永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夏の夫婦旅行1日目 新たな戦略を秘めいざ富山へ

「間もなく、長野です──」

 

 電車はやがて減速を始め、それと共に長野駅に到着する放送が聞こえてきた。

 大宮から最初の停車駅で、次はもう目的地の富山駅になる。

 

「長野からのお乗りかえ列車ご案内いたします。この先飯山、上越妙高、糸魚川の順に、終点金沢まで各駅に止まりますはくたか──」

 

 自動放送が終わると車掌さんの乗り換え案内が始まる。

 今乗っている「かがやき」は、いわゆる速達列車で、逆に車掌さんの放送にあったように、「はくたか」が、長野から先にほぼ各駅停車になるタイプで、高崎から長野までの停車駅はまちまちになっている。

 そしてあたしたちが以前乗ったあさまが、長野駅までの区間運転で、こちらは比較的近距離とあって停車駅は多めになっている。

 

 ふと見ると、あたしたち以外のグランクラスの乗客だったサラリーマンは、この長野駅で降りるらしい。

 ドアが開くと、列車の乗降があるみたいだけど、窓の外を見る限り、長野駅で降りるお客さんが多い。

 

「ふう、どうやら、グランクラスに新しい客はいねえみたいだぜ」

 

 ここに入ってくるお客さんの姿はいない。

 つまり、この場はあたしと浩介くんが独占することになる。

 次の停車駅は富山駅なので、あたしたちは終点までここを独占できることになる。

 

「貸し切りということね」

 

 まあ、9月の平日、あたしたち大学生は夏休みとはいえ、世間一般にはいわゆる「閑散期」に該当するわけだから、これも当然なのかもしれないわね。

 ましてや、大学生で新幹線のグランクラスっていうのは、あたしたちみたいによっぽどお金が余っているか、鉄道好き位だと思うし。

 

「かがやき金沢行き間もなく発車いたします。ご乗車のままでお待ちください」

 

 さっきまでとは違う声の車掌さんの放送と共に電車のドアが閉まり、再び放送が流れる。

 

「えー皆様、長野駅より乗務員交代いたしました。ここから先終点金沢までの運転士は──」

 

「こういうのは普通会社境界の駅とか運輸区ごとに乗務員を交代するんだ。北陸新幹線の会社境界は上越妙高駅だけれども、かがやきはこの駅に停車しないので、長野駅で乗務員を交代するらしいな」

 

 永原先生のメモを握っている浩介くんがまた解説してくれる。

 

「長距離を運転するなら、乗務員の交代が必要よね」

 

「ああ、在来線の夜行列車なら、『運転停車』として、時刻表上では通過駅にしている駅に停車して、そこで乗務員を交代することもあるらしい。他にもほら、特急こだまが運転中に乗務員交代の荒業をしていたな」

 

「うん、そういえばそうだったわね」

 

 確か鉄道博物館でそんな話をしていたわね。

 浩介くんによれば、他にも北海道新幹線ができる前にも、東日本と北海道における境界駅が小さな無人駅になっていたために、手前の特急停車駅で乗務員を交代していたらしい。

 

 電車は、ますます山の中を進んでいく。

 とにかく新幹線というのはトンネルが多い。

 新幹線はここから、進路を北から西に変えることになる。

 

「ねえ浩介くん」

 

「ああ」

 

 そんな時、上越妙高駅をあたしたちは、奇妙な発見をする。

 それは新幹線の前方に流れている「ニュース」だった。

 

 そこには、「国際反蓬莱連合、国際スポーツ仲裁裁判所に、蓬莱の薬を禁止薬物に指定するように要請」とあった。

 

「恵美ちゃん、大丈夫かしら?」

 

 あたしがまず不安に思ったのは既に蓬莱の薬を飲んでいる恵美ちゃんのことだった。

 蓬莱の薬は、中に不老遺伝子細胞と、それを全身に転移させるための触媒が入っているが、味などを含め殆ど水と変わらない。

 蓬莱教授自身が実験しているように、従来のドーピング検査には絶対に引っ掛からないし、そもそも「選手の健康」という観点からドーピングを禁止する理念を鑑みれば、むしろ蓬莱の薬は、これまであらゆる選手が直面してきた「老化による年齢的な衰え」という事態を防いでくれるのだから、むしろ推奨されるべき事柄だ。

 

 まあそもそも、仮に禁止薬物になったとしても、蓬莱教授が絶対に協力はしないとは思うが、ともあれ、この事は──

 

  ブー! ブー! ブー!

 

 マナーモードにしていたあたしと浩介くんの携帯とスマホがほぼ同時に振動する。

 送り主は予想通り、蓬莱教授だった。

 

 

 題名:スポーツ仲裁裁判所について

 本文:反蓬莱連合が動いた。奴ら、搦め手にと今度はスポーツ介に介入してきた。俺たちも宣伝部を使い、世論に訴えていく。今のところは立て込んでいないから、優子さんたちはゆっくり休暇を楽しんでくれ。

 

 

「浩介くん」

 

「ああ、蓬莱教授からだろ?」

 

 浩介くんも、少しだけ慌ただしい表情をする。

 

「うん、でも立て込んではいないって」

 

「まあそうだろうな。ともあれ、アメリカ支部の宣伝部が重要になってくるだろうな」

 

 浩介くんの推測には、あたしも同意見ね。

 とにかく、相手は国際組織。

 あたしも一応、大学で単位取るレベルには英語ができるけど、スラングなどを織り混ぜたネイティブのような理解が出来るわけではない。

 そうなれば、蓬莱教授に心酔しているアメリカ人を使う方が利口だ。

 

「ええ」

 

 それに、あたしたちもそろそろ、研究の現場での活躍が重視され始めている。

 特にあたしの才能については、あたし自身は自覚がないけど蓬莱教授がかなり買ってくれている。

 浩介くんも浩介くんで、現在している宣伝部の活動を別の人に引き継ぐということを、そろそろ考えないといけないわね。

 あたしがしている蓬莱教授と協会とのバランス調整は、残念ながら代わりはいないと思うけど。

 

  ブー! ブー! ブー!

 

「あっ!」

 

 またあたしの携帯が震えた。

 あたしは慌ててもう一度携帯を取り出す。

 

「優子ちゃんまた? 俺は特にないけど」

 

 今度は浩介くんの携帯は震えていないので、メールが届いたのはあたしだけだった。

 そして送り主は予想通り、永原先生からだった。

 

「優子ちゃん、またメール?」

 

 浩介くんが重ねて聞いてくる。

 

「うん、永原先生からみたいだわ」

 

 あたしはもう一度画面に目をやる。

 

「それで、何て?」

 

「ちょっと待って」

 

 まだ本文を読んでいないので、あたしは浩介くんを制止する。

 

 

 題名:スポーツ仲裁裁判所提訴事件

 本文:篠原さん、既に新幹線のニュースで聞いているかもしれないけど、国際反蓬莱連合が蓬莱の薬の服用をドーピングだとして国際スポーツ仲裁裁判所に提訴したわ。

 今回は教会も積極的に動くわよ。

 協会としては、提訴そのものに断固として抗議するわ。

 もしこれが通れば、TS病患者は存在そのものがドーピングということになって、国際大会から町の小さな大会までにあらゆるスポーツの場から締め出されることになるわ。

 裁判所が蓬莱の薬がドーピングだという判決を出したら、これは私たちにとって重大な人権侵害になるから、絶対に通してはいけない懸案よ。

 

 

 永原先生の文面からは、強い意向が伝わってくる。

 そう、蓬莱の薬がドーピングではない最大の理由がこれだ。

 もし不老になることが不正ならば、TS病になることそのものも不正ということになる。

 しかし、この病気は後天的に、しかも本人の意思に関係なく発病するものだ。

 

 あたしたちにとって、性別が変わることと老化しなくなることは、表裏一体にある。

 病名こそ性転換のことしか書いていないけれど、それでも性転換と不老は切っても切れない関係にあると、あたしたちは考えている。

 そう、これは蓬莱教授サイドよりも、あたしたち協会サイドの方が真剣に考えなければいけない問題だわ。

 ならば、解決の糸口は見えるわね。

 

「優子ちゃん、どう?」

 

「ふふ、どうやら国際反蓬莱連合は墓穴を掘ったわね」

 

 あたしの顔から自然と笑みが浮かぶ。

 

「どうしたんだい? そんなににやけついて」

 

 浩介くんがやや不審そうにあたしを見つめてくる。

 ふと車窓を見てみると、既に日本海の近くに達して、「糸魚川駅を通過中」となっていた。

 

「あーうん、この問題は、あたしたちにとってこそ、大きな問題というわけよ」

 

「つまりどういうことだ?」

 

 浩介くんはまだ要領をつかめない様子でいる。

 

「あたしたちは、例えるなら発病した時に性別が変わると同時に完璧な蓬莱の薬を服用しているようなものなのよ。もし、スポーツ仲裁裁判所が『蓬莱の薬はドーピング』だと判断したら、あたしたちは存在そのものがドーピングになってしまうわ」

 

 以前の同窓会で、蓬莱教授が恵美ちゃんにしてくれた説明と同じ内容を、あたしは繰り返す。

 

「それは分かってる。でもよ、もし連中が留保条件をつけてきたらどうするんだ? 例えば、『TS病は本人の意思に関係なく発病するから、その場合は特例として認める』とか言ってきたら?」

 

 浩介くんが、鋭く疑問点をついてくる。

 もちろん、それに対するあたしの回答も用意してある。

 

「もし仮に『TS病患者は例外』というルールを判決に追加したとしても、あたしたちは整合性を求めて徹底的にロビー活動をするわ。もしそれもうまくいかないとしても、『TS病患者は蓬莱の薬を飲めないスポーツ選手と結婚することが難しくなる』と訴えればいいし、あるいは蓬莱教授と同じように『蓬莱の薬が飲めないとなれば、スポーツ選手になりたがる人なんていなくなる』と訴えてもいいわね」

 

 そう、蓬莱の薬は「TS病患者にとっての真の生涯の伴侶を確保するため」というのが、建前上の製作動機になっていて、それ以外の作用は「副作用」「外部効果」のような扱いになっている。

 外部効果ながらも、蓬莱の薬を一般にも広めれば、より良い社会になるということになっている。

 また、TS病患者の夫だけに蓬莱の薬を飲む資格を得られるとすれば、希少種であるTS病患者を奪い合うことになって悲惨なことになるリスクがあるということも想定に入っている。

 

「うーん、さすがは優子ちゃん。ちゃんと想定してるんだな」

 

「えへへ」

 

 浩介くんがあたしを感心したように誉めてくれて、あたしもちょっと照れてしまう。

 ともあれ、あたしたちの方で作戦は決まったので、永原先生には、もし通ってしまった時の挽回策の案をメールで送っておいた。

 

 あたしたちはひと悶着あったけど旅行に戻ることができた。

 

 

「ねえ優子ちゃん、軽食にしねえか?」

 

 一段落すると、浩介くんが軽食を提案してきた。

 

「うん、いいわね」

 

 メニューを決め終わり、浩介くんがアテンダントの呼び出しボタンを押して、軽食を頼む。

 こちらも、あらかじめ作り置きしていたものらしく、すぐに食事が出てきた。

 

「うまそうだな」

 

 浩介くんが弁当箱の中身を見て感激するように言う。

 

「うん」

 

 グランクラスの軽食でも、あたしにとってはそれなりにお腹が膨れるもので、更に地域の名産品ということもあって鮮度も高い。

 車窓を見ながらテーブルを広げて優雅におやつの軽食を食べていると、電車は「黒部宇奈月温泉駅」を通過していった。

 

「いかにもな駅名だよな」

 

「うんうん」

 

 そもそも、新幹線の駅名は、最近この手のが多い。

 例えば、北海道新幹線の「新函館北斗駅」も当初は単に「新函館」とする予定だったと聞いたことがある。

 宇奈月温泉は確かに一般人のあたしでも知ってる程度には有名だけど、それにしたって長すぎるわよね。

 

「でもよ、俺たちが行く『立山黒部アルペンルート』、これも長いよな」

 

「でも、それ以上短縮できなくないかしら?」

 

 立山から黒部を通る山岳地帯のルートという意味で、こちらはこれ以上短縮しようがない。

 あるいは単に「アルペンルート」と言うのが限界かもしれない。

 

「あーそうだな」

 

 浩介くんと、どうでもいい話で貸しきりグランクラスの中が盛り上がっていく。

 あたしがちょうど食べ終わり、ゴミ箱に弁当箱をそれぞれ捨て終わる頃には、電車は減速を始め、「まもなく、富山です」の放送が流れていた。

 

「富山と言えば、コンパクトシティらしいな」

 

「うん、ライトレールだっけ?」

 

 今日はこれから、「富山ライトレール富山港線」という路面電車に乗ることになっている。

 この「ライトレール」というのは、別名「LRT」と呼ばれていて、2年前に新潟を家族で旅行した時の「名前負けBRT」が伏線になっている。

 ちなみに、こちらのLRTは全く名前負けしていないらしい。

 富山のコンパクトシティーの一環としてこの「ライトレール」が活躍しているそうだ。

 

「さ、降りようぜ」

 

「うん」

 

 あたしたちは、2人きりのこの車内で荷物を整える。

 

  ガバッ! ぐいっ! ずーり!

 

「きゃあ! こらっ!」

 

 浩介くんにガバッとお尻を掴まれて、そのままぐいぐいと深く円をなぞるように撫でられる。

 今までの撫でられ方でも、一番手を感じる撫でられ方だわ。

 

「ごめんごめん、優子ちゃんのお尻を凝視してたらつい手が出ちゃって」

 

 浩介くんが、あんまり反省してないような表情で話す。

 いくら貸し切り車内だからって本当に油断も隙もないわね。

 

「もうっ、エロオヤジみたいな触り方して。他の女性には絶対にしないでね!」

 

「分かってるって、一旦優子ちゃんの触り心地を覚えたら、他の女なんか触る気にもなれねえぜ」

 

「もー」

 

 本当に浩介くんはあたしのコントロールがうまいんだから。

 まあそれが浩介くんのいい所でもあるんだけどね。

 

「──本日は北陸新幹線をご利用いただきまして誠にありがとうございます。まもなく富山です。富山の次は終点金沢です」

 

 やり取りと降りる準備が終わる頃には、電車は完全に駅構内に近づいていて、かなり減速していた。

 

「さ、降りようぜ」

 

「うん」

 

 浩介くんに促され、あたしも扉へと向かう。

 グリーン車のお客さんと思われる人が数名、扉の前に立って待っていた。

 あたしたちも彼らに続いて、富山の地に降り立った。


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