永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夏の夫婦旅行3日目 残りの道

「ここからは今までの会社じゃなくて昨日見た電力会社が運営しているらしいんだ」

 

 乗り場の手前についた浩介くんが久々に永原先生のメモを出して話す。

 

「もしかしてこのトンネルって、さっき黒部記に出てきたトンネルかしら?」

 

「うん、このメモには確かに黒部ダム建設のために掘られたものって書いてあるな。電気バスの前はトロリーバスだったから……2018年までは実は鉄道会社でもあったんだよ」

 

 浩介くんが面白い話をする。

 確かに、トロリーバスはバスのように見えるけど、れっきとした鉄道の仲間という扱いになっている。

 もちろん、今は電気バスに置き換えられているけど、それでも電力会社が鉄道事業、確かに変な話じゃないけど、そんなことがつい最近まであったというのが、あたしにとっては驚きだわ。

 

「この電気バス、急速充電が可能なタイプらしいな」

 

「へえ」

 

 浩介くんによれば、このタイプの電気バスならば、トロリーバスよりも経費も安くて済むという。

 まあ確かに、トロリー線が要らないものね。

 最近では電気自動車も大分普及してきて自動運転技術ともども次世代技術として重宝されていくわね。

 黒部ダムを出て行くお客さんで後ろもだんだん人が増えてきた。

 

 しばらく待ってくると、トロリーバスよりも静かな音で電気バスが黒部ダムバス停にやってきた。

 まずは扇沢から来たお客さんを降ろし、それが終わったらあたしたちがバスの中に入る。

 

 いよいよ、このアルペンルートもこれで最後になる。

 この電気バスを乗り終われば、扇沢に到着する。

 そこからは信濃大町駅までバスで、道中には日向山高原や大町温泉郷があって、これらはアルペンルートの長野側入り口として栄えているという。

 

 これまでと同じように、バスは大勢の観光客たちを乗せていく。

 やはりこの方面は帰りのお客さんが殆どなのか、車内で聞こえてくる会話は、「すごかったわね」とか「また行きたい」といった声が多数を占めていた。

 あたし達もそれは同感で、この絶景は何度来ても飽きそうにない。

 

 あたしは今、永原先生の言っていた意味が分かった。

 何故この「立山黒部アルペンルート」を富山側から、それも1日で一気に通り抜ける必要があったのか?

 一気にめぐると記憶が薄れないうちにアルペンルートを楽しめ、さっきの記憶と対比しやすいというのもある。

 実際、室堂、大観峰、黒部平、黒部ダムでそれぞれの景色の顔は目まぐるしく変化していた。

 それに加えて、室堂や大観峰における秘境の雄大な自然を見せておきながら黒部ダムを見るというその順序が、あたしたちを奮い立たせるための舞台装置だった。

 

 浩介くんと同じように思う。

 何が会っても、蓬莱の薬を諦めてはいけない。

 何故なら、この黒部ダムだって、「出来るわけがない」と言われてきたんだから。

 そう言えば、永原先生と修学旅行に行った時も、新幹線について似たような話をしていたっけ?

 今まで永原先生が鉄道についてあたしを熱心に教えていたのも、もしかしたら何て思ってしまう。

 

 もちろん、永原先生がそこまで考えていたとは思えないけど、それでも、凄いことだと思う。

 

「間もなく発車いたします。お捕まり下さい」

 

 いつの間にか立ち客が出るほどに混雑したバスの車内でバスの運転士さんのアナウンスが聞こえ、あたしたちは発車の準備をする。

 といっても、シートベルトを締めているか確認するのと荷物を確認するくらいだけどね。

 

 バスはエンジン音をあげずに発車する。

 電気自動車は最近大分普及してきたとは言え、まだまだ内燃機関に比べると信頼性が落ちる。

 あーでも、徐々に切り替えていく必要性もあるのよね。

 

「皆様、本日は関電トンネルバスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。立山黒部アルペンルートはいかがでしたでしょうか? このトンネルは、黒部ダムの――」

 

 そして、黒部ダムとこのトンネルについての解説放送が始まった。

 さっきの「黒部記」に出てきた「大破砕帯」と言う単語も出てくる。

 件の放送によれば僅か1メートルにも満たない距離を掘り進めるのに、半年を要した。

 またこの大破砕帯から出てきた水を利用して、天然水が売られている。

 ……似たような話を2年前に聞いた気がするわね。

 

 昭和30年代当時の技術力の問題というのもあっただろうけど、いずれにしても難工事だったことには違いはないわね。

 

「扇沢から先、信濃大町駅までは、『アルピコ交通バス』が出ております。なお、信濃大町駅までの間にも、日向山高原や大町温泉郷といった観光名所が名を連ねております。是非ご利用下さい」

 

「へー、『日向山高原』かあ」

 

 バスの案内放送に、あたしがぼそっとつぶやく。

 

「ああ、そこにはゴルフ場やテニスコートなんかもあるらしいぜ。アルペンルートは冬には営業してないけど、扇沢からのバスは冬も日向山高原止まりで営業しているんだ」

 

 富山から立山までの地鉄電車も、当然冬に運休するわけではない。

 アルペンルートが富山から信濃大町とする解釈と、立山から扇沢とする解釈の2つあるのは、恐らくこういう所にあるのかもしれないと感じた。

 浩介くんは、永原先生のメモではなく、アルペンルートの観光パンフレットを見ながら話している。

どこで手に入れたのかはまあ、聞かないでおこうかしら?

 

 バスは暗いトンネルの中を続々と進むが、やがてトンネルから出て向こう側に付いた。

 ともあれ、このトンネルによって、あたしたちは赤沢岳を越えて富山県から長野県に入ったことになる。

 乗ったのは、15分位かな?

 あたしたちはそれなりの長さをバスで進み、バスを降りると、改札口で通し切符を見せる。

 これであたしたちは、立山から扇沢へと抜けたことになる。

 

 ここ扇沢の標高は1433メートルで、黒部ダムとさほど変わらないが、ここからのバスは更に標高が下り、信濃大町に着くことには完全に地上に戻ることになる。

 ここでは展望台やレストランがあるけど、すぐに信濃大町行きのバスに乗り換えることができる。

 路線バス用の切符売り場で信濃大町駅までの切符を買った。

 結局、富山駅から信濃大町までの運賃は、予定通り10000円をオーバーした。

 

「マイカーもここまでは来られるから、駐車場があるんだ」

 

「あ、本当だわ」

 

 浩介くんが手をかざす先には一般有料駐車場という看板が見えた。

 もちろんあたしたちは、マイカーではないのでここに用事はない。

 

「結構並んでいるわね」

 

 信濃大町行きのバス乗り場を見ると既に結構な行列ができていた。

 とりあえず一番後ろに立つわけだけど、あたしは乗れるかどうか、ちょっと心配になる。

 

「ああ、だけど1本逃しても余裕があるように予定は組んであるから心配しなくて大丈夫だよ」

 

 浩介くんによれば、関東から信濃大町駅に停車する特急列車は普段1往復で、下りは千葉駅から、上りは信濃大町より先の南小谷駅から出ている。

 この特急列車の切符をあたしたちはあらかじめ購入してある。

 

 バスには「信濃大町駅⇔扇沢」と書かれていた。

 運営しているのは「アルピコ交通バス」と言うらしく、鉄道事業もやっているらしいわね。

 

「よし、乗れそうだな」

 

 浩介くんがバスの中を確認し、あたしたちは最前列に立つことになった。

 ふう、ギリギリセーフね。

 

「うー立ちながらかあ……」

 

 とはいえ、途中で座れる可能性は殆ど無いし、うー、辛いわ。

 

「優子ちゃん、大丈夫?」

 

 浩介くんも、心配そうにあたしを支えてくれる。

 

「うん」

 

 本当に、あたしの心を捉えて離さないわよね。うちの旦那は。

 

 

 やがて発車時間になり、バスがゆっくりと発車した。

 

「次は、日向山高原です」

 

 日向山高原までの道のりはやはり長い。

 このバスは室堂行きほどではないけどカーブが続いていて、一気に下るため、あたしとしても、よく体を支えなきゃいけない。

 

「おっと、優子ちゃん」

 

「あ、浩介くんありがとう」

 

 あたしがバランスを崩しそうになると、浩介くんが優しく支えてくれて、心を奪われて惚れてしまったあたしの顔が一気に真っ赤に染まってしまう。

 外国人観光客の男性の集団が、あたしたちを恨めしそうに見ているけど、大半の老人や外国人観光客たちは、あたしたちのことを微笑ましそうに見ている。

 浩介くんにこうして守られることで、女の子はかわいくなっていくのよね。

 そうすればまた、浩介くんもあたしのことが好きになってくれるはずだわ。

 もしかしたら、不老になったら、恋も冷めないのかもしれないわね。

 

 

「間もなく、日向山高原です」

 

 しばらくすると、バスは減速を初めて日向山高原へと到着した。

 日向山高原までは小気味いい林道で、室堂までのバスとは全く趣が違っていて、これもまた「帰り道」にはもってこいの環境だった。

 ここからは地域輸送も兼ねていて、またバスの案内によれば大町温泉郷よりも先のバス停は降車専用になるらしい。

 

 日向山高原では数名の乗客が降りていった。

 そして、そこからはバス停の距離が一気に短くなり、地元住民と思われる人も乗ってくる。

 既にかなり混雑しているから大変だけど、それでも「大町温泉郷」というバス停では先程の日向山高原よりも多い人数が降りてくれて、それなりにマシになった。

 と言っても、あたしたちにとっては立ちっぱなしなのは変わらないけどね。

 大町温泉郷は、アルペンルートを長野側から行く人々の玄関口として栄えてもいるらしく、あたしたちみたいに一気に直帰せずに、恐らくここに温泉宿を取る人も多いんだと思う。

 

 ここから先にある降車専用のバス停では、さっき乗ってきた地元住民以外誰も降りず、結局信濃大町駅までずっと立つ羽目になった。

 信濃大町駅までは40分程度かかった。

 

 そして件のバスは、信濃大町駅から扇沢に行くお客さんたちを乗せていく。

 現在時刻は既に14時を回っていて、あたしたちが富山から既に9時間を要したことを考えると、今から行っても立山には抜けられる気がしない。

 もしかしたら、黒部ダムだけ見ていくのか、あるいは室堂か弥陀ヶ原で宿泊するのかもしれないけどね。

 

「ふう、疲れたわ」

 

 ともあれ、浩介くんが支えてくれたとは言え、最後の最後でこの40分立ちっぱなしはあたしにとってはあまりにも辛く、足が悲鳴を上げていた。

 

「少し休もうか、優子ちゃん」

 

「うん」

 

 目の前には、赤と茶色で木造建築風に仕立てられ、個性的な「信濃大町駅」と書かれた看板が見える。

 「信濃」という地名で分かるように、ここは紛れもなく、長野県だった。

 あたしたちは、富山県から長野県へと抜けたのだ。

 正確には扇沢の時点で長野県だけど、やはりこうして「信濃大町」に着くと長野県という事実をより強く力付けられる。

 行きの北陸新幹線が、新潟県を一旦通って行ったものだから、未だに現実離れを覚える。

 

「何か現実感がないわ」

 

「ああ。永原先生も、『理屈ではアルペンルートを使えば立山から信濃大町に抜けることが出来ることは分かってたけど、それでも富山県の山奥を見てきていきなりここにたどり着いたのが信じられなかった』『佐々内蔵助殿と同じように越中から我が故郷信濃に抜けた現実が全く沸かなかった』って書いてるな」

 

 浩介くんが、永原先生のメモを取り出して言う。

 駅前にはタクシーやバスが止まっていて、恐らく扇沢までのタクシー需要を見込んでいるのかもしれない。

 そう言えば、扇沢でタクシーを降りていたお客さんもいたっけ?

 ……まあいいわ。

 ともあれ、あたしたちは駅の中に入ることにする。

 

 駅構内は、やはりアルペンルートの案内が多い。

 今のあたしたちにとっては終着駅だけど、多くの人にとっては始まりの地でもあるものね。

 でも、今のあたしには、もう逆回りに行く気にはなれないわ。

 

「信州の土産もあるのか」

 

「うーん」

 

 あたしたちが乗る列車まで、あと1時間近くある。

 その間、あたしと浩介くんは、信濃大町駅付近でどうやって時間を潰すか考えた。

 だけど、あたしが立ち疲れたのもあって、待合室でゆっくりと休むことになった。

 

 待合室は結構空いていて、恐らくあたしたちと同じ列車に乗る人々が主に座っていた。

 その装備からして、あたしたちと同じようにアルペンルートに行ったことは明らかだ。

 

「優子ちゃん、特急列車の切符あるかい?」

 

「うん」

 

 あたしは、信濃大町からのJR切符を浩介くんに見せる。

 グリーン車指定席の番号が、浩介くんとは隣り合わせになっている。

 

  ブー! ブー! ブー!

 

「あら?」

 

 浩介くんにマッサージしてもらいながら、列車の到着をひたすらにボーっとして待っていると、また携帯電話のバイブの音が鳴り響いた。

 よく見ると、浩介くんのスマホの方にも届いていたらしい。

 

「優子ちゃん、誰から?」

 

「蓬莱教授からだわ」

 

 宛名は蓬莱教授だった。

 あたしは、携帯電話を操作して内容を確認する。

 

 

 題名:新しい薬が出来た

 本文:優子さん、浩介さん、ようやく寿命を1000歳とする薬ができた。これについては2人の家に薬を送っておくので、旅から帰った翌日昼から飲んで欲しい。併せて記者会見の準備も始めておくので心して置いて欲しい。ただ、未だに不老への理論の道筋は出来ていない。もう一つのブレイクスルーを、早く見つけたいものだ。

 

 

「浩介くん」

 

「ああ、これで6日後には俺も1000歳まで生きられるということだな」

 

 浩介くんが小さな声で話す。

 待合室の人は、世間話に夢中になっていてあたしたちの会話を気にも留めない。

 最も、「蓬莱の薬」については機密事項なので、おいそれと言いふらすのもまずい。

 うーん、今のうちに隠語でも考えておいたほうがいいかしら?

 

「間もなく、1番線に、特急あずさ――」

 

「あ、浩介くん、列車が入るわよ」

 

「おう」

 

 信濃大町駅の自動改札に切符を入れ、あたしたちは特急列車が入る1番線へと歩みを進める。

 あたしたちが乗るのはグリーン車で、毎度のことながらこれも蓬莱教授の支援のおかげだわ。

 

「ふう」

 

 アルペンルートに行ってきた観光客たちが主な乗客だけど、グリーン車に乗っているのはあたしたちと1組の老夫婦だけだった。

 

 あたしたちが電車のグリーン車に座ると、特急らしく、慌ただしく出発していった。

 

「――次は穂高です」

 

 その割には、自動放送は簡素だったけど。

 

「信濃大町からご乗車のお客様、本日もJRをご利用下さいまして、誠にありがとうございます。この電車は特急あずさ新宿行きです。これから先止まります駅は穂高、豊科、松本、塩尻、岡谷、下諏訪、上諏訪、茅野、小淵沢、韮崎、甲府、八王子、立川、終点新宿です。お客様にお願い致します――」

 

 すぐに補足のように、車掌さんからの案内放送が入る。

 この電車は終点の新宿駅までは3時間ほどの所要時間がかかることになっている。

 もっと停車駅の少ない「スーパーあずさ」ならば所要時間は短くて済むらしいけど。

 

「こっちは主にあずさ用で、スーパーあずさには別の車両が投入されているらしいな」

 

 この電車は登場してから20年目になる列車で、そろそろ新型の投入と言う時期に来ている。

 一方で、「スーパーあずさ」の方は、5年前に紫色の新型車が投入されている。

 大糸線に入る特急列車は「スーパー」ではないので、そちらは別の機会があったら乗るということになる。

 あたしたちは、旅を振り返り、そしてこれからのことを考える。

 

 蓬莱教授は「1000歳の薬」に成功したとしているが、長期的な研究には行き詰まっている。

 しかし、あたしたちが、黒部峡谷鉄道と関西電力の人々を見て、そして立山黒部アルペンルートを旅した。

 今回の旅行で、蓬莱教授と永原先生から、単に休みを楽しみリフレッシュせよというだけではなく、「蓬莱の薬は不可能ではない」「苦難を乗り越えろ」と言うメッセージを受け取ることもできた。

 

 

 列車は松本からスピードを上げ、中央線へと進んでいく。

 グリーン車に乗っていた老夫婦も甲府駅で折り、また途中の駅から乗ってきたお客さんも見える。

 特急列車から降りた後は、家に帰るまで夕方のラッシュ時にぶつかっちゃったけど、そこまで長い時間ではなかったので苦労はなかった。

 

 

「ただいまー」

 

「優子ちゃん、浩介、おかえりなさい」

 

 お義母さんが旅行の帰りに出迎えてくれ、疲れたあたしに配慮して荷物を運んでくれる。

 あ、鍛えてる浩介くんは自分持ちだけどね。

 

「おお、さ2人とも、話を聞かせてくれるかい?」

 

 そしてお義父さんが、あたしたちに土産話をせがんでくる。

 ふふ、絶景の写真を、たくさん見せちゃおうかしら?

 

 でもその前に、温かい夕食を食べて、明日以降の卒業論文に備えることにした。

 多分このまま研究に協力していけば、きっといいことがあると思うから。




大糸線に直通する特急あずさ、2022年まで残っているかは分かりません。

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