永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
ピピピピッピピピピッピピピピッ……!!!
いつもよりも遥かにけたたましい目覚まし時計の音が鳴るのが聞こえた。
「ふえ?」
「んぅ」
あたしとはそれを聞いて起きると、手を伸ばして目覚まし時計の音を止める。
「うー、こうひゅへひゅん」
「ゆひゅこひゃん……」
視点が定まらない。
というよりも、これは夢かしら? 現実かしら?
あたしはもう一度、下の柔らかい何かに倒れ混む。
真っ暗な夜景が、一瞬外に見えた。
ピピピピッピピピピッピピピピッ……!!!
「うあっ!!!」
さっき消したはずの目覚まし時計が、また大きな音を鳴らしていた。
あたしがそれをつかんで音を消すと、どうやらそれは、あたしがいつも使っている目覚まし時計ではなく、浩介くんのスマートフォンだった。
「あれ?」
あたしは首を左右に振る。
ようやく目が冴えてきた。
浩介くんも目を擦らせながら何とか起きていく。
「優子ちゃん、起きた?」
「うん」
浩介くんがスマホを見ながら現在時刻を確認する。
「よし、セーフ。でもあと1時間半くらいしかねえからな気を付けてくれ。それから、二度寝防止のために目覚まし機能はそのままだぞ」
「はい」
この手の朝で一番怖いのが二度寝と言ってもいい。
そうならないためにも、まずは浩介くんが部屋の明かりを一気に全開にして、明るい部屋になった。
「じゃあ優子ちゃん、隣で着替えてきて」
「ええ」
浩介くんに言われるまでもなく、あたしは自分の荷物をお風呂場の脱衣場に持っていき、今日の服装に着替える。
今日はシンプルな白い長ズボンに灰色の服、頭の白リボンはもちろんあるけど、高所の寒さ対策に黒いコートも羽織ることになっている。
黒いコートはホテルを出るときに着る予定なので取りあえず出しておき、あたしは着替え終わったら歯磨きをする。
コンコン
「優子ちゃーん、歯磨きしたいんだけど」
「あ、はーい今開けるわー」
既に着替え終わっていて、かつ脱いだ服も仕舞ってあったので、あたしは快く鍵を開けて浩介くんを通す。
ちなみに、歯磨き中も、しつこいくらいアラームが鳴り響いていた。
浩介くんによれば、「5分ごとに鳴るようにしている他、ホテルのモーニングコールも合わせている」とのことだった。
「おし」
あたしと浩介くんが歯を磨き終わったら、ホテルに忘れ物がないかもう一度確認し、いつでも出立できる状態にしつつ、余った時間はテレビで潰す。
「浩介くん、やけに張り切ってるわね」
あたしが何の気なしに浩介くんに話しかける。
「ああ、何てったって山に行くわけだ。観光地として整備されているからって油断しちゃいかん。こういう時こそ、旦那の俺がきちんと優子ちゃんをリードして守ってやらねえとな」
「もう、あなたったら、頼もしいんだから」
あたしの惚れた心をつかんで離さない浩介くん。
妻のあたしが頼もしい夫の一歩後ろを進んでついていく。
全体としては、妻が主導権を握った方がうまく行く家庭の方がむしろ多いとは昔から言われているけど、あたしの家はそうじゃない。
旦那が頼もしいなら、奥さんだって安心だものね。
「えー、たった今入ったニュースです。国際反蓬莱連合が国際スポーツ仲裁裁判所に対して、『蓬莱の薬を、禁止薬物に指定する』ように訴えを起こしていた問題で、先ほどスポーツ仲裁裁判所は、反蓬莱連合の訴えを退けました。繰り返します。国際反蓬莱連合が──」
テレビのニュース速報で国際反蓬莱連合の訴えが退けられたことを報じていた。
「浩介くん、やったわね!」
あたしも浩介くんも、安堵の表情を浮かべる。
これで生き生きと、アルペンルートを楽しめるわね。
「ああ。これで安心だ」
テレビでは、国際スポーツ仲裁裁判所の本部の映像が流れていく。
「──裁判長は、『もし蓬莱の薬を禁止薬物とすると、完全性転換症候群の人を排除することになってしまう。また完全性転換症候群はその性質上、他の選手と比べてあまりにも身体的に有利である。今のところ患者数が少ないためトップ選手は出てきていないが、もし出てきた場合、他の選手と著しい不公平が生じる事実は否定できない。また、蓬莱の薬のその効力を考えれば、仮にスポーツの世界で禁止した場合、将来的に著しい人材の流出を招く恐れがあるばかりか、スポーツ団体の分裂にも繋がりかねない。よって、選手たちが蓬莱の薬を使うことは、やむを得ないこと』としました」
こんなに早く結論が出ることにも驚きだけど、テレビ報道で流れている判決内容にしたがえば、国際スポーツ仲裁裁判所は、あたしたちの主張を全面的に認めたに等しい判決だった。
そして、テレビのコメンテーターたちも、「当然の判決」「あの団体は何を考えているのか」といった意見が殺到する。
海の向こうの遠い国々でも、徐々に反蓬莱連合が追い詰められていくのが分かる。
やはり、蓬莱教授は、「試し」と言っていたけど、まさに「ここぞ」というタイミングで、蓬莱の薬の非融通カードを切ったと思う。
蓬莱教授が持っている、「蓬莱の薬を融通しない」という交渉カードは余りに強力で、使いすぎれば反発もあってひどい悪意に晒されるだろう。
しかしそれでも、自身の力に溺れ、身の程知らずで増長しきった相手に使う必要もある。
「浩介くん、やっぱりあの時、蓬莱教授がカードを切ったのは正しかったと思うわ」
蓬莱教授は、自らの意のままに操れない。いや、自らと利害の対立する団体で、最も厄介なのは誰かを、見抜いていた。
それが、増長していたマスコミ関係者たち。特に怖いもの知らずで知られ、多くのスキャンダルを書いてきた週刊誌の関係者たちだった。
蓬莱教授は永原先生と共謀して、その週刊誌を罠に嵌め、増長しきっていたマスコミに対し、恐怖を植え付けた。
しかも蓬莱教授はあくまでも民間の個人だ。
つまり、マスコミ側は「権力者による不当な弾圧」という反撃カードが使えない。
最も、もし今使えば、「政府の後ろ楯のもと行っている」として、反発されたかもしれないわね。
そういう意味でも、絶妙なタイミングだったわ。
「だろうなあ」
浩介くんも納得した風に頷く。
「もしあのカードを使うタイミングが遅れていたら?」
「多分、今ほどうまくは行ってねえよなあ」
「でですね、蓬莱の薬の世論調査、我が国では国民の95%以上が支持している蓬莱教授の不老研究なんですけれども、海外の世論調査が無いんですよね」
コメンテーターさんが、不思議そうに話す。
そう、世論調査の結果が現れてこない。
そこが不安要素なのよね。
「もちろん、蓬莱の薬のことは海外でも報じられています。例えばアメリカではですね『人類の未来を大きく変える薬になるだろう』と報じています」
コメンテーターさんによれば、海外のメディアも、蓬莱教授について否定的な報道はほとんどしなくなったという。
それは恐らく、日本のマスコミと同じく、蓬莱教授からの報復措置を恐れているためだと思う。
「やはり日本で9割以上の圧倒的歓迎ムードの中採用ともなりますと、いくら自国で反発があったとしても、日本の1人勝ちを防ぐためはですね、他の国も受け入れざるを得ないのが実情だと思います」
コメンテーターさんは、専門家でなくても分かりそうな分析をテレビで話す。
正直、芸能人でもできそうな話で宝の持ち腐れだわ。
「以上ここまでのニュースでした」
テレビのアナウンサーさんの発言と共に、ニュースから気象情報へ変わる。
今日の天気、富山のテレビということで、立山の天気も予報してて、天気は晴れだった。
「よし、ちょっと早いがそろそろ行くか」
「うん」
テレビの時計を見ながら、浩介くんがそう答えると、あたしたちは荷物を持って最終確認をし、ホテルをチェックアウトする。
立山に行く人が朝早く出るのが珍しくないのか、ホテルの人が既にフロントに立っていた。
今日の出発地は、昨日と同じく電鉄富山駅、だが向かう方向が違う。
朝の富山の街は、心地いい涼しさと、とても少ない人通りだった。
あたしたちは、まずは立山駅までの切符を買う。
「立山行きはこっちだ」
浩介くんが、昨日とは違い、左側の方向を目指す。
そこには既に、立山駅行きの電車が止まっていた。
「あれ? 浩介くんこれ」
一番左側の壁に掲げられていたものが目に入る。
そこには様々な列車名や種別の名前が書かれた案内表示のボードが展示してあった。
「これは、この鉄道で運転されている列車の案内ボードだよ」
「いや、それは見れば分かると思うけど、どことなく昔の雰囲気よね」
駅名標や案内表示はともかく、案内ボードの上部にある広告が、とても古い印象を受ける。
いや、もしかしたらこれはわざとなのかもしれないわね。
そういう雰囲気で、観光客を釣る……みたいな?
「だなあ。さ、車内に入ろうぜ」
「うん」
あたしたちが乗り込んだこの電車は、快速急行の立山行きで、昨日とは違い一部の駅にのみ停車する速達列車だ。
要するに、あたしたちみたいに立山へ向かう早朝の観光客を、主にターゲットとしている訳だ。
あたしたちは、クロスシートに隣り合わせで座り、発車を待つ。
車内は発車時間が近付くと共に、徐々にお客さんも増えていく。
やはり昨日と同様に、定年退職をしたと思われるジジババ集団が乗ってくるお客さんの大半で、彼らの装備も似たり寄ったりだった。
しかし中には、明らかに日本語でない会話をする人たちもいる。
キョロキョロしたあたしを見た浩介くんが、再びアルペンルートの時刻表パンフレットを見せてくれる。
「ここにいる乗客の全員が室堂まで直行するとは限らない。何故なら、途中で降りる地元のお客さんもいるだろうし、何せ立山駅からは美女平には向かわずに称名滝行きのバスが出ている」
「称名滝?」
また、新しい地名が出てきたわね。
でも実際、このパンフレットにも、立山駅からのバスとして、称名滝に行くバスが存在していて、時刻表が書かれている。
「ああ、称名滝っていうのは三段式の滝になっていて、それらを合わせた落差は日本一と言われていて、常願寺川の源流にもなってる名高い滝なんだが……そこに立ち寄ってたら室堂で宿泊組に捕まって家に帰れねえ可能性が限りなく0に近いくらいのレベルだが出てくる。俺たちは横目に見るだけだ」
「そうね」
まあちょっと残念だけど、永原先生が言う「アルペンルートを1日で一気に抜ける魅力」というのも知りたいものね。
「お待たせいたしました。快速急行立山行き間もなく発車します。停車駅にご注意ください次は寺田に止まります」
そうこうしているうちに、発車時間になっていたらしい。
車掌さん思われる放送からドアが閉まって列車が発車する。
「お待たせをいたしました本日も地鉄電車をご利用くださいましてありがとうございます。快速急行立山行きです、次は寺田、寺田です。これから先寺田、五百石、岩峅寺、千垣の順に止まって参ります。なお千垣から先は終点立山まで各駅に止まります」
どうやら今日この列車はワンマン列車ではないらしい。
昨日早く寝たお陰で、あたしたちは目が冴えている。
昨日とほぼ同じルートを途中まで取る。
昨日停車していた駅も、通過する。
ちなみに、時刻表を見た限りでは、快速急行と言っても、1日に1本早朝にあるだけだ。
列車は、やがて寺田駅に到着する。
そしてここから、立山線に入る。
「結構速いわね」
列車は古いけど、結構飛ばしている。
「まあ、快速急行って言うぐれえだもんな。ちなみに、他の時間帯には急行も走っている他には、有料特急も何本かあるらしいな」
浩介くんが流れ行く車窓を見ながらそう話す。
そう言えばこの車両もやっぱり、大手私鉄のお古なのかしら?
昨日の浩介くんの話では、関西私鉄の中古列車も走っているらしいけど。
「へー、有料特急って地方私鉄には珍しいのかな?」
「まあ、特急料金取るような列車なら、別に列車を保有しなきゃならねえからな。長い距離を走ってるJRならともかく、制約のある私鉄ともなりゃ、ある程度経営に余裕でもなきゃできんだろ」
浩介くんがそんなことを話す。
車内はといえば、「紅葉してるかな?」「さすがにまだだろ」とか「称名滝」とか「室堂」とか「絶景」とか「黒部ダム」とか、そういった単語の会話で埋め尽くされている。
あたしたちはと言えば──
「今日中に解決してよかったわね」
「ああ、取りあえず一安心だ。たった今気づいたんだが、昨日寝ている間に蓬莱教授からメールが届いていたんだ、どうやら連中は──」
そう、朝のニュースの確認の話に盛り上がっていた。
「資金繰りに苦しんでいて、寄付を無心しているんでしょ?」
あたしも、たった今携帯を確認して気づいたわ。
アラームは鳴らしていても、メールに気付かないってのも変な話だけど。事実だから仕方ないわ。
「ああ、その通り」
朝のニュースであったように、今反蓬莱連合は、資金的にも追い詰められている。
元々国内で失敗し続けたせいで、莫大な赤字を抱えているらしい。
更に明日の会事業も、事実上停止しているが、遺族に払う賠償金で、現在も苦しめられているそうだ。
「もはや引くに引けねえだろうな。蓬莱の薬を今更『飲みたい』とも言えねえだろうし」
「ええ、さすがのちょっとかわいそうかも」
蓬莱教授と永原先生を擁するあたしたちに、更に政府までも味方について、彼らが勝てるわけがなかった。
列車は寺田駅、五百石駅、岩峅寺と続いて停車し、徐々に市街地を抜け、森林に差し掛かる。
「ここからは、主に常願寺川に沿って進むんだ」
いつの間にか永原先生のメモ帳を取り出した浩介くんがそんな話をする。
永原先生のメモによれば、常願寺川は、2000メートルを越える高所に源流がありながら、総延長は60キロ足らずというとてつもない数字になっている。
これは、日本三大急流よりも更に急流で、一説によれば「世界一の急流」とも言われていて、よく外国人が日本の川を見て「これは川ではない、滝です」と言ったというエピソードは、この常願寺川が元になっているという。
「すごいわねえ」
「ああ。急流が多いと氾濫も起きやすいし、水害は深刻になる。一方で、水の流れが速いから水力発電所は作りやすいということだ」
浩介くんがまた小学校の社会科の復習をしてくれる。
そう言えば、日本の河川の特徴ということで、似たような話は中学校の時にも行ったわね。
「じゃあ今回の黒部ダムも?」
「あそこはまた別だ。当時はあの場所に到達することさえ困難だったんだからな」
そう言えば、そんな話だったわね。
快速急行は、途中駅のみの停車だけど、時間帯も時間帯なためか、途中の駅で乗り降りする人はほとんどいなかった。
「やっぱり、朝早い時間だものね」
「ああ」
ちなみに、「立山黒部アルペンルート」というと、立山から扇沢までの間というのが一般的だが、富山駅から立山駅までの地鉄電車の区間と扇沢から信濃大町までのバスを含んだり、立山から信濃大町までの区間をアルペンルートと呼んだりもするそうだ。
観光ルートということもあって、富山から信濃大町までは10000円でも足りない位には高額になっている。
これも観光と環境の両立のために必要なことで、黒部峡谷鉄道もかなりの値段だったけど、これらはきちんと納得できる高値と言えるだろう。
電車はどんどんと山あい深くを進んでいく。
あまりお腹が空いてないので、予定を変更して、電車の中ではなく室堂までの間に食事にすることに決定した。
もうすぐで、終点の立山駅に到着する。
立山駅までは地鉄電車以外にも自家用車などで到達できる他、ここに宿をとった人もいるだろうから注意しないといけないわね。
「そう言えば、冬はやってないんでしょ? それじゃあこの駅は冬は閑散としているのかしら?」
あたしが疑問を浩介くんに投げ掛ける。
「まあ、確かに冬シーズンは人は少ねえけど、一応冬はスキー場へのバスが運転されているし、立山駅の間にも、少ないながら温泉があるんだ」
「へー、一応冬にも楽しめるのね」
「もちろん、登山者になれば、真冬の立山に突撃する人も多いさ。俺はごめんだけどね」
「あはは……」
こんないかにもな山岳地帯、しかも日本海側を真冬に行くなんて、体力のないあたしにとっては真っ平ごめんだわ。
「ご乗車お疲れさまでした。間もなく終点立山です。どなた様も落とし物、お忘れ物のないようにご注意ください。本日は富山地方鉄道をご利用くださいまして誠にありがとうございます──」
「あなた」
「ああ」
終点の放送が聞こえてきたら、あたしは浩介くんにほぼ目配せで視点を合わせ、荷物を持って電車のドアの前に移動する。
他のジジババと外国人観光客も、あたしたちに続いて、列の後ろに並ぶ。
さて、いよいよ日本屈指の大規模山岳観光地、立山へと乗り込む時がやってきたわね。
今までの旅行編は資料や私の実際の体験、妄想などを組み合わせてますが、今回の黒部峡谷鉄道と立山黒部アルペンルートはほぼ全て実際の体験を登場人物に追体験させてあげています。
ただし、実際にはもっと大きな旅行で、アルペンルートはその一部ですし、行った時期が7年前なのでこの物語の時系列とは12年も離れています。
アルペンルートは11月30日までになってますので行きたい方は5月まで待ちましょう。