永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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学園祭の面談

「相談中は浩介くん、ここで待っててくれる? 女の子だけで話したいからね」

 

 まあ、正確にはTS病の女の子だけどね。

 

「あ、うん」

 

 幸い、相談室の近くには椅子が設けられていた。

 在学中にはあったっけ?

 ……まあいいわ。

 

  ガララララ……

 

「おや、篠原さん、2人ともいらっしゃい」

 

 職員室の扉から出てきたのは、あたしたちに数学を教えていた小野先生だった。

 あたしたちがいた頃よりも、いや、去年の「蓬莱教授支持デモ」で会った時よりも顔のシワは増えたけど、かなり温厚な顔つきになっていた。

 

「小野先生、お久しぶりです」

 

「お久しぶりです」

 

 あの時のことはもう、遠い遠い記憶の彼方だった。

 あたしと浩介くんは、小野先生に礼儀正しく頭を下げる。

 小野先生も、とても穏やかに笑っていた。

 在学中の時と、同一人物とはとても思えないわ。

 

「お2人とも元気そうで何よりです。それよりもどうしたんですかその格好は?」

 

 小野先生は、あたしたちの制服姿を見て驚いた様子で言う。

 やはり小野先生にとっても、あたしたちのことは忘れられない思い出なのよね。

 まあ、噂が全校に広がってたので分かってたとは思うけど、それでも聞かずには居られないわよね。

 

「あーうん、浩介くんと……ちょっと、ね」

 

 あたしも、ややごまかすように話す。

 小野先生は困惑した様子で頭をポリポリとかく。

 もしかしたら、4年も経っているのにほとんど容姿が変わらないあたしたちに驚いているのかもしれないけど。

 

「あー、まあいいでしょう。毎年のことですから」

 

 小野先生は今は昇進していて、学年主任たちを統括し教頭を補助する「教務主任」という役割を追っている。

 もちろん小野先生も卒業生が制服を着て紛れ込むことは知っている。

 

「あ、篠原先輩ー!」

 

 小野先生と話していると、弘子さんと永原先生がこちらにやって来た。

 あたしたちが小野先生と話していたのが、ちょっと意外だったらしく、少しだけ驚いた表情をしている。

 一方で、永原先生と小野先生は軽く挨拶をする感じで、あたしたちが在学中にあったいざこざの面影は完全になくなっていた。

 

「あれ? 篠原先輩って小野先生と親しかったんですか?」

 

 弘子さんが素朴に聞いてくる。

 

「うーん、あたしたちは数学を教えてもらってたわ」

 

 女子更衣室の問題のことは、小野先生の名誉のためにも話さないでおく。

 

「そうですか」

 

 よく見ると、永原先生と弘子さんは制服姿ではなくメイド服姿だった。

 おそらく、後夜祭の特殊シフトに対応するためだったんだと思う。

 

「さ、弘子さん、面談を始めるわよ」

 

 あたしは気持ちを切り替え、弘子さんを促す。

 

「あ、はい」

 

 浩介くんと小野先生を除く3人が面談室に入っていく。

 

「小野先生、それではまた」

 

「ええ、では私は学園祭を巡回してきます」

 

 小野先生はそう言うと、あたしたちや弘子さんが来た道を進んでいき、廊下に消えた。

 小野先生の印象は、やっぱりかなり変わったという感じだわ。

 あたしたちは面談室のボードを「使用中」に合わせると、弘子さんには手前に、あたしたちが奥に座る。

 そして浩介くんは外でお留守番してもらう。

 

 この面談室にも思い出がある。

 あたしが初めて女の子の日になった時のことから始まって、色々なことをカウンセラーの永原先生に相談してもらったし、幸子さんのカリキュラムの総括も、その後の長生きするための安全講習もここでした。

 また、一度だけあたしが永原先生のカウンセラーになったこともあった。

 なのでこの「相談者側」の光景を見るのは2回目で、今回座っているのは永原先生ではなく弘子さんだった。

 

「じゃあ弘子さん、小谷学園の生活はどうかしら?」

 

 漠然とした質問だけど、まずはその事を話さないといけない。

 

「はい、その……私、やっぱり女子との付き合いでまだちぐはぐ何です」

 

 弘子さんは一瞬間をおいて口を開く。

 

「ふふ、もしかして『そこんころがまだまだ女子力が足りないのよ』とか『やっぱり深いところで女の子に成りきれてない』とかかしら?」

 

 弘子さんがビクッとなる。

 ふふ、やっぱりこの子もあたしと同じだわ。

 

「は、はい……今は落ち着いたんですけど、夏休み前はそればっかりでした」

 

 弘子さんが、「やっぱり生まれが違うと女の子になりきれないんじゃないか」と心配するような顔つきで話す。

 

「心配しないでいいわよ。あたしだって女の子1年目はそんな感じだったもの。クラスの女子たちから男っぽい仕草や言動に、『まだまだ女子力低い』って言われ続けてて、その都度直していって、今のあたしがあるのよ」

 

「はい」

 

 あたしが当時を思い出しながら話す。

 特に浩介くんに恋する前の時期は、虎姫ちゃん、龍香ちゃん、さくらちゃんに桂子ちゃん、永原先生や母さんも含め色々な女子たちから「まだまだ女の子になれてない」「それは女の子らしくないわよ」などのお叱りお説教を受けることが多かった。

 特に桂子ちゃんからのお説教が多くて、間違いなく今の女の子としてのあたしにとって、永原先生の次に影響を与えたのが桂子ちゃんだと思う。

 

「中学の時のお陰で、女子更衣室には慣れたかしら?」

 

 そして、あたしは女の子として生きていくために更に重要なことに言及する。

 女子更衣室や女子トイレを平然と使えるかというのも重要なことになる。

 

「はい、そこは問題ないです……それからその……実は私……最近……その……」

 

 弘子さんが言いにくそうにモゾモゾとする。

 ふふ、分かったわ。

 

「もしかして、好きな男の子かしら? 大丈夫よ、あたしだって通った道よ」

 

 あたしは、弘子さんを安心させる風に言う。

 

「う、うん……でも、まだちょっと気になるってくらいなんだけど」

 

 弘子さんは、顔を真っ赤にして、頷いてくれる。

 そうよね、弘子さんだってそろそろ1年経って、女の子としての人格が多く形成されてくる頃だもの。

 でもまだ、これが恋なのかどうか、そもそも自分が男に恋できるのかも分からなくて、ちょっと気になるってくらいなのね。

 まあ、恋にはきっかけが必要だもの。あたしにも、そして永原先生にも、ね。

 

「そう、弘子さん、だったら積極的に声をかけてみるとかどうかしら? 体育でもし男女で混合になった時とか、あるいは一緒に順番を待ってる時とかに」

 

「う、うん……でも、緊張しちゃうかもなあ」

 

 あたしが落ち着かせるように言って聞かせるけど、弘子さんはなおも躊躇している。

 うーん、この辺りあたしや永原先生は体験してないことなのよねー。

 

「それでも、よ。文化祭、後はもう後夜祭しか残ってないけど、その気になる男の子に近づいてみて。あたしも、文化祭で大きく恋が動いたのよ」

 

 あたしが優しく、弘子さんの恋──というにはまだ早いかもしれないけど──の悩みを導いていく。

 

「うん、私、勇気出して頑張ってみるよ」

 

 学校の放送では、一般の人に対して、「まもなく終了」のアナウンスが頻繁に流れていた。

 でも、今のあたしは協会で仕事をしに来ているので気にしないで進める。

 

「うん、いい調子よ」

 

 だけど、弘子さんには、まだ所々言葉遣いが粗いところも見受けられるわね。

 あたしや桂子ちゃん、永原先生や、幸子さん、歩美さんのような女の子らしい言葉遣いになれば、よりいっそう女の子らしい性格になるわよ。

 

「何か他に、学校で困ってることあるかしら? 永原先生に言いにくいこととかある?」

 

「うーん、特にないです。ただ、以前ちょっとクラスで男装させられそうになったことがあって」

 

「うんうん」

 

 弘子さんの言葉に、永原先生が頷いている。

 

「永原先生は『しない方がいい』って言ってたけど」

 

 うんあたしも永原先生に賛成だわ。

 TS病患者が男装するのは、生粋の女の子が男装するのと訳が違う。

 あたしや永原先生のようにきちんと女の子が確立されている人ならいいけど、弘子さんみたいな人は厳禁だと思う。

 

「弘子さん、『男装の麗人』って言葉があるでしょ?」

 

 あたしが弘子さんを見つめる。

 

「はい」

 

「あれはほら、男装してても『女性』って分かるでしょ? それは本当の男とはまた違った形にしているのよ」

 

 弘子さんは、お世辞にもそういう感じの人じゃない。

 あたしもだけどね。

 

「弘子さんは、TS病の女の子だし、お世辞にもそういうのは似合わないわよね?」

 

「はい、私もそう思います」

 

 弘子さんは、あたしほどじゃないけど、身長の割には胸は大きめだしお尻はかなり大きい。

 顔は下手をすれば永原先生や比良さん、余呉さんより童顔で、現に身長は永原先生より小柄で、さっきのメイド喫茶を見た限りでもクラスでも一番小柄と見受けられた。

 男装が似合うためには、胸は小さくお尻も小さくでがっちりした体格に凛々しい顔つきと言うのが理想になる。

 TS病になると、多かれ少なかれ女を強調した女になるので、男装には都合が悪くなってしまう。

 

「うん、弘子さんの言う通りよ。拒否して正解だわ」

 

 あたしが柔らかく話す。弘子さんはホッとした顔をする。

 TS病の女の子に厳しくするのは「男に戻りたい」と言って聞かなくなったときだけでいい。

 

「ありがとうございます」

 

「他には、何かないかしら?」

 

 あたしがもう一度、弘子さんの目を見て話す。

 

「はい、大丈夫です」

 

 弘子さんは今度こそ何もないみたいね。

 

「それじゃあ稲枝さん、先に戻ってて。私はもう少し篠原さんと話していくわ」

 

 永原先生が、弘子さんに先に教室に戻るよう指示を出した。

 

「はい、失礼します」

 

 弘子さんが礼儀正しく頭をペコリと下げると扉を開けて部屋の外へ、すると入れ替わりに浩介くんが中に入ってきた。

 

「同席してもいいかな?」

 

「ええ、構わないわよ」

 

 永原先生が笑顔で快諾する。

 一応浩介くんも、協会の維持会員ということになっているので、特に大きな問題はない。

 

「それで、篠原さんは稲枝さんのこと、どう思ったかしら?」

 

 永原先生があたしに印象を尋ねてくる。

 

「言葉遣いの発達に比べ、恋愛が進んでますよね」

 

 幸子さんやあたし、あるいは歩美さんの場合、恋愛に目覚めたのは言葉遣いが女の子になってからだった。

 でも弘子さんは違う。

 まだ言葉遣いが女の子になり切ってない段階から、「気になる男の子がいる」と言っていた。

 

「ええ、実は最近の患者さんはその手の傾向にあります。成長が早まった結果とも言えますね」

 

 あたしは例外としても、幸子さんにしても、歩美さんにしても他の患者さんにしても、TS病患者の女の子に彼氏が出来るまでには2年を要していて、女の子になったのが去年の弘子さんはかなり早熟の部類に入る。

 もちろんそれは成績優秀なので歓迎すべきことだけど、複数の成長が同時に起こるために、慌ただしく生き急いでいるという意味でもある。

 

「今では、篠原さんの作ったカリキュラム修正のお陰で、とんでもなく早熟な子も出てきたわ。もちろん、自殺率が減ったのはいいことよ。でも1つだけ、不安があるの」

 

 永原先生は、ちょっとだけ深刻そうな顔をする。

 あたしは、永原先生が不安を抱く理由を探る。

 

「あの、永原会長、それってもしかして、あたしが浩介くんのことを好きになったばかりの時ですか?」

 

 あの頃の思い出は、根強く残っている。

 だからあたしには、永原先生が言いたいことがすぐに分かった。

 

「ええ、そうよ」

 

 あたしが浩介くんを好きになったばかりの頃は、女の子としての心を持っていても、反射的な身体的本能が男のままだった。

 これ自体は成長段階の相違なので他の患者でも起こり得ることだけど、これまでの患者さんはそれなりの期間ゆっくりと女の子になっていくため、反射的な本能で男が残っていても、落ち着いて対処できていた。

 あたしは、女の子になるのが早すぎたためにああいうことになったのよね。

 

「過去にも恋愛ができたのに男の本能が残っていることに悩んだ患者さんは何人もいたわ。でも、5年前のあの時の海での石山さんみたいに、激しく泣きじゃくった例は初めてよ」

 

 永原先生が思い出話をする。

 正直海辺で一人ないてた思い出は今となっては恥ずかしいわ。

 

「優子ちゃんは……悲しかったんだよな」

 

 浩介くんも、あのときあたしを止めていた。

 あたしは生き急ぎすぎていると。

 そしてそっちもまた自殺の道の可能性があるとも永原先生に言われた。

 

「もしかして、あの時のあたしみたいに、生き急ぐ人が出てくるってことかしら?」

 

「ええ、ご名答よ」

 

 永原先生が、少し重苦しい表情で話す。

 そう、急ぎすぎもまた自殺の道の可能性があるというのは、あたしほど優秀な患者さんがいなかったので実証できてないけど、仮設としては残っていた。

 

「幸いにも、まだ篠原さんよりも一生懸命で、早熟な子はいなかったわ。女の子の日が始めてきた時も、篠原さんみたいな反応をした患者さんはいないわ」

 

「優子ちゃん、生理痛が嬉しかったんだって?」

 

 浩介くんが、さらりと生理痛の話題を出してくる。

 もう、いくら旦那だからって……まあいいわ。今はその話題も必要よね。

 

「うん、さすがに今はそういう感情もないわよ。でも、『痛みを受け入れないと女の子じゃない』って言うのは、今もそう思っているわ」

 

 今日は大丈夫だけど、このまま行けば佐和山大学の文化祭は、生理予定日と重なっちゃっている。

 今までもバレンタインデーやクリスマス、夏休み明けのような重要なイベントと生理が重なったことはある。

 不便と言えば不便だけど、浩介くんに守ってもらえることなどを加味すれば、男なんかよりもずっと恵まれているわ。

 

「ふふ、さすが篠原さんね」

 

 永原先生がにっこりと感心しながら言う。

 でもあたしが初めて生理になった時にその言葉を聞いた永原先生は、この相談室で泣いてたっけ?

 吉良殿の時とを合わせれば、永原先生はこの部屋で、あたしの前で2回泣いているわよね。

 

「でも、今みたいに、篠原さんが受けた時よりも洗練されたカリキュラムで育った子なら、篠原さんみたく『女の子になれてとても嬉しい。生理痛が嬉しい』って子だって、現れないとも限らないわ」

 

「あはは……」

 

 当人が言うのも何だけど、「生理痛が嬉しい」って、かなり特殊な人だと思う。

 あたしの場合は、あのときはまだ優一の記憶が色濃かったし、何より今と比べて遥かに孤独で暗い時だったから、そう言う心理状態も手伝ったのかもしれない。

 そう言う意味で、あたしはあのいじめられていた日々も必要だったんだって改めて思える。

 昔は、「罰」という側面でしか見てなかったけど、今は違うわ。

 

「でも多分、将来的には篠原さんと同じくらいの水準で、成績がいい子が出始めると思うわ。でもそうなった時に、周囲との摩擦もあり得るわ」

 

 それはあたし自身もそうだった。

 周囲が女性扱いするのは大事なことだけど、カリキュラムを終えたばかりの水準では、最低限度女としての生活を身につけられるというだけで、とても女性を使いきれてない状態なのよね。

 そういう時に、女性扱いを続ける上で周囲が気を付けるべきことを、今後考えていかないといけない。

 

「ともあれ、一朝一夕で出る結論ではないですから、自殺者を出さないことを優先に、頑張っていきましょう」

 

「はい」

 

 あたしたちが話し込んでいると、「まもなく文化祭終了」の放送が聞こえてきた。

 本来、あたしたちはこの会場から立ち去らないといけない時間帯になるんだけど──

 

「篠原さん、せっかくだからメイド喫茶に行ってみる?」

 

 永原先生がそう提案してきた。

 

「え!? でも──」

 

 もちろん、浩介くんとの秘め事のために後夜祭まで残るつもりではあるけど、その間は先生や生徒の目を盗むことになる。

 

「大丈夫よ。弘子さんの成長を見守るって言う建前を作っておくわ。じゃあ私は先に戻っているから、適当に時間を潰したら弘子さんのクラスに行っててね」

 

 永原先生は、そのまま相談室を出てしまった。

 

「まあ、後夜祭までいるつもりだったし、渡りに船だろ」

 

「そうよね」

 

 浩介くんの言う通りだわ。

 ともあれ、あたしたちはこの相談室の中で時間を潰す。

 先生たちがうようよしていて、大丈夫かしらと思ったけど、制服だからごまかせるかしら?

 

 あたしと浩介くんは、後夜祭開始のアナウンスを、相談室の中で聞いた。


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