永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夏の夫婦旅行3日目 天にとどく

 ドアが開き、あたしたちは改札を済ませる。

 案内表示には「ケーブルカー乗り場」があるので、あたしたちは容易に切符売り場に到着することができた。

 

「扇沢まで、大人2名でお願いします」

 

「はい」

 

 浩介くんが代表して、窓口の人に所定の金額を払う。

 既にここに前日泊まっていた人々が合流していて、まだ朝の6時台だというのに、駅は活況を要している。

 

 一方で、ケーブルカーの発車まではまだかなり時間があるので、あたしたちは駅のベンチに腰かけて、昨日コンビニで買ったご飯を食べる。

 

「美女平はハイキングコースになっているらしいな、とは言え、ここで降りてくれる人はほとんどおらんだろうな」

 

 浩介くんが、次の予想を話す。

 室堂の標高は2400メートルを越えている。

 美女平から室堂までには、「弥陀ヶ原」と「天狗平」と呼ばれる名所があって、特に弥陀ヶ原はカルデラや湿原もあって、それなりの人気名所になっているから、降りるお客さんも多いだろうというのが浩介くんの見立てだった。

 他にも、室堂までには降車専用の地点がいくつもあるが、こちらの方は殆ど期待できないとのことだった。

 

「さ、早め早めだ。一気に通り抜けるためにも、並ぶか」

 

「うん」

 

 あたしたちはベンチでご飯を食べ終わると所定のゴミ箱に捨てて、ケーブルカー乗り場へと急ぐ。

 ケーブルカー乗り場には、既に数人の観光客が雑談しながら並んでいて、あたしたちはその後ろに並ばせてもらう。

 

 ケーブルカーという乗り物に乗ったのは、優一の頃に漫然とした記憶があるのみ。

 乗り場からして階段状になっていて、いかにもな急傾斜が続いている。

 そしてあたしたちが普段使ってる鉄道とは違い、線路の真ん中には太いロープのようなものが張られていた。

 

「本当に上れるのかしら?」

 

 あまりの急斜面に、あたしは思わず不安になってしまう。

 

「大丈夫さ、ケーブルカーのあの太いロープで2つのケーブルカーを繋いでいるんだが、もちろん重さの安全ラインは念には念を入れてるさ」

 

 浩介くんが冷静な顔で話してくれる。

 

「あはは、そうよね」

 

 本当に杞憂だわ。

 逆に言えば、上からケーブルカーが降りていく力は、このケーブルカーが上る力にも応用されている。

ケーブルの長さが一定なので、2つのケーブルカー同士の距離は変わらない。

 

「お待たせいたしましたー」

 

 係員さんの一声と共に、ケーブルカーへの乗車が解禁になる。

 よく見ると後ろはとてつもない行列で、乗りきれるか不安だわ。

 

 あたしたちは、当然一番前を陣取る。

 上を見上げると、とてつもない傾斜が更に急に見える。

 係員さんが、ケーブルカーの一番前の乗務員スペースに入る。

 

「実はケーブルカーってのは、運転は別の場所でするんだ」

 

 浩介くんが、また永原先生のメモ帳を見ている。

 

「へえ、じゃああの人は運転士さんじゃないのね」

 

「そそ、前方を注視するための、言わば車掌のようなものさ。ケーブルカーには動力がないんだよ」

 

 浩介くんが借り物の知識であたしに自慢してくる。

 本当にもう、男の子らしいわね。

 

「なるほどねえー」

 

「まもなく発車です。揺れますのでお捕まりください」

 

 あたしたちは座れているけど、それでもやや警戒する。

 

  ブー!

 

 大きなブザー音と共に、扉が閉まる。

 そして前方の車掌さんの動作とは無関係にケーブルカーが動き出す。

 ケーブルカーは、この急勾配も楽々と言った感じで登り続ける。

 

「皆様おはようございます。本日は立山黒部アルペンルートをご利用くださいまして誠にありがとうございます。この車は、美女平まで参ります。美女平からは室堂行きの観光バスにお乗り換え下さい」

 

 係員さんがマイクを出して全体に放送する。

 よく見ると、ケーブルカーは立ち客も多数出ていて、ほぼ満員に近い状態になっている。

 時間帯も時間帯なのか、構成員は殆どが60代くらいの老人たちで外国人観光客の姿はそこまで多くない。

 とても平日の早朝とは思えない人だかりだった。

 もし休日とかに来ていたら大変なことになっていたことは想像に難くないわね。

 本当に、どこから湧いてくるのかしらこんなたくさんの人。

 

「美女平の由来は、立山連峰を開山した佐伯有頼の婚約者として、美しい姫がいました。姫は彼に会いたい一心で立山に登りますが、追い返されてしまい、下山途中に一本の杉に祈り、恋が結ばれたという『美女杉』に由来します。『美しき御山の杉よ、心あらば、わがひそかなる祈り、ききしや』と3度唱えると恋が成就すると言われています。またもう一つの伝説として、立山は山岳信仰と共に女人禁制ともなり禁を破った尼僧が杉に変えられてしまったという伝説もあります」

 

「あれ? 永原先生って女人禁制の場所には入らない主義だったわよね?」

 

 もう大分昔になるけど、永原先生からそんな話をちょろっと聞いたことがある。

 

「あーうん、実はこのメモ帳の先頭に書いてあるんだけど、永原先生がここに来たのは今から12年前で、当時の永原先生は、協会の会員たちから、『どうしても会長とも一緒に行きたい』と言われて、断り切れなかったらしい」

 

 浩介くんが、そこの部分を見せてくれる。

 永原先生は戦国時代の人とあって信心深く、女人禁制が解除された後も、それらの土地に足を踏み入れることを憚っていた。

 このメモによると、「バスに乗った上に著しく観光地化したため、山の神聖さが失われたのでセーフ」という、本人もそう認める位には、極めて苦し紛れの乱暴な話で自分を納得させたらしい。

 

「そうだったのね」

 

 もちろん、無宗教のあたしには関係ないし、仮にあたしが「有宗教」だとしても、女人禁制はとっくの昔に解除されているので、やはり関係ない。

 永原先生が変なこだわりを持っているだけ。とも言えるわね。

 

「現在、美女平は緩やかなハイキングコースとして、初心者やお年寄りでも、気軽に山の自然と野鳥を楽しむことができます。お時間ございましたら、是非お立ち寄りください」

 

 ともあれ、今は美女平のハイキングはいいわね。

 野鳥は魅力的だけど。

 

 ケーブルカーはゆっくりと登っていき、上の方に到着すると、操作パネルと思われる何かをじっと見ている作業員さんがいた。

 

「ほら優子ちゃん、あれが運転士だ。さ、ドアが開くぞ」

 

「はーい」

 

 浩介くんが先に進み、あたしも続く。

 人の数が多いのではぐれることだけは無いようにしたいわね。

 

「ふう」

 

 ケーブルカーを降り、あたしたちは通し切符を係員さんに見せる。

 案内表示に「バス乗り場」とあったので、すぐに場所が分かった。

 

「あれ? 人が増えてるわよ」

 

 一番早いパターンの接続を使ったはずなのに、室堂行きのバスを待っている人がたくさんいた。

 

「ああ、恐らくもっと速いケーブルカーに乗ったか、立山をもっと早く出て、ここまで歩いてきたんだろう」

 

 浩介くんがそう推測するように、前に並んでいた観光客の多くが、リュックサックなどを始め、登山器具を装備していた。

 室堂行きのバス、うーん、バスの広さも考えるとこの行列で座りきれるかしら?

 

「優子ちゃん不安? 多分大丈夫だよ。バスは大型だからね」

 

 浩介くんがあたしを安心させるように言う。

 列がだんだんと前に進む。どうやら、既にバスに入り始めているらしい。

 

「切符を拝見させていただきます」

 

 こちらでも係員さんによる検札が行われていて、あたしたちは同じように扇沢までの通し切符を見せ、通行を許された。

 

 駅舎の外に出ると、荷物を下ろしてくつろいでいる観光客が多数いた。

 どうやら、あそこで列整理してしまうらしいわね。

 

「よし、これで勝利確定だ」

 

 浩介くんが「よしっ」とガッツポーズをする。

 ここで足止めを食らうと、更に大きな時間ロスになりかねないと懸念していたのだろう。

 道路には、「ハイブリッドバス」と書かれた大型バスが止まっていた。

 これを室堂まで乗り通すことになる。

 

「お、これじゃねえか?」

 

 浩介くんが、掲示を指差す。

 そこには、「美女杉伝説」と書かれた掲示板と、更に巨大なしめ縄をした杉の大木、その下にお地蔵さんと見られる仏像が見えた。

 あたしと浩介くんが、それらをそれぞれ写真に撮っていく。

 また近くには、ハイキングコースの案内や、珍しい野鳥類なども見ることができるとうたっている。

 

「昔はここにも宿泊施設や売店があったんだが、弥陀ヶ原や室堂の方が充実するに当たって、徐々に閉店していったらしいな」

 

「へー」

 

 最も、この辺の観光を司っているのはどこも同じ会社だとは思うけど。

 

「ここからは特に標高も高いし観光地価格になるからな。水は持ってったな?」

 

「うん」

 

 浩介くんの注意に対し、あたしが荷物から水を取り出してアピールする。

 しばらくすると、バスのドアが開く。

 前の人に続き、あたしたちもバスに乗る。

 

「室堂までは約1時間だ」

 

「案外速いわね」

 

 ここの標高は、まだ700メートルにも満たない所を、一気に2450メートルの高所まで行くわけだし。

 それを1時間というのは、意外と時間をかけていないと思う。

 

 あたしたちは、進行方向右側の2列を陣取り、ゆったりと座る。

 見えてくるのはやっぱり老人たちと外国人が大半で、若いカップルのあたしたちはこの中で相当に目立っているが、あたしたちのことを気にする会話はない(外国語はわからないけど)

 

 やがて、全てバスが満席になり、補助席が使用され始めた。

 運転士さんはしきりに「シートベルトをお締め下さい」と、マイクで連呼していた。

 

「すげえな。大繁盛だぜ」

 

 浩介くんも驚いている。

 もしかしたら、ケーブルカーとバスの定員のギャップで、こうなっているのかもしれないけど。

 

「もし休日だったら数本待つ必要があるわね」

 

 想像もしたくないわ。

 

「ああ、混雑時には立山から室堂直行のバスが運転されることがあるらしいぜ」

 

 浩介くんがメモ帳の一転を見つめて話す。

 やがて補助席も含めて全ての座席が埋まると、すぐにバスのドアが閉まった。

 

「皆様、本日は立山黒部アルペンルートをご利用くださいまして誠にありがとうございます。このバスは、美女平発、弥陀ヶ原、天狗平経由、室堂行きです──」

 

 バスが発車すると、すぐに案内放送が流れる。

 途中3箇所のバス停以外は降車専用で、案内表示もないため、3つのいずれかのバス停まで歩く必要があるらしい。

 

 バスは早速、大きなカーブを曲がる。

 最初のバス停では、降車客は特にいなかった。

 その後、途中のバス停で僅かに登山客と思われる人が降りたのを除き、バスは激しいカーブを続ける以外、大きなイベントはない。

 

「お、でも景色はいいぞ」

 

 浩介くんが窓を指差す。

 

「わあ、本当だわ」

 

 そこには、晴れた空の雄大な山々と、地上の情景が見てとれた。

 旅はまだ始まったばかりなのに、もうこんな絶景が見られるなんて夢のようだわ。

 

「まもなく左手奥に見えます称名滝は、3つの滝からなり、1つの滝の落差では那智の滝が日本一ですが、合わせた落差ではこちらが日本一となっています」

 

 バスの案内放送が、称名滝のことをやっている。

 もちろん、その滝は立山駅からのバスが最適だけど、ここからもちらりとだけ見えるらしい。

やがてバスが減速し、何もない場所に止まる。

 道路の右側には「称名滝」と言う案内板が見えた。

 あたしたちは首を左に傾け、携帯とスマホを取り出して小さく見える称名滝を撮影していく。

 しばらくして、「シートベルトをお締め下さい」のアナウンスと共に、バスはまた何事もなかったかのように走り始めた。

 

 

「──戦国時代、佐々成政は周囲を敵に囲まれ、徳川家康の救援を求めるため、この立山を越え、これは現代では『さらさら越え』と呼ばれています」

 

「へー、佐々成政?」

 

 立山に関する観光案内で、佐々成政という戦国武将の名前が出てくる。

 徳川家康と言う名前からも、永原先生が生きていた時代のことだろう。

 

「ああ、このメモによれば、佐々内蔵助殿は、小牧・長久手の戦いの後、親徳川方に再起を促すために西を前田家、東を上杉家、南は姉小路の下が秀吉の直轄領と親豊臣の大名に囲まれていたんだ。そこで、佐々殿は立山経由で道なき道を真冬に越えたらしい。もちろん死者も出たわけだけど、何とか徳川家康に会うことは出来たが、断られてしまったらしいな」

 

 その後、佐々成政は秀吉の臣下に入って今の熊本の領主になったけれども、一揆の責任を取らされてついに切腹を申し付けられてしまったらしい。

 一揆が起きた原因は、「現地の風習を無視した強引な太閤検地」というのが一般的な見方らしく、永原先生の元でも、その噂話が流れていたという。

 

「戦国時代の武将が真冬にここを越えたなんて、信じられないわ」

 

 現代でさえ、この山はよく遭難してニュースにもなるのに。

 戦国時代の装備じゃたかが知れているわよね?

 

「ああ、当時の佐々成政の年齢が50近かったこともあって、『実際の通り道には異説もある』って書いてあるな」

 

 浩介くんが、メモ帳に書いてあることを更に話す。

 うん、現代の50歳でさえ、この冬山を抜けるのは困難だろうに。

 永原先生のメモによれば、「天正12年当時の私は京都にいてよく分からなかったが、『上杉家に融通を図ってもらい、越後を通ったのではないか?』という噂もあったが、概ね立山を越えたという話が受け入れられていた」とのことだった。

 

「まもなく、弥陀ヶ原です」

 

 弥陀ヶ原、ここは立山の中腹に位置する観光地帯で、室堂ほど標高が高くなく、また山岳の森林なども満喫できる他、さっき見た称名滝や立山のカルデラに立ち寄ることもできる。

 

  プー!

 

 弥陀ヶ原では、バスのブザー音と共に、多数の乗客が降りていく。

 それと同時に、弥陀ヶ原のホテルで前日泊まったと思われる観光客が乗っていく。

 ここはそれなりに活況を要しているけど、今のあたしたちは1日で通り抜けることが目標なので、ここでは降りない。

 平日の早朝なので、やはり乗り降りするのは老人が多いわね。

 

 バスは再び発車し、次のバス停を目指す。

 無人の降車専用バス停ではそこまで降りる客もいない。

 バスは更に山道をカーブしながら進んでいく。

 

「あー、この辺りからだろうな。冬に雪深くなるのは」

 

「あ、それあたしも知ってるわ。雪の壁があるんでしょ?」

 

 あたしも、写真で見たことがある。

 冬が開けても、この辺りには雪は残っていて、立山黒部アルペンルートが開通する時に、雪の壁を使って観光名所にするって話は聞いている。

 日本ほどに雪が降る場所は世界的にも極めて稀で、外国人観光客の需要がすさまじいらしい。

 

「そうそう、『雪の大谷』って奴だ。天狗平か室堂で降りて、わざわざ山道を上ったり引き返したりするんだ。歩行者が道路に出てバスとの対比を楽しむ。それはもう雄大だそうだ」

 

 その代わり、そのシーズンの混雑はすさまじいものがあって、特にゴールデンウィークは地獄だそうだ。

 もちろん今は台風も多い9月、夏を過ぎた頃合いの時間で、雪なんてこれっぽっちも見えない。

 秋のように紅葉しているわけでも、夏のように避暑というわけでもない。

 そして平日の早朝という、まず間違いなく一番空いている時間帯にも関わらず、この人通りは凄まじいと思う。

 途中、霧のように視界の悪い区間があったが、数分後にはそれを脱した。

 

 バスは天狗平を発車、弥陀ヶ原と比べると乗り降りする人は少なかった。

 天狗平を過ぎれば、終点の室堂に到着する。

 

 この室堂が、今回の旅の最高地点になる。

 というよりも、あたしの人生の中でも一番高い所なんじゃないかしら?

 

「浩介くん、室堂の標高よりも高い所に行ったことはあるかしら?」

 

「いや、ないな。2450だろ?」

 

 浩介くんもないと回答する。

 そして、浩介くんが永原先生のメモ帳を見る。

 

「どうやら永原先生も、この室堂が人生最高地点らしいぜ。富士山は女人禁制だったから登る気がしないって」

 

 浩介くんがメモ帳を見ながらそう答える。

 でもさっきの理屈だと、とっくの昔に世界遺産になった富士山は登ってもセーフだと思うけど。

 

「まあ、永原先生が気にしてるだけで、他のTS病の人は気にしてないと思うわ」

 

「だろうな」

 

 現に、永原先生だってここに来た理由は他の会員さんに押されてのことだし。

 

 バスがくねくねした道を曲がっていくと、やがて左前方にやや大きな建物が見えてきた。

 

「ご乗車お疲れ様でした。間もなくこのバスの終点、室堂です。室堂から先大観峰、黒部ダム方面はトロリーバス乗り場へお越しください。なお、混雑状況によっては待ち時間が発生します。時間に余裕をもって行動してください」

 

 そして、運転士さんの放送と共に、周囲も慌ただしく準備をし始めた。

 あたしたちは荷物を足元に置いてあったので、そのまま持ち上げるだけでOKだ。

 

 一足先に準備を終え、あたしたちは先頭を切ってバスから降りた。

 さて、アルペンルートの旅の拠点と言われている室堂には、何が待ち受けているのかしら?

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