永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夏の夫婦旅行3日目 天空から地底へ

 黒部ダムメインのお客さんや、早起きした室堂宿泊組の人々が、ロープウェイへ向けて列をなしているのを、あたしたち居残り組が少し距離を置いた遠くから見つめていく。

 もちろんこの駅の中にも見所がある。

 ロープウェイに関する展示があったり、あたしたち同様、次のロープウェイに向けて待合室で待つ観光客もいて慌ただしい。

 

「展望台は、こっちね」

 

 ここ大観峰駅は断崖絶壁にあるので、スペースも小さくわずかな休憩所と展望台があるのみである。

 この次のロープウェイは15分後だけど、あたしたちはそれには乗らずにその次のロープウェイに乗ることになっていて、正味ここでの滞在時間は35分となっている。

 絶景はその間に拝むことになっている。

 ここは室堂の2450メートルよりも134メートルだけ降りて2316メートルとなっている。

 

 あたしと浩介くんが横に並んで、外の展望台へと上る。

 そろそろロープウェイの出発時間ということで、他の観光客達も何人かが展望台に向かっていった。

 

「す、すげえ……」

 

「……」

 

 展望台の階段を登り、銀色の柵と双眼鏡を横目に一番高い所からそれを見たあたしたちは、2人とも言葉を失ってしまった。

 絶句、とはまさにこの事だった。

 ここが「大観」と名乗るだけのことはあった。

 何もかもが雄大すぎた。

 あたしの表現力では、何と表現したらいいか分からない。

 さっきの室堂の絶景は、人間の小ささを見せてくれる絶景だったが、こちらの絶景は室堂とはまた趣の全く違った絶景だった。

 

 まずあたしの目に飛び込んできたのはロープウェイだった。

 途中に支柱が何もなく、だらんと垂れ下がっていていかにも心許ないのに、さっき出発したロープウェイはすいすいと降りていく。

 ロープウェイは、遥か下方にある黒部平に繋がっていて、ゆっくりと、だが確実に目的地へと向かっている。

 豆粒ほどのロープウェイはやがて黒部平の小さい箱のようなものの中に吸い込まれていった。

 また黒部平から上がっていくロープウェイも見え、こちらも途中ですれ違っていた。

 あたしは最前列に降りてロープウェイをもう一度見ると、徐々にこちらへと上がっていくのが間近で確認できた。

 迫るロープウェイを写真で撮影すると、中の人たちの様子まで撮ることが出来た。

 中にはもちろんたくさんの人がいて、一瞬見た感じではやはり中高年の人が圧倒的に多かった。

 

 更に真下の地面には歩道らしき道があり、登山客ならば徒歩で進むこともできることが示されている。

 岩肌はあるがより標高の高い室堂よりも露骨ではない。

 そして前方に飛び込んできたのは遥か奥に見える雄大な山々、右を見ても左を見ても山脈がどこまでも連なっている。

 写真を数枚撮ってから、展望台にあった山の図を見ながらどれがどれかを確認する。

 しかし、この景色から何よりも目立ったのは、右の遥か下界に見える僅かに緑がかった水色の湖で、僅かに見え隠れする人工物のようなものからも、それが黒部ダムを要する「黒部湖」であることは容易に想像がつく。

 あたしも社会の写真でしか見たことはないけど、あの巨大な黒部ダムの湖が、あんなに小さく見えるというのは、さっきの富山の街が小さく見えたのと、同じように衝撃的なことだった。

 そして、山脈の上方から中腹には、やはり雲が所々に見えて、雄大さに限りはなかった。

 

「おや? これは何だ」

 

 浩介くんが、後ろ側にあった人工物に目をやる。

 後ろ側はもちろん山になっていて、濃い雲に覆われていて絶景があるわけではない。

 そんな中で、何かを運ぶためなのか、ミニチュア鉄道のようなよく分からない構造物が目に入る。

 あまりにも急勾配過ぎて、押したら暴走しそうだわ。

 

「何のために使うんだこれ?」

 

 浩介くんが首をかしげつつ疑問を話す。

 

「うーん、そこのメモには何か書いてないの?」

 

 困った時の永原先生だ。

 

「あーいや、永原先生のメモにも『用途不明、謎の構造物』としか書いてねえぜ」

 

 どうやら、永原先生にもよく分からない構造物らしい。

 

「そう……」

 

 時折、風の音が反射して独特の音色を静かに奏でている。

 大観峰には風力計がついている。

 恐らく、危険な強風になったら運行を休止するためだろう。

 今回は幸いにも穏やかで、よく晴れた日だ。

 

「おや、動いた」

 

 浩介くんがそう言うと、確かにその構造物が動いていた。

 そして急な坂道に差し掛かって……加速した後にまた止まった。

 

「ねえあなた」

 

 何となく、あたしはこの得体の知れないものに対して不安になる。

 正直今のも何故動き出したのか、そして止まったのかも分からない。

 

「考えるだけ無駄だな」

 

 浩介くんは、あっさりとした口調で言う。

 うん、そう思うのが一番健全なのかもしれないわね。

 

「うん、そうよね」

 

 あたしたちが大観峰を楽しんでいる間にも、次から次に老人たちがこの展望台にやってくる。

 みんな、一様に「凄い」と感動していた。

 外国人観光客も多くここに来ていて、大きな声で感動の声を上げる。

 

「さ、優子ちゃん。あれに乗るぞ」

 

 この場にふさわしくない大きな声が聞こえ始めたのと、大方景色を見終わったのであたしたちもこの展望台から立ち去ることにした。

 

「はい」

 

 浩介くんの誘導で、あたしたちは建物に戻る。

 途中、飲み物を売っている自販機が目に入った。

 こんな山奥の山奥なら、どれだけ高いのかと期待してみたが、ドームの中の値段と変わらなくて、あたしは別の意味で期待を裏切られた。

 もちろん、地上と比べれば、天界の物価はかなり高いけどね。

 

「さっきより人が増えてるわね」

 

 待合室は、恐らくさっき昇ってきたロープウェイのお客さんと思われる人が多く座っていた。

 

「ああ、トロリーバスを待っているんだろう」

 

 それにしてもこの待合室は狭い。

 これ、本当に夏休みとかゴールデンウィークは通れるんだろうか?

 もちろん、事故が起きたなんてニュースを聞かない所を見ると入場制限などをうまく使っているんだと思うけど、それにしたって閑散期でさえこの様子では不安になってしまう。

 

「間もなく改札を開始いたします」

 

「よし優子ちゃん乗るぞ」

 

 係員さんのアナウンスがすると浩介くんが立ち上がる。

 

「はい」

 

 浩介くんと共に、あたしたちは再び「通し切符」を見せて、ロープウェイの乗り場に入る。

 その乗り場から見える風景もまた、絶景で、あたしたちはロープウェイの一番先頭に陣を構える。

 

 眼下に広がる山々、僅かに見える登山道と豆粒ほどの大きさの2人の人影、そして何より、右に広がる黒部湖。

 そしてそこには、ロープウェイの支柱の1つ見えない。

 

 幻想的な雰囲気だった。

 永原先生が、「神々の領域」「まるで天道」と評したのは頷ける。

 いやそもそも、永原先生の時代から見れば、今この文明世界こそ天道なのかもしれないわ。

 だって、これらの乗り物は、永原先生の人生の大半を占めている江戸時代以前には考えにもつかなかったはずだもの。

 

 外の喧騒が激しくなる。後ろを振り向くと、ロープウェイは半分くらいが埋まっていた。

 大観峰で1本遅らせたことで、さっきまでの混雑もある程度分散していった。

 とはいえ、室堂からの宿泊組がそろそろ本格的にこっちへと向かう頃合いでもある。

 あんまりのんびりとしていても、また混雑に巻き込まれる可能性はある。

 

 それにしても、だらりとたら下がったロープはどうしても心もとない印象を受ける。

 いや、物理的にはピンと張るほうが危険なのはちょっと考えれば分かることだけど。

 (永原先生のメモを読んだ)浩介くんによると景観保護のみならず、冬場の雪崩による危険性を考慮してこのようなロープウェイになったらしい。

 また、永原先生はこのロープウェイに乗った時、まるで「高天原から天孫降臨」をしたような錯覚に陥ったという。

 

「間もなく発車いたします」

 

 係員さんに扉を閉められ、ロープウェイがゆっくり動き出した。

 支柱なしのロープウェイとしては日本一の長さらしいが、あたしにとっては下の方の登山客の方が気になった。

 こんな道を歩くなんて凄いと思う。

 あたしは右側に目をやる。

 大きな黄緑色の湖が、どんどんこちらに近付いていく。

 ロープウェイが下層へ向けてどんどんと下るうちに、大観峰で見た雄大な景色は消えていく。

 そう、あたしたちは更に下に降りたんだ。

 

 そして次に迫ってきたのは下から登っていくロープウェイで、こちらもかなりの人数が乗っていて、あたしたちがそのロープウェイの写真を取っているように向こう側の人もこちらの写真を撮っている人や手を振っている人の姿も見えた。

 

 しばらくすると、目の前に穴の開いた建物が迫ってきた。

 そして、「間もなく黒部平」という放送と、黒部ダムへは再びケーブルカーを使う必要があるという案内をしていた。

 

「優子ちゃん、降りる準備をしようか」

 

 ロープウェイが減速を始め、浩介くんも準備に取り掛かる。

 

「うん」

 

 あたしたちが出口の方を向くと、既に下り場に向けて人々がウズウズしていた。

 

 こうしてあたしと浩介くんは、「黒部平」と呼ばれる場所に到着した。

 乗り場から上を見上げると、先程まであそこに居たということが信じられないほど、はるか天空に大観峰が見えた。

 大観峰は、やはりあそこから見た黒部平と同様、小さな箱のような形をして見えた。

 その写真を撮ると、浩介くんが「すげえよな、こんなに降りていったんだ」と言っていた。

 

「お、ここには庭園があるらしいな」

 

 黒部平の滞在時間は、事前の予定では大観峰より少し短く、25分を見込んでいる。

 もちろん、混雑状況を考慮して黒部ダムの元滞在時間の1時間を抜いて1時間の余裕時間は持っているが、このまま行けば黒部ダムで2時間を過ごすことになりそうだわ。

 

 ともあれ、建物を出たあたしたちに飛び込んできたのは、「中部山岳国立公園 黒部平 昭和62年8月建之 1828米」という表記だった。

 

「1828メートルかあ」

 

 浩介くんがそうつぶやく。

 室堂の2450メートル、大観峰の2316メートルに比べるとかなり低い。

 

「大分降りてきたわね……えっと大観峰から488メートル、室堂から622メートルかな」

 

 暗算だから合っているか分からないけど。

 

「……だな」

 

 ここから更にケーブルカーで降りれば、黒部ダムへと到着するわけだけど、この黒部平からは、前方の山が影になっていて黒部ダムは見えない。

 

 代わりに、高山植物の庭園があるわけだけど、まず目に飛び込むのは上層に見える大観峰の景色だった。

 ここから見る立山も、また違った趣があるわね。

 

 庭園の植物の様子の写真を、あたしたちは撮っていく。

 あたしと浩介くんの視界に「写真のほか何もとらない」「足跡のほか何ものこさない」という環境保護のスローガンの書かれた看板が目に飛び込んできた。

 

「絵にして記録をとっちゃいけないのか?」

 

 浩介くんがそう言うと、永原先生のとは違う自分のメモ帳の中に絵を書き始める。

 もちろん、それを咎める人は居ない。

 

 何だろう、浩介くんそういうのうまくなったわね。

 

「じゃあ、あたしも、頭の中に思い出を残しちゃいけないかしら?」

 

 あたしも調子に乗って、この標語にツッコミを入れる。

 

「はは、ダメだと言われても残るだろそりゃあ!」

 

 浩介くんが、笑いながら身も蓋もない突っ込みをする。

 

「というか、ここにも湧き水あるじゃん。水をとったらダメなのか? 休憩とったらダメなのか?」

 

 浩介くんの突っ込みが更に冴えているわね。

 というか、これじゃまるで一休さんじゃないの。

 

 気を取り直して、あたしたちは様々な高山植物を見て回る。

 この庭園は意外と狭く、また通り道を除けば立入禁止にもなっているので、すぐに1周することが出来た。

 

 それが終わったら、あたしたちはもう一度湧き水を飲む。

 室堂で飲んだのとは、ちょっと違う味だったわね。

 

 あたしたちは建物の中に入り、屋上にあるらしい展望台を目指す。

 

「お、すげえな」

 

 眼下には、黒部湖とダムの人工物が僅かに見える。

 大観峰で見たときよりも、倍くらいの縮尺で見ることができる。

 そして案内板には「黒部平 標高1,828m 中部山岳国立公園 北アルプス山座案内」と書かれていて、ここからどういった山々が見えるかが分かる。

 

 大観峰と同じように、オレンジ色のロープウェイが遥か上層の大観峰に向けてゆらゆらと登っていくのが分かる。

 室堂と大観峰が、上の山から見下げる雄大な下界の景色ならば、ここ黒部平は下から見上げる雄大な山々の景色だった。

 それ自体はよく見る景色とも言えるけど、いつもと違うのは、「さっきまで自分たちがあの雄大な場所に居た」という事実だった。

 その事実を噛みしめるだけで、景色の見え方が、他の絶景とはかなり違うことを思い知らされる。

 

 残りの時間を考え、あたしたちはケーブルカー乗り場へと向かった。

 改札を済ませ乗り場に行くと、薄暗いトンネルの中にケーブルカーがあった。

 それは、最初に立山から美女平に向かって登るケーブルカーとは何もかもが逆だった。

 

 あのケーブルカーは雄大な山なども見える開放感あふれる場所を登っていくが、こちらはまず急勾配を降りていくことや、全てがトンネルの中にあり、ダムに通じるとあってどことなく工事の跡が見受けられる。

 昨日行った黒部峡谷鉄道よりも、更に露骨かもしれない。

 

 あたしたちはケーブルカーの座席に座る。

 正面を向くと、底知れぬ黒い穴が続いていた。

 さっきの登っていくケーブルカーよりも、ずっと不安定感が強い。

 その穴は、どこまでもどこまでも続いていそうな感覚を受ける。

 まるで、地底世界の入り口という感じさえ、受けてしまう。

 

「このケーブルカー、全てトンネルを走るケーブルカーらしいぜ。他には青函トンネルにもあるな」

 

 永原先生のメモには、色々なことが書かれている。

 

「やっぱり全てトンネルなのね」

 

 発車時間が近付くに連れ、やはり後続の観光客たちが乗っていくのが見える。

 そして、係員さんが先頭に入っていくのも美女平行きのケーブルカーと同じ。

 

 そしてブザー音と共にケーブルカーが発車し、トンネルの中を進んでいく。

 

「黒部ダムの建設には、延べ1000万人が携わり、7年かけて昭和38年に完成しました。来年は黒部ダム完成後60週年に当たり、多くのイベントを計画しております。ダム建設にあたっては難工事が続き、171名の殉職者を出しました」

 

 ケーブルカーでは、これから行く黒部ダムのことを説明している。

 やがて、トンネルの中間地点に行き違い施設が見られ、地下から登ってきたケーブルカーとすれ違う。

 さっきのロープウェイと違い、中の人はよく見えなかった。

 

「――皆様、間もなく黒部ダム駅に到着します。この先も、黒部ダムをごゆっくりお楽しみ下さい」

 

 下の方に幻想的な明かりが見えて来た。

 まるで地底世界のような錯覚を受ける。

 そしてケーブルカーが減速をはじめ、地底の底に到着してみると係員さんが出迎えてくれた。

 もちろん、ここは地底の底ではない。ここから出れば黒部ダムを間近で見ることができる。

 ここからは、黒部ダムを歩き、そして扇沢までのトンネルを電気バスで進むことになっている。

 黒部ダムの徒歩での所要時間は15分だけど、もちろん昼食も含め、ここでは長期滞在することになっている。

 あたしは、浩介くんに続いてケーブルカーを降り、他の観光客たちとともに、出口を目指していく。

 黒部湖駅は、トンネル内ということもあって、大観峰以上に、極めて人工的な施設になっていた。

 

 最初に見たのは、黒部ダムへの道と、遊覧船への道だった。

 

「遊覧船ガルベ……かあ。優子ちゃんどうする?」

 

 遊覧船は、「日本一高い所にある遊覧船」というのを売りにしていた。

 

「うーん、やめておこうかしら」

 

「そうするか。2時間あると言っても、ダムを見るだけで時間が潰れそうだ」

 

 黒部ダムには遊覧船があるらしいけど、今回は乗らないことにした。

 というわけで、あたしたちは素直に正面の道、つまり黒部ダム本体へと歩を進めていくことになった。

 




著者が立山に行ったのは7年前の2010年9月で外国人観光客の姿は見かけず、中高年の日本人男女ばかりだったので外国人部分は妄想です。
中高年の男女は……やかましかったですね(笑)

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