永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夏の夫婦旅行2日目 絶景と電力と

「お待たせいたしました。本日は、『黒部峡谷鉄道トロッコ電車』をご利用くださいまして、誠にありがとうございます。これから先黒薙、鐘釣、終点欅平の順に止まってまいります。皆様、是非ともこれから、黒部峡谷と黒部川の雄大な自然を、お楽しみ下さい」

 

 女性の声で車掌さんの放送が響いていく。

 やはり、いつもの事務的だけど丁寧な感じの車掌さんとはちょっと違うわね。

 何と言うか、観光列車らしくフレンドリーな印象を受ける。

 

「列車は右手に宇奈月温泉の温泉街をを眺めております。また現在走っている橋は──」

 

 発車して早い時期に、列車は赤い橋に差し掛かる。

 下の川は黒部川でこの橋は「新山彦橋」と言うらしい。

 

「前方に見えますは──」

 

「うーむ、永原先生のメモに全て書いてあるな」

 

 あのダムは「宇奈月ダム」と呼ばれるダムで、発電に使われているそうね。

 

「あはは……」

 

 浩介くんが苦笑いしながら、永原先生のメモを使ってネタバレをしていく。

 うーむ、さすがにこのネタバレは清々しいわね。

 

「そうそう、この黒部峡谷鉄道本線には放送された駅以外にも駅があって、これらは全て電力会社の専用駅になっているんだ。それらの駅には、原則止まらないらしい」

 

 そしてまた、浩介くんが先回りでネタバレをしてくる。

 

「えっと、つまり観光需要がないってことかしら?」

 

 あたしが当てずっぽうで話す。

 

「まあそういうことだな。一部の駅はたまーに登山客に解放されることもあるらしいけど、安全性の問題もあるから滅多にやらないらしい」

 

 浩介くんが、あたしの主張を肯定する。まあ、確かにそれ以外なかなか考えられないというのが実際のところだと思う。

 そういう意味でも、あたしたちはアウェー感が強いと思う。ましてや観光特化列車と業務列車が併存しているわけだし。

 いわば別の意味での「お客さん気分」も味わえるわね。

 

 峡谷鉄道なので、当然森や山などにも線路があって、一部の区間はトンネルの中を突き進むことにもなる。

 トンネルの中も、よく見ると岩が剥き出しで、恐怖感を覚えてしまう作りになっているわね。

 

「浩介くん……」

 

「ああ、しょうがねえさ」

 

 もちろん、右側に見える風景はとてもきれいなことには代わりはない。

 やがてホームのある駅が見えてきたが、列車が減速する気配はない。

 しかしご丁寧に駅名標はあって、名前は「柳橋」というらしい。

 

「たった今通過した駅ですが、トロッコ電車には電力会社の関係者も通勤に使っていまして、私達の列車が停まる駅以外にも、こうした電力会社専用駅があります」

 

「そうそう、ここが電力会社の専用駅だ。ここにはこういった駅が観光客に解放されている駅よりも多く存在するんだ。右手に見える城みたいなのが『新柳河原発電所』って言うらしいぜ」

 

 浩介くんが、永原先生のメモを見ながら解説の人が解説してくれない部分まで解説してくれる。

 

「なるほどねえ」

 

 

 列車は更に、進んでいく。

 相変わらず見えるのは黒部川と森の絶景と、暗くゴツゴツとしたいかにも「工事現場」といった感じのトンネルの連続だった。

 

「進行方向右手下の方に見えますのは、おさるさんの移動のための橋でございまして、ダム開発の際に川幅が広がって渡れなくなり、動物たちの活動範囲が狭まる懸念を見越して、作られました」

 

 案内ガイドさんの声を聞き、あたしたちは一斉に右下を見る。

 確かに、人間が渡るには強度もなさそうな、極めて狭く簡素な作りの橋が見える。

 今は何者も渡っていないけれど、確かにあの橋は、猿が渡るくらいなら支障はないと思う。

 

「しかし、川の向こうまで渡る用事が猿にあるのかな?」

 

 あたしにはどうも疑問が尽きない。

 猿の知能なら、川を渡れないなら上流などに行ったりしそうなものだし。

 

「さあ? 山菜探しとかじゃね?」

 

 浩介くんも投げ槍気味にそう答える。

 まだ9月ということもあって、山肌は紅葉していないけど、紅葉の季節はさぞきれいだと言うことは、あたしにも分かる。

 

 やがて列車は、もう一つの電力会社専用駅を通過して間もなく、カーブしながらの駅である、黒薙駅に停車した。

 

「ここ黒薙駅は黒薙温泉の最寄り駅です。実は、宇奈月温泉はここ黒薙温泉の源泉を、配管パイプで引き込んで使用しています」

 

 案内の人が意外な言葉を話す。

 つまりさっき入った温泉も、ここから引っ張ってきたってわけね。

 

「そうなの?」

 

「ああそうだ。何せここは山奥だからここまで行くのは大変だ。ちなみに、黒薙温泉の配管パイプにおいては、『権利の濫用』という表現が初めて出てくる有名な裁判があったんだ。法学部では必ず習う出来事らしいが、最も詳しいことはここには書かれてないな」

 

 浩介くんがメモ帳を見ながら話す。

 配管パイプと権利の濫用って言うくらいだから、地主が何かごねたのかもしれないわね。

 まあ、いいわ。

 

 黒薙駅では、温泉目当てと思われるお客さんが数人降りていった。

 

「左のトンネルには電力会社専用の支線があって、黒薙温泉への近道として駅員に申し出れば通れたらしいけど、今は通れねえらしい。山道を進めば、黒薙温泉だな」

 

 浩介くんの声に従ってそっちの方を見ると、ヘルメットを被った電力会社の作業員のおじさんたちの姿も見える。

 

「ふーん、やっぱり色々安全確保に苦労しているのね」

 

 まあ、この鉄道の険しさを見る限り、当たり前のことだとは思うけど。

 こっちの支線だって、一般人には馴染みはないけど、工事のおじさんたちにとっては職場へ向かうための大切な足になっているのよね。

 

「だな」

 

 発車時間になると、車掌さんの放送が入り、列車は警笛を鳴らして再び発車する。

 そして今度は、列車がすぐに大きな赤い橋を渡りはじめた。

 眼下に見下ろす黒部川はこれまでにないほどに絶景で、あたしは思わず声が出そうになる。

 秋の季節の紅葉は、どれほどにきれいだろうか?

 遠くの山の風景を見ながら頭に光景を思い浮かべるだけで、感動してしまう。

 

「川もすげえな、まさに清流という感じだ」

 

 浩介くんの声からも、息を呑む様子が伝わってくる。

 

「うん」

 

 ガイドさんの案内には耳もくれず、あたしたちは写真を数枚撮る。

 この景色の中、列車は徐行してたけど、川を渡り終わるとすぐにまた山の中に入った。

 そしてその後、トンネルに入ってしばらくすると、曲がった先にまたホームに駅が見えた。

 右側には、「笹平」の駅名標と共に、あたしたちの客車とは全く違い、機関車も1両しか連結されていない簡素な列車が見てとれた。

 

「あれが電力会社の専用列車だ。機関車が1両だろ?」

 

「ええ」

 

 よく列車の中を見ると、車内にはヘルメットに青い作業着姿のおじさんたちばかりが、リラックスして座っていた。

 今日は平日だけど、完成したダムの建設は、休日も作業員が必要なのよね。

 

「休日も働かなきゃいけない人がいるのよね」

 

 もちろん、休暇はあると思うけど。

 

「むしろ、休日は必ず働いて、例えば水木が休みとかも面白くねえか?」

 

「あー確かに、観光好きにはその方がいいかも」

 

 浩介くんが面白い話をする。

 確かにそれなら、今のあたしたちみたいに、混んでいるのを避けられそうだし。

 ともあれ、この駅もそのまま通過する。

 

「さて、先ほどの駅ですが、こちらも電力会社専用駅になっておりまして、一般の人は利用できません。電力会社の社員さんたちは、それらの駅にも停車する私達とは違う専用列車を利用することになっています」

 

 さっきもその専用列車と行き違いしたわよね。

 大丈夫かしら?

 

「実はこの黒部峡谷鉄道線は、川にダムを作るために作られた鉄道であります。さて、この黒部峡谷鉄道線は冬は雪に閉ざされ運行することができません。しかし、ダムの管理作業員としては、当然冬も必要になりますが、さて、ダムの作業員たちは、雪の降る冬の間はどのようにして、ダムに通勤しているでしょうか?」

 

「浩介くん、さっきやったわね」

 

「ああ」

 

 あたしと浩介くんが余裕の表情をする。

 最も、永原先生のメモに間違いがあったらおしまいだけど。

 

「はい、正解はですね、左手に人が1人入れるくらいの小さなトンネルがありまして、冬の間は寒い中、ダムまで徒歩で通勤しているのです!」

 

 ガイドさんも気合いを入れて話しているけど、事前に永原先生のメモを知っているあたしたちは「うんうん」と唸る。

 そりゃあ、こんな道路もない雪山の中じゃ、後はもう徒歩くらいしか無いものね。

 ちなみに浩介くん曰く、繁忙期には電力会社の専用列車に観光列車も併結するらしい。

 

 

 列車は再び電力会社の専用駅を通過する。

 右手にはダムの設備が見えていて、ダムの上で作業員さんたちが何かを作業しているのが見える。

 

「まだ未完成なのかしら?」

 

 あたしは、疑問を挟む。

 

「あーいや、補修作業とかじゃねえか?」

 

「あー、それがあったわね」

 

 意識を絶景に集中している分、浩介くんとの会話は簡素なものになっていく。

 浩介くんも浩介くんで、永原先生のメモには目もくれていないので、多分浩介くんの推測だと思う。

 このあたりのトンネルの中は、9月だと言うのに微妙な冷気があるわね。

 

 そうこうしているうちに、列車はやがて、次の鐘釣駅に到着する。

 そしてここにも駅員が居る。

 安全のためとはいえ、一般客が降りる駅が全て有人駅なのも、この鉄道の値段を上げている一因かもしれないわね。

 

「間もなく発車いたします」

 

  ガタンッ!

 

「おや?」

 

 あたしは不審に思う。

 発車するのに、どうして列車がバックしたんだろう?

 そして、バックして一旦停止し、今度は転線する音とともに別の方向へ向けて走り出した。

 

「優子ちゃん、この駅はちょっと特殊らしいんだ」

 

 不思議そうな顔をしていたあたしを見て、浩介くんがまたメモ帳の別のページを見て言う。

 

「行き違いの線路の長さと、列車の長さから、こうやって一旦バックする必要性に迫られたって訳だ」

 

 浩介くんがそんなことを話す。

 うーん、言葉で説明すると分かりにくいわ。

 

「つまり、スペースの都合でこうなったってことかしら?」

 

「ああ、何てったってこんな山沿いに走らせてるから、こういうこともあるだろう」

 

 イマイチ要領がつかめてないあたしを見て、浩介くんが永原先生のメモ帳に書いてある図を見せてくれる。

 確かに、列車の長さを考えたら、この駅に停車するためには、一旦行き止まりの線路に乗り入れる必要があるのが分かる。

 確かこういう感じの線路のことを「安全側線」って言うんだったっけ?

 永原先生のメモにもそんな用語が出てくる。

 

 ちなみに、ここ鐘釣も温泉の名所で、河原の近くに温泉が湧いていて、いかにも「昔の山奥の温泉」という感じらしい。

 ただし、温泉場には遮るついたてなどもなく、見物人や登山客も多いため、もしまた行く機会があったら、水着を持っていく必要がありそうね。

 

「次は終点欅平に止まります。欅平から先は電力会社の専用線になっておりまして、指定の見学会ツアーでのみ、一般に解放されております。そちらも専用線を使いますと、黒部ダムに通じております」

 

「専用ツアーねえ」

 

 ということは、また別の機会に行かなきゃいけないってことよね。

 

「倍率は高いけど、やってる回数も多いから、根気よく葉書を出せばいつかは当選するって話らしいな」

 

 もちろん、今回の旅行ではそのツアーには参加しないことになっている。

 浩介くんによれば、今回これに応募しなかったのは、あたしの体が弱いのと、やはり登山道も進まなきゃいけないため、安全性を考慮してとのこと、そして何より大学の夏休みと応募締め切りを考慮してとのことだった。

 

「あたしの体の問題なら、見学会は参加できそうにないわね」

 

「……だろうなあ」

 

 浩介くんがあたしの言葉に賛成してくれる。

 

「ま、とにかく黒部ダムは明日のお楽しみだ。今はこっちを楽しもうぜ」

 

 浩介くんがにっこりと笑いながら話してくれる。

 

「ええ」

 

 明日のアルペンルートに、黒部ダムが含まれている。

 

 

 更に絶景を進む。本格的に山の中と言う雰囲気が増す中、列車はまた駅に停車するが、特にアナウンスはないのでここは欅平ではない。

 どうやら、ここもやはり電力会社専用駅みたいだわ。

 ふむふむ、駅名標には「小屋平」とあるわね。

 お、よく見ると、やはり青い服を着た工事のおじさんたちが頑張っているわね。

 

「昔はダムの工事現場って言うと、そりゃあ殉職者が大量に出たもんらしくてな」

 

 浩介くんは、メモ帳も見ずに言う。

 ダム建設が危険な職場だというのは、あたしたちも知っている。

 

「あー黒部ダムとか凄そうだわ」

 

「今は技術の向上で、かなり良くなったらしいぜ」

 

 これらのダム建設現場は昔と比べて機械化の恩恵もすさまじく、またここ数年極度の人手不足が続いたお陰で待遇も良くなってきて、最近では体力自慢の元自衛官を中心に人気の職場にさえなりつつあるらしい。

 あたしがまだ優一だった時代と比べると、本当に隔世の感があるわね。

 

「そうねえ、でも蓬莱の薬が出来たら、ここも更に人手不足になるのかしら?」

 

「だろうなあ……国土交通省が言うように、危険な仕事は否応なしに給料を上げないといけなくなるだろうし」

 

 実は、あたしたちと政府との会議でも、国土交通省の方から、「危険職」に対する極度の人手不足を懸念する声が出ていた。

 とは言え、ダムにしても発電所にしても、そうした工事現場は定期的に補修作業も必要だし、どうしたって最後の最後に確認するためには人間の力が必要不可欠になる。

 しかし、蓬莱の薬が浸透した場合、人間の寿命を決めるのは、「いかにして不慮の事故に巻き込まれないか」ということになる。

 そうした時に、いわゆる「ブルーカラー」と呼ばれる職業が敬遠されることは想像に難くない。

 それを補うためには、相当な高給が必要になるわけだけど、建設会社も含め、そうした体力がない企業も多い。

 国土交通省は、政府に対し、「浮いた社会保障費を使い、そこに補助金を出して欲しい」と要望しているのだ。

 

「ええ」

 

 話し込んでいると、向かいからは関西電力の専用列車がまたすれ違ってきた。

 乗り慣れた様子の工事のおじさんたちを何人か下ろし、この列車も発車する。

 あたしはそんなおじさんたちにささやかに敬意を胸に秘め、最終的に欅平駅に到着した。


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