸時代の真田家はやりにくかっただろうなあ」

 

 浩介くんが苦々しい顔で言う。

 

「そうね。自分の先祖を知っているような人が江戸城にいるわけだもの」

 

 大名家は参勤交代として領国と江戸とを頻繁に往復し、江戸に参勤した場合は江戸城で将軍に謁見することになっている。

 永原先生は、身分としては徳川家の直臣で武士の身分という立場ながら、足軽の生まれということで領地は持っていない。

 当時の永原先生は、悪い言い方をすれば「穀潰し」なわけだけど、戦国時代を知る日本唯一の人物として、歴代の将軍や老中、大名から意見を求められたり、関ヶ原の戦いを目撃したことからも、自分の先祖が関ヶ原に参加していたという大名を中心に、戦話をせがまれたりしたことは想像に難くない。

 真田家は、徳川家綱に武士に取り立てられる前の主君と言ってもよく、お互いに気を使ったことは確かだし、真田家が気を遣ったからこそ、永原先生は真田家への再士官は叶わなかったのよね。




物語の時間軸が2022年になってますのでそれを意識しながら書かなきゃいけないのが地味に辛い

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