永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「えーニュース速報です。佐和山大学の蓬莱伸吾教授によりますと、本日人類の寿命を1000歳まで引き伸ばす薬の発明に成功したと発表しました。また、以前に完成した『120歳の薬』につきまして、抗がん剤などの治療薬としての販売を併せて検討しているとしています」
大学生活の夏休み最後の日、あたしと浩介くんはテレビの報道に釘付けになっていた。
やはり、報道機関を握っている蓬莱教授の情報通りだった。
ちなみに、風前の灯になっている国際反蓬莱連合は、いつもなら同時に反対表明を出すのに、今回に関しては何も声明を出してこない。
どうやら、公安調査庁とCIAの共同作戦によって内紛を誘発し、自然消滅しかかっているという情報は信用して良さそうね。
どちらにしても、件の牧師はどんどんと追い詰められているのは確か。
やはり、本気を出した国家機関に民間人が勝つのは不可能に近いのかもしれないわね。
ましてやそれに、今やその不可能を実現させ、国家以上の権力を持つ蓬莱教授が加わったともなればなおのことだ。
「えーでは、これより記者会見を始めます」
テレビがまた、ライブ中継で蓬莱教授の記者会見の様子を写し出す。
テレビのテロップには、「佐和山大学教授蓬莱氏、人間の寿命を1000年にする薬を発表」と書かれていて、記者会見が終わった後には、ニュースのアナウンサーは「これまでの薬の2倍の寿命」とか「人類最高齢の永原マキノ氏の2倍の人生が目の前に」という発言を繰り返している。
また、蓬莱教授の意向なのか、「旧約聖書の登場人物よりも長生きできる世界が迫っている」とも、アナウンサーがしきりに主張している。
蓬莱教授はこの会見で、「日本性転換症候群協会のご協力の下、多くのTS病患者からサンプル遺伝子を得られた」という内容も話している。
この事については、当初永原先生が公表に難色を示したものの、「反蓬莱連合に、更に打撃を与える効果が期待できる」というあたしの意見で採用されたものだったりもする。
「それでは、完全不老の薬も開発実現が近いということでよろしいでしょうか?」
あるマスコミの記者の人が質問をする。
「あーいや、まだ実は、乗り越えねばならない壁がある。コンピュータのシミュレーション上では、実は既に不老の薬になっているはずなんだ。それが1000年で寿命が来てしまうということは、どこかを見落としているという証拠だ」
蓬莱教授が以前あたしたちに話してくれたのと同じ内容を話す。
現在に至るまで、γ型の存在は確認されていない。
老いを司るとされるテロメアを、原情報を常に参照しながら絶えず修復するα型、最初から完全な状態で複製するβ型、あたしたちTS病患者は少なくともこの2組の遺伝子を使い分けて不老を維持しているとされている。
しかし、この組み合わせだけでは、あたしたちの遺伝子を再現していることにはならない。
何かもう1つ、あたしたちにはバックアップの機能があるはずだ。
だけど、それを主に使っているTS病患者は、今の所は見つかっていない。
「報道加熱したい気持ちも分かるし、筆が滑る気持ちも重々理解しているし、『いい加減聞き飽きた』という人もいるだろう。無理もない。ただ、まあ一応言わせてくれ」
蓬莱教授は、記者会見の最後に、決まり文句のように言う言葉がある。
それを言う前には必ずこうした枕詞をつける。
萎縮しがちなマスコミに対して、蓬莱教授の優しさアピールとも言えるだろう。
「俺が作る薬は、かぐや姫に出てくる不死の薬でもないし、秦の始皇帝が求めた『不老不死』の薬でもない。死なぬ薬だと思って変な気持ちを起こさないでくれ」
そう、現在のマスコミではほぼ全くといっていいほどになくなったが、現在でもインターネットでは「蓬莱教授の不老不死」という文言が跡を絶たない。
あたしたち宣伝部の方でも逐一訂正させてはいるが、中には「老化しないだけでも不死を名乗るだけの資格はある」「不死じゃない警察」と開き直る人もいて困ったものだわ。
死ぬことがあり得るのに不死な訳無いってことくらいすぐに分かることなのにね。
「とりあえず、ようやく安心して研究に望めそうでよかったわ」
一通りの記者会見が終わると、あたしはそう呟く。
遺伝子による研究テーマを選んだあたしは、卒業論文の構成に悩んでいた。
既に大体の骨組みは完成していて、後は適度に肉付けをすれば、蓬莱教授に見せて指導を仰ぐことができそうだけど、その肉付けがとても難しいのよね。
とにかく明日からはまた、大学での研究が続く。蓬莱教授のためにも、いい卒論を書かないと行けないわね。
「浩介くんの方は卒論は進んでる?」
研究室での空き時間、あたしは浩介くんに卒論の進行具合を訪ねる。
「ああ、蓬莱教授によれば、『かなりいい論文になる』ってさ」
どうやら浩介くんは、先に論文を見せたらしいわね。
「それはよかったわ」
ともあれ、蓬莱教授のお墨付きさえあれば、ひとまず卒業はできそうね。
問題は、修士以降の話だろう。
「で、優子ちゃんの方こそどうなんだ?」
浩介くんがあたしの進捗具合を訪ねてくる。
「あたしの方はまだ蓬莱教授に見せてないわ」
「そうか、そろそろ提出した方がいいんじゃねーか?」
「うん、考えておくわ」
あたしの方が、ちょっと積極性が欠けているのかも。
とりあえず、あたしとしてはTS病の不老メカニズムについて、もう少し考えていきたい。
卒論レベルなら十分かなとも思うけど
データベースにあるあたし自身の遺伝子も、存分に活用しないといけないわね。
コンコン
「はーい」
あたしたちのいる部屋の扉がノックされる。
この時期は、来年度からの研究室配属のため、3年生たちの見学がとても増える時期なのよね。
ガチャッ
「あ、優子さん、浩介さん!」
入ってきたのは歩美さんと大智さんだった。
あたしたちが4年になって、天文サークルの部長は副部長が昇格する形で桂子ちゃんから達也さんに、そして副部長は大智さんになっている。
「あら? 歩美さんも見学かしら?」
「ええ、蓬莱教授の研究に、少しでも役に立ちたいですから」
歩美さんが笑顔でそう話す。
一方で、歩美さんの彼氏の大智さんの方は浮かない表情だった。
「おや? 大智さんは浮かない表情ね」
「まあ、俺の成績だと配属される可能性低いからさ」
大智さんが、苦々しい表情で話す。
確かに、この研究棟は人数も多いけど人気も高く、よほどいい成績じゃないと入れない。
幸いにして、あたしたちは蓬莱教授の意向もあって問題なくここに入れたし、歩美さんもTS病ということで大丈夫だけど、大智さんはそうもいかないものね。
「それで、見学かしら?」
「ええ、優子さんと浩介さんは卒論ですか?」
歩美さんがあたしたちがPCに向き合っている状況を見て言う。
「ああ。俺達2人とも、後はこの卒論が終われば卒業決定なんだ」
それは浩介くんだけでなく、あたしも同じ。
「へえ、私達は後期の実験に苦労しているわ」
あー、やっぱりそうなのね。
「実験は大変だぞ。でも、それを乗り越えれば4年になって楽できるぜ」
「う、うん」
浩介くんの話に、歩美さんも納得した表情をする。
やはり実験がきついのはみんな同じらしいわね。
蓬莱の研究棟は見学者が多いけど、この研究棟で何が研究されているのかは、世界的にも有名なので、参加者たちはそこまで見学をしない。
研究棟上層の中枢部へは、あたしたちを除き、論文の資料検索以外でも自由に立ち入るためには、博士課程まで行かないといけない。
「えっと、それじゃあ私達は失礼するわね」
「うん、頑張ってね」
「はーい」
歩美さんが気楽な表情で部屋を出ていく。
歩美さんは蓬莱の研究棟へ配属が決まっているとはいえ、去年のあたしたちと同様、アリバイ作りのために研究室を見学しないといけないのは大変よね。
「そう言えば、中庄の奴はここに来ねえんだな」
浩介くんが達也さんが来ないことを気にしている。
「あーほら、彼なら学部も違うし、桂子ちゃんの研究室が第一希望じゃないのかしら?」
まあ、蓬莱教授は世界でも有数の有名教授なので、学部違いだとしてもみんな一度は見学しに来るものだけどね。
「ところであなた、話変わるけど宣伝部は大丈夫?」
あたしは、最近出入りしていない宣伝部について浩介くんに問い合わせる。
「ああ、最近じゃ情報の取り次ぎが主だよ。何てったって、学生の本分は勉強だし、最近は俺がいなくても十分にやっていける体制作りにもなってるぜ」
浩介くんが柔らかい表情でそう答える。
「それは良かったわ」
国際反蓬莱連合への内部分裂工作は、相変わらず進んでいる。
そのお陰で、蓬莱教授の1000歳の記者会見の時には、僅かにWEB上で抗議声明を発表しただけで、実質的に何も妨害活動していないところまで確認できた。
公安の調べによれば、件の牧師は独身で、家族親戚関係もない天涯孤独だという。
永原先生は、「族誅出来ないのが彼をここまで無謀化させた原因だわ」「失うものがない人ほど怖い」「私は失うものだらけだからここまで弱くなってしまった。まさに天下無敵の無一文という言葉通りだわ」と嘆いていた。
日本語での宣伝部は、最近は海外宣伝部への指導や、政府側との微調整といった活動にシフトしていて、浩介くんの活動は最近では「不死」文言の監視にとどまっている。
「そそ、俺はいい意味で『用済み』になったんだよ」
浩介くんが明るい笑顔で「用済み」という言葉を使う。
でも、浩介くんが「宣伝部」で用済みだからといって、この「蓬莱の研究棟」で用済みになったわけではない。
浩介くんにはこれから、あたし共々「修士課程」に進むことがほぼ確定している。
場合によっては、修士でも就職せず、「博士課程」に進んだり、その後も研究員としてそのままここに残ることだって考えられるだろう。
まだまだあたしたちの進路は不透明ね。
「優子ちゃんも、そろそろアドバイスを受けとけよ。蓬莱さんの好みに合致しているか、確認しておくんだぞ」
浩介くんが重ねてあたしに忠告してくれる。
「うん、分かってるわ」
理系の大学の研究室は、教授の権限が強く、場合によっては独裁的な空間にもなるとされているが、蓬莱教授は、あまり学生に干渉したりしない。
3年生の時にあたしは他の教授たちからも、「研究室は教授の王国だ」とか散々に脅されていたので、拍子抜けしてしまった。
その事について蓬莱教授に訪ねたことがあったけど、「今俺がしている研究は人類史にさえ関わるものであることで、学生1人1人に干渉するのは時間の無駄」ということで、要するに「研究が忙しい」という理由と、「単純に研究所の規模が大きいため、学生管理何てものがそもそも非現実的」という、身も蓋もない理由とをあげていた。
一方で、1000年の薬は今度の文化祭でも大々的にアピールすることになった。
「それで、うちの天文サークルでも、『1000年あれば何が出来るか?』ということを宇宙に絡めてアピールしたいんですよ」
部長になった達也さんが、開口一番にそんな発言をする。
あたしたち天文サークルも、そして他のサークルも、蓬莱教授に何か協力できないかと気を揉んでいるのだ。
「うーん、1000光年となると広いし、かといって恒星間宇宙船ともなると1000年でも短すぎるのよねえ」
例えば、海王星は1000年で何周するとか、そういった展示にとどめた方がいいというのが、慎重派の桂子ちゃんの考えだった。
桂子ちゃんとしても、自身が蓬莱の薬を服用し、寿命が1000年となった身なので、他人事ではないとはいえ、これまでの展示の慣行を変えるのには難色を示している。
最も、慣行といってもまだ3年しか続いていないものだけどね。
「天体観測で撮った星の光年数を表示してみるというのはどうですか?」
歩美さんが新しい視点で提案する。
「あら、いいわね。それなら折衷案になりそうだわ」
桂子ちゃんが、歩美さんの提案を好意的に受け入れている。
「うん、いいなそれ」
「惑星とかにも応用できそうだな」
「金星まで歩いて行けたとしたらとか面白いかも」
天文部の各々が、意見を出し合う。
天文サークルのマンネリ化した展示方法が、にわかに活況を帯びてきた。
ただ、蓬莱教授からの通達もあるように、「露骨な個人崇拝」だけは厳禁となった。
いかに佐和山大学が蓬莱教授の大学と化しているとはいえ、やはり露骨な個人崇拝に繋がるのは蓬莱教授としてもイメージ戦略としてよろしくないと考えているらしい。
それに対しては、蓬莱教授自身が大の宗教嫌いであることも学生の間では有名になっているため、学生同士が自重し合う展開になっている。
「ふう、じゃあ本日はここまでにします」
「「「お疲れ様でした」」」
達也さんの号令と共に天文サークルも解散する。
文化祭が終わればあたしたち4年生はサークルも引退となる。
「優子さんたちは大学院ですか!?」
「うん、龍香ちゃんは?」
帰り道、桂子ちゃんと達也さん、合流した龍香ちゃんと合わせて5人で帰る。
「私は大企業ですよ。いやー人手不足っていいですねー!」
5年ほど前から、日本は「空前の人手不足」と呼ばれていて、就職活動は売り手市場が続いている。
龍香ちゃんも含め、あたしたち小谷学園の元クラスメイトたちは就職に大して苦労していない。
あの時のクラスメイトたちが集まるSNSも、卒業直後に比べると大分落ち着いたけど、それでも蓬莱教授や永原先生に関するニュースや情報交換に対して頻繁に用いられている。
というのも、やっぱりテニスの世界ランキングで、相変わらず1位の恵美ちゃんや、メディアの取材などを受けているあたしたち、そして永原先生が参加しているのが大きい。
多分、そういった「著名人」の参加がなければ、今頃あのSNSは廃墟になっていたと思う。
永原先生曰く、「これほど結束力の高いクラスは今だかつてないわ」とのことだった。
「でゅふふ、もうすぐ彼と結婚して、彼の収入が上がり次第、できちゃったで寿退社しますよー!」
龍香ちゃんは、専業主婦になる気満々らしいわね。
ちなみに、蓬莱の薬も、彼氏に早く飲ませたいらしい。
「それで、木ノ本さんはどうなんですか?」
「私は修士になるわ」
あら? 桂子ちゃんもここに残るのね。
「? どうしてですか? 今売り手ですよ! また景気悪くなったらどうするんですか?」
あたしたちはともかく、桂子ちゃんに対しては確かにその疑問は合っている。
「あーうん、JAXA行くには修士がいいかなって。これから蓬莱の薬ができれば、JAXAは間違いなく超人手不足になるわ」
桂子ちゃんはあたしたちと政府とのやり取りをある程度までなら知っている。
蓬莱の薬が完成した後は、それに伴う人口爆発を見越して、農業開発と宇宙開発に多額の予算が投じられることは、公表こそされていないが、各種のインターネットでは当然の前提とされている。
いずれにしても、桂子ちゃんは大学院まで一緒ということになる。
思えば桂子ちゃんとは、幼稚園・小学校から修士まで、同じ学校に通っていたことになるわね。
家はちょっと離れちゃったけど、今でも正月の時には交流があるし、達也さんの家は幸いにして同じ沿線なので、桂子ちゃんが結婚しても、あたしたちはいつでも会いに行けるわね。
「なるほど、したたかですねえー」
龍香ちゃんも唸っている。
「へへーん」
桂子ちゃんが、あたしほどではないその豊かな胸をピンと張る。
彼氏が出来てから、目標だった「90センチ、Fカップ」を達成したらしいけど、それでもあたしと並ぶと、桂子ちゃんの巨乳も全然目立たない。
……まあ、それだけあたしが規格外ってことだけどね。
久しぶりの集団下校はとても楽しかった。
あたしたちは、桂子ちゃんたちとは方向が逆なので、駅で別れる。
「皆それぞれの道に行くんだな」
「ええ、あたしたちは、あたしたちで頑張りましょう」
それぞれができることをする。
あたしたちは、蓬莱の薬を完成させる。
その目標に向けて頑張ることを、あたしたちは改めて胸に誓った。
この話でなろう連載時の掲載話は全てです。
次話からはインターネットでは初公開の話を展開しますので、更新速度も1日1~2話程度になります。