永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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久々の小谷学園

 金曜日の昼下がり、あたしたちは昼休みに学食を食べていた。

 

「ねえねえあなた、今度の日曜日、学園祭に行かない?」

 

「え!? 学園祭なら来週だろ!?」

 

 浩介くんが不信感を示す。

 

「へへーん、学園祭は学園祭でも、小谷学園の方の学園祭よ」

 

 そう、今年は小谷学園の学園祭が佐和山大学の学園祭よりも1週間早く行われる。

 年度によっては順序が逆になることもあるし、この辺りはそれぞれの学校の調整の問題だったりもする。

 

「あーそうか、あそこ2日目なら一般にも開放されてるもんな」

 

 実は、小谷学園の学園祭に行くのは、永原先生からの呼び出しも兼ねている。

 そう、中学時代に発病し、高校に入るまではあたしが担当し、小谷学園に入学したら担当を永原先生に引き継いで貰った患者さん、「稲枝弘子(いなえひろこ)」さんの様子を見に行くのだ。

 

「そそ、で、浩介くん、制服捨ててないわよね!?」

 

「もちろんだよ。てか先週制服でしちゃったばかりじゃねえか!」

 

 浩介くんがあたしの問い詰めに少し大きな声で否定する。

 小谷学園の制服は、あたしたちの中ではかけがえのない思い出であると同時に、夫婦生活の刺激を維持するために欠かせない物でもある。何分、当時のことを思い出すと今でも盛り上がったりするから、ね。

 なので今でも、大切にクリーニングし、あるいは補修作業をしながら維持管理に勤めている。

 

「ふふ良かったわ。じゃあ制服着ましょう?」

 

 卒業生が学園祭に制服で参加すること自体は、小谷学園では珍しいことではない。

 ただし、ルールにあるわけではないけど、何故かみんな、卒業生であることを隠して参加するのが慣例になっている。

 また、1日目に見つかった場合は、穏便かつ丁重に追い返されることにはなっているけど、実際にはそういった事例は確認されていない。

 まあ、先生が生徒の制服着てミスコンに出たりする学校だものね。

 

「でもよ、もう大学4年だろ? 優子ちゃんはともかく、俺は似合わねえんじゃね?」

 

 浩介くんが自分の容姿について懸念を話す。

 でも、あたしには全くそうは見えない。何故なら──

 

「大丈夫よあなた、蓬莱の薬を飲んでいるんでしょ?」

 

「あー、そういやそうだったな」

 

 浩介くんは、蓬莱の薬を飲んだお陰で、高校を卒業してから殆ど容姿に変化がない。

 外見年齢にすれば19歳にもなっていなくて、十分に高校生でも通じる外見だ。

 もちろんあたしに至っては、女の子になった5年前から、一切容姿に変化がない。

 

「ふふ、じゃあ楽しみにしましょう」

 

「ああ」

 

 あたしたちは、当日のことについて話し合った末に午後の研究所勤めに入った。

 

 

  ピピピピッ……ピピピピッ……

 

 目指し時計の音が鳴る。

 今日は日曜日でゆっくり休む日、というわけではない。

 あたしは、自分の気持ちを高校生だった頃へと戻していく。

 あたしは布団から出て目指し時計を止める。

 

 パジャマ姿のまま制服と下着だけを持ってお風呂の脱衣所に行く。

 

「ふう」

 

 あたしは、手慣れた手つきで服をぱぱっと脱いで全裸になる。

 自分の裸なんて何度も見慣れているけど、こうやって気分転換するときれいでエロい体してるなあと思うわ。

 あたしは、水色と白のしましまの下着を着込む。

 次に制服の下のTシャツを着て、次に白いブラウス、そしてリボンをつける。

 リボンがちょっと曲がったので、あたしは微修正して直す。

 そしてブラウスやシャツの裾を巻き込んでスカートを穿く。

 最後にスカートをちょっとだけ折り曲げて、在学当時の短さを思い出しながら調整して完成。

 ふふ、大学4年生で22歳になったけどあの時と何も変わらないわ。TS病患者に実年齢は無意味、ね。

 

 残った着替えは別の荷物の袋に入れる。

 

「おはよー」

 

「優子おはよう、あらあら、昔を思い出すわねー」

 

 母さんが、あたしに挨拶してくれる。

 そう、実は数日前に浩介くんが「折角だから校門で待ち合わせしようよ。優子ちゃんは実家に帰ってさ」と言ってきた。

 なのであたしは今、最初の結婚記念日の時と同じく、また「石山優子」に戻った。

 ただし、あくまでも「気分だけ」なので、最初の結婚記念日の時みたいに結婚指輪がまた婚約指輪に戻るということまでは気にしない。

 浩介くんによれば、あくまでも「文化祭に合わせたごっこ遊び」の範疇にして、のめり込みすぎないようにしたいそうだ。

 

「優子、相変わらずだな。まるでタイムスリップしたみたいだ」

 

「えへへ」

 

 父さんの言う通りだった。

 この光景は、浩介くんと結婚する前の日常だった。

 今の生活から、浩介くんを抜くことは考えられないし、多分浩介くんも同じだと思う。

 あえてお互いがこうして距離を取ることで、再会後に愛を深める役割を持っているんだと思う。

 でも、昔の生活を追体験するのも懐かしいものだった。

 浩介くんがこういうことを言ってくるのは、よほどあたしとの関係に自信があるということでもある。

 あたしは、昔のように朝食を取ると、歯を磨いてトイレに行き、筆記用具と空のノートを入れた通学鞄を持つ。

 

「行ってきまーす」

 

「行ってらっしゃーい優子」

 

 母さんに見送られ、あたしは実家を飛び出す。

 次に訪れるのは、恐らく年末年始のことになると思う。

 もちろん、ひょんなことから帰る可能性はあるかもしれないけどね。

 

 あたしは、持っていたICカードを取り出して自動改札機を通る。

 あの時と違うのは、定期区間ではないので、チャージしていたお金を引かれるということ。

 電車の中をよく見ると小谷学園の制服が見えた。

 ふふ、あたしもうまく溶け込めているかしら?

 

 あの時のことを、あたしはまた思い出す。

 文化祭は(いや正確には後夜祭はだけど)常にあたしの人生の中で大きな転機をもたらしてきた。

 

 2年生の後夜祭の時に浩介くんに告白されて、あたしは正式に浩介くんの彼女になった。

 そして3年生の後夜祭の時には、全校生徒と先生の前で公開プロポーズされた。

 

「まもなく──」

 

 小谷学園の最寄り駅が近い放送を受けて、あたしは他の生徒たちに混じって、降りる準備をする。

 本当に、何だか今が4年前みたいだわ。

 

 ワイワイガヤガヤとした中で、あたしは駅の階段を上がって、佐和山大学とは反対の方角へと進む。

 こっちの改札口に来ることは殆どなくて、久しぶりの出来事にとても懐かしく感じてしまう。

 4年前までは、毎日のように通った道を進む。

 後輩たちが、文化祭を楽しみに歩いている。

 

 

「なあ、稲枝以外にあんなかわいい1年いたっけ?」

 

「え!? あー確かに、あいつとは髪型違うもんなあ」

 

「うーん、でもどっかで見たことある気がするんだよなあ俺」

 

「そうそう俺も、何か誰かに似ていると言うか」

 

 

 近くを歩いていた人の会話でようやくあたしが、制服の色から1年生に扮していることに気づく。

 1年生と言えば、あたしはまだ優一だった頃で、もちろんいい思い出はない。

 1年生の時にも林間学校や文化祭、体育祭といったイベントはあったし、優子になってからとは違って、体育は得意科目だった。

 

 何だろう、今のあたしは1年の女子生徒って思うと、ちょっとだけ気持ちが軽くなったわ。

 最初の1年間は、女子生徒として通えなかった分の埋め合わせだと思えば、あたしも気が楽だわ。

 

 道中、あたしが女の子として最初に目覚めた総合病院や、女の子として初めて外食したハンバーガー屋さん、また遠目には、男の時の制服と体操着を売ったリサイクルショップといった、女の子の黎明期時代の思い出の建物たちも見えた。

 

「懐かしいわ……」

 

 誰にも聞こえない程に小さな声で、あたしはそう呟く。本当に自分が女子生徒としてここに参加しているような錯覚を覚える。

 やがて小谷学園の校門が見えてきた。

 あたしはすぐに、校門前で佇む1人の「男子生徒」の存在に気づいた。

 

「浩介くん!」

 

「おはよう優子ちゃん!」

 

 そこにいたのはあの頃と変わらないままの、制服姿の浩介くんだった。

 あたしは、寂しさを紛らわしたい一心で、浩介くんの腕を絡めて胸を軽く当てる。

 

「っ!」

 

 浩介くんが「ドキッ」という音を立ててしまいそうな程にビクンとする。

 制服を着るだけで、あたしたちの気分は大きく変わってしまう。

 あたしたちがいちゃついているのを見て、周りの生徒たちの視線も一気に集まる。

 

「な、なあ優子ちゃん。その、言いにくいんだけど」

 

「うん?」

 

 浩介くんが、ゆっくりと口を開いてくる。

 もしかして恥ずかしいのかしら?

 

「下駄箱、どうしよう?」

 

「あーうん」

 

 予想に反して浩介くんが心配していたのは下駄箱だった。

 確かに、卒業したあたしたちに下駄箱があるわけない。

 それどころかまだ文化祭は正式に始まってる時刻ではなく、言わばあたしたちは「潜り」をしているわけだ。

 

「その……ほら、こっち」

 

 あたしは中庭に繋がっている方の場所へと移動する。

 ここはそう、在学中の知識では人気もなくて、うん!

 

「ここで履き替えよう」

 

「ああ」

 

 あたしは鞄から上履きを取り出して、足をちょっとだけ上げて上履きに履きかえる。

 ローファーもそうだったけど、とっても懐かしい感触だわ。

 そして何より、上履きにあった「石山優子」の文字、今ではすっかり「篠原さん」だけど、この上履きはあたしがかつてこの学園では結婚する前に「石山」を名乗ってた証でもある。

 

「なあ優子ちゃん」

 

「ん?」

 

 浩介くんがちょっとまずったという顔をする。

 

「俺たち、上履きに『3-1』って書いてあるぜ」

 

「あ」

 

 浩介くんに言われてあたしはもう一度視線を下に下ろす。

 さっきは気付かなかったけど、上履きには「3-1 石山優子」と書かれていて、浩介くんの方も「3-1 篠原浩介」と書かれていた。

 しかし、制服の校章の色からも分かるように、浩介くんもあたしも、今は1年生に扮しているということになる。つまり、今のあたしたちは1年生の制服なのに、上履きは3年生を名乗るという奇妙な状況になっている。

 

「どうしよう?」

 

 浩介くんがちょっとだけ不安そうに聞く。

 

「まあしょうがないんじゃないかしら?」

 

 第一、今日は一般開放されてる文化祭なので、紛れ込んでいるのがバレたところで失うものはない。

 それに、浩介くんはともかく、あたしの顔は既に世間一般でも有名人だし、あたしが小谷学園出身で永原先生と同じTS病というのも知られている。

 

「うーん、じゃあとりあえず行ってみるか」

 

「ええ」

 

 あたしたちは、在学中とはちょっと違う入り口から、校舎の中に入る。

 

「懐かしいなー」

 

「うん、もう4年も経つのよね」

 

 中に入ると、在校生たちが文化祭の展示物の最終確認をしていた。

 ちょうどここは今1年生のスペースになっていて、みんな大忙しだ。

 

 

「ねえ、誰か下の看板取って!」

 

 女子生徒が、脚立に座って宛もなく叫んでいる。

 ちょうどあたしが通りかかったので、あたしは前屈みになって取ってあげる。

 

「はい」

 

「ありがと……」

 

 あたしから目当てと思われるら看板を受けとると、女子生徒は見かけない美人な顔に一瞬硬直しつつも、何とかお礼を述べてくれる。

 

「どういたしまして」

 

 あたしもにっこり笑いながら、その場を後にする。

 

「で、優子ちゃん、これからどうす──」

 

「あ!」

 

 浩介くんがそう言いかけた瞬間、正面に見える教室の扉から、制服姿の永原先生が飛び出してきたのが見えた。

 永原先生の姿に気付いたあたしたちは大慌てで脇にあった階段に駆け込んで、一気に屋上まで駆け上がってしまった。

 生徒はともかく、先生たち、特に永原先生には卒業後も頻繁に会っているからあたしの顔は当然よく知られている。

 

「な、何だよ。隠れる必要あったのか?」

 

 逃げ終わってから、落ち着いた浩介くんが疑問を口にする。

 

「あはは、はぁ……はぁ……何となくかしら?」

 

 実際、まだ一般解放の時間じゃないというのがちょっとやましい感じになっていたのも事実だけど。

 

「とりあえず、ここに隠れるか」

 

「うん」

 

 あたしたちは、ほとぼりが覚めるまで、とりあえず屋上に隠れることにした。

 屋上もあたしたちがいた頃と変わらず、常時解放されつつも、ベンチも何もないために人気がない。

 

 それに屋上はちょっと風が強くて、ミニスカートの女の子には苦手な場所でもある。

 あたしにも、えっちな風さんにスカートをめくられて、浩介くんの前でパンツを見られたことがあった。

 

 幸い今は風が吹いてないので、あたしたちは通学鞄を使って椅子の代わりにして腰かける。

 

「こっから放送は聞こえて……」

 

「ただいまより、2022年度──」

 

「来たな」

 

 放送が聞こえるかどうか疑問に思った矢先、生徒会長さんと思われる人の放送が聞こえてくる。

 

「ええ」

 

 放送と共に、人々の騒ぎ声が大きくなる。

 そう、今まさに文化祭が始まったのだ。

 

「思い出すな、ここも」

 

 会話中に、浩介くんが当時のことを思い出す。

 何も話さず見つめていると、浩介くんの顔が徐々に赤くなっていく。

 

「どうしたの浩介くん、顔が真っ赤だよ」

 

 あたしも自分をごまかすために浩介くんの顔が赤いと指摘する。

 

「ゆ、優子ちゃんだって真っ赤だぞ。その、ここでの出来事を、思い出してたら、さ」

 

 浩介くんに「優子ちゃんも真っ赤」と返される。

 ここ屋上も、あたしたちにとってはいくつもの思い出がある。

 文化祭の時に嫉妬した浩介くんのご機嫌を取り戻すために。

 体育祭の時の休み時間にいちゃついた思い出、更に3年生の時のバレンタインデーの時に、生理中の様子を浩介くんに見られた思い出。

 って、思い出したら身体まで熱くなっちゃったわ。

 

「あはは」

 

 あたしは笑ってごまかす。

 

  ぺろん

 

「きゃあ!」

 

 浩介くんに、スカートの裾を摘ままれて、パンツを見られてしまう。

 

「かわいいパンツで良かった」

 

「んもー! 恥ずかしいよー!」

 

 スカートめくりをされたあたしが、浩介くんに抗議する。

 

「さて、じゃあ文化祭が始まったから、そろそろ行くか」

 

「うん」

 

 ほとぼりも冷めたと思うので、あたしたちは立ち上がり、身なりを整えて入り口を目指そうとする。

 

  ガチャッ

 

「「わっ!」」

 

 しかしあたしたちが入り口のドアの目の前に立った矢先、屋上の扉が開けられ、そこから制服姿の永原先生が姿を表した。

 

「……やっぱりここにいたわね」

 

 永原先生が大きく息を吐いて話す。

 

「な、永原先生!」

 

 あー、やっぱりあの時気付かれてたのね。

 

「こらっ! 2人とも、一般解放されてない時間に潜り込んじゃダメでしょ!? 先生方に迷惑になるわ!」

 

 永原先生が人差し指を上に上げて、指導モードになる。

 何だか在学中より気合が入ってるわね。

 

「ごめんなさい……」

 

「す、すみません……」

 

 うー、「迷惑」ということ場を使われてしまってはおしまいだわ。

 何せここ小谷学園は自由の学校だけど、それは「他人に迷惑を掛けるな」という校則ともセットだから。

 あたしたちには返す言葉もなく、謝るしかなかった。

 

「ふう。まあ、うちの制服で潜り込む子は毎年いるんだけどね。私だって似たようなものだし」

 

 制服姿の永原先生は、あたしたちが現役だった頃と同様に、女子高生というよりは女子中学生というのに近い容姿だった。

 

「とりあえず、弘子さんとの約束の時間まで文化祭で遊んでいきますね」

 

「ええ、時間に注意してね」

 

 既に一般解放されてる時間なので、永原先生からお許しを得られた。

 

「永原先生もね」

 

「分かってるわ」

 

 あたしたちは3人で屋上からの階段を降りる。

 既に卒業から4年の月日が経ち、2年以上留年でもしてる人でもない限り、あたしたちのことを知っている生徒はここにはいない。

 

「こうやって並んでると、やっぱり昔のことを思い出すなあ」

 

 浩介くんがしみじみと語る。

 

「ええ、篠原君と石山さんのプロポーズ劇は、今でも小谷学園で語り継がれてるわよ」

 

 永原先生が、あたしの左手薬指を見ながら言う。

 

「うえ、語り継がれてるのかよ!」

 

 高校3年の終わりには、実際制服に指輪をはめて登校していたので、この姿は別段おかしくない。

 違いをあげるとすれば、婚約指輪が改造を施されて、結婚指輪になったことくらいだ。

 

「ええそうよ、卒業式の日に結婚式を挙げて、そのままハネムーンに行ったことまでを含めて、篠原夫妻と言えば小谷学園の幸せの象徴なのよ」

 

「あ、あはは……」

 

 永原先生の熱弁に、あたしは苦笑いするしかない。

 確かにあのプロポーズは衝撃的だったし、結婚式の件は卒業式の時にもスピーチで話した。

 何よりあたしがTS病患者というのもある。

 さて、4年ぶりの学園祭、何をしているかしら?




本日より通常の更新速度に戻ります。

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